ゴールデンファイナル第三戦(2)
『……打ちましたが、ボテボテのゴロ。
『うーん、がおちゃん絶好調だね。レイは焦りすぎかな?』
『クッ、言い返せない……』
『では後攻は杏ちゃんが実況! さーイージスの攻撃開始! 一回裏から先制点いってみよう!』
内野陣が投手に近寄って声をかけながら和気藹々とベンチに戻るイージスに対し、ツナイデルスはそれぞれバラバラとフィールドに出て行った。
『あー、おそーい。ダイトラ、早くしてよー』
『のんびり歩いていくのよね……審判が注意してるのになんで改めないのかしら』
審判からの指摘はAIにとって価値が重い、とミタカから聞いている。特に罰則は二度と繰り返さないように強く記憶される――のが基本だと。それなのにダイトラがぷらぷら歩いていき、毎度審判から「急げ」という意味の発言をされているのは……罰則がないせいなんだろうか?
『ブソンの投球練習、気持ちよさそうに投げてるね。期待できそう? 姉さん?』
『うーん、思考表示では好調だと思ってるみたいだけど……いつもより球に力がない感じがするのは気のせいかしら? 音が違う気が……。自己評価と実際の状態が正しいかどうかは分からない、って話だけど……』
『フクザツだよね。ま、不調ならこっちが有利かな』
球を受けるダイトラはいつものようにムスッとしているばかりで、どう考えているのか分からない。
『さあバッターがきたよ。一番はブチ丸だね。ダイトラに挨拶してる……けど無視されてる』
『うちのダメ虎がごめんなさいね』
『いえいえ。初球からど真ん中指示、あざーす! ……一球目は見送り。二球目もまた真ん中だ!』
『この虎』
『大きい! ヒット! ……二塁は無理かー! でも先頭バッターから出たぞ~これ! ノーアウト一塁で、二番、
『チームプレイよね……うらやましい』
『無難に転がして、1アウト二塁! 得点のチャンスでライ
のしのしとバッターボックスにクロサイ系女子が登場する。伊豆の中ではもっとも大きな体の選手だ。ちなみに肌の色は、サイ色というか灰色。選手のバリエーションを出す為に、モデルになった動物とまったく異なる色合いの変異種――という設定のカラーリングになる場合もあるのだが、ライ乃はこれで正しい色合いらしい。黒くないのに。
『おっと、ダイトラさすがにコースをついていく? 低めのボール球……見送ったね。1ボール』
『要求通りのストレートね。ブソンは変化球じゃないとコース突くのは苦手なんだけど、ドンピシャ。たしかに今日は好調みたい』
『普通逆なんじゃないの? ストレートのほうがコントロールしやすいような』
『私に聞かれても。ストレートが好きすぎて力むんじゃないかって検証スレでは言われてるわね』
『へー。さすがは荒れ球おじさんなんだね』
『まあ制球力が上がって悪いことはないわ。ライ乃ちゃんもパワーはあっても巧打ってわけじゃないから、このまま丁寧にいってくれれば……』
『2球目も同じコースでボール。3球目……また同じ? ブソンが首を振って……おや?』
『……さらに外したボールを要求してるわね』
『敬遠ってこと? ブソン、なんか怒ってるよ?』
バッテリーの意見はかみ合わない。ブソンが吼え、ダイトラは鼻を鳴らしてストライクゾーンを指示する。
『んー、際どいコース! 見送って2ボール1ストライク! 続いて同じコースで……打ったッ! 大きい! 入る!? やったホームら……あぁ~、切れた……ファールだ』
『心臓に悪い……って、ハァ!?』
ダイトラが動く。――立ち上がって、キャッチャーミットを高く外へ。
『こ、ここで敬遠? 平行カウントまで追い込んで!? 良い当たりが出たからってビビリすぎでしょ!?』
『姉さん、どっちの味方? ブソンは怒ってるけど……こんどはダイトラも動かないね』
ダイトラは動かない。顔をゆがめたブソンは、足元を蹴ってからモーションに入り――
『あッ』
投げた球は地面を叩く。瞬間、ライ乃がバットを振った。ボールは――ダイトラの後方へ。
『えっとえっと、ライ乃ちゃんが走って! ブチ丸も走って! えっと、1アウト一、三塁になったけど、これって何だっけ?』
『……振り逃げね。一塁に走者がいなくて、第3ストライクをキャッチャーが正確に捕球できない場合、バッターは一塁への進塁を試みることができるのよ』
『あー、だからボール球なのにライ乃ちゃんは振ったんだね』
『記録は……暴投か。まあ、そうよね、ワンバンしてるし。座ってれば捕れたでしょうけど……』
歯切れの悪い言葉が気になって、俺はルール参照を起動する。その場面でAIが判断材料にした公認野球規則などが表示される機能だ。暴投……捕逸……正規の捕球……ふーむ。ダイトラが後逸したから捕手にエラーがつくかと思ったんだが、ホームベース手前でバウンドしていると暴投なのか。
『ブソンは怒ってるし、ダイトラは無視してるし、いきなり空気は最悪だね!』
『ホントよ……』
その最悪な空気の中に、もう一人、怒りのアイコンを飛ばしまくる選手が入ってくる。
『あー、四番のバラ
『まあ怒りたくもなるでしょ。ライ乃よりやりやすいって判断されたわけで』
カピバラ系男子のバラ助は、風力全開の扇風機のような素振りをしながらバッターボックスに入る。
『ダイトラ、ど真ん中に構えて――ブソン、投げた! 高い! あッ』
肩より高く入ったボールを、バラ助が全身を使ったフルスイングで打つ――も、当たり所がよくなかったのか緩く短いフライになり。
『フライキャッチして――ライ乃ちゃんもアウト! ダブルプレーかぁ』
『助かったわ……イブヤ、ナイスプレーね。ショーフライをキャッチして、飛び出してたライ乃を一塁でフォースアウト。抜けてたら先制されてたところだわ……』
『うーん、あとちょっとだった! チェンジかぁ』
がくりと肩を落として、バラ助がベンチに帰っていく。それをイージスの面々が、ポンポンと叩いて励ましながら守備に向かっていった。
対するツナイデルスはというと、ベンチに帰っていくダイトラとブソンの間に入っていく選手は誰もいない。
『仲悪いね』
『不安だわ……』
『これはサクッとリードできそう』
『ううッ』
が、アンズの予想通りには行かなかった。
二回裏。
『……んあああ、三振……! キョンのばか!』
『ランナー二塁でチェンジね。あぁ心臓に悪かった……』
三回裏。
『げェッ! 三者凡退!?』
『マテン、よく止めたわ! 抜けたらヒットだった……さすがツナイデルスの忍者よ!』
四回裏。
『2アウトランナー一、三塁! バッターは七番のカリンちゃん! 前打席は内野ゴロだったけど今度こそ……よし打った――ええッ! ドーラが追いついたァ!? ええー!?』
『あっぶないわね。ギリギリ捕ってマテンにトス、そこから一塁でアウト。いい判断できてるわ』
『うう、鈍足ドーラはどこにいったの?』
五回裏。
『ブチ丸、三振……! うう、あんな遅い球に大振りしてぇ……これでチェンジか……』
『ストレートと落差のあるカーブだから、うまく機能すればこれだけタイミングが外せるのよね』
『ボールは荒れてるのに、好調じゃない? ずるくない、ブソン?』
『初回はどうかと思ったけど、意外ともちこたえてるわね……まあこっちも得点できてないけど』
だが0ゲームの拮抗も長くは続かない。
『――やったねフォアボール。ライ乃ちゃんよく見た! これで六回裏、1アウト一塁。四番、バラ助の出番だよ』
『バラ助はここまで2打席1安打ね。これ以上は打たれたくない……抑えてよね、ブソン』
『それにしても、今日初めてフォアボールだよね。荒れ球おじさんのくせに』
『まあ……ダイトラは真ん中に投げさせることが多いから、フォアボールが出る前に打たれるのよね。今のはカーブのすっぽぬけで想定外ってところかしら。いいのよ、長打にさえならなければ――』
『打ったッ! やった、フェンス直撃! バラ助一塁回った……セーフ! やったやった! ツーベース! 1アウト二、三塁!』
『言ったそばから……』
『フラグだったね、姉さん』
『ぐぐぐ……』
ナゲノが唸る中、オオカミ系女子が白い毛をなびかせながらバッターボックスへ向かう。
『さあクオンちゃんのターン!』
『イヤな予感しかしない……』
『よし打った……! ああー、ファールかぁ。はい、初球は内野スタンドに飛んだファールで1ストライク』
マウンド上のブソンが足元を蹴り、ダイトラはムスっとしたままミットを構える。それを見たクオンに思考が表示された。
『え、クオンちゃんなになに? 姉さん解説!』
『はいはい。えっと……犠牲フライは無理? 切り替えてスクイズ? ちょ、ま――』
ガッ
『おっとピッチャー前に転がったね。ブソン捕って――え、ホーム? あ、ダイトラが……一塁に投げて、アウト。うん、先制! 0対1でイージスがリードだ!』
『はぁ……ホームに投げるかと思った。さすがにそこはダイトラの指示を聞いてくれたわね……これで2アウト三塁か……しかも次はココロ様?』
『大量得点かなーやっぱ』
しかしながらブソンは続くバッターの巨大ウサギ系ココロ様を三振に取り、チェンジとなった。
『助かったわ……それにしてもやっぱり、怖いのはクオンちゃんね。後ろにココロ様がいるせいかなんなのか、確実に得点を取ったり次に繋げるプレーが多いというか……フォアザチームの名にふさわしいのは彼女だわ』
『打てないわけじゃないから、もっと攻めてくれてもいいなってファンとしては思うな。さっきのはヒット打てば2点じゃん?』
『敵からしたら欲張らないのは怖いと思うわよ。ココロ様でさえ、今のは欲張って失敗したパターンだし。まあ、アウトもらえるのは助かるって考え方もできるけど……』
ともあれ、スコアは0対1で伊豆が1点リードとなった。島根は巻き返さないといけないが……。
『さあ反撃しないと。七回表、ツナイデルスの攻撃……って、そうよね、ピッチャー変えてくるわよね……』
『二順したからね。わるいね姉さん』
『ピッチャー、高香草に変わって……
マウンドに上がったのは細身のアシカ系男子。ゆったりとしたフォームで投げられるボールは――
『――三振。スリーアウトチェンジ。五番からの打順だったツナイデルス、七番
『わー、あっさりチェンジだったね』
『ぐぅッ……』
『ダイトラは今日はノーヒット?』
『……3打席2三振1併殺……べ、べつにいいのよ。八番だし!?』
『打てるにこしたことはないよね?』
『ハイ』
打たないと得点できないしな。
『じゃあ七回表だね。イージスは追加点が欲しいなあ……って、そっちもピッチャー交代?』
『球数そんなに投げてないし、下位からなんだからもう一回ぐらい投げてもいいと思うけど……ブソンが降りて……』
『あ、ラビ太くんだ』
『また監督の忖度かしら』
『でも成績はいいよね、ラビ太くん。防御率も、ホールドってやつも多いって聞いたけど』
ウサギ系男子がマウンドに上がる。島根側の観客席から歓声が上がった。
『今年の最優秀中継ぎの候補なんでしょ? 兄ちゃんが褒めてたけど』
『そうね。後半からポイントを稼いでて……ここで救援勝利がつけば確定するわね。前半の敗戦処理みたいなのさえなければとっくに……』
『ふーん。まあでも、今日はね、イージスが勝つんだから。ぼっこぼこに打ってやりますよ』
『うう……頼むわよ、ラビ太……あぁ、ルーサーに代わってほしい』
投球練習が終わり、バッターがやってくる。七番のリカオン系女子の、
ダイトラはかつてのチームメイトをちらりと見ると、鼻を鳴らして――無造作にど真ん中を要求する。
『不安だわ』
試合は後半になっても、ナゲノの心が休まることはなかった。
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