ログなき戦い

「で、えへへ……な、なんかその、照れるね?」

「そうだな」


 従姉がキョロキョロと目を動かしながら言う。確かに少し恥ずかしい。


「いッ、いつもと違う感じだからかな!?」

「確かに普段しないような格好をしているな」


 これで表を歩けといわれたら、少しためらう。寒そうだし。


「へ、へへへ……えっと……な、何かない? わ、話題」

「エイプリルフール、ツグ姉も一枚噛んでいたという話だったが、何をしたんだ?」

「あッ、ああうん、あれね」


 従姉は挙動不審のまま口を開く。


「えと、ライムちゃんがミニゲーム作りたいって言って……作り方を少し。それでいい感じだったから、ほら、……! ッあの、VRモードでスマホ使えるやつ、あれを応用して、VRモード内のスマホで遊べるようにして」


 あったな。VRヘッドセットをかぶっているとスマホが確認できない問題を、VR内にスマホを取り込んで解決したものだ。従姉の話をまとめると、実際にスマホにミニゲームをインストールしていなくても、VR内のスマホで遊べるようにしたとのこと。


「それでよく考えたら、ケモノたちに連絡用にスマホを持たせた……。んッ! ……はぁ。あ、ごめんなさい……ええと、スマホを持たせたじゃない? ケモノ間の連絡用に」


 オフの日の様子を披露するため、ケモプロには多数の施設を実装した。するとひとつの問題として、ケモノたちがなかなか合流しないという現象が生まれてしまった。コミュニケーションを取りたい相手と連絡がとれないと、施設をウロウロと探し回り、すれ違い……何も起きないまま一日が終わる。

 それを解消するため、ケモノたちにも連絡手段、スマホを持たせるようにしてある。


「チャットと通話の機能しかないアイテムだな。……まさか、それに?」

「うん。ライムちゃんのミニゲームを載せてみたの」

「……つまり、ケモノたちが、ライムのゲームを遊ぶんだな?」

「そういうこと!」


 エイプリルフールに公開されたライムのゲーム。ケモプロタワーバトル。元ネタの作者にもしっかり許諾をもらってきたと言っていたが、そんなことにまでなっていたとは。


「えと……まずかった、かな……?」

「いいんじゃないか。ケモノたちにも暇つぶしは必要だろう」


 エリア間の移動はケモノたちにとってはリアルになっている。遠出をするならそれなりに電車に揺られていたりしないといけない。ちなみに事故防止のため彼らは公共の交通機関以外は使えないので、ゲームに夢中で車の操作を誤って転落……ということもないし。


「ところであれは通信対戦機能がついていたと思うんだが……ケモノたちの対戦相手は、もしかして?」

「うん。ユーザー……人間とも対戦できるよ」

「なるほど……」


 これまでユーザーはケモノ選手を操作することはできなかったし、直接コミュニケーションをとることもできなかった。影響を受けるのは応援ぐらいで、あとは町中で出くわしても挨拶できたりはしない。ちょっと対応が冷たい……という意見があがってはいるが、きっちり認識するようにしたら人ごみの中でなにもできなくなってしまうので、そこは我慢してもらうしかない。


 しかし、ゲームの対戦相手にはなってくれる。仕組みを聞く限り運よくマッチングされたら……ということらしいが、それを目的にプレイする人も出てくるだろう。


「ライムが情報公開を引っ張るわけだ。もう対戦できるのか?」

「AIに影響があるから、さすがにアスカちゃんと相談してから、だね」


 エイプリルフールが仕込みだったことが分かってもだいぶ不機嫌だったからな……。とはいえ、ライムはすべて根回しして契約も完璧にこなしていてオーナーたちは了承済み。内部に協力者もいたとあっては不満のぶつけ先も……いやニャニアンがぶつけられていたな。うん。そういうわけで、これ以上勝手をするのはマズいと思ったんだろう。

 しかし、ここしばらくライムの報告が少なめだとは思っていたんだが……『溜め』てたわけか……。


「VRモード関連の追加機能が増えるな」

「最近のトレンド、だから……ね」

「乗り遅れないようにモデルデータの販売なんかもしているが、予想以上に効果があったな。アバター用の服だけじゃなく、ハウジングのアイテムも売れるとは」


 アバターの住まいをカスタマイズする要素、ハウジングは、一部の人たちには好評だったが、大部分の人が稀に手に入ったホームランボールやサイン入りバットを放り込むだけの部屋になっていた。アイテムを追加しても、開始日にその一部の人が買って次の日からは売り上げがほとんどない……なんてことはざらだった。

 しかしVRモードでの撮影方法を増やしたところ、それを使って動画配信をする人が増え、ハウジングのアイテムは、部屋をスタジオ化する小道具にと買う人が増えてきている。部屋の広さの拡張については毎日要望が寄せられている状況だ。


「バーチャルYoutuberとして一番簡単に配信できるツール、なんて説明もどこかでされていたぞ」

「ふへへ。使ってくれる人が増えるなら、嬉しい……かな」


 従姉はニマニマと笑う。


「VRはまだまだ……課題が多いから。いろいろやれて面白い、よ……。もしケモプロがなかったら、VR方面でツール作ってたりした、かも?」

「やらないのか?」

「今やりたいのはケモプロだし、ケモプロが一番面白いから」


 従姉は大きなメガネの後ろで、太い眉をキリリと持ち上げる。


「だから、ケモプロ以外の開発は、休憩時間にやるよ」

「休憩時間」

「うん」


 開発も休憩に入るのか。ふむ。


「なら少し耳に入れておきたい話があるのだが」

「え? なになにききた――あいたたたたたたァァァァー! いたいッ! いたいいぃッ!」

「ちょッ! 暴れないでください!」「あなた、押さえて!」「大人でしょ、いい加減にして!」


 注射針を腕に刺されて暴れ始めた従姉を、俺は看護師さんと協力して押さえつける。


「いたいいたいいたい! 血がでてるーっ!」

「採血ですからあたりまえですッ!」「はい一本終わった! あと二本いくから!」

「いやー! 同志、たすけてぇ……! たすけてよぉ……!」

「……何をやっているんだ、お前たちは」


 騒動の現場に通りすがったシオミが、顔色の悪いまま問いかけてきた。俺は従姉を押さえながら答える。体が大きいから大変だ。


「注射が怖いというから、話をして気を逸らす作戦に出ていたんだが……失敗してな」

「子供か……」


 シオミはこめかみを押さえてため息を吐く。


「健康診断ぐらい、さっさと済ませてくれ」



 ◇ ◇ ◇



 4月に入って、俺と従姉はシオミから健康診断を受けるようにと病院を案内された。


「健康診断?」

『書類が届いただろう? それを持って当日病院へいくように。ツグも連れてな』

「えぇ!? わ、わたしも? わたしはその、別に……」

『引きこもっていた間どころか、大学の健康診断もサボっていたとミタカから聞いたがね』

「うッ……」


 通話越しにシオミが睨んでいるのを察してか、従姉が背中を丸める。


「俺とツグ姉だけか? 他は?」

『ホヅミとクジョウは学校でやっているだろう? お前は学校を卒業したんだから、会社でやるしかない』


 言われてみればそうだ。


『あとはミタカとセプタだ。二人とも個人で手配していたが今年からKeMPBで巻き取ることにした……実際に検診を受けたか怪しいものだからな』

「あの、あの~、その、わたし、忙しくて……風邪もひいてないし……」

『大規模アップデートも終わったんだ。無理にでもここで時間を作れ』

「あぅ」

『だいたい、そう時間がかかるものでもあるまい。まだ若いんだからな』

「年齢でやることが違うのか?」

『一般的にはな。お前たちは尿検査、採血、問診と各種測定ぐらいだ』

「あの何かマズい……バリウム? を飲むのはやるのか?」

『やりたければ別枠で申し込んでやろう』


 シオミは――通話の向こう側で、げんなりした表情を作った。


『……私は、あれは好かん』



 ◇ ◇ ◇



「うう……だから嫌だって言ったのに……」


 シンプルな検診衣を着た従姉は、椅子に座って背中を丸め、全力で注射針の痕をガーゼで押さえていた。ちなみに検診衣のサイズはギリギリだ。よく従姉の大きな体が収まっていると思う。


 それにしても、大変だった。


 朝から行きたがらない従姉をなんとか引っ張り出し、タクシーに突っ込んで。病院について順調に検査が進んだと思ったら最後に回した採血であの騒ぎだ。話し込んでいる間に気づかず終わっている作戦――は見事に失敗してしまったし。

 ミタカとニャニアンがいれば拘束に成功しただろうか……日程が違うのが惜しまれる。


「騒ぐだけ元気があって結構」


 シオミは力のない声で言う。


「バリウムはそんなに大変なのか?」

「私はダメだ。どんどんこみ上げてくるのにゲップをするとやり直しだし……終わったら終わったで下剤も飲まないといけない」

「下剤?」

「バリウムをそのままにしておくと腹の中の管が詰まるからな」


 それは……少し怖いな。好奇心で受けるなんて言わなくて正解だった。


「うぅ……同志、もう血とまったかな? とまった?」

「俺はツグ姉の後だったが、とっくに止まったぞ」

「まったく、何をわめくことがある。たかが注射だろう」


 押し当てたガーゼを外そうとしない従姉に、シオミは呆れ顔で言う。


「これが初めてというわけでもあるまいに」

「だ、だって……前にいつ注射したかなんて忘れたし……」

「それは健康なことで……ん?」


 シオミは――ちらりと俺を見た後、従姉に向き直った。


「……ツグ。お前、自分が何の予防接種を受けたかって知っているか?」

「え? ……さあ……?」

「親から母子手帳を貰ったりは?」

「もらってない、ですけど?」


 シオミは天を仰いで大きくため息を吐いた。


「……抗体検査して、予防接種のやり直しだな」

「え……えぇ? こ、こうたい?」

「体に抗体ができているかの検査だ。できていなければワクチンを接種してもらう」

「そ、その検査は……注射する?」

「採血する。ワクチンも注射だ」

「あああああのあの、どこかでログが閲覧できたりは!?」

「ログ……ああ、記録か。保存義務は5年だ。残っていても公費でやったものだけだからな。任意接種のものは残ってないから、血を調べるしかない」

「にッ、任意ならしなくても!?」

「任意とはいうが、成人のおたふく風邪は重症化するし、最近何かと報道のある麻疹も任意だが? どちらも子供の頃かかっているか? その様子だとないだろう?」


 思い出した。似たようなやり取りを昔、やったことがある。

 その時はよく理解もせずに、言われるがまま病院に通ったものだが。


「それは受けてほしいな。ツグ姉が倒れたらケモプロが困る。……ツグ姉はほぼ外に出ないが、俺は外出が多い。ウイルスを持ち帰ってくる可能性もあるだろう」

「う……同志……」


 ツグ姉は抵抗をやめて……背中を丸めて、上目遣いになる。


「……い、一緒に行ってくれる?」

「そのつもりだ」

「な、なら……がんばる、かな……」


 看護師さん一人では押さえきれないだろうしな。俺もがんばろう。



 ◇ ◇ ◇



 ちなみに抗体検査よりも先に、従姉は健康診断の結果に不健康を突きつけられていた。

 おおむね、「運動しろ」という内容で。


 ……料理には気を使おうと思うが……引きこもりにどうやって運動させたらいいんだ?

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