ゴールデンファイナル第三戦(5/終)

『試合に出たことのない選手? もうシーズンも終わりなのに……?』

『いろいろ要因はあるんだろうけど』


 ナゲノはマウンドに向かう童顔のケモノのデータを確認しながら説明する。


『一軍半、って言ったらいいかしら。故障とか不調で登録選手を入れ替える時があるじゃない?』

『抹消とか登録とかいうやつだね』

『一軍が足りなくなれば上がってきて、それが戻ってくると抹消される。そうやって一軍と二軍を行ったりきたりしているのが、この洞ヶ木うろがきノリなのよ』

『ん? ってことは二軍的には優秀なんじゃないの? なんで二軍の試合にも出てないの?』

『二軍監督の評価はまた違うみたいなのよね。それともアラシ監督が休養の取れてる選手をもってきたいだけなのか……とにかく二軍でも投げないし、一軍でも機会に恵まれることがなくて投げてなかったの』

『ふーん。それが突然どうしたんだろうね?』

『ちょっとベンチの様子をリプレイしてみましょうか……この辺りかしら?』


 ダンがカリンに対しフォークボールを投げ、後逸したシーン。その直後に動きがあったようだ。


『えっと、立ち上がったのは……ダイトラ? なんか電話してるね』

『ブルペンに通じる内線ね。ブルペン側も分割で映してと。……どうやらノリを呼びつけたのはダイトラみたいね。そして、アラシ監督にノリに変えるように進言してると』

『ノリくんと肩組んでるね。仲良し?』

『これは……ど真ん中に投げろ、って言ってる?』


 ダイトラに首を引き寄せられて耳打ちされていたノリは、頷いてマウンドに向かっていった。


『どうしてダイトラはノリくんを推薦したのかな?』

『うーん……もしかして、だけど』

『うん』

『他の球団って、球団職員って役職についてるケモノがブルペンキャッチャーやってるじゃない? でもツナイデルス……というかダイトラだけ、スタメンじゃない日は必ずブルペンで球を受けてるのよね。だから……ノリのことを一番知っている選手は、ダイトラなんじゃないかしら。少なくとも、今、ここでは』

『つまり、ノリくんには隠された才能が!?』

『それはどうかしら……投球練習を見る限りは、普通というか』


 ノリが投げる球を、捕手のウルモトは――半分ぐらいこぼしていた。


『大丈夫なの?』

『分からないわよ……』

『実力は未知数ってやつ? もしかしたら秘密兵器? さあ、再開だね。あ、ツツネさんが無線で……キョンに一球待てのサイン』

『ウルモトが取れないなら、振り逃げもあるしね……様子見で間違いないと思うわ』

『さー、ノリは……ストレートのサインに頷いて投げた! あっ、また取れない、けど防具に当たってすぐ前に落ちたね、ランナーは動かなかったよ。2ストライク。えっと、球速は……128? ダンよりずっと遅いね?』

『そうね……でも、生きてる』

『生きてるよ?』

『いやそういうことじゃなくて……まあ、いいわ』

『変なの。えっと……次のサインなかなか決まらないね? ウルモトくんは一球外したいみたいだけど』

『2ストライク取ってるから、じっくり攻めたいけど……』


 ノリはウルモトのサインに首を振り続け、そのまま投球の体勢に入る。


『あ、サイン決まらないまま! 投げて――ど真ん中打った! ライト方向! ヒットだ! けど、ココロ様は三塁でストップ! ノーアウト満塁!』

『うぅぅ……抜けてたら終わってた……よく止めたわメリー』

『最近あんまりエラーしてくれないからなぁ……でも、満塁だよ! 逆転のチャンス! バッターは九番、瓦ノ下かわらのしたツツネさん!』


 キツネ系女子がバッターボックスに立った。


『さてノリくんは……自分からサインを出していったね。スクリュー? 投げて……見送った、落とした! ……ッけど、また防具に当たって前に落ちたから、ランナーは進まないっと。1ストライクだね』

『あまり曲がってないんだから捕ってほしかったわね……』

『あっ、ツツネさんからスクイズのサインが……うわ! アラシ監督、読んだ!? 一球外せって指示出してる!』

『これはいい采配……ん?』


 ケモプロに導入されている無線で、イヤホンから指示を聞いたノリはベンチを振り返る。


『視線の先は――ダイトラ? え? なに首を振ってるの? え、ちょ、真ん中!?』

『ノリ投げた! ツツネさん転がしてッ! ……あぁ……ファールだ。おしい……』

『し、心臓に悪い……!』


 ナゲノは溜まった息を吐き出した。


『これ……ノリに投球の指示出してるのはダイトラね』

『あー、そういえばベンチで肩組んで、ど真ん中投げろって言ってたね?』

『ええ。理屈は分かるのよね。そうすれば少なくとも防具に当たって前に落ちるし』

『落としても隙が少ないってことかー』

『そうと割り切れば全力投球できると。うん。まあね、腐って負けるつもりで投げてたダンよりは100倍マシよ? 生きた球がいってる。でもそれはそれとして、一球も外さずに全部ど真ん中ってどういうこと!?』

『うーんダイトラ。あ、ツツネさんは普通に打つようにしたみたい。2ストライクから……ノリ、投げた!』


 ガキッ!


『あぁっとピッチャーゴロ? バウンドして――これは――飛び出たウルモトく、いやノリくんが取って』

『バカ……』

『あー、ホームに誰もいない! ノリ、二塁投げて! アウト! 一塁も……アウト! ダブルプレーだぁ……! でも1点入った! 同点! 2対2!』

『……ボールの上っ面を叩いてしまった、大きく手前にバウンドする打球。ウルモト、飛び出してしまいました。ノリに任せていればホームゲッツーもありえましたが……結局は三塁ランナーのココロ様がホームイン。二塁、一塁でアウトを取って、9回裏2対2、2アウトランナー三塁になりましたね』

『バカって言ってたのはなあに?』

『……ノーアウト満塁で、ゴロの処理にキャッチャーが出るわけにはいかないのよ。満塁だとホームでフォースアウト……タッチしなくてもベースを踏めばアウトにできるんだから。捕手は難しいポジションだし、ウルモトは急造だからエラーは仕方ないとはいえ……』

『うっかりってこと? おかげでこっちは助かったけどね。あ、アラシ監督が怒ってる』


 ナゲノの指摘と同じようなことを言っているのだろう。ウルモトが耳に手を当てて、申し訳なさそうな顔をする。そしてまだ近くにいたノリに一言謝罪をし――だが、ノリはウルモトの背中を軽く叩いた。


『……「ツーアウトだ」って? ええー、ノリくん男前すぎない? ここで控え選手同士のカップリングぶちこむのずるいよツナイデルス?』

『カ……ごほん。まあ、バッテリーの空気が悪くならないのはいいことです。次からクリーンナップに回りますからね』

『うん。2アウトだけどランナー三塁、逆転サヨナラのチャンス! バッターは、一番、砂南すなみなみブチマル!』


 ハイエナ系男子がバッターボックスに向かう。と、その視線がダイトラを向いた。


『これは……ダイトラが指示を出してることが分かってる? 初球から行く? ま、待って……』

『ノリくん投げた! 行った――ゲェ! 忍者! あぁ……チェンジだ……』

『はぁ~……助かった……。思い切り引っ張ったけど、マテンの反応とジャンプ力が勝ったわね。サードライナーを捕ってアウト。チェンジ。延長よ』

『今日も延長かぁ……ゴールデンファイナル入ってからずっとだよ……』

『この回はツナイデルスはクリーンナップから……ここでなんとか追加点……プレーオフに持ち込みたい。頼んだわよ……!』

『なんのなんの姉さん。こっちも裏は二番からだし、捕れないキャッチャーとかもう点は取り放題だよ。優勝はイージス!』


 実況同士で火花が散る。

 だが、そう簡単に点は入らなかった。十回、十一回ともに両者無得点。イージスは投手を毎回代えて翻弄し、ツナイデルスはウルモトとノリのバッテリーがナゲノの心臓を何度も止めようとするが、そのピンチをギリギリのところで守備に助けらる。


 試合時間も長くなり、実況にもケモノ選手たちにも疲労が見えてくる。

 けれど泥沼の試合も長くは続かない。延長は十二回までだからだ。終わりは、必ず訪れる。


『打った! ――やった、ヒット! ライちゃんは三塁でストップ! 十二回、イージス、ノーアウト一、三塁! 最後の最後でチャンスがきたよ!』

『もう嫌ぁ……引き分けにしましょうよ……引き分けならまだ優勝の目が……』

『そうはいかないよ。次は五番、氷土ひょうどクオンちゃん!』

『ここでクオン……スクイズ……犠牲フライ……もうおしまいだわ』

『ツツネさんから、一球目からスクイズのサインがでたよ!』

『そりゃそうでしょうね。九回からずっと、ノリは真ん中しか投げてないわけだし……』


 ノリは肩で息をしながらセットポジションに構える。


『ノリくんもだいぶ疲れてるね』

『常にど真ん中だから抜いた球は一球も投げられないし、それで打たれるしでプレッシャーもすごいと思うわ。よくダイトラの指示に従って投げてるわよね……』

『それもここでおしまいだよ。さあノリくん投げ――!?』


 ノリの目を見開くカットインが入る。球が浮いた。いや高すぎる。暴投――


『ッ! ウルモトくん跳んで捕った! で――ライ乃ちゃん挟まれたァ!?』


 投球と同時にスタートを切っていたライ乃は、ギョッとした顔で慌てて立ち止まる。三塁と本塁の中間。


『なんとかプレーになった!』

『ランダウンプレー!』

『それ!』

『くッ――本塁側のカバーがへたくそ……! でもマテンがうまい!』


 ライ乃はなんとか生き残ろうと行ったりきたりして粘るが、最終的にマテンにタッチされてアウトとなった。


『うー、惜しかった……もう少しで三塁に戻れたのに』

『マテンが上手すぎたわね……二塁まで来たバラスケがいるでしょ? 実は本塁付近でアウトを取ろうとすると、バラ助に三塁も踏まれる危険性があるのよ。でも三塁の近くなら……同じ塁にランナーは二人立てないから、ライ乃が戻ってきたらバラ助は二塁に戻らざるを得ないわけ』

『忍者汚い。うう……これで1アウト二塁。スクイズは見破られたし最悪だよ』

『あれは失投みたいよ。……ウルモトが捕球できて、最高の結果になったけど』

『あと一点が遠いよう』


 全員が守備位置に戻り、ノリがセットポジションに。


『おっと? バラ助が変な動きしてる。反復横跳びかな?』

『リードを取ってクオンを援護するつもりね……』

『ノリくんは牽制するかな?』

『体力的に数を放るのは厳しいと思う……かといってウルモトに刺させるわけにも……』

『じゃあ、ノリくん交代?』

『……それもどうかしら。みんながノリみたいに投げられないと思うし――って』


 バンッとベンチの柵を叩く音と、青い虎のカットイン演出が入る。


『え、三塁!? ノリ三塁に投げて――えっと、セーフなのこれ? あっ、バラ助こけた!? やばっ!』


 ノリが投げた球を捕ったマテンが、すばやく二塁へ送球する。足をもつれさせたのか倒れたバラ助は必死に這っていき――


『タッチして……セーフ! あぶなー! ねえ、姉さん今のおかしくない? 三塁には誰もいないし、バラ助は別に盗塁しに走ってないから、こう……投げるのがズルくてボークじゃないの?』

『……リプレイで確認したけど、ちゃんと投球板から足を外してるし……盗塁を防ぐ目的、ということであれば、ボークにはならないわね』

『うう。バラ助がコケることまで見通して、ダイトラは指示を出したの?』

『そこは偶然……だと思うけど、盗塁させないってだけなら、マテンにボールを持たせたほうがいいかもね。アウトにはできないでしょうけど』

『忍者めぇ……ん?』


 またも二塁でリードを取ろうとするバラ助に、声が飛んだ。

 バッターボックスから、指名打者のオオカミ系女子、クオンが。


『……リードを取るな、って言ってる? あっ、思考長い。姉さんよろしく』

『ええと、みんなの体力が心配。バラ助は空元気、1ヒットじゃ帰れない。次のココロ様も疲れている。指名打者で余力のある自分がなんとかしないといけない? ……ほ、ホームラン狙い!? ちょ、今季のホームラン数3本でしょ!? こ、こんなところで狙ったって出るわけないないない……!』


 白い毛をなびかせて、クオンはバットを長く持つ。二塁のバラ助は、ベース上から動かない。


 ウルモトはしばらく前からサインを出さなくなっていた。ノリの球はど真ん中にしか来ない。それを取ることだけを考えていた。

 ノリはちらりとダイトラを見る。珍しく表示されるダイトラの思考。クオンの狙いは読めていた。だが、動かない。


 ノリは強く頷くと、全力で腕を振り――



 ギィン!



『打ったあ! 大きい! 入った? ねえ入った!?』

『風! 吹いて! 温泉の蒸気とかそういうやつ! あ、ああっ――あああああ……!』

『――入ったああああ! サヨナラホームランだああああ!』



 島根出雲ツナイデルス対伊豆ホットフットイージス。延長十二回裏、2-4。



 順位は伊豆、ゲーム差1で東京、ゲーム差2で島根となり、残す試合は2試合。

 島根出雲ツナイデルスの自力優勝の可能性は、この時点で消滅したのだった。

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