あしのゆから報告会(上)

「ダイリーグって、英語で死ねって言ってるんじゃなかったのか」


 ヒナタが退出していって深夜。俺はVRゴーグルをかぶって報告会に参加し、さっそくその発見について語ったところ、バーチャル空間内の目つきの悪いキツネ――ミタカからバッサリ切り捨てられた。


「オマエな……ダイリーグボールとか聞いたことねェのかよ?」

「……うっすらと聞き覚えがある」

「大リーグボール2号! 消える魔球!」

「……ああ、巨人の星か」


 なんだか聞き覚えのあるフレーズだと思っていたんだよな、ダイリーグ。


「養成ギプスとか、重いコンダラとか、アキコ姉さんとか、そういう断片は知っているんだが、原作は読んだことがなくて思い至らなかった」

「わ、わたしも」

「つまり、あれは巨人の星がモチーフってことッスか?」

「ちげェよ……メジャーリーグのことを、昔はよく大リーグっつってたんだよ……」

「なるほど。メジャー、大きい、ということか。……メジャーって大きい、でいいのか?」

「んー、大きいほう、って感じかな? Big Leagueって言うこともあるから、そっちなら直訳で大リーグだね!」


 そうなるとマイナーリーグは小リーグか? 聞いたことないな。


「過激な名前でなくて何よりだ。それで、今日はみんなダイリーグの情報収集をしてくれたそうだが」

「あァ、ある程度はな」


 頼もしい限りだ。さっそく気になっていたことを訊くとしよう。


「やっぱりメンタルが折れるとパフォーマンスが維持できない、ということから、一年は心ステータスをメインに鍛えて、二年に体、三年で技に行ってレギュラー入りを狙うという方針がいいんだろうか?」


 ………。


「……何の話だよ?」

「育成方針だが」

「攻略情報を集めてたわけじゃねェよ!? つかテメェ、遊ぶ気マンマンだな!?」

「事前登録とクラウドファンディングへの投資はしておいた」

「あっ、わ、わたしも」


 バーチャル空間で、ミタカはガクリと体勢を崩す。


「……商売敵だぞ?」

「わかってはいるが、それはそれとして面白そうだなと」


 野球ゲームが好きで始めたKeMPBだしな。


「コントローラーの操作と反射神経にはまったく自信がない。だが1シーズンケモプロに付き合ってきたんだから、野球勘的なものは鍛えられていると思う。だから選手に指示を出すという形ならいけるんじゃないかと……チーム全体じゃなく一人に集中すれば考えることも減って……」

「オマエな……ウキウキしすぎだろ……」

「わかった。マジメにいこう」


 バーチャルパンチされそうだ。攻略情報はあきらめよう。


「とりあえず一般情報として出てきているのは、昨日のインタビュー記事だけか?」

「公式サイトは、カミングスーンのままデスネ」

「んー、クラウドファンディングの方はキチッと作ってあるから、時間が足りなかったんじゃないかな? だとしてもらいむ的には悪手だね!」


 KeMPBの時は公式サイトも同時公開だったな。ライムにクソダサデザインと酷評されたが。


「ゲームのサービスインは9月からと言っているが……ちょうどケモプロが完全オフの月だな。間に合うんだろうか? 記事を見る限り、今年の3月ぐらいから企画が始まってるように見えるんだが」


 つまりゲームの開発期間は、サービス開始までに半年ぐらいしかない。


「……いや、すでにあそこまでできているなら、そういうスピードで作業できている? どれだけ人員を集めているんだ?」

「あー……そこな。それは調べがついたぜ」


 ミタカはニヤリと――おそらく笑っている。キャラの口元に表情はないが。


「PVを見たとき、なんとなく見覚えがある気がしたんだが、間違いねェ。あれはな、『超力野球』だ」

「ちょうりき……?」

「日本じゃ小さな記事しか出てねェがな、マ、ちょいとワケありで覚えてた」


 虚空に記事のウィンドウを表示させて、ミタカは続けた。


「『超力野球』。海の向こうのお隣さんで作られたゲームでな。一時期日本にローカライズしてもってこよう、っつー流れがあって、その時ついた日本語のタイトルが『超力野球』だ。ただ最終的な配信元を決める段階になって日本の会社から訴えられて、結局日本での展開は断念したっつー流れだ」

「訴えられたんスか」

「ま、理由はコイツを見りゃだいたい分かるだろ。ゲームのPVがコレな」


 超力野球、らしきものの動画が再生される。いや文字が良くわからなかったんだが。とにかく、ゲーム内容を紹介していくそのPVは――


「確かに、『育成野球ダイリーグ』と似てる気がする。なんとなくだが……このシーンとかそのままのような」

「っていうか、これ……パワプロじゃないッスか」


 丸メガネのシマリス――ずーみーがぽつりと呟く。


 ……うん。パワプロだな。ミートカーソルとかあったし。変化球の選択UIとかもそうだし。育成パートのメッセージの流れ方とか能力変動の効果音とかもまんまパワプロだったな。いちおう、選手の顔だけはパワプロ君じゃなくて、四頭身だったけど。


「まァ、パワプロと、選手の体格的にはファミスタのキメラってとこだな。現地じゃかなりシェアがあるらしいぜ。ツテに聞いたところによると、ぶっちゃけかなりデキはいいってよ――まんまパワプロらしいけどな」

「いやぁ……見れば分かるッスよ」

「んで、ここからは推測になるが、PVのカメラワークとか球場のデザインとかを見る限り、ダイリーグは超力野球がベースで間違いねェと思う。おそらく、あー……カリスマ? だっけか、会社名」

「カリスト、デスネ」

「それだ。カリストは超力野球を買い取って改造してるんだろーな。この方法なら、2ヶ月の改造であそこまで持ってったのは納得できる。ぶっちゃけ、2ヶ月で同じの作れって言われてもゼロからじゃ無理だろ」

「なるほど……」


 驚きの短期間開発にはそんなカラクリがあったのか。


「ま、推測っつったがウラはほぼ取れてる。超力野球を買わないかってオファーを受けた会社をいくつか見つけた。その中には、あー……顔の丸いおっさんの方の勤めてた会社もある」

「タカナシ……カズ……の方だな。社長の叔父だとか」

「いくつかのゲームにプランナーとして関わってんな。噂じゃ前々から独立したがってたらしい。これを機に、ってヤツじゃねェの? 何人か引き抜いてったらしいぜ。いやよくやるわ」

「らいむさ、それより社長の方のお兄さんに見覚えあるんだよね。お兄さん覚えてない? ほら、島根のイベントで長々演説した子。これ、イベントのときの写真」


 言われてみれば似ている。インタビューの写真のほうはきっちりメイクなどされているのだろう、イベントのときより明るく溌剌として見えた。


「時期も合うんだよね。お兄さんに提案を一蹴されて、そのあとすぐ動き出したとすれば。名簿にもタカナシシュウト、っているし、珍しい名前だから間違いないよね」


 つまり、とライムは雲のように笑う。こちらのヒツジ系女子の顔には表情が実装されていた。


「お兄さんに発破をかけられて、シュートお兄さんがやる気になったんだね!」

「……そうだったのか。ということは、『育成野球ダイリーグ』の生みの親は俺ということに?」

「のんきなこと言ってる場合かよ」


 ミタカはフンと鼻を鳴らす。


「あきらかにケモプロの客を狙ってきてんだろ。インタビューでも何回か、こっちを皮肉ってきてたしな」


 そうだったかな。


「で、お兄さん。hiraminって人が、以前ケモプロでオーナーになりかけた人なの?」

「支払いまで終わってたんだが、急に連絡が取れなくなってな。仕方ないから契約破棄をこちらから通告して、返金した」

「その金で生き返ったっつーのに、恩を仇で返すようなマネしてくれるな」

「恩というほどのものでもないんじゃないか?」


 返金しなかったらむしろ訴えられたかもしれないし。KeMPBが返金したのは当然、hiraminが生き返ったのは偶然、それだけのことだろう。

 それにしても、ミタカはだいぶ怒っているな。


「ミタカは、『育成野球ダイリーグ』をどう評価しているんだ? 先ほどの口ぶりからすると、ケモプロの脅威になる、と考えているようだが」

「バァカ。ツグやオレ、ずーみーなんていう天才が関わってるゲームだぞ。負けるわきゃねェだろが。欠点だって百も挙げられらァ」

「もしもし、アスカサン? そろそろそこにワタシも入れマセン?」

「うっせ。つか、オレらはがっつりケモプロ内部からの視点でしか見れねェからな。蓋を開けてみるまでは分かんねェとこもある……かもしんねェがまァ……負けはしねェ。ただ、邪魔にはなる、と思う」


 邪魔か。


「ひとまず、『育成野球ダイリーグ』の所感を聞いてみたい」

「パワプロ、ファミスタのキメラに、やきゅつくとケモプロをさらに合成したキメラだァな」


 四つ首ぐらいになってるんだろうか。


「正直なところ、改造方針としちゃそこまで悪かねェんじゃねェか? やきゅつくをサクセスしたオリキャラでオンラインマルチ、って聞けばな。んで試合部分……ケモプロの模倣部分に関しては、カロリーの低い作り方をしようとしてる。従来型AIで手軽に関係性を再現、複雑な能力値で試合にバリエーションを、ってな。オレが最初に提案したような形だよ」


 ミタカと初めて会ったときのことか。選手ひとりひとりにAIを載せるのだと言ったら、コストのわりに効果が見込めないと言われたのだっけ。


「ダイリーグも選手に個別にAIを載せているんじゃないか? インタビューに書いてはいないが……」

「やってたら確実に記事にしてる。ケモプロのAIはな、それだけのモンなんだよ。隠す必要はねェ」

「複雑な関係相関図だったが」

「あの程度なら従来型AIで十分だ。今後あいつらが『個別のAI』っつってきても、パラメータの違いだけだと考えていい。ケモプロみてぇに真の意味で個別のAIにはなってねェだろ」


 あの記事とPVだけでそこまで分かるものなのか。


「とはいえ、効率的だぜ。物理も普通のゲームだからな。うちみてェにGPUサーバをブン回さなくたって普通に投げて打つし、関係性の演出もできんだろ。一日の試合数が多くたって余裕だろうぜ。コストもケモプロと比べりゃ、段違いに安いね。断言できらぁ」


 試合数が多いのは少しうらやましいな。うちは獣子園を4ヶ月かけてやるし、参加校も少ないし。


「そのうえ、ダイリーグの試合には『自分が育てたキャラ』が出てくる。そりゃ試合も気になるってもんじゃねェか? ケモプロから観客が減ってもまァ、おかしかねェかもな」

「わりとカワイイキャラが作れるみたいデスシネ」

「そーかァ? モロにお隣さんのブラウザ系アバターって感じなんだが……」


 うーん、確かに俺の作ったキャラが甲子園に出たら見に行かないとな。名前どうしようかな。


「マ、ゲームとしての肝は、育成部分がおもしれェかどうかだろーな。そこで集客しねェと今後に繋がっていかねェ構造になってる。ま、元の出来がいいらしいから、改造したところでまるでダメってこたねェだろが」

「たくさんの人が育成して、甲子園にキャラを送り出し、プロになる……確かに、母数が多くなければ盛り上がらなさそうだ」


 事前登録、もう一つぐらいアカウント作ってやっておこうかな。


「クラウドファンディングは成功するだろうか?」

「なんつーかケモプロの時と違って、アイテムの事前販売感がつえーメニューだけどな。まァ額面的にゴールは余裕だろ。正直、初動が予想より多くて目を疑ったわ」

「ケモプロはゲームだけど、選手を操作できなきゃゲームじゃない、って人たちもいたからね~。そういう人たちには好意的に受け入れられてるみたい。もちろんマイナスの反応もあるけど、それが逆に話題を呼んでる感じ? 炎上マーケティングかな? ムフ。らいむもゴールすると思うな」

「あの……ところで、ひとついいッスか? 気になってることがあるんスけど」


 ずーみーが手を上げる。


「アスカ先輩が言ったように、『育成野球ダイリーグ』って、パワプロとファミスタとやきゅつくとケモプロのパクリなわけじゃないですか」

「デスネ。あまり詳しくないワタシが見てもそう感じマス」

「ってことは、なんスけど」


 ずーみーは、神妙な声で言った。


「そもそもこのダイリーグってやつ……やっぱり訴えられるんじゃないッスか?」

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