両面作戦

「HERBに関しては、大手と手を組みましょう」


 ススムラはサッパリとした様子で、しかし目には熱をこめて言う。


「もともと、そういう話はありました。今出ている電子書籍リーダーの最上位機種としてラインナップに加えてもらう、と。そうすれば資金援助も受けられる……でも、ますます独占市場になっていくんじゃないか。次のことを考えたら、無理にでもプロジェクトで販売したほうがいいんじゃないかと……でも」


 HERBを手にして、ススムラは自嘲的に笑う。


「そんなことを言ってる場合じゃなかったですね。高値で売り出したら普及しない。技術革新を待っていたら、その時は別のところが出しているかもしれない。……わたしたちのHERBを、早く本好きの手に届けたい。読書文化を盛り上げたい。なら、利用できるものは利用しないと」

「飲み込まれるかもしれないよ?」

「その時はその時です」

「そうか、わかった。ならぼくも改めて協力しよう」


 ミシェルは爽やかな笑顔を浮かべた。


「MRデバイスを先行して売って、HERBはもう少し時間を貰ってもいいかな? 必ずコストを下げると約束しよう。そうすれば状況はよくなるはずだ」

「信じていますので――任せます」

「うん。……と、いうことだ、アスカ、ライム、ユウ。納得していただけたかな?」

「いいと思う」


 ミタカもライムも頷いた。


「それはよかった。やあ……まさか本題に入る前に、ここまで実りあるディベートができるとは思っていなかったよ」

「本題じゃなかったのか?」

「いや? ここまでの話は、貴重なアドバイスをくれたユウに、ぼくが成果を見せびらかして自慢をしただけだよ? や、いろいろ意見をもらえて助かったけどね」


 自慢だったのか。確かにすごかったが。


「ん~? 獣野球伝を使わせてくれって話が、本題でしょ?」

「ああ、サダコの用件はそれだね。先にライムに言われてしまったけど」

「あ……はい」


 ススムラは咳払いして話を始める。


「えっと……と、いうことでですね。あらためて、ワルナス文庫での獣野球伝の出版をお願いしに参りました。ワルナス文庫として、全力でその販売をサポートさせていただきたいと考えています」

「……宣伝はどうする感じだろうか?」


 去年の冬コミでの回答は、いつも通りで特別なことはしない、という内容だった。それでは俺の唯一の後輩の大事な作品を、ケモプロを託せないと思って断った。だが、今日は?


「ケモノフェア、を打ちたいと考えています」

「ケモノフェア」

「いくつか企画が立ち上がっていまして。ケモプロには様々な動物をモチーフにした選手がいますよね? かなりマイナーな動物もいて、正直何がどう違うのか分からないような選手も」


 確かに。ずーみーは何冊か動物図鑑を駆使してデザインしていると言っていたが……詳しくない俺にはそもそもダイトラの『マルタタイガー』だってよく分からない。虎だということぐらいしか。


「そこでケモプロに登場する選手のモチーフの動物を集めた動物図鑑、を企画しています。これはもう写真も集まっていて……KeMPBさんの許可をいただけるなら、ケモプロの画像も擬人化参考例として掲載できればと」


 便利そうだな。ナゲノら実況主には必携……とまではいかなくても、持っていたい本になりそうだ。


「あとは動物モチーフの絵本や、ケモノ系の漫画も何点か。それらを合わせてワルナス文庫のケモノフェアとして、出版・取次・書店を交えて展開していく予定です。その中心に、獣野球伝を置きたい」

「はいはい! 電子書籍はどうするの?」

「やります。もちろん、だからといって現在公式サイトに掲載されている分を取り下げていただく必要はありません。……それから、ワルナス文庫は今後、書籍と電書は同時発売していきます。その方法にもひとつ工夫を設けました」


 ススムラは荷物から一冊の本を取り出すと、その最終ページを開いた。


「このQRコードをスマホで読み取ると、電子書籍版も手に入る……という仕組みです」

「つまり物理の本を買うと、電子書籍がタダで手に入るのか? それは便利だな」


 コレクション目的に物理の本を買って、読むときは電子書籍で……というスタイルができるわけか。


「しかし、ページの最後でいいのか? 電子万引き? のようなことができてしまうのでは?」

「POSAを使うので大丈夫です」

「……ぽさ?」

「アレだよ。コンビニで電子マネーとかカードで買うのあんだろ? アレ、コードはレジを通さねェと使えねェようになってんだわ。それがPOSAな。万引きは無理だし、一度きりしか認証できねェから一冊で複数人が電書を入手できるわけでもねェ。いいアイディアだが、POSレジじゃねーと使えねェぞ? ネットに繋がったレジとか……小さい個人書店とかは対応できねェんじゃねェか?」

「タブレットPOSレジなんかもありますし、導入のハードルは下がっています。最悪は非対応店では電子書籍が入手不可、あるいは対応店に行って認証してもらう、という手もありますが……」


 ススムラは――厳しい顔をする。


「その程度対応できなくて、今後商売をやっていく気があるのかと思いますね」

「お……オウ」

「話が逸れましたね。宣伝というところでは、やはり店舗別の特典もつけたいところです。ずーみー先生の手が空いていればですが……できればグッズなどではなく、少ページでもいいのでサイドストーリーなどの漫画がいいですね」

「それは……どうだろう?」


 ずーみーの作業量はひとまず置いておく。まさちーの成長もあって、余力は出てきている。


「店舗ごとに特典が変わるとなると……グッズならまだしも、サイドストーリーの漫画だと、他の店舗のものが読めないのをファンは不満に思うんじゃないだろうか? 特典のために何冊も買うのは……」

「わかります。わたしもそういうバラ売り商法はイヤですから。なので――店舗特典は、売ります」

「売る?」

「はい。電子書籍として、小額で購入可能に。電子書籍で買っても、特典はすべて手に入る。店頭で買えば、特典はついてくるし電子書籍もついてきて、他の店舗の特典も買える……誰も損しないためには、むしろグッズではいけないんです」


 なるほど。……ゲームのDLCみたいだな。いや、DLCも店舗限定とかあったな。


「海外版も同時に出します。すでに英語版はKeMPBさんで作られているので翻訳の手間もないですし」

「ムフ。いいでしょ? らいむがやっといたんだよ」

「そうだったんですか」


 ススムラは感心した目つきで、雲のように笑うライムを見つめる。


「セリフだけでなく擬音までネイティブレベルに翻訳されていると、海外の出版社からも太鼓判をいただいています。ああでも、日本の擬音が好きだという人もいるので、擬音はそのままのバージョンも用意できませんか?」

「レイヤー変えればいいだけだからできるよ。でも、印刷はどうするの?」

「紙の本はひとつのバージョンでだけですが、電子書籍のほうはバージョンを切り替えられるようにする予定です。そのために……新しいストアサイトを開設しようと考えています」


 ススムラは苦笑する。


「それがあるからHERBはプロジェクトで完結したかった、という事情なんですが……HERBがなくても、新しい特性があるから、電子書籍ストアとしてシェアを奪うことは可能かなと」

「特性、というと?」

「ひとつは先ほども言ったバージョンの切り替えですね。それから……絶版は絶対にしないこと。たまにあるじゃないですか、出版側の都合でストアから本が消えて、端末に保存していたものも削除させられること。新しいストアでは販売終了はありえても、購入済みのものが再ダウンロードできない、端末から勝手に削除される――といったことはしません」

「そりゃまた……反発の強そうなことするな?」

「契約のやり直しになるのでなかなか……でもそうしないと安心して買ってもらえませんから」


 紙の本と違って有無を言わさずに回収される、というのは出版側にメリットでも、ユーザー側にはデメリットでしかないし、そうなってくれるならありがたいな。


「そして最大の特性は――古本の買取販売をすることです」

「ハァ? ……古本? 電子書籍だぞ?」

「無料で閲覧できる漫画アプリ、新品を販売する電子書籍ストア。今電子書籍の界隈には0か100かしかありません。それはVR図書館ができても同じ。古書のある書籍とくらべて中間がない、というのも電子書籍の問題です。なので、電子書籍の中古販売を行います」


 無限に在庫のある電子書籍で、中古販売を? ……どういうことだろう。


「ストアで電子書籍を購入する。その後、その電子書籍の所有権をユーザーが販売できるようにします。売れた場合はそのユーザーからダウンロード権も、端末に保存したものも消えるという」

「……仕組み的にはできるだろーが、んなことしたら単純に収入が減らねェか?」

「中古販売といっても、正確にはオークションのようなものです。ユーザーが価格を設定し、他のユーザーが買うまではお金は発生しない。……これには売り上げが上がる、という相乗効果も見込んでいます」

「上がる、のか?」

「レビューを書けるようにします。オークションの説明文のようなものですね。売る側としては高く売りたいでしょう? そんな本に『つまらなかったから出品します』なんて書きますか?」


 書かない。たとえそう思っていても懐に入る額に関わるのだから、そんな手間隙かけてネガティブキャンペーンはしないだろう。


「面白かったが、読み返すタイプじゃないので売ります……みたいなことを書くな。買う側から考えても、いいレビューがついているものから買いたい、と思う」

「オレはつまんねーから10円、とか書くかもな。レビューも気にせず安いのから買うぜ」

「そういう人もいるでしょうね。まあ、買われたレビューはアーカイブに移動するので目にしづらくなりますから」


 低価格なレビューは消えていくということか。良質なものは残す仕組みもあるといいかもしれないな。


「ただ10円はありません。価格設定は最低限、作者の印税分が必要になっています。そこにユーザーの取り分が追加できる形です。いちおう、出版社、ストアの取り分なんかも設定できるようにはしていますが……あまり期待はしていないですね」

「ふうん。価格の中身を公表するんだ? 普通に買うときも?」

「ええ。その方が納得できるかと思って。そうそう、購入時に価格を上乗せする機能もつけますよ。その上乗せ分をどこが取るのか、も設定できる形で」

「へぇ~。今他でやってるサービスだと上乗せ分は全部作者に、ってなってるけど、やりたければ出版社にってのもできるんだ? なら中身が見えるのは、うん、面白いかもね」


 そうなると古本の販売も、『面白かったので作者を応援しよう』というレビューで、新品より高く売るようなケースが出てくるかもしれないな。


「あ、ちなみにユーザーへは現金での還元でなくて、あくまでストア内で使えるポイントですね」

「現金で返ってきても困るし、それでいいと思う」


 現金だと受けとるのがめんどくさそうだ。手数料もかかるだろうし。


「ん~、たぶんコレクションしたい人が多いと思うから、あんま流行らないと思うけど、紙との差を埋める分にはいいんじゃない? でもさっきのQRコードで手に入れた人はどうするの?」

「書籍が手元にあるので、その経路で手に入れた場合は中古取引は不可ですね。ストアでは書籍と電子書籍を、1つ分の価格で同時購入できるようにしますが、この場合も同様です。あとは……そうですね。再販維持制度は、ワルナス文庫では時限再販に切り替えていきます。返本を受け付けつつ、一定期間を経過したら値下げ販売を許可する形ですね。やはり返本がないと仕入れづらいので……。ストアでも値引き販売はしますが、当面そのスピードは書店と合わせていきます」


 できることから少しずつ、ということだろう。


「どう、でしょう。獣野球伝を、ワルナス文庫に任せていただけないでしょうか? 宣伝についてはプロジェクトHERBの各種デモでサンプルとして表示する形でもやっていきます。ストアの準備もあって、すぐに出版というのは難しくて、お時間をいただきますが……」


 俺はライムが頷くのを確認して、口を開いた。


「こちらからもお願いしたい。ケモノフェアに参加しなかったらずーみーは怒りそうだし、その他の取り組みも面白そうだ。特にHERBは――いや。なにより、ススムラ先生の本気が伝わってきた」


 手を伸ばす。ススムラはそれをしばらく見つめて――握り返してきた。


「よろしく頼む」

「……はい。こちらこそ」

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