ハード屋怒る

「コントローラー……だと。これが?」


 ミシェルが自信満々に置いた本は――外装にいくつかボタンがついている以外はただの本に見える。そのボタンもただの表紙のデザインなんじゃないかと思える程度の厚みだ。多少背表紙が厚い程度か。

 それをミタカは眉を寄せて見つめる。


「噛みつきはしないよ。ぜひ手に取ってくれ」

「うっせェ」


 ようやく手を伸ばしてミタカは外観をチェックし始めた。


「軽いな……背中にバッテリーがあんのか、こりゃ? あァ、下のほうにUSB-Cのコネクタがあるわな。フン。本型ね。確かに斬新っちゃあ斬新だが――」

「めくってごらんよ」

「……あァ?」

「本はめくるものだろう?」


 ミタカは半信半疑といった様子で本を中ほどから――開いた。ぺらぺらと、一枚一枚めくっていく。


「……オイオイ、まさかコイツ……VRと連動するのか?」

「もちのロンさ」

「やめろそういうの。……位置検出とページ数の検出はどうなってる?」

「VRヘッドセットのカメラと加速度センサーと……まあいろいろ組み合わせてね。他のコントローラーと違って、本で正確な位置が必要になるシーンは『本が視界にあるとき』。なら簡素化できるってわけだ。バッテリーは裏表紙に仕込むと硬くなって本らしい触覚じゃなくなってしまうからね。だから背中に入れてある。試作だからコネクタがついてるけど、専用の本棚型充電スタンドなんてものも用意するつもりさ」

「コントローラのページ数と本のページ数が合わねェ時はどうなる?」

「十分なページ数はあるつもりだけどね。最後まで行ったら頭からになるよ。ああ、サイズのことなら文庫サイズ以外も用意するつもりだ。プレゼンスは大事だからね」

「ふむ……移動は従来のコントローラーで……いや本を読むだけなら移動しなくたっていい。こいつだけで完結するか……?」

「ではここで貴重な使用中の様子を撮影した映像を公開しよう」

「え?」


 ススムラが首をかしげる中、ミシェルはタブレットを操作して動画を呼び出す。


「左が現実のサダコで、右がVR図書館だ。まだデモ段階でクォリティは低いけど」

「あ、ちょッ、まさか!」


 ススムラが慌ててタブレットを奪おうとするが、ミシェルは長身を生かして手の届かない場所へ移動させてしまう。ススムラが必死にジャンプを繰り返す中、動画は無慈悲に再生された。


 VRヘッドセットをかぶったススムラが、本コントローラーを手に立っている。右側のVR図書館でも、女学生が同じように半透明の本を手に立っていた。先ほどの動画ほど、図書館の映像クオリティは高くない。本棚ものっぺりカクカクとした灰色の簡素なものだ。

 映像の中のススムラは、本棚に向かって本コントローラーをかかげて――口を開く。



『コード726.1――!』



「ぶばッ」

「ちょ、お兄さん汚いな~!」

「すまん」

「あぁぁ……」


 俺はティッシュを取り出して爆発した鼻水をふき取る。一方、ススムラは頭を抱えてうずくまった。


 映像はというと、ススムラが謎のコードを発声した時点で、VR空間のほうに変化が起きていた。目の前にあった本棚が高速でスライドして消え去り、別の本棚が同じようにスライドしてやってくる。ススムラは続いて発言した。


『キーワード、野球』


 本棚の本のいくつかが淡く発光し、それ以外の本が消え去ると間をつめるように本が並びなおされる。


『発行年月日、2017年以降』


 さらに同じように本が消え、整列する。今度はもう数えるほどしかなくなった。


『著者名、さ行――確定』


 さらに本は絞られ、数冊になる。ススムラは本棚にコントローラーを伸ばす。すると本の情報を示すパネルが表示された。――獣野球伝 ダイトラ ①。ずーみー。ワルナス文庫。2018年発行。コントローラーのボタンを押すと、それまでVR空間上では半透明だった本が実体化する。ススムラがコントローラーをめくると、VR空間でも本がめくられる――。


「とまあこんな感じさ。どうだい? 格好良かったろう?」

「とてもよかったと思う」

「ヤメテ……ケシテェ……」


 ススムラはうずくまりながら虫のような声で言って――ミシェルに無視された。


「アスカは?」

「……オマエな」


 ミタカは深くため息を吐いて――顔を上げてミシェルを睨みつけた。


「かっこよすぎんだろーが!」

「ハハハ、だろう? 本棚のギミックとか、デモ段階だけどこだわってもらったんだよ」

「アレはヤベェわ。SEとエフェクトつけたらもっとよくなるな。つかもっとサイバーな感じの図書館でもいいんじゃね? アレクサンドリアじゃなくても」

「図書館のテーマは選べるようにするつもりだよ。案としてはこういうのが上がってる。コンセプトアートはね、ほら」

「あー、ヤッベェな。この空中に無限に本棚並んでるのとかシンプルだけどイイわ。あと古いSFの謎機械のヤツもいいな……これ、あれだろ? 超能力でデータベースをハッキングしてる感じ? 超人ロック?」

「アスカなら好きだろうと思ったよ」

「ねえねえ、らいむにも見せてよ!」


 三人はタブレットを囲んでワイワイとはしゃぎはじめた。俺もまざりたいがちょっと遠いな……ちょうどいい、放置されているススムラに質問しておこう。


「ススムラ先生。コードというのは?」

「とどめを刺しにきたの……?」


 涙目だな。……確かに面白すぎて鼻水が出てしまったが。


「はぁ……あれは図書の分類コードで……日本十進分類法で漫画に割り当てられているものよ。音声で検索できるって言われたからちょっとだけ……なのに……騙された……」

「やあ、もちろんISBNやCコードなんかにも対応するよ。ま、普通はジャンル名とかで検索するだろうけどね」


 話がひと段落ついたのか、ミシェルが割り込んでくる。


「どうかな、ユウ。最初の時よりずっとよくなったろう?」

「そうだな」

「チョイ待て。最初の時より、ってどういうこった?」

「あれ、聞いてないのかい?」


 ミシェルが困惑した顔をするが……話していないな。


「ススムラ先生からの個人的な相談、ということだったから、誰にも話していない」


 一ヶ月前のメール。ススムラはプロジェクトが行き詰っていると言って相談してきた。ケモプロを作った俺の知恵を借りたいと。……別に俺は大したことはしてないのだが、話を聞いて思ったことを言ってくれればいい、ということだったので引き受けた。そこで見せられたのがVR図書館のコンセプト案だった。

 すでに本型のコントローラーを使うことは決まっていたものの、今のとは違ってもっと分厚くて多機能だったし、さっきのようなスタイリッシュ検索はなくて延々と暗い図書館を歩き回る感じだった。


「じゃあきみが一人であれを全部書いたのか……」

「アレってなんだよ?」

「ぼくらのプロジェクトに対する文句さ。これじゃ成功しないとかいろいろ」


 ミシェルは肩をすくめた。


「やあ、あの時は久々に頭にきたね。ぼくの設計にケチをつけてくるやつなんてなかなかいないし……その指摘が正しいと思わされることなんかなかったから」

「……オマエ、何言ったんだよ?」

「思ったことを言っていいという話だったんだ」

「まさしくね。いろいろ無茶なことも書いてくれたよ。だから今日は楽しみだったんだ――やってやろうと思ってね」


 ミシェルはアタッシュケースに手を伸ばす。


「さてVR図書館だが、なかなかの完成度に仕上がった。アスカ、これで読書文化は盛り上がると思うかい?」

「……この程度だったらPCに接続しない、スタンドアローンのVRでも動くだろ? 今後利用者は増えるんじゃねえか?」

「それが、そこの彼の言うことにはダメらしい」


 俺は頷く。


「ダメだ。確かに面白いし、図書館は身近になると思う。でもVRでは読書文化は盛りあがらないだろう」

「なんでだよ?」

「家で、VRヘッドセットをつけて。そうしてまで読書をする……本好きには嬉しいかもしれないが、本が『普通』の人間はどうだろう? せっかく家にいる、VRヘッドセットをかぶる時間がある――なら、普通以上に好きな趣味に手を出すのでは?」


 それにいくら軽くなってきたとはいえ、ヘッドセットを頭につけると重量と圧迫感で疲労する。読書好きでも長時間没頭するのは難しいだろう。……あるいは没頭して首が折れるかもしれないが。

 もちろんVR図書館は面白いし、図書館として、電子書籍の販売方法として意義があると思う。でも読書文化を流行らせ、ひいては出版業界を盛り上げるという目的には向かない。


「んじゃどうすりゃいいんだよ?」

「隙間の時間に、狭いスペースで。今スマホが立っている位置を取り返さないといけないんじゃないか? どこでも手軽に本が読める、そういうものでないと」

「それが電書リーダーだろうが。んでもって現実の紙より操作コストが高いわりに不便ってェのがさっき出た話で……ッ、てこた」


 ミタカは机の上に置かれた、本型コントローラーを見つめる。


「まさか、コイツを?」

「話が早くて助かるよ、アスカ」


 ニコリと笑いながら、ミシェルはアタッシュケースから試作機を取り出す。


「さあ、『できたらいいのに』とか『やれないのか?』とか散々煽ってくれたきみ、ぼくの本気を見てもらおうじゃないか。これが第二の矢だ!」


 ◇ ◇ ◇


 机の上に置かれたのは、やけにふちの分厚い――とくに上の方が分厚い眼鏡と、それがコードでつながったヘッドホンのような半円型の何か。そしてふたたび、一冊の本。


「試作機だからまだまだデカいし重いんだけどね……さ、アスカ。装着してもらえるかな?」

「オレでいいのかよ。コイツじゃなくて?」

「コンセプトに予想がついていない人間の方が、新鮮な反応が見れると思ってね」

「フン……これ、首にかけりゃいいのか?」


 ミタカは眼鏡をかけて首に半円型の物体を置く。


「なんだこりゃ? 首かけスピーカー?」

「マイクでもスピーカーでもないよ。さて電源はここだ」

「入れたか? なんも変わらねェぞ?」

「いいはずだ。それじゃ、この本を読んでくれ」

「なんでェこっちはただの紙の本じゃ……――ッ!」


 本を開いたミタカが引きつった顔でしばらく固まる。そして無言のままページをめくったり、閉じたり、パラパラと送ったりし始めた。


「なになに? どうしたのアスカお姉さん? どのページも真っ白だけど?」

「そうかい……オレにァあ内容が表示されてんだよな、これが」

「へえ! じゃあAR眼鏡ってこと? Google Glassみたいな?」

「最近じゃMRとも言うけどな……まァどっちでもいいが。あれは眼鏡の前に一段突き出した部分があんだろ? あそこからプロジェクターでガラスに映像を投影してるんだが……こいつは……」


 そういう突き出したプロジェクターみたいなのはないな。


「……透過ディスプレイだな? 眼鏡のガラスの上に透明な液晶パネルが貼ってある。カメラで本のマーカーを確認してそれに合わせて本の内容を表示してる……ってとこか。頭おかしい透明度と解像度してんなこれ」

「やあ、褒めてもらえてうれしいね。工場にはなかなか無理を言ったよ」

「首のは処理系とバッテリーか?」

「人間にはこんな便利な置き場所があるんだから、使わなきゃ損だろ?」


 ミシェルは爽やかな笑顔を浮かべた。


「無理に音声認識もボタンもバッテリーも……と眼鏡ひとつにまとめるより、よっぽどいいと思うね。眼鏡側は最低限にして軽量化すべきだろ?」

「まァ首ならそんなに邪魔に感じねェし、眼鏡も軽いな……少なくとも他の独立型よりも自然に外出先で使えるわ。これ、本の切り替えとかはどうすんだ?」

「簡単な操作は首側のデバイスの物理ボタン。詳細な操作は連携したスマホでやってもらう。透過ディスプレイだから問題なくスマホが見れるからね。ただそれよりアスカはこっちの方が気に入るんじゃないかな? 実は首側デバイスはストレージが収納できてね……ちょっと失礼」


 ミシェルはミタカからデバイスを取り上げると、首の部分のちょうど後ろに当たる部分の蓋を外した。


「ここがSDカードスロットになってて、こう――挿し込めるわけだけど、どうだい?」

「オマエ……天才か。ちょっとやらせろ。おいライム、動画とってくれ動画」

「ムフ。いいよぉ! アスカ、インストール中! みたいな?」


 ミタカが首の後ろにSDカードを挿し込む様子の撮影会が始まる。楽しそうだ。


「さあどうだい、ユウ。これはかなり手軽だよ。価格的にも競合のMRデバイスより安く済ませられるはずだ。充電だってネックデバイスのおかげで十分もつ。従来のデバイスは装着して外出……なんて不審者でしかないデザインだったが、これはいけるだろう? 移動中なんかの隙間時間に、狭い場所で、たくさんの本を切り替えて読むことができる」

「いいと思う」


 ミタカがあれだけ褒めたのだから、体験的にも問題ないのだろう。


「「でも」」


 声がかぶる。ミシェルは得意げに笑った。


「言うと思ったよ。でも、普段眼鏡を使っている人は度入りの特注に? ネックデバイスは首かけスピーカーと場所が競合していないか? とか?」


 それぞれに答えを用意しているのだろう。だが……まずは。


「第三の矢を見せてほしい」


 VR図書館、MRデバイス。第一第二ときた。第三は当然あるだろう。


 果たしてミシェルは――満足げに笑顔を浮かべた。


「いいとも。これが最後だ。プロジェクトHERBの真髄――完全なる電子書籍をお見せしよう」


 そしてアタッシュケースから取り出されたのは――みたび、本だった。

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