次世代
「はぁぁ……」
がくり、と俺の手を握ったまま、ススムラ先生は体勢を崩した。
「どうしたんだ?」
「……なんだか気が抜けちゃって。わたし、ユウくんにひどいことして……それでも相談に乗ってもらって、力になってもらってばかりで……。今日顔を合わせるまで、本当はずっと怒ってるんじゃないかって、怖くて」
確かに当時は怒っていた。自分ではすぐには分からなかったが。
「あの時のことなら、もう怒っていない。ススムラ先生はこちらの事情をよく知らないんだから仕方ないと気づいた」
「いや、でも大変な失礼を……先生なんて呼ばれる資格も……謝らないと……」
「それなら、うちの広報担当にお願いする」
むくっと頬を膨らませているライムの方を指す。
「ライムがKeMPBの広報担当で、ススムラ先生のメールを最初にお祈りした」
「えっ……こんな小さい子が?」
「ぶう。お兄さん、この人謝る気があるの?」
「あッ、いえッ! す、すいません! わたし、ライムさんを飛ばしてユウくんに出版の直談判をしてしまって、その……」
「なんてね! いいよぉ、そんなの気にしなくて! らいむもよくやるし!」
「オイ」
けろりとして舌を出すライムを、ミタカはギロリとした目つきで小突いた。
「い、いいんですか?」
「うん。お兄さんから聞いてなかったから初耳だしね。こうしてうまくまとまったんだから、怒りようがないじゃん? むしろ謝られたほうが困るっていうかさ。だから、はい、この話おしまい!」
「やあ、これでサダコも一安心というところかな? まとまってよかったよかった!」
ニコニコと笑って、ミシェルが割って入ってくる。
「ところでアスカ。漫画以外でも協力してくれないかな? ――このプロジェクトにさ」
「あァ? 見せびらかしにきただけじゃねェのか?」
「最初はそのつもりだったよ。生意気なアドバイスをしてきたやつをやりこめてやろうってね。でも気が変わったんだ。ツグとアスカがいて……それから言い方はともかく的確な意見を述べる広報もいる」
「ムフ」
「そして最初にダメ出ししてきたユウが代表のKeMPB。面白いじゃないか。ぜひ、関わってほしいね。そもそも、KeMPBとはこれが初めてってわけじゃないんだしさ」
「……初対面だが?」
いくら人の顔を覚えるのが苦手とはいえ、名前と顔を見ればさすがに思い出すぐらいはできる。KeMPBとして活動をしてからミシェルと会ったことはない。仕事でも、ハードウェアの設計なんて頼んだことはないし。
「やあ、ぼくも知らなかったんだけどね。サダコが話している間にケモプロの動画を見てピンと来たんだ。コレに見覚えがあるんじゃないか?」
ミシェルがタブレットに映し出したのは、透明で中に何か機械の入っているボールと、リストバンド。……見覚えは……。
「ある。これで投球のモーションキャプチャーをした」
ケモプロで3Dモデルを動かすためのモーションが必要になったとき、カナ、ニシン、タイガに協力してもらった。この透明なボールは投球における指の配置やそれにかかる圧力や摩擦を計測するものだとかで、タイガに何度も投げてもらった。
「やっぱりね。物理シミュレーションで変化球を投げるとか書いてあったから、そうじゃないかと思ったよ。やあ、ダイドージに頼まれて作ったきりでどうなってるのか知らなかったけど、こんなところで使われていたとはね」
「……やけに詳細なデータが出てきたなと思ったら、ムッさんの作品かよ」
「おや、アスカは知らなかったのかい?」
「そんときゃまだ、本格的に関わってなかったかんな。しかし、あの筋肉バカ相変わらずだな」
「ハハハ、まさしくね。いやしかし、そう考えるとKeMPBはすごい会社だな。『次世代部屋』の成果の結晶みたいなものじゃないか」
「じせだいべや?」
「アー……」
俺が首をかしげると、ミタカはこめかみに手を当てて苦い顔をした。対照的に、ミシェルは嬉しそうに話しかけてくる。
「大学時代のツグを中心としたグループの名前さ。部屋を一つ占領して『研究室』にして、ツグがそこに引きこもって、さらに才能ある若者たちが集まってきていたんだよ。ま、集めてきたのはだいたいアスカで、命名もアスカだったよね」
「さァな」
「照れるなよ。まったく懐かしいね。刺激的な毎日だった……今でもあの部屋はああいうグループに使われているのかい?」
「セプ吉に聞いたら、オレらが卒業してすぐに取り壊されたってよ。改築とかで」
「それは残念だ。ニャニアンたちも寂しかっただろう。年下のメンバーはあまりいなかったからね……と、ニャニアンと連絡が取れるのかい?」
「うちで働いているぞ」
特に寂しがるようなこともなく、元気にデータセンターに出動している。
「えぇ? それじゃKeMPBには次世代部屋のメンバーが3人もいるのか。ズルいぞアスカ、なんで誘ってくれないんだ?」
「オンラインゲームだぞ。ハードウェアの出番はねェだろが」
「むう……まあ、一理あるか。それはそれとして、ニャニアンもいるならなお都合がいい。サーバー周りとプログラムを手伝ってくれないか? ぼくもある程度はできるけど、腕利きに任せるのが一番だろ?」
「今はどこまでできてんだよ?」
「なにも」
ミシェルは肩をすくめる。
「VR図書館はさっきのデモ程度、電子書籍ストアについては何もできてない。完成時のイメージを共有する為に、プロモーションビデオに全振りしたからね。むしろこの短期間でよくやったと褒めてほしいな」
「オマエ……よくそれで人集めができたな?」
「不可能ではない、ということは分かってたからね。こういうものができます、と映像を見せればそれで納得してもらえるさ。プロジェクトHERBは、KeMPBの力がなくても完遂できる。だけど、質と速度については能力が必要だ。そしてそれが必要だと、先ほどさんざんきみたちに言われた気がするね」
「……たく」
ミタカは頭をガリガリと掻くと、こちらを向いた。
「どうするよ?」
「俺が決めていいのか? 依頼されているのはミタカとニャニアンのようだが」
「関わることになれば、ケモプロの作業は量を減らすことになんだろ。まァ、1シーズン乗り切りゃケモプロはひと段落ついて、手が空くだろうが」
ケモプロのすべての機能はサービス開始から一年で実装される。確かに、二年目からは開発の作業量は減るかもしれない。追加の6チームが増えたところで、それほどの負荷にはならないだろう。
「二年目……」
その時ふと、この場にいない人物の顔が思い当たった。頭にコケ――頭を緑に染めたNoimoGamesのマウラ。ずっと『もがこれ』に関わり続けるプランナー。ケモプロのクイズアプリにも関わってもらった。その時の言葉を思い出す。
「……モチベーション的にも、別の仕事を入れたほうがいいんじゃないか?」
「バァカ」
肘で脇を突かれる。痛い。呻くほどじゃないが。
「モチベ管理まで気にしなくてイイんだよ、気持ちワリィ。オマエがどうしたいんだつってんだよ」
「……HERBはいいプロジェクトだと思う。ミタカが関わればもっとよくなるはずだ」
「フン。つまりやっていい、っつーことだな」
ミタカは鼻を鳴らして頷いた。
「んじゃ、そーいうことで。どういう形になるかはこれから決めるが、ま、多少は手伝ってやらァ」
「やあ、ありがたいね! アスカとまた一緒に仕事できるのが楽しみだよ」
「触んな変態」
「ひどいな。ぼくの性癖は二次元で完結してるっていうのに。アスカは昔から警戒心が強すぎる」
「部屋に入ってくるなり『ぼくの愛読書はこれだ!』ってエロ同人見せてくる奴が何言ってんだ?」
「アスカがツグを過保護にするから、警戒を解こうとしたんだって説明しただろう?」
「だからってアレはないわ、オマエ」
「二人とも仲がいいんだな」
「そうだろ?」
俺が声をかけると、ミタカは嫌そうな顔をして、ミシェルは爽やかな笑みを浮かべた。
「ねえねえ、アスカお姉さん」
そのミタカの服の裾を、ライムが雲のような笑顔をしながら引っ張った。
「手が空いてるの?」
「……今じゃねェぞ? 今じゃねェからな? 今後の話だ、今後の。ま、ある程度分かってたことだけどな」
ミタカはライムを最大限警戒しながら説明した。
「MMORPGなんかと違って、コンテンツを……まァケモプロにゃアバターとかハウジング要素があるから追加するが、MMOよりは作業量は少ねェ。せいぜい新しい選手が入ってくるぐらいだが、そこは自動化してる。何も変更なければもうすでに何十年と稼動できる土台はできた。ま、現実のほうのルール改正だとか、物理やAIの精度を上げるようなことはするだろーが……『運営』はやることがあっても、『開発』としてはやることが少なくなっていく」
「そうだね~。手が空いていくね~?」
「だから今じゃねェからな? 少なくとも一年回しきるまではHERBに本格的に手を出す気はねェし」
「ハーブに手を出すとか、アスカお姉さん……」
「……自分が言い出したネタだが、ムカつくのはムカつくわ。オイコラ待て!」
はしゃいで逃げるライムを、ミタカはとっちめようと追いかけ始めた。その様子を見て、ミシェルは懐かしそうに笑う。
「アスカが変わらないようで安心したよ。あの様子だと、ツグもニャニアンも元気そうだね」
「健康には問題ない」
引きこもっているが、今のところは。ただちに影響があるわけではない不健康さがあるだけで。
「いや、ちょっと心配していたんだよ。ツグが院に行くとか、どこかの研究所に入るでもなく、卒業後は田舎に帰ると言ったときはね……アスカの落ち込みようったらなかったから。おかげで卒業間際はちょっとゴタゴタしたりもしてね……」
そうなのか。そういえば初対面ではミタカには締め上げられたっけ。騙して搾取してるんじゃないかと疑われて……よほど従姉のことが大事だったのだろう。
「これからも三人をよろしく頼むよ」
「わかった」
ウインクしてくるミシェルに、俺は頷いて応えるのだった。
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