鑑賞会
『さあ始まります、ケモノプロ野球珍プレー・好プレー大賞2018! バーチャル空間より生放送でお送りするぞ。司会進行は私、ケモノ放送局のバーチャルキャスター、グリンドと』
『同じくケモノ放送局のキャスター、ニットがお送りします』
恰幅のいい中年男性のイヌケモノと、小さいメガネ男子のウサギケモノが司会台から挨拶する。
『ほらグリンドさん。時間ないからさっさと進めよ』
『ム。それじゃあこちらに並んでいるゲストの方々を紹介していこう』
テレビ番組のようなひな壇に並ぶアバターを、二人は次々に紹介していく。半分以上がケモプロのアバターで、何らかの形でケモプロのUGCを行っている人たちだ。
『――……はい。では次だ。久しぶりだな……バーチャル砂キチお姉さん!』
『は~い! おまたせぇ~! みんなの! みなさまの! バーチャル砂キチお姉さんです!』
笑顔で手を振るネコ系ケモノ女子。砂キチお姉さん。
『来てくれて感謝だ。とにかくよかった……でいいのかな?』
『あはは。お騒がせしました。裸一貫、やりなおしていきます!』
『裏話聞かせて欲しいな~』
『コラやめんか』
『あはは。まあその、円満解決ってことで、お願いします』
結局のところ、砂キチお姉さんはVtuber事務所のカミガカリを脱退することになった。カミガカリがオーナーとして参加する『育成野球ダイリーグ』を応援することと、砂キチお姉さんがケモプロを応援することは両立できなかったらしい。いろいろな噂は立ったが、両者からは『円満に解決した』としか公表されていないし、それならそれ以上を聞く必要もないだろうと思う。
『では次にいこう』
『うわ! グリンドさん、人間だよ!』
ケモプロのアバターの他にはアニメ調のキャラクターがいるひな壇の中で、唯一異彩を放つ――いや、本来ならこれが普通なのだろう、『人間』が紹介される。
『フリーランスアイドルのキタミタミさんだ!』
『どうも~。アイドルで~す』
『おぉ、リアルアバターなのにかわいい。皆、スクショタイムだよー』
『イエ~イ。普段は金をとるぞ~』
全身を3Dスキャンしてアバターを作る手法で、現実世界のアイドルがバーチャルなスタジオに存在していた。カメラに応じてポーズをとっている。
『キタミさんはどうして今回この番組に?』
『タミタミでお願いします! いや~、物心ついた頃から野球ファンで。ブログ見てもらえたら野球の記事の多さが分かると思うんですけど。で、読者の方は知ってると思うんですが、私の家族は全員応援する球団がバラバラでよく喧嘩になるんですよ』
『6人家族でバラバラっていうのすごいよね。逆に野球の話しづらいんじゃない?』
『そう! そうなんですよ~。だからケモプロが始まる時、これだ! と思って。家族で応援する球団を絞って平和を築こうと思ったんです。……気づいたら結局バラバラになったんですけど』
『あらら。ちなみにタミタミはどこのファン?』
『青森ダークナイトメアですね!』
『あぁ……』
『ちょっと誰です~? 今変な声出したの~!?』
ひな壇がわちゃわちゃとする。
『え~と、で、この番組に来たのはですね。まあ珍しく自分から営業かけさせてもらったんですよ。どうしてもケモプロと仕事したいな! って。そしたらこういう企画があるって聞いて、速攻でVR機材買って3Dスキャンしてきました。でもこうしてスタジオにいると、一人だけ違和感バリバリですね!? アイドルだしリアルアバターは営業! って意気込んでたんですけど、これなら皆と同じケモノにすればよかった~。皆かわいい~』
『いや~、タミタミも人間にしてはイケてるほうだよ? ちょっとケモミミつけてみない?』
『やめんか』
アバターがめりこむほど突っ込んでいったウサギ男子が叱られる。
『さて、ゲストの紹介は次で最後だ。といっても前撮りでスタジオにはいらっしゃっていない。今日は珍プレー好プレーということで、事前にユーザーの投票のあった映像を厳選して紹介するわけだが……珍プレーはともかくとして、好プレーの良し悪しなんて、分かるか、ニットくん』
『分かるわけないじゃん。野球はキャッチボールぐらいしかしたことないし、そもそもケモプロを見始めたのはケモナーだからだよ』
『そういうわけで、好プレーの解説・コメントを、現役野球選手のこの方にお願いした!』
画面が切り替わり、ユニフォームを着た男性からのビデオメッセージになる。
『どうも、オダギリシュンスケです。今日はケモプロの映像にコメントを収録させてもらいました。ケモプロは僕らの周りでもちょっと話題になっていて、今回の話は先輩の紹介なんですね。それで映像を見させてもらったんですが、動きがリアルで驚きました。けっこう普通にリアクションしちゃってる感じになってる、かもしれませんが! お楽しみください!』
映像がスタジオに戻ると、砂キチお姉さんとキタミがそろって声を上げる。
『うわっ、オダシュンじゃないですか!』
『オダシュンがコメントを!? すごい!』
『おお、さすがイケメン野球選手だね。食いつきがすごい』
『今やプロ野球選手にも注目され始めているケモプロ、ということだな。では時間も押しているし、進めていこう』
『なお、今回の番組はKeMPBさん全面協力のもと、ご覧のスポンサーの提供でお送りします!』
◇ ◇ ◇
番組を鑑賞しながら、運ばれてきた料理を食べる。エーコが指定した日付がちょうど放送日だったので、こちらからの手土産として番組を映すことにしたのだった。
「わ、オダシュンじゃん。よく出演してくれたね?」
「エーコに紹介してもらったんだ」
「確か、オダギリ選手ってタイガさんの後輩ですよね? 同じ高校の」
「そうなのか?」
「……ん。かわッ……後輩……」
「あー思い出した! 予告フォーク事件の被害者だ!」
「う……」
タイガが隠れてピースしたところ、予告フォークと受け取られてしまい、意図せぬ三振を奪った件か。
「ふむふむ! まずは珍プレーからかぁ」
電脳カウンターズのセンターライン、通称三熊のテキサスヒット発生シーン集や、ボールを見失ってあたふたする選手、始球式で盛大に空振りしてしりもちをついてみせるゴリラ、逆に始球式で打ってしまう
「面白いけど、本家と比べると真面目なエラー集って感じが多いねー」
「……ねえ、ちょっと疑問なんだけど」
画面を見上げながらエーコが口を開く。
「どうしてエラーが起きるのかしら? この選手たちを動かしているのはコンピューターなんでしょう? わざと失敗するの?」
「ん? あァ。いろいろ要因はあるが、一番大きな原因は『予測と違ったから』だろーな」
「予測……?」
「そーさなァ……車のブレーキの話は知ってっか? 人の飛び出しなんかを認識して、ブレーキを踏んで、車が止まるまでのタイムラグのやつ」
「空走距離と制動距離ね」
ミタカの話にエーコは頷く。
「ブレーキを踏むまでの時間はまァ諸説あるが、認識してから0.75秒だったか? 正直ノロマすぎんだろと思わなくもねェが、まあこの秒数だとしてだ。車を操縦して、狙った場所にピタリと止まることができると思うか?」
「……できるだろう?」
そういう常人離れしたテクニックの動画とか、たまに流行ってる。というか、そうでなくても普通に運転は狙った場所を走っているんじゃないか?
「そーだ。できる。なぜか? それはな、前もって知ってる――『予測』してるからだ。次に何が起きるか予測していれば、認識から動作までの時間は短縮される。パターンが決まっていてタイミングが取れるなら、練習を重ねれば1フレーム――60分の1秒の操作だってできる。野球も同じだ。内野手に打球が届くまでの時間は1秒ぐらいか? 認識してから動くまでが0.75秒じゃ、残り0.25秒で捕球しなきゃいけねェ。だが打つことを予測していて、バッターがバットを振るところを見ていれば認識の時間は短縮される。『打つだろう』で動き始めりゃさらに余裕が出るよな?」
「つまり……このキャラクターたちは予測をしているってことなの?」
「あァ。常に先のことを予測してる。そーだな、走っていて転ぶのなんかがいい例か。走るのにいちいち足元をみちゃいねェだろ? あれはな、『足元はこうだろう』という『推測』のもと、次の状態を『予測』して走ってる。足元の状態が違うとか、歩幅を間違えたとか、そんな理由で予測と違う結果になりゃ、転ぶわな。……まァ、こいういうのがアホみたいなスペックが必要な理由なんだが……」
ミタカは肩をすくめる。
「ぶっちゃけ機械だからな、見てから判断することだってできるし、正確な予測を出すこともできる。それをあえて不確かにしてる。そういう意味じゃワザとだが、ワザとエラーしろとこっちが注文をつけてるわけじゃねェ」
「細かいことは良くわからないけど、人間らしい仕組みだということはわかったわ」
エーコは頷く。
「予測と違うから。なるほど。……でもそうなると、どうしてカナさんは守備がダメなのかしらね? 打撃が上手いってことは、予測の能力に問題はないと思うんだけど」
「あ、あはは……なんででしょう?」
「ニ……サトミさんの打撃も」
「ニシンって言ったぁ! もう、いいけどさぁ!」
飛び火した二人が苦笑したり怒ったりしている間にも、番組は続く。
『珍プレー集その1はここまでだ』
『あれ。グリンドさん、ダイトラは?』
『オイシイのは最後までとっておくものってことだ。そう……特集コーナーを待て!』
『ダイトラ……』『残当』『えっ、三熊よりあるの?』
『次のコーナーは好プレー集その1! オダギリ選手のコメントにも注目してほしい!』
好プレー集に切り替わる。ダイビングキャッチなどの分かりやすいものから、ホームスチールなどの作戦勝ち、思考表示もあわせての配球解説など、オダギリ選手が分かりやすく解説してくれていた。ホームラン集や忍者マテン特集は見ているだけで面白い。
「守備いいねー。っていうか、あたしあんな動きしてたっけ? って感じなんだけど」
「あくまでニシンのモーションはお手本だからな。ケモノ選手たちも日々練習しているし、新しい教材を取り入れたりしている」
「教材って?」
「そら、野球の動画だわな」
首をかしげるニシンにミタカが説明する。
「手本がひとつだけだとバリエーションが出ねェからな。放送されているプロとかメジャーの動画を解析して、モーション出して、タグつけて、AIに見せてやってる」
オフの日の様子で、ケモノ選手たちがテレビで野球観戦をしているのがそれだな。さすがに権利上、ユーザーからは野球っぽい画面が表示されているようにしか見えないようになっているが。
「へえー! 大変じゃないですか?」
「ばァか、自動化してるってェの。放送と同時に解析してんだよ。そーだな……」
ミタカはタブレットを取り出して操作する。
「これはアドミンしか見れねェんだけどな。検索……タイガ、と。ほれ、これがタイガ選手が映ってる動画のリストな。んで、打席……ヒット……と絞りゃこんなもんか」
「おおー! すごいね!」
「ま、この手の検索はパ・リーグTVに原型があるっちゃあるんだが――」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!」
エーコが慌てて割り込んでくる。少しメガネがズレてるぞ。
「えっ、プロ野球の動画? どういうこと?」
「テレビで放送されたり、ネットで放送されたりしてるヤツだぜ。録画データで持ってるが、表に出しちゃいねェから――」
「それを自動で解析して、タグで分けて、キーワードで検索!?」
「お、オウ。なんだよ?」
「いつからやってるの、それ?」
「そ、そうですよ、いったいいつから!?」
カナとエーコに迫られて、ミタカは数瞬、宙に視線をやって考える。
「初めて試合を動かしてモーション足りねェってなったときから開発したから……ちょうど一年前ぐらいか?」
「……君にケモプロの動画検索を見せてもらったのは一月だったわね」
「ユウくん~?」
一月。動画検索。カナとエーコ――
「ああ。対戦相手の研究用の動画を準備するのが大変だって言っていたな」
「そうよ! こんなに便利なものがあるなら、言ってくれればいいのに!」
「管理者用の機能であって、一般ユーザーは使えないんだが」
「お金を払ってでも使いたいんだけど!」
「そうは言っても、動画自体の権利は別にあるしな……」
プロ野球の動画を見せることで対価を得たら、犯罪だろう――いや。待てよ?
「お金を払ってでも、ということなら」
シオミに目を向けると、ちょうど目が合った。頷いて、怪訝な顔をしているミタカに向かう。
「これを仕事にしてみないか?」
◇ ◇ ◇
『さあ、次はお待ちかねのダイトラ特集だ! 題して……「虎よ、虎よ!」』
『よッ、待ってました!』
『これは実は砂キチお姉さんの持ち込み企画なんだ』
『おおっ!?』
『あはは。まあちょっと動画編集のね、時間がとっても取れてたので。張り切りました!』
『このコーナーは、島根出雲ツナイデルスの公式実況者、ふれいむ☆さんの実況動画より、ツナイデルスの問題児、
『ああ、ダメ虎がッ! とか、この虎ァ……! とかよく言ってるね』
『さあふれいむ☆さんのぼやきは、果たして今シーズンいくつあったのか!?』
『なんか本人から通知がいっぱいきてるんだけど、気にせずいこっか!』
『それではVTR、スタート!』
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