ゴールデンファイナル第三戦(3)

『あッ、あッ、クオンちゃん打ち上げちゃった! ……あぁ……ショート、ドーラがキャッチして、チェンジだ。まただめだったよ。また0点かぁ』

『冷や汗かいたけど、なんとかなったわね。ライのツーベースで1アウト二塁になって……バラスケは打ち取ったけど、クオンちゃんでしょう? やられたかと思ったけど、ふう……これで八回裏も0点に抑えられて、0対1のまま九回ね』

『ううぅ。ラビ、強いぃ……』


 ナゲノの不安をよそに、ラビ太はきっちりとイージス打線を抑え、七、八回をまたぐロングリリーフの活躍を見せていた。


『ラビ太は三回で3被安打4三振。これで勝ってればホールドだったんだけど……いや、この回! この回で逆転勝利すれば救援勝利がつく! 優勝も近づく! 打ちなさいよ、ツナイデルス!』

『ぐぐう。そう簡単には勝たせないよ。リードをしているイージスには、守護神がいるんだから』


 0対1のまま進行した試合もついに九回になった。表のツナイデルスの攻撃となり、ナゲノが実況を担当する。


『さあ九回表。いまだ得点は0対1でイージスがリード。ツナイデルス、この回で得点しなければ後がありません。しかし……やはりピッチャー交代。八回を投げた川渡かわわたり三郎サブロウに代わり、すでに今季最多セーブ投手に確定している、伊豆の守護神。忍者マテンの従妹、灘島なだしまマヤがマウンドに向かいます!』


 歓声に見送られて、ヤマネコ系女子がマウンドに立つ。


『勝った! お風呂してこようかな』

『……パーフェクトなクローザーなんていないのよッ! 初年度優勝、なんとしても! トップバッターは四番、指名打者、田中タナカエイジ!』

『根暗モグラくん、には打てないんじゃないかな~』

『四番のアンタが打てなきゃどうすんのよ! 石にかじりついてでも打ちなさい!』


 そんなプレッシャーを受けていると知ってか知らずか、モグラ系男子は地面を見ながらバッターボックスに向かい、顎を深く引いて構える。


『さあマヤ、初球は……緊張していると読んでアウトハイのボール球? ッ……ストライク! エイジ、マヤの読みどおり振ってしまった!』

『うーん、ココロ様のリードは頼りになるなあ』

『第二球――ストライク! 鋭いスライダーが内角をえぐりました。このフロントドアが守護神の伝家の宝刀です。エイジ、手が出ませんでした』

『いつ見てもすごい曲がるね。ゲームだから?』

『どうかしらね……でもこれぐらいなら現実でも投げる投手はいるわよ』

『そうなんだ』

『さて第三球……ん? 三球勝負? 外内ときて外、アウトローいっぱいを狙う様子』

『いけいけー!』

『さあ投げたッ――打った! フラッと上がってライト前! ブチ丸走って……これは? フェア! 一塁送球――セーフ! 体勢を崩しながらも打球はライト前ヒット! スタート遅れましたが間に合いました、先頭ランナーがでたツナイデルス!』

『ええー! 今のノーバンでキャッチしてたよ!』

『ツツネさんは……チャレンジしないわね。こっちでリプレイ見てみる?』

『うぅ……ツツネさんがしないなら……信じるよ』


 メジャーリーグでは以前から、日本でも2018年度から採用されたチャレンジ制度は、ケモプロでは開幕当初から実施されている。現実ではビデオを見て審判が改めて判定する形だが、ケモプロではリプレイ映像は流すものの最終判断は審判より上位にいるメタAIによって行われる。当たり判定を認識している唯一のAIが判断するのだから、精度は高いと言えるだろう。

 ……それにしても、日本の野球でもチャレンジが行われる場面を見るようにはなったが……なんで名前がチャレンジじゃなくて『リクエスト』なんだろう?


『さあノーアウト一塁! バッターは五番、ショート、土屋つちやドーラ! 一発で同点といきたいところ!』

『バントとかは?』

『……器用なバッターが欲しい……ええい、でもドーラには一発もあるから!』


 ブタ系女子のドーラに、ナゲノをはじめとするツナイデルスファンの期待が寄せられ――


『……三振。マヤ、軽々とドーラを抑えました。……バットにかすりもしないとか』

『振り回してたね』

『振り回されたというか。ええい、切り替えましょ。今日は六番、ライト、岩ノ間イワノマテル』

『ここまで三打席ノーヒットだね』

『一回はフォアボールで塁に出てるから!』

『マヤちゃんが歩かせるとは思えないなー』

『それは、うん……そうね……』


 あまり期待を寄せられず、ラーテル系男子のテルが口角泡を飛ばしながらバッターボックスに向かう。捕手の巨大ウサギ系のココロ様が『うるさい』という意味のアイコンを浮かべて顔をしかめた。


『相変わらず何かわめいてるね』

『声が大きいのよね。それでいて内容は文句ばかりだから、守備連携の役にも立ってないけど……』


 ついでにいうと文句をつけることに夢中でエラーする場面もあったな。さすがに最近はないようだが。


『――2ボール2ストライク。平行カウントまで追い込まれました。テル、いちいち文句を言って、マヤとココロ様がげんなりしています』

『何かの作戦なの?』

『それならそれでいいけど……さあバッテリーは次で決めることにした様子です。内角胸元に――打った!』

『ひぇ!?』

『抜けた! 三遊間抜けてレフト前ヒット! テル、本日初ヒットで、1アウトランナー一、二塁! やればできるラーテルだったッ! 難しい球をよく引っ張ったわ!』

『うそうそうそ……』


 褒められたテルは、一塁上でガヤガヤ文句を言っているが、ヒットはヒットだ。逆転勝ち越しのチャンスに、視聴者のコメントも盛り上がる。


『さあツナイデルス打線が繋がっている! 次は七番、ファースト、乾林かんばやしガンタ。よく言えば堅実、悪く言えば四角いプレーをする四角顔。しかししかし、本日は三打席三安打! 当たっている日だ!』

『それでもマヤちゃんなら……マヤちゃんならなんとかしてくれる』

『次に控えるバッター的にも、ここで決めてほしい……ガンタ、頼むわよ!』


 キリン系男子がバッターボックスへ。四角い顔をしているせいか、テルのような特徴的なことはせず真面目に構える。ネクストバッターズサークルには不機嫌な様子でダイトラが腰を下ろしているが、ナゲノはそちらには期待していないようだ。


『……ストライク! 2ストライク1ボールに追い込まれました。内外内ときて……ガンタは次は外のボール球を予想。ココロ様は……ウッ。ガンタの思考を読んでいます。見逃し三振を狙って、アウトローのストレート』

『さすがココロ様!』

『マヤ、ランナー警戒しながら……投げた! ッ! ガンタ迷いながらも手を出したッ!』

『あッ――ぶなー!』

『ライ乃捕りましたが二塁は無理。一塁でアウト。ガンタ、一塁線のゴロに倒れました。2アウト、ランナー進んで二、三塁。……はぁ……九回表、最大のチャンスだったのに……』

『惜しかったね、姉さん。さすがにここでダイトラじゃあ……ん?』


 次の打者として控えていたダイトラが――ベンチへ向かう。


『え? あれ? これは?』

『かッ……神采配キターッ! 選手交代、選手交代です!』


 ベンチから出てきた選手と、ダイトラが向き合う。イケメン・アルパカが無表情にねぎらいの言葉をかけ、青い虎は鼻を鳴らしてベンチへと引っ込む。


『八番、代打、高原たかはらルーサー! アラシ監督、ついにまともな采配をしました! 打てる捕手、イケメン・アルパカ、ルーサーが代打で登場です! これで九回裏の守備も怖くない!』

『ううぅ……でも、マヤちゃんなら。マヤちゃんなら抑えてくれるよ』

『いやいやルーサーなら……あッ』


 ナゲノの声が固まる。ココロ様が出したサインに。


『け……敬遠。ココロ様、申告敬遠をツツネさんに打診しています』

『しんこくけいえん?』

『投げずに敬遠するっていう、時間短縮のために導入されているルールよ。今年度から日本でも始まってて……監督が敬遠って審判に申し出ればいいんだけど……ううッ。確かに、2アウトでも一塁が空いてる。ルーサーと勝負するぐらいなら、満塁にして九番のメリーちゃんと……』

『なるほど! かしこいね』

『決定権を持つ監督兼任選手、ツツネさん……マヤを見て、ん? マヤは反対? ツツネさん、タイムを取ります。内野陣がマウンドへ。どうやら話し合うようです』


 ライ乃、バラ助、ツツネ、タカネ、マヤ、ココロ様が一塊になって話し合う。


『ココロ様は安全策をとりたい……マヤは自信がある。満塁も安全とは言えない。えーと、どうやらマヤ、バラ助が勝負、ココロ様、タカネが敬遠、ライ乃が中立という感じで割れていますね。ツツネさん……思考が長い……えーと……この先の試合を考えると、マヤの機嫌を損ねたくない? ……勝負! 勝負です! 内野陣が散っていきます! ツツネさん、マヤとルーサーの勝負を選択しました!』

『お、おお? おお? だ、だいじょうぶ……?』


 マヤはギラリとルーサーを睨み、ルーサーもそれを静かに睨み返して、バットを握り締めた。


『初球は……アウトロー、ボール。際どいところでした。ルーサー手を出さない。二球目……これも外! 見送ったが――ストライク! コーナーギリギリを攻めていきます! 1ボール1ストライクで三球目……ッ! ルーサー避けた、ボール! インハイへのスライダー、ルーサー思わず避けました!』

『ぶつかるかと思った』

『勝負とはいえ、フォアボールになってもそこまで不利じゃない。だから際どい攻めができる……んだけど、デッドボールはやめてよね……』


 リーグ内でダントツに怪我の回数が多いからな。細かいのを含めても。


『さあ2アウト2ボール1ストライク。勝負に行くなら次はストライクを取りたいところ。伊豆の守護神、灘島マヤ、次のボールは……投げたッ!』


 ガキッ


『ひぇ!』

『――ファール。今のはツーシーム……ですね。やや外れていたように見えましたが、ルーサー、打って出てファール。2ボール2ストライクに追い込まれました』

『よ、よーし! あと一球!』

『バッテリー間でサインが決まった。フロントドアのスライダー。決めにくるが――ルーサー、これは読んでいる!』


 くるくると片手でボールを回していたヤマネコ系女子が、構える。


『投げた!』


 ガッ


『詰まった打球レフト線、ギリギリのところ! 島住しまずみキョン、ランニングキャッチ――落球! 肝心な場面でエラーが出ました!』

『キョンのバカー!』

『やらかした間にランナー還る! これで逆転、2対――あれ?』


 スコアは変わらない。エイジ、テルの二人のランナーがホームベースを踏んでも。その二人はホームベース付近で、大声を上げていた。


『こッ――ルーサー! ルーサーがまだ一塁に到着していない!』


 ユニフォームを土で汚したルーサーは、片足を引きずるようにして前へ進んでいた。


『こ、故障か!? ルーサー、懸命に前に進む! キョン、いまボールを手にして一塁へ送球! ルーサー倒れこむように突っ込んだ! ……判定は? ――セーフ! セーフだ! ツナイデルス逆転!』

『ぎゃー!』

『しかし……ルーサー、起き上がりません。審判がタイムをかけて……ああ、担架です。ルーサー、運ばれていきます。逆転打を放ったルーサー、リプレイで確認すると……打って、一歩踏み出したところで崩れていきます。どうやら肉離れのようです。なんとか一塁に到着しましたが……これは……まずいわね』

『逆転したのに?』

『ダイトラなんていう第二捕手、言っちゃ悪いけどメリーちゃんみたいな子を使い続けてきたツナイデルスよ……?』


 代走にツナイデルスの控え選手が出てくる。イタチ系男子の凍原とうばらウルモト。のんびりした顔にわずかに緊張を走らせて。

 正直あまり試合で見たことがない。登録は……外野手?


『マトモな第三捕手なんて、いるわけがないじゃない』

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