四月の報告会(後)

「サイン盗みで話が逸れたが、リーグ戦の後は獣子園だな。準備はどうだろうか?」

『アー……進めてマスヨ。選手の生成は予定通り終わりそうデス』


 獣子園。日本の甲子園にあたる、ケモノ世界の高校生の野球大会だ。

 リーグが終わった直後から予選を開始し、8月に本選に突入するスケジュールになっている。現実の甲子園ともろ被りだが、物量的に仕方ない。


 物量のひとつ目は人数。47都道府県、各8校ずつ。1チーム監督含めて19人で、7144名のケモノを作成する必要がある。3Dモデルと名前の自動生成化はできているのでそこは一瞬だが、出来の最終チェックと、AIの生成に時間を要していた。


『ダイジョウブ、間に合う間に合う……ただ、あまり練習時間が取れないノデ……』

「試合の中で成長してもらうしかないな」

『機材をもっと増やせばいいんデスケドネ。試合数も増やせマスシ』


 物量のふたつ目は試合数だった。予選だけで1県7試合、計329試合。一日に実行できるのは4試合なので、割って83日が必要になる。これがサーバー群を1セット増やすだけで一日6試合できて、55日に短縮できるんだが……。


『甲子園みてェに朝からやれば8試合はできるぜ? ただプロリーグのケモノらのオフが犠牲になるがな』

「オフの様子がオフに見れないというのはダメだろう。……短縮するなら、やはり増設しかないと思うが……今じゃないな」


 先行投資してもいいが、現行の体制で問題ない予定を立てている。今年のスケジュールは発表済みなので、急に変えるほうが混乱を招くだろう。


「今シーズンは予定通り行こう。契約がうまくいけば、増設は間違いないんだからな」

『マ、しなきゃいけないデスネ』


 現行のケモプロのリーグは1リーグ6球団。NPBの半分に留まっている。これを2リーグ12球団に増やすことは、KeMPBの一つの目標だ。球団が増えればスポンサーも増える――収入が増えるはずだ。

 球団数の増加により、人気が分散してしまう等のデメリットも考えられるが――今年のドラフトは実際に獣子園で活躍した選手たち、つまり地元の力を持つキャラクターになる。初期メンバーよりもより「応援したくなる」だろうと期待している。


『うまくいきゃあな。実際のところはどうなんだよ?』

「いくつか接触してはいるが……1シーズン終わってから判断したいと言われることが多いな」

『らいむ、そんな悠長なこと言ってる場合? って思うけどね~』


 次シーズンもケモプロが話題性を保てるかどうかが気になっているのだろう。それに次シーズンから参加するとしても、既存6球団の後続という立場に立ってしまう。人気を獲得できるか――新規ユーザーがどれだけ入ってくれるか? 焦点はその辺りだった。一応2リーグ制にする場合は、現在の6球団を半分に割って既存3・新規3で1リーグを形成するつもりだが……。


「ケモプロがまだまだ力不足ということだろう」

『もっと自信持っていいと思うけどな~。ま、様子見してるうちに席をなくして、悔しい思いをさせちゃうもんね』


 さすがに12球団以上への拡大は計画してない。残り6席は早い者勝ちだ……と煽りたいところだが。


「考えたいとは言いつつも好感触なところもある。地道にやっていけば大丈夫だろう」


 来シーズンのドラフト会議をする9月までに決まっていればいいからな。なんとかなるだろう。


「地道といえば、クイズアプリは堅調みたいだな」

『ん~、一瞬だけジャンル別のダウンロード数一位に入ったぐらいだよね』


 NoimoGamesが作った『ケモプロ×クイズで学ぶ野球のルール』。野球を見たくても野球のルールがわからない、という人向けの学習ツールとして世に出したのだが、それほど話題になってはいなかった。


『毎日途切れずにダウンロードはされてるけど、継続率もよくないしね。ケモプロがメインの人にとってはアイテムコードもらったらおしまい、って感じだし?』

『あちゃ、うまくいってないッスか』

『ん~、らいむはこれからだと思うな。このアプリを必要とするのは現実の野球のプレイヤーだよ。これから野球を始める子供とか、その親とか、チームの監督とか? だからそこにリーチするようにしないとね! 無料アプリだから儲けはないけど!』


 そういう現実の野球をする人たちが、少しはケモプロに興味を持ってくれれば御の字といったところだな。


「やはり野球に興味をもってもらうための施策としては、YYSが本命か」

「……同志、わいわいえす? って、何?」

「Noimoがつけたプロジェクト名だ。例の野球を学ぶ系の動画・絵幕表示コンテンツの」

『アー、やることに決めたんデスネ』

「テストケースが好評だったからな」


 セクはらのウガタにテスト版を見てもらったところ、野球が少しは理解できたと感謝された。……キャラと表現が下品だとは言われたが。


『ところで、何の略デス? YYSって』

Yる夫のYSレ」

『エェ……』


 マウラのこだわりらしい。よくわからんが。


「ただこちらは作るとは決めたものの、難航していると連絡があった」

『オ? それはどうしてデス?』

「キャラクターが決まらないそうだ」


 野球を学ぶ動画。2人のキャラクターによるテンポのよい掛け合い。そのキャラクターがなかなか決まらず、制作は止まっていた。やる夫を超えるキャラクターで、かつ字幕ならぬ絵幕にしたときでもわかりやすい――そんなデザインがなかなか出てこない。マウラいわく、キャラがなければ話も作れないということで脚本も進んでいなかった。


「そういうことで、Noimoからヘルプの依頼が来てるんだが――ずーみーよ」

『ウッス。キャラデザやればいいんスか? どんな感じで?』

「やる夫よりインパクトがある、質問役と教師役のコンビだな。ケモプロにこだわらなくてもいい。とにかくひと目見て覚えられるような……どうだろう?」

『やる夫にケモミミつけちゃダメっすか?』

「ダメだろう」

『そッすよねぇ。インパクトのあるキャラ……うーん、難しいオーダーッスね』


 俺の小さな後輩は――ネットの向こうで親指を立てる。


『でも、やってみるッスよ! ちょっと手が空きそうな感じだし!』

『えーッ! 本当!?』


 その発言にライムが食いつく。


『手が空きそうなの? ようやく? やったじゃん!』

『へっへっへ。やる気と理解のあるアシスタントがついてくれたッスからね』

『あァ……なんだっけ? ミギーなんとかってやつ。そんなに使えるのか?』

『や……今はまだツールの使い方覚えてもらってるところッスけど』


 ずーみーの後輩、棚田高校の一年生のまさちーは、デジタルで絵を描いたことがなかった。なんでもこのご時勢に、すべてアナログ作業で同人誌を描いたという。逆にガッツがある、とずーみーは感心していた。


『ベタとかトーンだけじゃなくて、3Dモデルから背景とかモブを作ってもらったりもしてほしいんスけど、PC自体慣れてない感じなんで……でもやる気はあるんで期待してるッスよ。本人は練習でお金を貰うのが申し訳ないとか言ってましたけど』

『研修も仕事ですから』


 シオミが少し呆れた感じで言う。


『KeMPBの初めてのとして、胸を張って給料を受け取るよう伝えてください』


 上京した一人暮らしのまさちー、そのアルバイトとしてずーみーのアシスタントを提案した。が、そうなるとまさちーがどのような立場になるのかが少し問題となった。


 いろいろなパターンがあるらしいが、一例として、漫画家のアシスタントというのは漫画家に雇用される、あるいはお互い個人事業主として仕事を委託するものらしい。今回で言うと、ずーみーが個人事業主となってまさちーを雇うか、まさちーに仕事を発注することになる。

 ――が、そうすると両者に余計な書類仕事が増えることになり、負担が大きい。


 そこでKeMPBがアルバイトとしてまさちーを雇うことになった。業務はずーみーの仕事の補助。職場は部室。時間は放課後から下校まで。これで書類や税金関係の手続きはKeMPBに集約することができる。

 皆と同じく社員という立場にすることも考えたが……即戦力ではないことや、時期が悪いこと、生活の支援を考えての選択だ。


「急な話ですまなかったな」

『いずれ従業員を雇うことは予想していましたから、契約書類等も準備していたので問題ありませんよ』

「おかげでライパチ先生に話を通すのもスムーズにいって助かった」


 外でバイトさせるより安全だろうと言われたしな。


『ただしホヅミさん、ミギシマさんには時間を厳守させてくださいね。タイムカードを切ってから作業をする、というようなことがないように』

『うッス。……家で個人的な練習は構わないッスかね?』

『……仕事と関係ないものなら構いませんが、毎日下校時間ギリギリまで作業するんですから、家では勉強をするように言った方がいいのではありませんか? 一人暮らしならなおさら、家事もあるでしょうし』

『アッハイ。オッシャルトオリデス』


 成績を落として部活動禁止、なんてことになったら、自動的に収入源も断たれるわけだから……うん、勉強させたほうがいいな。


『ムフ。それより、やっとずーみーちゃんの作業に余裕が出そうなんでしょ? じゃあじゃあ、そろそろいける? ――書籍化!』

『あー、まあ……書籍化に必要な作業時間は取れるんじゃないかなと思うんスけど……どうなんスかね?』

「どう、とは?」

『いや、個人的にも何回か出版社からオファーはきてたりするんスけど……』


 ずーみーはネットの向こうで眉を寄せる。


『ぶっちゃけ、出版ってこの先どうなんスかね? 例の海賊版のサイトとかありますし……』

「漫画村か」


 漫画の著作権侵害サイト。そこらの電子書籍販売サイトよりも膨大な量の漫画を、スキャンして無料で公開し、広告で収入を得ている違法なWebサイトだ。


『最近急に閉鎖されましたけど、別に犯人が捕まったわけでもないし、次のサイトができただけって噂もあるし……不安なんスよね。イチ漫画描きとして』

『ブロッキングするっつって騒いでる間に逃げられたかんな……まァオレはブロッキング自体どーかと思うがね』


 海賊版サイトにアクセスできなくする、通信事業者が行うブロッキング。国会まで騒がして、通信の秘密がどうこうと議論になっている間に、その対象が次々閉鎖している状況だな。


『これから先、せっかく本を出しても売れない、とかなっていっちゃうんじゃないかなって……』

『まァ深く考えずに出しちまってもイイんじゃねェか? ファンは待ってるだろ?』

『うんうん、待ってる! 超待ってるよ!』

『それは分かってるんスけど、でも出すからには協力してくれる出版社もちゃんと儲からないといけないんじゃないスか? ねえ、先輩』

「そうだな」


 獣野球伝以外だったら、出版社の儲けなんて考えなくてもいいかもしれない。けれどそういうわけにはいかない。


「これから何十年と執筆してもらうんだ。儲けが出なくて続刊が出ない……なんてことは困るだろう」

『ん~……それもそっか。じゃあやっぱりさ、KeMPBで出版部門もっちゃう? グッズの販売で販路のつながりもできてきたし、多少赤字でも自由にやれるし?』

『今の状況見てると、それもアリっちゃアリか? って気もするわな』

「どうやら出版についていっかごんあるようだな」

一家言いっかげんな。そりゃ今の状況見てたら、IT屋としても文句を言いたくもならァな』

「ならちょうどよかった」

『ア?』


 ずーみーの手が空く見通しが立った。なら先へ進める時が来たということだ。


「出版社と打ち合わせをする予定があるんだが、同席してもらえるか?」

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