ゴールデンファイナル第三戦(4)

『第三捕手がいない、わけじゃあないのよ?』


 イージスの内野陣がマウンドに集まる中、ナゲノは説明する。


『実際、ルーサーが故障してる間はもう一人捕手がベンチに入ってるから』

『じゃあなんで今いないの?』

『二軍に行ってるからよ。……ツナイデルスは一軍二軍合わせて4人しか専門の捕手がいないの。第三捕手は一軍登録はされてるけど、二軍の捕手が足りないからルーサーがいる間は二軍に行っていて……一軍に2人、二軍に2人って体制でやっているわけね』

『それで交替の選手がいなくなったって、危機管理不足? 監督の作戦ミス?』

『捕手三人をベンチ入りさせるのは、それはそれで第三捕手の出番がほとんどないって問題があるのよね……作戦ミスかどうかは、難しいわね。ルーサーが怪我したことは不幸な偶然としか……』


 ナゲノはため息を吐く。


『……ダイトラの打撃が信頼できるか、ルーサーの怪我体質がなければこんなことには……』

『あ、タイム終わったよ』

『切り替えましょ……えー、イージスはマヤを続投。メリーなら抑えられるという判断です。2アウトランナー一塁、バッターは九番、ライト、庭野にわのメリー』


 ヒツジ系女子のメリーは、ルーサーのことを考えながらバッターボックスへ向かう。追加点を、と望みながら。


『――……第3球! 打った抜け――バラスケダイビングキャッチ! 転がるがッ……手を高く上げる! ボールはグラブの中、アウト! 一二塁間へのいい当たりでしたが、バラ助、二回前転する勢いで飛び込んで捕りました。落球するかと思いましたが、丁寧にお腹に抱えて落としません。イージス内野陣のファインプレーが出ました。スリーアウト、チェンジ。2対1で、九回裏、イージスの攻撃になります』

『いいぞ、バラ助! よーし、ここはもう同点といわず逆転だね』

『守れば、勝てる……ああ、もう祈るしかないわ』


 ベンチに戻ってきたイージスだが、次の先頭打者であるココロ様が捕手用の装備を外す間に、円陣を組み始める。


『あっ、イージス名物の円陣だよ』

『イージスぐらいよね、円陣組むの……本当、仲がいいのはうらやましいわ。この回なんとしても点を取って、優勝しよう……って感じの話をしてるわね』

『そうだね。ここで勝たなきゃ東京に抜かれちゃうかもだし』


 掛け声を一つかけて円陣を解く。イージスの面々はやる気だ。


『で? ツナイデルスは、なんか……もめてる?』

『監督と……ダイトラがにらみ合ってるわね。いや睨んでるのはダイトラだけで、アラシ監督は目をそらしてるけど』


 ベンチに座るアザラシ系おっさんのアラシ監督に、ダイトラが覆いかぶさるように立ちふさがっていた。


『ええと……ダイトラ、アラシ監督にラビ太の続投を進言してるのね』

『おお? それってどうなの、姉さん』

『うーん。体力的には問題ないと思うわ。草野球時代は酷使されてたわけだし。でも最大パフォーマンスを発揮できるわけじゃないのよね。打順もこの回で一巡するし。下位になるとはいえ……球も軽めだし、ちょっと不安が……』

『あ、決まったみたい。えーと、ツナイデルスはピッチャー交代。ラビ太に代わって木渡きわたりダン。キャッチャーには前の回に代走に出た凍原とうばらウルモトがやるんだって。……ダイトラ、すごい舌打ちしてるね』

『そこまで悪くないと思うけど、何が不満なのかしらね。勝ってる試合のダンは頼りになる抑えのエースなのに』

『負けてる試合で傷口広げるのにも定評があるよね』

『……同点以下だととたんにやる気がね……防御率が悪かったりするのはそのせいなのよね』


 サル系男子のダンは、ロージンバッグを片手で器用にお手玉し、唇を尖らせて余計な粉を手のひらから吹き飛ばす。そして長い腕を生かした豪快なフォームで投球練習をし――


『――弾いた』

『弾いたわね』


 投げられた数球を、ウルモトはすべて捕球できなかった。


『え、ちょっと、嘘でしょ……いくら外野手だからってそういうことある? ええ……?』

『捕手適正、Gなのでは~?』

『う、うぐ……』


 ココロ様がバッターボックスに立ち、審判がプレイを告げる。


『さあ1球目! あッ、弾いた! あれ、ココロ様走らない? 振り逃げじゃないの?』

『振り逃げできるのは第3ストライクの時よ。とはいえ、これは……』


 いきなり捕れなかったウルモトに、落胆の声が上がる。


『このままだと、全部捕れなくて自動で勝てる?』

『いや、さすがに……ん? ツナイデルスからタイム……って、ダイトラが伝令?』

『なんか、ミット持ってるけど、代わりにきたの?』

『一度引っ込んだら交代できないわよ。何しにきたのかしら……ん?』

『ウルモトくんからミットを取り上げたよ?』

『え、まさか本当に代わろうと?』


 ダイトラはウルモトのミットを取り上げると――自分が持ってきたミットを投げつけて、ベンチに帰っていった。


『え、何? どゆこと?』

『知らないわよ……』


 ウルモトは首をかしげながら、投げつけられたミットをつけて構える。プレイの再開が告げられ、ダンが振りかぶった。


『2球目――高めのボール球! 今度は捕ったね。1ボール1ストライク。あ、もう一球高めだ。2ボール1ストライク。なんだ、捕れるじゃん?』

『そうね……あぶなっかしいけどなんとか』

『何か変わったのかな?』

『さあ? AIが急に上手くなることはないらしいけど……変わった……え、まさか?』

『姉さん、何か分かった? ってキーボードの音すごっ』


 続く4球目はライトスタンドへのファールになり、2ボール2ストライク。


 その間に、ナゲノから俺の元へチャットのメッセージが送られていた。ふむ。それはもちろん、と返答しておく。


『……確認したけど、そこまでする? って感じね』

『なになに? ひとりで分かるのはずるいよ姉さん?』

『道具が、違うんですって』

『? ああ、ミット交換してたね。でも同じキャッチャーミットだよ?』

『ルーサーの、使キャッチャーミットなのよ』

『ステータス補正的な?』

『野球のグラブって触ったことある?』

『ないよ。兄ちゃんも持ってないし』

『グラブってね……買ったばかりだとすっごくのよ。きちんとキャッチングするためには、型付けっていって……オイル塗ったり揉んだり叩いたりして、自分の手になじむようにしないといけないの』

『なんかちょっとエッチだね』

『何がよ……。まあいいわ。で、特にキャッチャーミット。これを新品で使うなんて、板でボールを挟むようなものよ。ウルモトは用具係が急いで出してきたミットを渡されてたし……ポロポロこぼしてたのは、そのせいね』

『え。えっと、つまり?』

『……ケモプロは、道具の手入れまでシミュレーションしてるのよ』


 ケモプロの野球用具は、老舗の企業ナカジマの商品をモデルにしている。そのスポンサーをする話し合いの際に、実物を見せて触らせてもらったのだが、本当に硬かった。そこで担当者から道具の手入れの重要性について話をされて、ゲームに取り入れることにしたわけだ。

 ……小学校の三ヶ月の野球活動では、道具は全部借り物だったから、さっぱり知らなかったが。


『ええ……何それ、細かッ』

『オフの日の様子で、妙に選手たちの道具の手入れのモーションが細かいなと思ったらコレよ……いや確かにたまにグラブが壊れたり、なんならバットは良く折れてるシーンを見かけるけど……』

『ちょっと気持ち悪さを感じるけど……まあ、これでちゃんと捕れるならよかったね』

『ええ、そうね。これでなんとか――』

『あッ、走った!』


 ココロ様が一塁に向かって走り出す。ボールは――ウルモトの後方だな、うん。


『セーフ! ノーアウト一塁! えっと記録は……三振と捕手のエラー?』

『振り逃げは、いちおう三振扱いなのよ。……投げた球はワンバンしたフォーク。でもベースの手前じゃなくて奥でのバウンドは、暴投じゃなくて捕手のエラーになるの。そしてこれはミットがどうこうじゃなく、普通に捕れなかったのね……まあ難しいケースだし……』

『悪いけどこっちは同点のチャンスだね。七番、カリンちゃん!』


 リカオン系女子がバッターボックスへ。しかしダンはそれと向き合わず、二度牽制を繰り返した。


『ココロ様に牽制が多いね?』

『ウルモトの捕球が不安だから……こぼしたときに備えて、リードを普段より多めにとっているみたいね。二塁に行ければ、一塁が空いてまた振り逃げも発生するし』

『うーん、ココロ様は足遅いけど間に合うかな……? っと、今度は投げた! こぼれた! ココロ様ダッシュ! セーフ! やったノーアウト二塁!』

『外角へのカーブ……うーん、落ちる変化球はウルモトには難しいみたいね……ん?』


 マウンド上のダンが、足元を蹴り、唇を尖らせて帽子に息を吹きかけた。表示される思考は――


『……やってられない? ちょ、ダン、まだリードしてるでしょ!? ここで諦めないで!?』

『あ、さすがにウルモトくん、タイムを取ったよ。ダンのところに行って……話を聞いてもらえてないね』


 耳をほじくって目を逸らして、完全に聞いてないアピールをしている。


『……まあ、ウルモトも自分が取れる球を投げてくれ、って言ってるから、お互い様ってところかしら。そんな緩い球で抑えられるわけがないし』

『このタイム必要だったかな?』

『うぅッ……』

『さてさて再開……あれ、投げるのはや……あッ、またこぼした! ココロ様は? んー、捕りに行くのが早かったから、二塁でストップだね』

『サイン交換せずに投げたわね。でも同じコース同じ球種で取れないとなると……あぁ、ダンがやる気をなくしてる……まあ、そうよね。ストライクはとってるのにこれじゃあね……』

『ノーアウト2ストライク、ランナー二塁! ん? これは……長いなー』


 ダンの思考表示が大きな吹き出しに表示される。


『ウルモトは捕球できない……この試合で勝つのは難しい。もう負けたも同然。2点取られると負ける。……できれば成績は落としたくない? 自責点を回避……ちょっと、それって!?』

『ダン、投げた! 空振り……こぼした! カリンちゃん、ココロ様走る! ウルモトくん捕って――三塁に投げた、けどっ? ココロ様二塁に戻って、一塁もセーフ! うーん、ノーアウト一二塁!』

『最悪……』


 マウンド上でやれやれ、と肩をすくめるダンにナゲノは歯軋りする。


『分かってて取れないフォークを投げたわね』

『それってどうして?』

『自責点の問題ね。投手の成績の一つである防御率は、自責点……投手に責任のある失点でしか落ちないの。投手以外の責任で出たランナーがホームを踏んでも、自責点にはならないわけね』

『えーと……じゃあココロ様とカリンちゃんは、キャッチャーのエラーで塁に出たから……これから2点取られて逆転されても、ダンの責任じゃない、ってこと?』

『そういうことよ。……もちろん、全部ダンが悪いとは言わない。今の球をきちんと捕球できていれば三振だったし、たぶん……ウルモトが一塁に投げたらアウトだったかも。足の遅いココロ様が三塁を狙って、誘ったという見方もできるけど』

『イージスのチームプレーってことだね』

『うらやましい……』

『ツナイデルスはどうしたらいいの?』

『……層が薄いから、正直守備はいじりようがないと思うわ。だから正直、バッテリーでどうにかしてもらうしかないんだけど……』


 八番バッターの島住しまずみキョンがバッターボックスに入ると、ダンはサインも見ずにど真ん中にゆるい球を投げ込んだ。まるでキャッチボールのように。


『ストライク。キョン、予定通り初球は見送ったね。ウルモトくんは捕れたみたいだけど……どう?』

『腐ってる……これまでも負けてるときはやる気はなかったけど、きちんと投球してた。でも今は完全に試合を投げてる。捕球してもらえないのがそこまで気に食わないの? このままじゃ……』

『あッ。タイムがかかったよ! ……ピッチャー交代だって!』


 ダンは肩をすくめてさっさとマウンドを降りる。代わりに出てきたのは……なんだろう。童顔の、耳の短いウサギのようなタヌキのような……。


『ピッチャーは、洞ヶ木うろがきノリ。見たことない選手だね。えっと……ミナミキノボリハイラックス? 長いね。姉さん、どんな選手?』

『――知らない』

『え?』


 島根出雲ツナイデルスの、一軍の全試合、二軍のほとんどの試合を実況している公式実況者、ナゲノは力の抜けた声で言い切った。


『選手登録されてるのは知ってるけど――マウンドに出てきたこと、ないんだもの』

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