本好きの電書嫌い

「オマエがリーダーじゃねェのかよ、でしゃばっておいて」

「ハハハ。まあまあ、サダコはシャイだからね。エンジンがかかるまではぼくが暖めとこうと思って」


 ばしばしとススムラの背中を叩いてミシェルは笑う。


「は、はぁ……なんというか、はい、リーダーです……いつのまにか……押し付けられたというか……」

「自信を持ちなよ。サダコがプロジェクトリーダーなのには全員納得しているから。さあ、今日もぼくらをプロジェクトに巻き込んだときのように、一発かましてくれ!」

「ちょっ、ハードル上げないでくださいよ」

「いや、ぜひ聞かせてほしい」

「……代表……ユウくんにはほとんど話したような気もしますけど……」

「んじゃ、オレら向けで頼まァ」


 ミタカが自分とライムを指す。


「ムフ。そうだね、らいむもそのはーぶ? とかいうプロジェクトの詳細は聞かされてないから、楽しみだな!」

「う……は、はい」


 少しひるんだススムラは、胸に手を当てて一呼吸して――話し始める。


「お二人とも、本は好きですか?」

「まァ、フツーだな」

「らいむも、読書好きってわけじゃないな~」

「そうですか……では、わたしの話をさせてください。わたし、本が好きなんです。小さい頃から。通学中の電車の中、学校の休み時間、とにかく空いた時間……常に本が一緒の生活でした。司書教諭の資格を取るぐらいには、本中毒でしたね。家の中も本がいっぱいで……だから、電子書籍が始まった時は嬉しかった。これで本で場所が埋まらないぞ! って」


 でも、とススムラはため息を吐く。


「電子書籍が出てからはむしろ本を買う量が減ってしまって。もちろん他の娯楽が手に入りやすくなったってことはあるんですけど……わたしは、その原因のひとつは電子書籍自体じゃないかと思うんです」

「電子書籍があるのが本を買わない原因なの? なんで?」

「ある本が販売されるとするでしょう? 買いたい、でも紙の本で買うと場所が……じゃあ電子書籍版を買おう、となりますよね。そしたら電子書籍版は一ヵ月後とかになっている。どうするか……悩んでいるうちに忘れてしまって……結局買いそびれる」

「あァ……よくあるよな、電書の方が遅いの。ありゃなんでなんだ?」

「ほぼ出版社側の都合です。同時発売したら紙より電子書籍で欲しい……となるでしょう? そうすると刷った本がどうなるかというと、返本制度というのがあって。書店が出版社に本を送り返して返金を受けることが出来るんです。それが多くなるだろう、ということで発売時期をずらしているんですね」

「そこを見込んで印刷するものじゃないの? さすがに売上予想できるデータもたまってるんじゃない?」

「紙の発行部数がパワーみたいなところがいまだにあるので、なかなか。印刷業界とのお付き合いもありますし」


 自分で批判しておきながら自分でフォローするという器用なことをしているな。


「じゃあじゃあ、返本不可ってことにしたら?」

「もう十年以上前になりますけど、ハリー・ポッターの翻訳本がやりましたね……何巻からだったか、途中から買い切りになって話題になりました。それでも書店に置かれたのは一巻で100万部以上売れる本だったからです。いちおう、昔から買い切りを続けている出版社も一部はありますが……特に小さな書店は置きづらいでしょうね。とりあえず仕入れて返品する、もうそういう体制になってしまっているんです」


 仕入れした商品を仕入れ元に返品できる、か。考えてみればなかなか特殊な業界だな。


「ええと、つまりまず、時期のずれですね。忘れずに買えばいいんですけど、本って出会った瞬間が買い時みたいなところがあって……ありません? 時期が過ぎて冷静になると買わなくなってしまうことって」

「そりゃ衝動買いっつーんじゃねェの?」

「でもらいむ、中身が分からないものを買うのって、衝動は大切だと思うな~」

「しょうでッ――コホン。そうです、中身も問題なんです」


 ススムラは顔を赤くしながら続ける。


「本屋さんに行ったときは中身を見て、買うかどうか考えることもできました。でも電子書籍じゃそれができない」

「や、冒頭ぐらいは読ませてくれるのも最近はあるだろ」

「ぜんッぜん足りないんですよ! 例えば推理小説だったら数ページ見れたところでなんなんだですよ。せいぜい登場人物が集まり始めた程度じゃないですか。せめて事件が起きるまで、あるいはそろそろ犯人が分かりそうだというところまで――なんなら全部読んでああ面白かった、二回目を寝転がって読むために買って帰ろう、ってならないと!」


 力強い主張だが……いいのか、全部読んで。そして買うのか、中身が分かってるのに。


「そしてこれは、わたしが頭が固いからかもしれないんですけど……電子書籍は高いんですよ」

「……オマエが言うの? イヤいいけどよ。でも紙のと同じか少し値引きされてるぐらいだろ?」

「そうですけど、そうじゃないんです。正確には――新品の本は高い、という。学生時代から本の虫だったわけですけど、少ないお小遣いで満足するほど本が買えるわけないでしょう? だから古本屋に行って、一冊100円とかのをたくさん買って読んでいました。……でも今は行ってません」

「なんでだよ。安いし行けばいいだろ?」

「でも、古本屋で買っても、作者さんにはお金が入らないんですよ! 出版に関わる者としてはなんだか申し訳なくって……学生時代ならともかく、働いてますし……」

「ん~、気にしなくていいんじゃない? だって出版って、作者には印刷した段階でお金を払う仕組みでしょ? 極論、書店での売上は関係なくない? たくさん売れれば増刷でまたお金は入るだろうけど」

「確かにわたしが書店で買った段階では作者さんにお金は入りません。でも書店で買わない人が増えることで書店は続刊の仕入れ数を減らして、出版社は印刷数を減らし……と、小さくても影響はあると思いませんか?」


 ちりも積もれば、ということだな。


「それでも電子書籍がない時代は、気兼ねなく古本屋で買えたんですよ。あー、書店に置いてないなあ、仕方ないなあ、って。ところが――電子書籍は売り切れない」

「まァデータだかんな」

「そして、発行部数じゃなくて売上に応じて作者さんの懐に入る……そうなったらもう、電子書籍で買うしかないじゃないですか? でもどんなに昔の本でも当時の価格で売られていて……高い……文庫で20巻のシリーズもの買おうとしたら一万円越えですよ? 古本なら2000円とかなのに!」

「値引きしたらいいんじゃない?」

「……再販売価格維持制度というものがありまして」


 ライムの指摘に、ススムラはため息を吐きながら答える。


「長くなるので簡単に言うと販売価格を変えてはいけない、という契約で書店に売ってるんです。高く売ってもいけないし、値引きしてもいけない。その代わりに返本できますよ、という」

「あん? 返本が条件なら電書のストアは関係ねェんじゃね?」

「ないです。でもだからって電子書籍だけ値引き販売を出版社が許すと思いますか? 紙の書店がどんどん不利になるのに? ……まあ将来的には分かりませんけど、今はまだ、時折セールをするぐらいが限界ですよ。恒常的な値引きはまだ望めませんね」


 古い本がいつまで経っても高い理由はそういうことか。


「そして最後にですね……それらを乗り越えて電子書籍を買うじゃないですか。そうして読もうとすると……意外と面倒くさくないですか?」

「あァ……」

「場所はとらない代わりに、ダウンロードしないといけないし、次の本に切り替えるのも面倒で」

「わかるわ」


 ミタカはしみじみと頷く。


「スマホにリーダー入れると、本読んでる間は他のタスク見れねェし。いや切り替えりゃいいんだがその手間がな。かといってKindleみたいな端末を別に買ってもな……」

「そう、そうなんです。安い機種だと白黒だし画面の切り替えも遅いし、かといって高価な機種だったらいいかって言われると……結局カラーイラストをパラパラするのは少し……」

「画面サイズの問題もあるしな。A4サイズの技術書は結局紙で買ってるわ。モニタに表示すりゃデカく見えるけど、モニタはモニタで表示するもの別にあんだよっつうの」

「ページめくりもタッチとかスワイプとか物理ボタンなの、納得いかなくありませんか!?」

「あー、指を少しずらせばいいだけなのと比べるとなァ」


 二人はしみじみと頷く。


「――とまあ、そんな感じで本を買うことが少なくなっていった……というのがわたしの体験です。そしてみんながそうだとは思いませんが……出版業界が下り坂なのも、そのあたりに原因があるかなと」

「海賊版はどうなの?」


 ライムが試すように訊く。


「海賊版サイトの被害が大きいから、ブロッキングするんだって盛り上がってるけど」

「いち個人として言わせてもらえれば……余計なことしないでくださいよ、ってところです」


 ススムラは声に棘を生やして続ける。


「こちらはこちらでロビイングしてたのに……プロジェクトに入ってもらってる弁護士さんも、通信の秘密はどうなるんだって怒ってましたよ。ひいては表現の自由までおびやかされない、って。……海賊版は確かに問題ですよ。権利者にお金がいかなければ業界は成り立たない。でも、海賊版サイトをブロッキングしたからって、お金は戻ってこないんです。いくら被害額を算定したところで、それは払われてないお金ですからね」


 海賊版サイトは、ユーザには無料で見せて、広告で収入を得ている形だからな。コンテンツに対しては誰も何も金を払っていない状態だ。



「そもそもですよ。電子書籍を無料で見たらいけないって考えがおかしいんです」



「オイオイ……とんでもねェこと言い始めたな。アンタ、編集だろ?」

「編集ですがイチ本好きでもあります。例えばですよ、きちんと海賊版をネットから排除して、電子書籍はお金を出さないと絶対に読めない、という状況にできたとしたら――それこそ出版はこの先が危ぶまれます」


 ミタカが一歩引いて自覚を促すが、ススムラは止まらない。


「わたしは本をたくさん読んで本好きになりました。子供のうちに何冊読んだか分かりません。仮に文庫で2日で1冊程度として、1年で200冊としましょう。すべて電子書籍で定価600円で買ったら……12万円ですね。どうです、子供の趣味に年間12万円、月1万円」

「……本だけ、ってェなら出せる親はいるだろうが、他の趣味の出費もあるだろうしな。バイトもできねェ年齢じゃ自分の財布からってのも厳しそうだ」

「今計算したら漫画を入れるともっと読んでましたね。ともかく……それだけの数を子供のうちに読めたのは、無料もしくは安価で読めるものがあったからです」


 ススムラは指折り数える。


「図書館。古本屋。友達との貸し借り。どれも違法性のない本の入手手段です」

「ねえねえ、立ち読みは?」

「……し、してましたけど……お、お店に迷惑にならない程度にしてますからねッ」


 ライムは雲のように笑う。ススムラは咳払いして先に進めた。


「ともかく、これらは今、電子書籍ではできないことばかりです」

「まァ、貸し借りはできなかないが……家族間じゃねェとアカウント共有はできねェから、端末まるごと貸さないといけねェわけで――利便性的にもセキュリティ的にもねェわな」


 万単位の価格の端末を貸すのは確かに気が引けるな。


「広告をつけたり、雑誌みたいに連載の最新話だけ無料で読めるアプリはありますが――読書って時間が限られていたり、お試しだったりするものじゃなくて……なんというかもっと自由で……。とにかく、今の仕組みのままで電子書籍が普及しても、読書の機会は増えるどころか減っていくと思うんです」

「今の、ね」

「はい。今の、です」


 ススムラは頷いて――自信に満ちた笑みを浮かべる。


「これから先、読書文化が生き残るための――新しい出版の形。それを提示し、進めていくのがプロジェクトHERBです。これからその内容についてご説明させていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る