オープンな再会
4月下旬。
俺はミタカとライムと共に、東京のど真ん中、お堀の周辺にある貸し会議室に向かっていた。
「ずーみーは来なくてよかったのかよ? 出版の話だろ?」
「平日に休むと後輩の指導の時間が足りなくて困るということでな。俺の判断に任せる、と言っていた」
「らいむがしっかりチェックするから安心して! って言っておいたよ!」
ライムがミタカを覗き込むようにして言うと、ミタカは少し不安そうに顔をしかめた。
「でもでも、らいむ意外だったな。一度蹴った出版社とまたお話するなんて」
「あァ、なんだっけ。ワルモン文庫だったか。一度話はあったんだろ?」
「ワルナス文庫だ」
「小さな所だったから、お祈りメールしたはずだよ?」
去年の冬コミでススムラと再会した件は、誰にも話していない。
「一ヶ月ぐらい前に、相談に乗ってほしいと問い合わせがあっただろう。そこからの縁でな」
「……ああ! なんか迷惑メールかな? みたいなのが処理済みになってたね。変なの~とは思ってたけど……あれ、お兄さんの知り合いだったの?」
「小学校で会った。当時は教育実習の先生だったんだ」
「キョウイクジッシュー?」
ライムが首をひねる。……アメリカには教育実習はないのかな?
「教員免許を取る過程で、実際に学校で短期間教鞭をとるものだ」
「ふーん。じゃあ先生なの?」
「免許はあるが、今はワルナス文庫の編集長で――今回のプロジェクトのまとめ役だ」
あの時はいち編集だったが、いろいろあって編集長になったらしい。
「編集長ならいろいろ融通利かせてくれそうだね? ムフ」
「そういうものかな」
「オサだよ、オサ。ヘッド。ならもう決まりじゃん?」
ライムはコクコクと頷いて、足を速めて歩き出した。
「何か新しいことも始めるんでしょ? 面白そうじゃん――早く行こうよ!」
◇ ◇ ◇
ビルに到着すると、先方は先に会議室に入っていた。ドアをノックして来訪を知らせる。
「どッ、どうぞ」
「失礼します」
ドアを開ける。そこで待っていたのは、二人の男女だった。
「……代表、お久しぶりです。ワルナス文庫のススムラです」
長い髪と特徴的な泣きボクロ。緊張を顔に浮かべて手を伸ばしてくる。俺はしっかりと握手した。
「顔を合わせるのは久しぶりだ。あと、ユウでいい」
「そういうわけには……」
「お、なんだ結構フランクな社長さんじゃないか」
そこへするりと、もう一方――背の高い男が割り込んでくる。
日本人離れした容姿。明るいモンブランのような前髪を無造作に頭の上で束ねた――タマネギのような感じの髪型で、メガネ越しにさわやかに笑って。
「はじめまして、ユウ。それじゃあぼくのことはミシェルと呼んでくれ」
「ゲッ!?」
変な声を上げたのは、俺ではなく――後ろにいたミタカだった。
「ムッさん……なんでここに!?」
「やや、その声は――アスカじゃないか。へえ? こんなところで再会するなんて奇遇――」
近づいてきたミシェルから――ミタカはササッと逃げて、ライムを背後に庇った。
「むぎゅっ。ちょっと、アスカお姉さんどうしたの?」
「やや、かわいらしい声だ。華やかになってきたぞ。紹介してくれないのかい、アスカ?」
「オマエに紹介できるわけねェだろーが」
ミタカはミシェルに牙を剥く。
「ミタカ、知り合いなのか?」
「あァ。大学の同期だよ。同期で――変態だ」
「久々に会った友人にそれはひどいな。最初に紹介するぼくのパーソナリティがそれかい?」
「この場じゃ最重要事項だろうが。このロリコン野郎」
「えッ」
ススムラが一歩ミシェルから引く。当の本人は、やれやれといった肩をすくめた。
「アスカなら知ってるだろう? ぼくが性的興味を持っているのは二次元の小学生だ。三次元に興奮することはないよ」
「例外がねェとはいえねェだろが」
「ありえないね。そもそも背丈からして小学校高学年だろう? ぼくのターゲットじゃない」
「らいむは15歳なんだけど?」
スルッ、と。ミタカが押さえる手からすりぬけて、ライムが前に出てくる。肩の辺りまで伸びた金髪の、ポップでキュートな中学生。
ミシェルは顎に手をやって、その姿を上から下まで舐めるように見て言った。
「セーフだ。ぴくりともこない」
「何がだよ」
「そりゃあナニさ。肉体のほうのナニも、心のほうのナニもしおれたままだ」
「このクソオープン変態野郎が」
「友情の証だと思ってほしいな。これでも普段は隠してるんだぜ? ……ほら、アスカが怖い声を出すから、サダコがおびえてるじゃないか」
「テメェのせいだろ」
ミシェルは――ふたたび肩をすくめた。
「サダコ、驚かせてすまない。アスカとは大学のグループで一緒でね。まあいろいろバカ騒ぎをやった仲さ。関係の深さはこうして性癖がバレているところから察してほしい」
「え……あの……ど、どこまで本当で……?」
「ん? 何一つ嘘なんてないよ。ぼくの性癖についてなら、二次ロリオタクといえば一言で済むだろうね。ぼくは三次元には一切興味がないんだ。あまり女性に関わらないといろいろ疑われるから、美しい女性には手当たり次第声をかけるけど、ただのカムフラージュさ――実際に何かしようなんて思ってもいないから、安心してくれよ」
ススムラは崩れ落ちた。
「そんな……わた……勘違い……ゥッ……」
……何か絞り出すような声で呟いているが、大丈夫だろうか。
◇ ◇ ◇
「改めて、ミシェル・マリア・ムーアだ。大学の同期からはエムさんって呼ばれることが多いかな」
ようやくススムラが立ち直り、双方が机についた段階でミシェルは言った。
「卒業してアメリカに帰ったんじゃなかったのかよ?」
「帰ったよ。それからシリコンバレーでスタートアップを転々としてね、経歴としてはそうだな……ほら、こういうのに関わっていた」
大きめのタブレットに画像を表示して見せてくる。時計、眼鏡、手袋……。
「なるほど……ファッションデザイナーか」
「いや! いやいや! 確かにかっこいいデザインだけどね、ユウ。これはスマートデバイス、電子機器だよ。スマートウォッチとか使ってないのかい? ほら、Apple Watchとか話題になったろう?」
「時計をする習慣がなくて」
「ああ、そう……」
ということはここに表示されているもの、すべて普通のものじゃなくて電化製品なのか。一見そうとは思えないが。
「とにかく、ぼくはハードウェアが専門だ。アイディアを持ってる起業家のところに行って、設計して、また次の所へ、ってやってきたのさ」
「オマエぐらい腕がよければ、そのままアメリカでやってた方が稼げたんじゃねェか? なんでまた日本に来てるんだよ」
「いやあ……」
ミシェルはいたずらっぽくウィンクした。
「ぼくの秘蔵のコレクションが、警察の知るところとなってね」
「オイ」
「向こうじゃやっぱりぼくの性癖は理解されなくて。三次元に手を出すわけじゃないってのに……無理解とは恐ろしい話さ。だからお縄をちょうだいする前に、日本に逃げてきたってわけ。いやあ、やっぱり日本は最高だよ。理解もあるし、ラインナップは豊富で手に入れやすいし!」
「理解あるかァ……?」
「少なくとも創作物の単純所持で捕まらない、という点では、この国は真に自由を――表現の自由、思想の自由を理解していると思うね。さすが魅力的なコンテンツを生み出し続ける国さ。……話が逸れたね。ともかくそういう事情で日本に来て、小さな事務所を構えてる。設計の請負を生業としているんだが、そこにサダコが面白い企画を持ち込んできてね……プロジェクトの立ち上げに参加することにしたんだ」
ミシェルはまじまじとミタカを見つめる。
「ぼくとしてはアスカの方が意外だね。神ゲーを作るんだって言ってたから、ニンテンドーに就職するか、自分で起業してるかと思っていたんだが……KeMPB? 聞いたこともない会社だな」
「オマエ、ゲーム会社は他にもあるだろが……」
「失礼、一般のゲームには詳しくないもので。確かにアスカが所属するぐらいだから、有名な会社なのかもね。何を作ってるんだ?」
「ケモノプロ野球というゲームだ」
「野球……ベースボール?」
俺が答えると、ミシェルは目を丸くする。
「アスカ、正気か? スポーツを再現するゲームなんて、新規のゲーム性がないとか言って酷評していただろう?」
「オマエよく覚えてんな……作りたくないっつっただけで、別に嫌いじゃねェよ」
「だが作っているんだろう? なんの心境の変化があったんだ?」
「えッ……あァ、まァ……」
ミタカはこちらをチラリと見ると、咳払いして――ニヤリと笑った。
「フン。ツグと一緒にやってる、って言やわかるか?」
ぴたり、とミシェルは動きを止めて真剣な表情になった。
「どうやら普通の代物じゃなさそうだなってことは分かったよ。そうか……どうしてゲーム会社に話が行ったのか疑問だったんだが、ツグが関わっているなら納得がいくよ。アスカもいるし、これはデモのしがいがあるな」
そんなにすごいのか、うちの従姉は。アパートでの様子を見てるとそうは思えないんだが。
「あァ、それな。デモって何すんだよ? こちらとら、新しい出版に関わるプロジェクトとかなんとかしか聞いてねェんだぜ。まァ、オマエが出てくる時点で、ハード系の話なんだろーなとは思うけどよ」
「ご明察。今日見せるものはあの中だ」
ミシェルは端の方に置かれている大きなアタッシュケースを指す。
「何が入ってると思う?」
「……フツーの電子書籍リーダーってわけじゃねェんだろ? 楽しみにしといてやるから、さっさとプレゼンしろよ」
「やあ、そう急かすなよ。まずはプロジェクトの説明から始めないとさ」
ミシェルはニヤリと笑う。
「今日はサダコと二人で来たけど、かなりたくさんの会社が参加してるプロジェクトなんだぜ」
「フン。頭が多くても向いてる方向が一致してなきゃ意味ないぜ」
「そこはノープロブレムさ。プロジェクトメンバーの意思統一はしっかりできてる」
がしっ、と――ミシェルは隣に座るススムラの肩に手を置いた。
「サダコのおかげでね」
「はッ、はいッ?」
「プロジェクトの説明を始める前に、改めて紹介しよう」
緊張に固まるススムラとは対照的に、ミシェルは笑顔を浮かべて言った。
「彼女こそがプロジェクト
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