四月の報告会(前)
4月14日。夜のアパートで。
「では報告会を始めよう」
といつものように呼びかけたとたん――
『どーしてダイヒョーは来ないデスカ!?』
ニャニアンが吼えた。
『うっせェ……おま、音割れしてたぞ』
『これが黙っていられマスカ! ダイヒョーの出演予定がないナンテ!』
『え、なんの話ッスか?』
『もがこれデスヨ!』
もがこれ。最上川これくしょん。女性向けの人気ご当地ソシャゲ。その公式イベントが明日山形であり、それに参加するためニャニアンは現地入りしているわけだが――ホテルで大声を出すのはやめたほうがいいんじゃないか。
『ついにダイヒョーがゲスカワくんの声優になるというノニ! こう、舞台に出てくる演出は!?』
「なるかどうかはまだ決まっていないし、イベントに呼ばれていないのは他のオーディション参加者も同じだ。1キャラに声優4人で4キャラも決選投票をやるんだから、16人もスケジュールを押さえられないだろう」
『ワタシのTLではアットーテキにダイヒョーが支持されてマスヨ!? モー、決まったよーなモンデス!』
『4キャラも投票やるんスか。ゲスカワくんと?』
『アリナシ兄弟とヌルマタさんデスヨ!』
いずれもゲーム中ではSSRで大人気だという。ちなみに最大手の最上川についてはさすがに公開オーディションではなく運営のNoimoGames側で決めているそうだ。
『ゲスカワと喧嘩兄弟と虚無系男子とユー、なんとも贅沢な組み合わせデ――』
『いい加減にしねェとミュートにすんぞ』
『ウグ……とにかく、明日は全力でダイヒョーを応援シマスノデ!』
「よろしくたのむ」
イベントの様子自体はネット配信されるので、様子をうかがうことはできる。投票は相当な倍率のチケットに当選し、現地まで行ったファンたちだけしかできないが。
「ニャニアンがいない間、サーバに何事もなければいいんだが」
『フラグ! フラグヤメテ!』
「しかし天災は前触れのないものだしな」
『ああ……そういえば、島根は大丈夫なんスか?』
「イルマから問題ないと言われている」
先日、9日の未明。島根は震度5強の地震に見舞われた。
まだ正式な名前はついていないが、5強といえば7年前の大震災で東京を襲った震度と同じだ。あの日は学校もひどかったが、家の中のほうがひどかった。シオミと一日中片付けに奔走したんだったな……。
それはさておき、島根県の対応は早かった。午前1時ごろの地震に関わらず、5時には被害状況の確認が終わっていた。従姉の兄、島根の職員であるイルマも、KeMPBには即座に連絡を入れてくれた。
――心配は無用だ、と。
ケモプロはいつもどおり運営して欲しいと、そのための声明文もすぐに送ってくれた。その文章は即日掲載され、今もケモプロ公式サイトから読むことができる。
『うんうん。イルマお兄さん、手が早くて助かったよね!』
『募金とかはやらないんスか?』
「一部被害のひどいところがあるが、復旧に必要な物資や資金は県内でまかなえるだろうという話だった。それよりはいつもどおり商品を買ってくれるほうがありがたいと」
『それがいいでしょう。必要のない規模であれば、義援金を送るよりも後につながる商売の方が現地の為になりますから』
『ムフ。島根の商品の特集ページは作ったけどね!』
ケモプロを通して販売した場合、いくらかKeMPBが手数料を取ることになる。今回その手数料を外すことも提案したのだが、気遣いは無用だと断られた。
「きちんと事情も説明してあって、いいページだと思う。これなら災害にかこつけた金儲けなんてケチもつけられなさそうだ。短期間でよくまとめてくれた、助かる」
『でしょ? らいむは有能な広報だから?』
『エイプリルフールの件は、オレはいまだに根に持ってんかんな? 広報さんよォ』
ミタカが暗く低い声で言う。
『えぇー、根回しは完璧だったじゃん? ツグお姉さんもニャニアンちゃんも手伝ってくれたし?』
『なんでそこにオレは入れねェんだよ』
『うーん。一番真に受けて驚いてくれそうだったから? だってお兄さんなんか平然としてそうじゃない?』
「驚いたぞ?」
『嘘こけ、のんきにタワーで遊んでたくせによ』
「面白かったからつい」
『ムフ。でしょ? AIに遊ばせることも決まったし、めでたしめでたしだね!』
『コイツら……』
エイプリルフール企画で作られた『ケモプロタワーバトル』は、公式サイトだけでなくスマホでも遊べるようになり、さらには次のミニアップデートでケモプロ内の選手たちとのマッチングも実現することが決まっている。ミタカも渋い顔をしたものの、結局は導入に賛成してくれた。
『ちゃんと原作者さんにも話通してあるし、何も問題なかったじゃん? らいむ、そこはきっちりやったよ?』
『はぁ……まァ、移動時間リアルにした以上、何か暇つぶしがねェとAIにストレスがかかるからいいんだけどよ……言っとくが、なくたって他の手段は用意してあるからな? 勘違いすんなよ?』
『はいはーい。それじゃ、振り返りはやめて未来の話をしようよ!』
「ではリーグの予定から確認するか。もう終盤だな」
順位は東京、伊豆、三位タイで電脳と島根、鳥取、青森の順になっている。青森ダークナイトメアが調子を崩して転がり落ち、じわじわと島根、鳥取が上がってきている感じだ。
「リーグ戦は四月が残り14試合。五月の連休に5連戦をやって決着か」
『ケモプロ、ゴールデンファイナル、ッスね。順位が詰まってきたんで盛り上がってきてるッス』
『調整とか言われちゃったりもしてるけどね~』
『調整できたら苦労しねェよ……』
今のところ、ケモプロのリーグ戦は全部で130試合。残り19試合で逆転優勝する可能性は――ゲーム差18の青森は相当厳しいが、どこにでもあると言っていいだろう。計算が難しい『マジック』という優勝目安の数字も、まだ出てきていないし。
つまり終盤に至っても混戦模様が続いているということだ。東京セクシーパラディオンの序盤の勢いを見て、中盤ぐらいで優勝が決まってしまうかとハラハラしていたのだが、ありがたいことにそうはならず、おそらくゴールデンウィークの5連戦、『ゴールデンファイナル』と名づけた期間までもつれこみそうだ。
……それが運営に都合がいいので、調整してるんじゃないかなんて言われているが、そういうことはしていない。運がよかったというか……各チームの選手の頑張りだな。
ちなみに6チーム1リーグの構成なので、交流戦もなければ日本シリーズもクライマックスシリーズもない。リーグの成績がすべてだ。
『あー、まァ調整っつーかよ……』
そんなことを考えていると――ふと、ミタカが眉を寄せながら言った。
『不正があるのは見つけたぜ』
◇ ◇ ◇
「不正?」
『オレらじゃなくて、ユーザー側な。チートっつってもいいか』
「……選手を操作するゲームじゃないのに、チートが?」
いや、それとも購入系だろうか? しかしお金に関わる部分はきっちり強固につくったと従姉は言っていたが……。
『イヤ、そうだな。ウン。選手が操作できちまってんだ』
『ええええ!?』
「ふぇっ?」
ずーみーと従姉の驚きの声が重なる。
『ど、どゆことッスか? ケモプロが、いつの間にパワプロに?』
『まァちと、この動画を見てくれ』
ミタカが貼り付けたのは、今日の鳥取対伊豆の試合の模様だった。伊豆の守護神、
『あぁー、マヤちゃんが打たれたって話題になってるやつッスね。え、このリーくんをユーザーが操作?』
『注目してほしいのはここな。ここ。センタースタンドの――観客だ。ほれ』
マヤがセットポジションに構え、サインに頷く。すると観客席の一部でウェーブが始まった。そして投球――ホームラン。
『コレな――サイン盗みなんだわ』
『え、えぇ……?』
「……投球のサインを読んで、バッターに伝えているのか?」
『そういうこった。現実でも問題になった手法だが、そこから手段がアップデートされてて逆に感心したぜ。まずはサインの解読だが、キャッチャーを映す定点カメラを解析してサイン解読ツール作ってるんだな。ちょいと探ったら非公開のクラウドストレージに置いてあるのを見つけたぜ』
わざわざツールまで作ったのか。熱心なファンというのはすごいな。
『んで、AIが認識できるチャンネル1の観客席にアバターを送り込んで……エモートでコースと球種を表現するわけな。さっきの解析ツールが連動してエモートも実行してくれるって寸法よ。あとはバッターがその意図を理解してくれれば……ってな』
『ちょ、ズルじゃないッスか……そんなの』
「いつからだ?」
『計画が立ったのはオレらがAIのサイン盗みを公表してすぐみてェだから、2ヶ月前ぐらいか? 効果が出たのは1ヶ月前ぐらいからみたいだぜ。急に鳥取の勝率と、西伯の打率が上がってンだろ?』
確かにここ最近の鳥取は調子がよかった。1ヶ月の勝率だと7割に近いはずだ。
『まず間違いなく西伯は理解してンな。んでその上での話だが――』
ミタカは声を潜める。
『……すごくね?』
「そうだな」
『いやー、やっぱ燃えるわ。ユーザーとの知恵比べっつーか、AIがそれを汲んだ成長をするってのが』
『それ前も聞いたッスよ……どうするんスか、今度は?』
『AIが客席を認識できないようにすんのが手っ取りばやいが、それじゃダメなンだろ?』
「ああ」
観客席の盛り上がりを見るのも、選手に必要なことだと考えている。
客席に向かってのアピールのようなことをするケモノも増えてきたことだし、そういう個性を消したくない。
『っつーわけで、不自然なエモートを繰り返してると警告がでるようにする。あとはやってたユーザーを晒し上げでもすりゃいいんじゃねェか? 一部の鳥取キチのユーザーだけみてェだが。えーと……そうそう、砂銀河団って応援団な』
『うーん、映像見ても分かりやすいし、犯人はこっちが直接言わなくても特定されそうだね……。らいむに任せてよ、うまく火消ししておくからさ』
『あ、燃えるのは前提なんスね……』
ファンの熱意と技術力が結びついた結果こういうことになってしまったわけで、他の球団のファンだって同等の熱意を持っている人たちだ。事実を公表すれば、そりゃあ燃えるだろう。
とはいえこちらが公表しなくても、これだけ分かりやすければ気づく人は出てくるはずだ。隠したら余計に燃え広がるだけだ。
「任せる。俺が話をしないといけないなら優先して予定を入れてくれ」
『ムフ。もちろんだよ。お兄さんに遠慮はいらないもんね?』
「ああ」
遠慮されて事態が悪化するほうがまずい。雑用係ができることなんて限られているんだ。会社の顔として仕事をするときはしないとな。
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