ゴールデンファイナル第三戦(1)

【対電脳最終戦(第26試合)】 /島根出雲ツナイデルス公式チャンネル 2018/05/02投稿


「九回裏2アウトまでもってきた! 1点差でランナー一塁、まだ油断はできない状況。ツナイデルス、抑えのツナノブ、長いサイン交換から……ッ! 打ち上げた! ルーサー、マスクを外して走るッ! ――スライディングキャッチ、アウト! 最後はキャッチャーフライに打ち取りました! 試合終了! いやあ……乱打戦でした。電脳カウンターズとの最終戦、島根出雲ツナイデルスは7対6で勝利しました! いやー、落木おちぎツナ信、1失点しましたがなんとか持ちこたえましたね」


(アカハナグマ系男子、ホッと息を吐きながらマウンドを降りる)


「ゴールデンファイナルの初戦を勝利しましたツナイデルス。さて裏の伊豆の試合は……えッ、延長11回までもつれて鳥取の勝利? 伊豆ホットフットイージス、鳥取サンドスターズにまさかの黒星! 東京も青森に負けていましたので……これで島根は東京にゲーム差1、伊豆にゲーム差2まで詰め寄りました。まあ、あと4戦しかないですしさすがに……」


 ◇ ◇ ◇


【対青森最終戦(第26試合)】 /島根出雲ツナイデルス公式チャンネル 2018/05/03投稿


「さあ青森抑えのエース、ドイルを追い詰めた! ノーアウトからレイがフォアボールを選んで出塁、四番エイジが左中間を破ると俊足を生かしてホームを踏み、同点! ドーラの進塁打で1アウトランナー三塁。バッターは六番、イケメン・アルパカ! 高原たかはらルーサー! 2対2、九回裏! ここで勝負を決めてほしい!」


(アルパカ系男子、バッターボックスへ)


「――高く上がったッ! ライト方向……伸びはいまひとつ! 三塁エイジ、タッチアップに備える。ライト、ロロちゃん……捕った、ランナースタート! バックホーム! ……セーフ! 試合終了! 島根出雲ツナイデルス、勝ちました、2対3! 最後はルーサーの犠牲フライで、四番指名打者、根暗のエイジがホームに還りました! いやー連勝連勝! さて裏の伊豆の試合は……エッ」


(スコアを映す。伊豆対電脳、2-4、延長12回)


「伊豆ホットフットイージス、連敗! 東京は勝ったので、これで順位が変わって1位タイに伊豆と東京、三位に島根がゲーム差1……って、あれ? もしかして? 次が伊豆、その次が東京とだから? 伊豆と東京に勝つと最低でも1位タイ……!? あ、ある? あるのでは? 島根、優勝あるのでは!? 最低でもプレーオフには持ち込みたい……ッ! やれるわよね!?」


(バンッバンッ、と机を叩く音)


「明日はデーゲーム! 伊豆ホットフットイージスとの試合を、やきうのあんちゃんズchの杏ちゃんとお送りします! 応援しなさいよっ!?」



 ◇ ◇ ◇



 5月4日。

 残り3試合となった今シーズンのケモノプロ野球は、連休中でもその他の話題に埋もれていない。そうなったらいいとは思っていたが、ここまで接戦になるとは予想していなかった。調整とか八百長とかいう意見が出てくるのも分からなくはない……ほとんどの人は冗談で言っているとは思うが。


 去年とは違って、高校を卒業した俺に平日の義務はない。無理に休日に企業と打ち合わせをする必要もないし、そもそもゴールデンウィークに予定を入れるのは難しい。去年は奈良県と他にいくつか会ってきたが……成果には繋がらなかったな。

 というわけで、雑用係がすることは少ない。この連休は、いまのところ一般のユーザーと同じようにケモプロを楽しんでいる。デーゲームの時間が近づき、登録しているチャンネルの放送が始まった通知を見て、配信の視聴を始めるのだった。


『はいどーも! お時間やってきました! 主催のやきうのあんちゃんズchの杏ちゃんとー?』

『ふれいむ☆です。よろしくお願いします』

『よろしくね、かあちゃん』

『誰がアンタの母親よ!』

『えー、でもそういうコメントが……んー、じゃあ……お』

『お?』

『……ねえちゃんで』

『ハァ……まあいいけど。それで、今日はお兄さんは?』

『え、家にいるけど……うるさいし、呼ばない』

『あ、そ、そう……』


 あんちゃんズとは名ばかりで、二人の応援チームである東京と伊豆の直接対決以外でそろって実況することはないんだよな。なので兄が放送に出ると「ひっこめ!」と罵声を浴びるのが常だ。


『いやー、ゴールデンファイナルは波乱の展開だね。まさかの連敗で、うちは東京に並ばれるし、島根がすぐ下にいるしでしょ?』

『予想していなかった展開よね。こうなったら残り三試合、連勝して優勝してほしいわ』

『ふふん、そうはいかないよ。ちょーっと調子が悪かっただけで、イージスが最後には勝つんだから。今日の伊豆対島根、ここで勝って突き放すよ』

『お互い応援に熱が入るわよね……ところで……』

『なにかな?』

『コラボしようってことでこうして、二人で始めたんだけど……どういう感じで実況すればいいのかしら?』

『あ』


 実況は中立――という建前はあるが、結局のところ応援するチームが優先されるのが人のサガだ。そもそもあんちゃんズは東京、伊豆に非常に肩入れした実況をするのが人気で、ナゲノも島根の公式実況者である以上、島根を応援する立場にあり。


『あー……えーと、杏が実況、姉ちゃんが解説?』

『イヤよ、優勝争いしてないならまだしも』

『そうだよね』


 なぜ事前に打ち合わせをしなかったんだ。


『じゃあ兄ちゃんとやるときみたいに、攻撃時に応援チームの実況って感じでいい?』

『あの殴り合いみたいな……まあ、それしかないわよね』


 打撃では負けないと思うから頑張ってほしいものだ。


『ではでは、そういうことで。今日は二人で、アシノユスタジアムからお送りします!』


 伊豆のホームスタジアムで、観客席は全席足湯仕様になっている。遠目に見ると湯気の立っているスタジアムだが、熱気はそれだけのせいじゃないだろう。今日も観客席は満員で、チャンネルが複数立っていた。


『それじゃあ守備側の伊豆ホットフットイージスからスタメン紹介だよ! 一番、ライト、砂南すなみなみブチマル。外野の賑やかし屋!』

『いつも無駄に走り回ってるわよね……スタミナどうなってるのかしら?』

『二番、サード、森畑もりばたけタカネちゃん! 今日も眼鏡がかわいいよ!』

『おとなしい見た目だけど走塁が上手いのよね……』

『三番、ファースト、沼暮ぬまくれライちゃん! でかいぞー! かっこいいぞー! そして四番はセカンド、内野の男一匹、温泉水おんせんすいバラスケ! はやく女慣れして!』

『二人ともパワーヒッターよね。バラ助は……小技もできるんだけど、どうして頭に血が上りやすいのかしら』


 カピバラ系男子、バラ助はライ乃に押されてつんのめりながらフィールドに出て行く。


『五番、指名打者の氷土ひょうどクオンちゃん! ベンチでクールな感じがたまらないね』

『伊豆で一番警戒すべきバッターよね。状況に応じた打撃がうまいっていう。うちに欲しい……』

『六番、キャッチャー、乾原かんばらココロ様! おおきなもふもふぅー!』

『クオンの後に、リーグ一打てる捕手のココロ様っていうのが本当に恵まれてるわよね……』

『ルーサーも大概じゃない? さて七番、センター、半砂はんずなカリンちゃん! 強肩女子! 八番、レフト、島住しまずみキョン。今日もやれやれしてるね』

『カリンとブチ丸の右中間は肉食ウォリアーズ時代からなのよね……これも仲のよさの一因なのかしら』

『肉食ウォリアーズといえばもう一人。九番、ショートストップ、瓦ノ下かわらのしたツツネさん! 兼任監督も努める才女! 今日も色っぽいよー!』


 キツネ系女子のツツネが出て行くと、客席からいっそう大きな歓声が上がった。ツツネは手を振りながら守備につく。


『ピッチャーはがお香草コウソウちゃん。がおがお!』


 マウンドに上がったのはショートツインテールが帽子からはみ出たイヌ系女子だ。確かモデルの犬種はシーズーだったかな……。


『左腕の本格派よね。攻略には手間取りそう。先攻のツナイデルスは、いつものスタメ……あぁ……』

『どうしたの?』

『……六番テル、七番ガンタ……八番、ダイトラ……今日の先発マスクはダイトラね……』

『あれれ? ルーサーって故障中?』

『そういうことはないみたいだけど……うう……またアラシ監督の謎采配が……東京となら分かるけど……』

『ふーん。まあ、イージスにとってはラッキーかな? ココロ様と同じぐらい打ってるルーサーが抜けて、ダイトラだもんね』

『打順を下げたら下げたで、打率も下がってるのよね……あッ』

『どしたの?』

『まさかとは思うんだけど……先発が荒れ球おじさんこと、村森むらもりブソンなのよ。ローテ的にも。……で、ダイトラとブソン、この間個人スポンサーがついたでしょう?』

『よくわかんない名前のスーパーだね!』

『そういうこと言わない。まあその、つまりね、アラシ監督の忖度かな……って』

『おおー。うわさの忖度監督』


 不名誉なあだ名だが、どうしてもファンからはそう見えるのだという。そこまで考えているとは思えないんだが……。


『イージスはそんなにダイトラと相性よくない、とかないし。明日の東京と順番間違えたとか?』

『まさか……いやでも……くッ……オーダー組んでる時の思考が見たいッ……』


 ダイトラと似て、なかなかアラシ監督の思考も表示されないんだよな。そのあたりを管理しているAIが重要じゃない、と判断しているんだろうが……監督の思考が重要じゃないってどういうことだ?


『とかやってる間に、がおちゃんの投球練習が終わったね。じゃ、先攻は姉さんから』

『……ええい、なるようになれよ。いつものこと、いつものこと! さあ、試合開始です! 先攻は島根出雲ツナイデルス! 首位の伊豆ホットフットイージスとはゲーム差1の三位! この試合に勝てば伊豆と並び、夜の東京セクシーパラディオンの試合結果次第では1位タイまで浮上が可能! 絶対に負けられない一戦です! バッターは一番、サード、灘島なだしまマテン! その足でまずは出塁してほしい!』

『従妹のマヤちゃんとの直接対決も楽しみだね』

『マヤちゃんが出てこないよう、終盤に2点差はつけておきたいところです』

『へえー。島根が? ツナゲナイズが?』

『この際点が取れればなんでもいいのよ……!』


 実況が火花を散らす中、マテンと香草は静かに向かい合う。観客はばしゃばしゃと足湯を跳ねながら檄を飛ばす――フィールドまでは届かない処理がされているので、それはもう盛大に。衛生面も湯の重量も気にしなくて良い、仮想世界の球場ならではといったところか。


 こうして、ゴールデンファイナルの第三戦が幕を開けるのだった。

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