噂と祭り

「そういえばなんですけど……KeMPBって、求人出してたりするんですか?」


 会議室の予約時間が終わりに近づき、話も終わったので退出しようと荷物をまとめているところで、マウラがふと思い出したように訊いてきた。


「いや、そういうことはないぞ」


 いくらか収入が増えてきたとはいえ、開発に伴って追加の機材等の支出も増えている。人材は欲しいところではあるが、かといって出せる金もあまりない。派遣社員を雇わないかとか求人広告を出さないかとかいう営業はたくさん寄せられるが、すべて断っている状況だ。


「そうですよねえ。だったらウチに話がないのがおかしいですし」

「何かあったのか?」

「社名非公開求人で、野球ゲーム作ったことある人募集、みたいなのがネットに流れてるんですよ。KeMPBじゃないなら、どこか大手ですかねえ……どこも人手不足ですから」

「マウラさんは応募しないのか?」

「KeMPBなら応募しましたけどね」


 マウラはニッと笑う。


「もがこれで、自分の書いたテキストでたくさんの人を萌えさせる。これもこれでひとつの夢の実現の形ですから、ここを出て行く気はないですよ――KeMPBなら話は別ですが!」



 ◇ ◇ ◇



「これか」


 転職、求人、ゲーム開発、野球。そんなキーワードでようやく、マウラの言っていた求人広告にたどり着く。

 勤務地は東京。それ以外は応相談。きっちり明記されているのは仕事内容として野球のゲームを作ることだけ。


『ライム、ちょっとこれを見てほしいんだが。もしかしてそっちで動いていることか?』

『なにこれ、うさんくさ!』


 チャットでURLを投げつけると、ライムは秒で否定した。


『よくあるクソダサ求人の一種じゃない? いちいち気にしてたら負けだよ、お兄さん』

『それもそうだな』

『ちょっと立て込んでるからこれでね!』


 変な猫のスタンプが送られてきて、それで話は終わる。俺も議事録に参考程度としてURLを貼り付けて資料にアップして、それでおしまいにした。


 Noimoでの打ち合わせの件はこんなものだろう。ベータ版の完成度は高かったし、あとは最終版の納品と正式リリースを待つばかりだ。

 セクはらにデザイン利用を申し込んでいた件も、向こうの法務がOKを出してくれた。売上見込みが少ないから決済が簡単に降りたとかなんとか。ユニフォーム担当のナカジマも承諾してくれたし、これでアバターの販売は問題ないだろう。契約書も新しくしたし、新規企業と組む時も問題ない。


 サポートメールも一通り処理し終わったし、PC作業をやめてコタツから立ち上がる。


「あー……おぉ……うーん」


 間の抜けた声に目を向けると、従姉が虚空を見上げてゆらゆらと手を動かしていた。

 ……VRヘッドセットをかぶっているから、実際は何かを見て作業しているのだろうが、外から見ると不安になるな。


 VRヘッドセットは島根から回収してきた従姉の荷物のひとつだ。なんでも発売当初? に入手したらしい。それでVR関連の開発をしている――いや、いない。

 正確には、島根から回収してきたものは型が古くて参考にならず、結局最新型のを買いなおすことになった。古いほうは俺が見学する際に使う程度だ。


 モニタの方を見ると、KeMPBのスタジアムが見えた。まだかかりそうだが、時間も時間だ。料理に取りかかるとしよう。この冬は野菜が高くてかなわないな……そろそろ安くなってほしいものだが。


「あッ、うそ!? お弁当からいい匂いがする!」


 モニタには球場で売っている弁当が映っていた。


「匂いはリアルからだと思うぞ」

「ええ、嗅覚のデバイスなんてついてるのかな……あッ」


 従姉はヘッドセットを外して、机に並んだ料理を見る。


「いや、その、でへぇ。ついにVRに影響されて感覚がおかしくなったのかと……」

「没入感、というのはいまいちよく分からないな」


 小学生の頃、ニンテンドー3DSが発売されるというので店頭体験会に行ったことがある。周りは立体的に見える画面に驚いていたが、俺はいまいちだった。立体視には個人差があるというがまさにそれなのだろう、多少立体的に見えなくはないかな、ぐらいで驚きはなかった。

 VRヘッドセットも似たような感じで、3DSが顔面に張り付いた程度の感覚しかない。コンテンツは増加し、洗練されてきたものの、没入感というものは今のところ感じていない。


「うん……わたしも。いろいろいじれる空間なのは面白いけど、まだ地に足がついたような感じかなあ」

「考えようによってはよかったのかもしれない。あまりそちらに集中されても困るからな」

「ん。大丈夫。ひと段落着いたから……えと、いただきます」


 食事という名の大皿戦争に移行する。……個別に皿を用意すればいいんだが、洗い物も大変だし、スペースもないからな。


「おいしいおいしい。このチンジャオロース、なんかタケノコが変わった食感だね?」

「ブロッコリーの芯だぞ」

「えぇ……芯って食べられたんだ。すごいね」

「オススメ料理法、とかでスーパーで貼り出されていた。……そういえば何か食べたいものはないか?」

「え、なんだろう。同志の作るものはみんなおいしいから……なんでもいいよ?」

「なんでもいい、というのは作る側からすると困る言葉だな」

「あぁぁ……ご、ごめんね? そうだよね……わたしもなんでもいいからコード書けって言われたら、困るな」


 料理とプログラミングは一緒にしていいのか?


「うーん……じゃあ、おにぎり……」

「おにぎりでいいのか?」

「うん。ほら、作業しながら食べやすいし」


 なるほど。確かに効率的かもしれない。作り置きにもいいだろう。問題は栄養バランスか……。


「ッ! あ、ち、ちが、ちがうよ!? こうやって一緒に食べるのが嫌ってわけじゃなくて……その」

「忙しいからな。まだ作業が残っているんだろう?」

「う……うん」

「片付けはしておくから、作業に戻るといい」

「はい……」


 洗い物を済ませると、ボイトレに出かけるまでの間にWebの巡回をする。ケモプロ関連のサイトだけでなく、プロ野球、カナが所属する球団のニュースも追いかける。


 一軍と二軍の差は大きい。史上二人目の女子選手と呼ばれても、二軍ではほとんどメディアに取り上げられない。2月のキャンプ中に過熱報道があった反動か、3月のデビュー戦以来はすっかり他の二軍新人選手と同様の扱いだった。

 だが、その流れも変わりつつある。


【大村またも代打成功 打率、出塁率1.000継続】

【ノックの女神は選球眼のメガネ? これまでの打席を振り返る】


 二軍の試合数は少なく、未だに代打でしか出場していないものの、カナはすべての打席で出塁することに成功していた。フォアボールを選ぶことも多いので、代打『成功率』は100%とならないらしいのだが、一塁を踏む確率は100%を継続している。フォアボールは打率に含めないので、打率も十割ということだ。

 打席数が少ないこと、二軍の試合であることを持ち出して、大したことではないと言う者。才能を信じて今すぐ一軍で活躍させるべきだと言う者。いろいろな意見があるが、本人が好調であるという事実は変わらない。カナの父親のスクラップブック|(デジタル)もデータ量が増えていることだろう。


 関連リンクには、カナの同期……怪物タツイワとニューヒーローテンマのニュースが載っている。こちらも、どちらも好調のようだ。オープン戦でいつ直接対決するのか、と盛り上がっている。予想ではオープン戦の3月18日の試合にぶつけてくるだろう、とか書いてあるな。


 その前哨戦として期待されていた、タツイワ選手とテンマ選手の母校の、選抜高等学校野球大会――春の甲子園での対決は、テンマ選手の母校が出場を果たせず実現しなかった。果たせず、というか果たさず、というか……地区大会で初戦敗退したものの、21世紀枠という特別枠に選ばれたのだが、部員不足などを理由に辞退したのだという。

 そもそもが無名の公立校。東北勢初の甲子園優勝という偉業を成し遂げたとはいえ、テンマ選手を監督に据えて少人数で戦ってきた学校だ。エース、四番、監督が一度にいなくなれば、こういう結果もしかたのないことだろう。


 プロ野球は盛り上がりをみせている。ケモプロも踏ん張りどころだ。アップデートのためにも従姉にはがんばってもらわねば。


「ん……?」


 サポートメールのメールボックスに新着通知。ちらりと目をやる。区切りは付けたが、緊急の内容なら対応した方がいいだろうし……と、このアドレスは……。


「………」


 長文のメールを読み、返信を書くことに決める。スケジュールが難しいが不可能ではないだろう。どう転ぶかわからないが、断る理由も、もう見つからなかった。


 さて、まだ少し時間があるな。プニキの練習でもするか……ステータスもカンストしたことだし、そろそろクリアしたいんだが……。


『ねえねえ、お兄さん!』


 ひょい、と。端末にライムからメッセージが入る。何かのURL付きだ。


『これって本当? お兄さん、何か知ってるんじゃない!?』


 示されたURLの、その先は――



 ◇ ◇ ◇



 / ̄砂星熱烈応援ブログ@砂銀河団公式 ̄×\


 3/25 NEW! 【速報】ダークナイトメアに5-3で勝って最下位タイに【いける】


 どうも、砂銀河団の団長のオニシバです。


 ワイは信じてたやでサバニキ! リーくん! ササミちゃん!


 ラクダ野郎が序盤でバーニンファイヤーしたときはどうなるかと思ったけど、うまく打ち崩してくれた!


 いやー青森相手に5点取れるとか、応援のしがいもあるというもの。ついに砂星も覚醒してきたんやな。


 リーくんのダメ押しソロホームランがポッキリとクソ長ヤマアラシの心を折ってくれたから、明日の二戦も勝って一気に差をつけたいところ。


 思えば単独最下位の期間が長かった……1月に島根がちょろっと勝ち数稼いで先行した結果、ここまでずっと最下位……。


 だけどまだ! まだ! まだいける! やれる、砂星はやれるんや!


 青森に追いついた、なら追い抜くことだってできる! 砂銀河団のみんな、力を貸してくれ! 具体的には席取り頼んだで! ワイらの応援が勝利の鍵や!


 ――と、とりあえず速報! 詳報、試合展開の解説はまた!


 今日はこれからリアルの野球でもお祭りがあるからな、それを見てから、な!


 ケモプロも盛り上がってるけど、選抜、プロ野球もな! 盛り上がっていこうな!


 【関連リンク】

 バーチャル砂キチお姉さんチャンネル【固定】

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