査問

「今日も大活躍だったな」

『ありがとう。見に来てくれたんだよね、見つけたよ?』


 夜。アパートへと帰る道すがら、幼馴染と電話をする。


『試合が終わったら会ってくれてもよかったのに……って、難しいか』

「さすがにあの集団の中に割り込める気はしないな」


 カナが帯同しているのは二軍だが、球場は常に満員で、立ち見が基本の球場では遠くから脚立に乗ってバズーカのようなカメラがずらり、という光景も珍しくなかった。試合前後の出待ちも人の量がすごくて、とてもじゃないが声をかけられる様子じゃない。


「大人気だな」

『あはは。まだ女性選手は珍しいからね』

「実力の賜物だろう。好成績だと聞いているぞ。すぐにでも一軍だ、とかいう噂も」

『評価してもらえるのは嬉しいけど、やっぱりまだまだだよ。せっかくプロになって……野球に専念できる環境になったんだから、もっと上手にならないとね』


 なるほど。確かに学生をやりながら野球をするより、野球一本で食っていくほうが使える時間も気持ちも違うだろう。身体の完成度以外にも、プロの壁はそういうところにあるのかもしれない。


『それにしても急に来たのはびっくりしたよ。いったいどうしたの?』

「スケジュールがなかなか決まらなくてな。それで、ギリギリになってしまった」


 もう少し早く言えればよかったんだが、とにかく。


「昨日発表されたな。フレッシュ・オールスターゲームの出場決定、おめでとう」

『うん。ありがとう』


 新人選手によるオールスター。6月29日に発表された出場選手の中に、カナの名前があった。さらにはチームに1名しか選ばれない用具係にはニシンが。


「それでだな……開催日の7月12日なんだが……」

『……来れない?』

「すまない」

『ううん、大丈夫。お仕事?』

「ちょっと、アメリカに行ってくる」


 メジャーリーグ相手にシステムの売り込みに行くことを伝える。


『メジャー!? すごい!』

「ただ向こうの都合で一ヶ月は滞在することになってな。それで、応援に行けなくなってしまった。せっかくの晴れ舞台なのに――」

『すごい仕事してくるんだから、気にしないで。私もその日は仕事だし? なんて、ふふ』

「現地に応援は手配した。俺の分も応援してもらうよう頼んである」


 開催地は青森、ということで青森ダークナイトメアのオーナーのサト……ダークナイトメア仮面に応援をお願いした。社員を集めて乗り込んでくれるとのことで、頼もしい。やけに乗り気で、広告も出すとか言っていたな。


「……それと、来年は必ず予定を空けるようにしよう」

『フレッシュ・オールスターって二回までしか出場できない規定なんだよね』

「……必ず、予定を空けよう」


 電話口の向こうで、カナはクスクスと笑う。


『予定は、その翌々日の分まで空けておいてね』

「翌々日?」

『オールスターゲームの日。……フレッシュじゃないほうのね』

「それは確かに、空けておかないといけないな」


 今からカレンダーに予定追加しておくか……来年のオールスターの開催日って出てるのかな?


『それにしても、ユウくん、アメリカかぁ……大丈夫なの? 言葉とか』

「ネイティブが通訳をしてくれるからな」


 シオミは勘を取り戻す為にと、ライムとの最近の通話は英語を使っている。

 俺はその会話がさっぱり分からないが――同行するネイティブがも通訳してくれるのだ。


「英語が分からなくたってビジネスはできる、ということを実証してこよう」

『だ、大丈夫かな?』

「大丈夫だろう」

『心配だけど……ユウくんならなんとかしそうだよね。うん。分かった。行ってらっしゃい』

「海の向こうから応援している」


 出発は明日。準備はできている。カナにも言ったとおり、何も問題はない。大丈夫だ。



 ◇ ◇ ◇



 大丈夫じゃなかった。


「What are you here for?」

「えっと」


 制服を着たアメリカ人――まあアメリカ人だろう。茶髪の男がオーバーに眉をひそめる。


「あー」


 7月1日に日本を発ち……フライトは半日以内に終わったが日付変更線を超えたから、ええと、まだ7月1日か。


 とにかく、7月1日。俺は空港の入国審査で詰まっていた。


 ……ネイティブがいるからアメリカでも何も心配ない、と思っていたんだが、入国審査だけは別だった。ここだけは人の力を借りることができない。ひとりで話さないといけないのだ。

 そういうわけで事前にライムに練習してもらっていたのだが、それがすっかり頭から吹き飛んでいる。


 いや、落ち着け。ヒアリングはできている。えーと……何をしにきたのか、だな。うん。


「あー、for business」

「Business?」


 なんでこの審査官はそんなオーバーリアクションで驚くんだ。


「(聞き取れないが、本当に仕事かどうか聞いてきているっぽい)?」


 信用されてないということか。説明すれば分かってもらえるだろう……えーと。


「I am K E M P B Company's …… Boss」

「Boss!?」


 だからなんでそう驚くのか。証明が必要なのか……?


「あー…… I have …… name card. Do you need my name card?」

「No」


 そうか、名刺は要らないか。英語のやつ作ってもらったんだが……。


「(何の仕事をしているのか聞いている気がする)」

「あー…… virtual ……」


 うーん、KeMPBの仕事を説明するのは難しいな。ゲームを作る会社だと言えばいいか。


「My company is game …… maker」

「Video game developer?」

「Yes」


 審査官は鼻を鳴らしながらも頷く。どうやら納得してもらえたようだ。


「How long will you be staying?」

「About a month」

「Do you have return ticket?」

「No」


 下がったはずの眉がぐい、とゆがんだ。


「(チケットの話で……誰が? 買った? のか聞いているらしい)」


 えーと、buyの過去形は……。


「She bought …… my ticket」

「She?」


 俺は後ろのほうで――質問を受けているブースからは離れて列に並んでいるライムを指差す。ライムは背伸びしてこちらの様子を見ていた。


「(どういう……関係なのか聞いている? リトルガール? 妹なのか聞かれている?)?」

「No. She is not my sister. She is ……社員……」

「What? Shine?」

「あー、No」


 えーっと、社員はなんて言うんだったか……サラリーマン? いや従業員じゃなくて。ダメだ。出てこない。別の表現を……えーと、登用した……ああ、覚えている単語が出てきた。


「I hired she.」

「Are you hired …… she? Is she working at your company?」

「Yes」

「OK」


 オーケーがでたらしい。審査官はにこりと笑った。


「ん?」


 そして俺はいつのまにか現れた屈強な警備員に肩を叩かれる。


「あれ?」


 こうして俺は普通の旅客の流れから逸れて、別室に送られることになった。



 ◇ ◇ ◇

 


「アッハッハッハッハ!」

「まったく失礼な話だよ!」


 男の爆笑を背景に、横倒しにしたスーツケースにあぐらをかいて座ったライムが頬を膨らませて言う。


「いったい何があったのですか? ユウ様とクジョウさんだけ別室に連れて行かれるとは」

「お兄さんが入管でやらかしたんだよ。テキトーに観光目的でメジャーリーグ見に来たって言えって言ったのに」


 そういえばそうだった。事前練習の内容をすっかり忘れていたな。チームも選手も教えてもらってたんだが。


「正直にビジネスって答えてからの、怪しい問答。ちゃんと受け答えできればそりゃそれでいいけどさ~。それでもってトドメの理由がらいむだっていうから、もうね」

「……トドメの理由とは?」


 シオミが訊くと、ライムはじろりとこちらを睨みつけてきた。


「児童労働の疑い。お兄さんがらいむを無理矢理働かせてるんじゃないかって……らいむは15歳なのに!」

「ハッハッハッハ! アー……ククク……」

「いいかげんうるさいよ、ミシェルおじさん」

「やめてくれ、ぼくはそんな年じゃない。ぼくをおじさん呼ばわりするならツグやアスカもそう呼ぶべきだ」


 ぴたりと笑いを引っ込めると、男――プロジェクトHERBの中心人物、従姉の同期であるもう一人のネイティブなアメリカ人、ミシェルが嫌そうに言った。


 メジャーリーグに投球モーションのキャプチャーシステムを売り込みに行くにあたって、同行を依頼したのがミシェルだった。ケモプロ側のシステムは従姉がやるが、動作を読み取るデバイスを作ったのはミシェルだ。細かい調整には同席してもらったほうが助かる。ありがたいことに、二つ返事で了解してくれた。ただHERB関連も忙しく、すぐに日本へ帰るため初回しか立ち会ってもらえないが。


「やあしかし、15歳以下に見られても仕方ないんじゃないかな? ライムはスレンダーだし、ブロンドでも顔のつくりは日本人だからねえ。ぼくぐらい幼女に詳しくても間違えたんだからさ」

「児童労働に対する規制は国際条約ですからね。満15歳になっても、3月末を迎えるまでは規制の対象ですよ」

「らいむ、誕生日1月だよ。それに従業員じゃなくて社員で、ちゃんと報酬も貰ってるしさ」


 それらのことを説明して、やっと入国審査を終えて税関を抜け、こうして合流できたわけだ。……正直、ライムも一緒に別室送りになってくれて助かった。ライムが交渉して二人一緒に取り調べを受けるようにしてくれなかったら、どうなっていたことかわからない。

 あとはクレジットカードも役に立ったな……自分用のを作っていてよかった。さすが名前が『信頼』のカードだけある。


「ツグお姉さんは問題なく通過したのにさ。まさかお兄さんで……」

「ま、まあまあ、ライムちゃん……」


 隣に立つ従姉が、腰を折ってなだめにかかる。ライムはため息をひとつ吐くと、ぴょいとスーツケースから飛び降りた。


「ま、愚痴っても仕方ないよね! それよりもようこそ、カリフォルニア州がロサンゼルス国際空港へ! どうかな、お兄さん? 感想は?」

「別室は緊張感が格別だった」


 見るからに怪しい人たちと一緒に待たされるわけだからな。いや先入観かもしれないが。


「もー、そうじゃなくてさ。アメリカだよ?」

「……見たことのないロゴの飛行機がいっぱいだな」

「ハハハ。まあ、空港の中だからねえ。外に出ないと外国に来たって実感はないだろうさ」

「それもそっか」


 ライムは肩をすくめ、そして雲のように笑う。


「それじゃ、今日は予定ないし観光しよっか!」

「えっ。わ、わたし、その、ホテルの部屋でいい……」

「機内であまり眠れなかったので私も……」

「ツグお姉さんはもっと外に出よう? シオミお姉さんは気合、気合! らいむ、いろいろ見て回りたかったんだよね~、ロス」

「ライムは地元じゃないのか?」


 確かカリフォルニア州に住所があったはずだが。


「ん? 地元はサンフランシスコの方だからね。ロスは初めてだよ」

「同じ州なのにか?」

「州は同じでも東京と札幌ぐらい離れてるんだよ?」


 広いな、カリフォルニア州。


「ミシェルお兄さんはどう?」

「ロスは詳しくないね。サンフランシスコの方は仕事でよく行ったけど」

「はい、じゃあ決定! 明日の商談に備えて、今日は観光で英気を養う!」


 ライムは雲のように笑う。


「お兄さんにはアメリカの空気ってやつ、ぜひ掴んでいってほしいな。ま、アメリカって言っても広いからいろいろなんだけどね! さ、はやくホテルに荷物置きに行こう!」

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