学ぶ系
『問題
(ダイトラがソロホームランを打つカット)
(一塁を踏み忘れて二塁を踏むダイトラ)
(三塁に向かう途中で味方に指摘され、一塁に戻るダイトラ)
(一塁を踏み、二塁、三塁、本塁と進むダイトラ)
この直後の状況において、正しい内容をひとつ以下から選択してください。
1. 打者が本塁を踏んだ後、得点が認められる。
2. 打者が本塁を踏む前に、逆走と見なされ審判がアウトを宣告する。
3. 打者が本塁を踏む前に、守備側はアピールプレイを行うことでアウトとなり得点は認められない。
4. 打者が本塁を踏みプレイを再開した後、守備側はアピールプレイを行うが、打者は正しい順に踏みなおているのでアピールプレイは無効となる。』
……確か、踏み忘れはアピールプレイ……相手の間違いを審判に指摘するプレイをするとアウトになるんだ。
だが、アピールされる前に踏みなおしをすれば問題ないはずで……4か? 2が気になるが……逆走は確か無意味な行為でなければ許されるはずだ。うん、よし、4だな。
『ざんねん、不正解
正解は1.打者が本塁を踏んだ後、得点が認められる。です!』
「なんでだ……」
「ぬっふっふ」
隣でスマホを覗き込んでいたコケ――マウラがニヤニヤと笑う。
「まんまとひっかかりましたねぇ、ゲスっち!」
◇ ◇ ◇
セクはらに打ち合わせに行く数日前。俺はNoimoGamesの小さな会議室で頭を悩ませていた。
マウラから提出されたクイズアプリ……『ケモプロ×クイズで学ぶ野球のルール!』のベータ版をプレイしているのだが――難易度・上級編が難しい。
「ま、ま、とにかく解説ボタンを押してみてくださいよ」
「ここか」
『解説
2が不正解の理由:
塁を三、二、一と逆順に踏む逆走は、挑発などの無意味な行為であれば審判はアウトを宣告する。ただしこの場合、打者は踏み間違いを訂正する意図で逆走しているので、アウトを宣告される可能性は低い。
3が不正解の理由:
アピールプレイはボールインプレイ中に行わなければならない。ホームランを打った場合は、ボールデッド中の安全進塁権が与えられている状態である。審判がプレイを再開する前にアピールプレイを行っても認められない。そもそもこの場合に必要なアピールプレイは一塁へ送球し刺殺すること。ボールが手元にない状態では実行できるはずもないのだ。
4が不正解の理由:
塁の踏み忘れは踏みなおしによって訂正できる。しかしボールデッドでの進塁中、次の塁に達した場合は認められない。そのため踏みなおしは無効となり、アピールプレイは成立するので、「アピールプレイは無効」は誤り。ホームランを打って踏み忘れに途中で気づいたら、相手が気づかないことを祈るしかないのだ。
1が正解の理由:
アピールプレイはボールインプレイ中に行わなければならない。そのため、踏み忘れをしても一度は得点が認められる。次の打者がバッターボックスに入り、プレイの再開が告げられた後、アピールプレイによってアウトが宣告され、得点が取り消されるのが正しい流れである。』
難しいだろ、野球のルール。
「検定編はこれ以上に難しいのか……」
「アピールアウトされたときダイトラにつくスコアを記入しなさい、ってなるですよ」
何になるんだ。想像もつかないぞ。
「どうです、感想は?」
「初級編は簡単だったが、上級編で一気に難しくなった……中級編が欲しくなるな」
「んー、作れないことはないけど、バランスの見極めがウチ以外には難しいですね。工数がガッと増えます。アイテムコード発行はチュートリアルと初級編の完走で終わりですし、それ以降はマニア向けでいいと思うですよ?」
「それもそうか」
解説には丁寧に公認野球規則の該当する箇所へのリンクがついている。これを必要とする人はもう、野球キチだろう。
「ボタンを押した時の反応も心地いいし、問題で表示される四コマだけでなく、メニュー周りのグラフィックも分かりやすくていい。正解した時も気持ちいい感じに褒めてくれる。アルファ版よりずっと……デザインが洗練された感じだ。さすがだな」
「ぬふふ。モロっちに腕利きを貸してもらいましたからね。ライムちゃんからの指摘も助かりました」
アルファ版からKeMPBメンバー全員がテストプレイできるようにしてもらっていたが、ライムは毎日『クソダサ、クソダサ』と呟きながら突っ込んでいたからな……最初のバージョンでも支障はなかったと思うんだが。
「ま、ロンチ……本番ではもうちょっとクォリティアップさせるので」
「まだ良くなるのか」
「締め切りはもうちょい先ですからね~、開発者ってぇのは最後まで全力を注ぎ込むモンなんですよ!」
マウラは隣から首をかしげ、ニィッと自慢げに笑う。
「力を抜いた適当なものを作るんじゃなかったのか?」
「過度な力を抜く、ですよ。必要な力は全力で入れる!」
「なるほど」
「……KeMPBにはホント感謝してるんですよ。おかげで久々に空気のいい新プロジェクトで、ウチの子たちも色ツヤがよくなってきたし」
人間のことだろうか。それともマウラのスペースを占領している植物たちのことだろうか。
「広告も課金もないですし、納品してしまえばウチらとしてはどうなろうと関係ないってプロジェクトですが……たくさん遊んでもらえると嬉しいですね」
「アップデートで仕事も発生するだろうしな」
「ま、そゆとこもあるんですけどね」
ケモプロ側がルールを更新すれば、クイズアプリ側の補足も更新する必要がある。公認野球規則だって年度ごとに更新される。だがあまりにもユーザー数が少なく、更新の恩恵を誰も受けないような状況であれば、KeMPBとしても仕事を発注できない。野球学習用のツールとして定番化してくれればいいのだが。
「ところで」
「なんでしょ?」
「今日はこれだけだろうか?」
ベータ版が完成した。出来がいいのでぜひ目の前でお披露目したい。明日はどうだろうか?
そんなメールで呼び出されてやってきたわけだが……。
「さすが、ゲスっち」
マウラは頷いた。
「もちろん、話はこれだけじゃないです。ついにですねえ、解決策を見つけたんですよ!」
「というと……例の動画系のコンテンツのことだろうか」
野球のルールを積極的に知りたい、モチベーションを持っている人はクイズアプリをやってくれる。
だがそんなに熱意のない人間には自発的ではなく受動的な、動画としてルールを学んでもらうコンテンツが必要だと、マウラは主張していた。だが俺がいくつかあげた問題点から、マウラはそれを一度は引っ込めて――
「そうです。完璧です。ケモノ選手に喋らせない、獣野球伝にこだわらない、テンポを損なわない解決策です!」
「その解決策とは?」
「ズバリ、これです!」
マウラは抱えていたノートPCの画面をこちらに向けてよこしてきた。
そこに表示されているのは、どこかの掲示板風で、タイトルは――
「……『やる夫で学ぶ野球のルール』?」
◇ ◇ ◇
「ゲスっち、やる夫はご存知で?」
「多少読んだことはある」
やる夫。インターネット掲示板群2ちゃんねる――今はいろいろあって5ちゃんねるだったか? とにかくそこで生まれたアスキーアート……文字の組み合わせで表現されるキャラクターの中でも、大型なものだ。見た目から白饅頭とよく呼ばれている。
そのやる夫と、やる夫を縦長にした『やらない夫』のコンビで、テンポよく職業やらコンテンツやらについて解説するのが『やる夫で学ぶシリーズ』だ。作者は不特定多数いて、様々なものが解説されている。
さらにはオリジナルストーリーの長編ものまで連載されていたりして飽きない世界だ。野球モノもいくつかあるが……ルール解説はなかった気がするな。
「動画系コンテンツじゃなくて、読み物にするのか?」
「読み物
マウラはイメージ図を表示する。
「動画、音声と映像ってのはやっぱり強いです。特に解説では動きも必要になるので、静止画だけじゃ表現に限界があるわけです。でもすべてを動画にしてしまうと、今度は待ち時間が発生する……『ストライクゾーンの定義なんて知ってるよいつまでやってるんだよ』って」
「知っているところを飛ばそうとしても、どこまで飛ばせばいいか分からないしな」
「まーそこはチャプターを細かくすればいいんですけど……でもいざ飛ばしてみたら実は知らなかったことが解説されてた、とかそういうのには対応できません」
そこで、とマウラはディスプレイの上部と下部をバシバシと叩く。
「動画と平行して静止画を表示するわけですよ。操作したくない人は動画をじっと見ていればいいし、さっさと進みたい人は静止画をパラパラ飛ばして進み具合を確認する」
「……字幕表示されるゲームのボイス再生画面の、ボイスをスキップする感じか」
「ですです。ゲームのボイスって飛ばしまくりません?」
「飛ばすな……その結果キャラが冒頭の言葉しか発しなくて、音声だけ聞くとホラーな感じになったりする」
「あれは字幕が長いのが問題なんですよ。1~2単語程度でパパパッって切り替えればいいんですけど……なかなかゲームじゃそうもいかないんですよねえ……結局、字幕が一括表示されるとボイスを待たずにスキップ、ボイスと連動して字幕がゾロゾロ出るタイプだと字幕が遅すぎてイライラ……」
わかる。……とはいえ待てる人もいるわけで、個人のテンポの問題だな。
「それでやる夫か」
「んー、まあやる夫をそのまま使うといろいろアレなんで、キャラは置き換えたいですけど、『二人の掛け合いで話が進む』っていう形式は踏襲したいです。読み飛ばすこと前提――パラパラ速読していくのに二人以上の登場人物が出てくると読者は混乱しますし、こっちはこっちで画面構成が難しいですから」
「画面構成といえば、これはどうやって配信するんだ?」
「ひとつの案としては、ひとまとめの動画に……上画面を動画、下画面を静止画にして、チャプターを静止画ベースに切る形ですね。縦長動画になりますけど。ただチャプタースキップに対応したアプリってほとんどないので……なら専用のアプリを開発するのもアリかなと。ま、動画は動画、静止画は静止画で分けて提供してもいいですけど」
「静止画は、画面キャプチャーに字幕を乗せた形か?」
「あ、ダメです。動画のキャプチャだとパラパラ見るのには情報量が多すぎますし、上下で見た目が変わらないと面白くないですから。アスキーアートみたいにスッキリした白抜きの……まあアスキーアートでもいいですかね」
マウラがやろうとしているのは、動画の字幕の拡張版と言ってもいいかもしれないな。音声だけでなく映像も字幕……絵幕? にしてしまうという。
「面白いんじゃないか? 別々に提供するのも、同時に見れるものも、両方用意するのがいいと思う」
「おっ、じゃあこの企画でゴー!?」
「進めてみたいとは思う……がふたつ、気になる点がある」
「はいきたふたつ! カモン、ゲスっち!」
「やる夫は使えない。この動画に登場するコンビは、やる夫を超えるインパクトがないとだめだ。見ていて面白いキャラクターでないと、視聴者も付き合ってくれないだろう。それができていない」
「んー、そうですね……正式な企画になればデザイナー動かせるんですけど……」
また業務外で作っていた企画のようだ。……睡眠時間とか大丈夫なんだろうか?
「ふたつめは?」
「これがクイズより効果が――野球にルールがわからなくて興味がない層を引きつける力があるだろうか?」
「自信はありますけど、こればかりは本当にそういう人に見てもらわないことには――モニタリングテストしないことには約束しづらいですね。とはいえそんな人、社内にはいないし……」
「……ひとり、こちらに心当たりがあるのだが」
セクはらの野球部、ウガタ。この問題を考えるきっかけにもなった人物だ。
「お、ならこの『やる夫スレ版』を持ってってくださいよ! 一通りできてるんで!」
本当に睡眠時間とか大丈夫か?
「それは助かるが……いいのか?」
「ゲスっちなら悪用しないって信じてますからね。知ってます? ゲスカワ君は言動はゲスですけど、本当はカセカンさんが好きだし、誠実なんですよ!」
俺はゲスカワ君の声帯になる可能性はあっても、本人じゃないんだが。
「そういうことなら、預からせてもらおう。その人に見せてみて、いけそうなら仕事として依頼できると思う」
「待ってますよ。いやー、ひさびさにやる夫スレなんて書いたなあ、思わず掲示板に投下しそうになったりしました」
「前にも書いたことがあるのか?」
「昔からコンビ漫才みたいな掛け合いを書くのが好きなんですよ」
マウラは緑色の髪をつまんでひねってツタのようにした。
「ウチのデビュー作は小学生の演劇部での脚本、『喜劇・いまさら知らないとは言えないアーサー王伝説』っていうメタいアーサーとボケ老人のマーリンのかけあいでして」
「……小学校に部活が?」
「あれ? やりませんでした?」
「聞いたことないな」
「地域差ですかね? 高学年から部活がありましたよ。ちなみに演劇部は3人しかいなくて、ウチはヘルプで脚本をやっただけですけど。いや大変でしたね、特に配役が」
「アーサーとマーリンと……あとひとりか」
「全員何かしらの役で出ないといけないって縛りなのに、ひとりどうしてもやりたくないっていう子がいて。何のために演劇部入ったんだって感じですけど。一言だけなら喋ってもいいっていうから、最後の最後に『すべてはわしの手のひらの上じゃ』って言うお釈迦様の役にしたんですよ」
「いつのまに西遊記になったんだ」
「いろいろ混ぜましたからね。それで好評だったから味を占めて、物書きの道に進んだってわけです。ただ……」
マウラは笑って頭を掻く。
「夢だった小説家にはなれませんでしたけどね。学生デビューするぞ! って息巻いてたんですが。それで流れ流れて、ゲームのテキスト屋さんです。正直言うと今でもちょっと未練があったり。もっとがんばってたら違ったのかなあ、って……だから」
じっと。マウラは俺の目を見て言った。
「やめてもいいんですよ?」
◇ ◇ ◇
「なんのことだ?」
やめるようなことなんて何一つないはずだが。そう思って訊くと、マウラはじっと机の上を見てから、ぽつりと話し始めた。
「ウチ、ケモプロ好きなんですよ。野球ゲームが好きなんです。だからKeMPBにはがんばってほしい、けど……今、ゲスっちが忙しいのって、KeMPBは関係ないですよね? ゲスカワ君の声をやるために練習してるって聞きました」
「そうだな」
コンビニバイトの時間をまるまるボイストレーニングに転換しているからな。
「すいません。知らなかったんです。ゲスっちがゲスカワくんの声をやるって。無茶苦茶じゃないですか。話の流れを聞いたら、半分ぐらいウチらが押し付けたようなものですし」
あのときモロオカに頼まれて、こちらも断りづらい事情があったことは確かだ。
「モロっちが言ってることなんて無視してもいいんですよ? カズミっちも『面白いからやらせてみようぜ』って悪ノリしてるだけですし。今でも忙しいのに、ゲスカワくんの声に決まったら……社長業に確実に影響がでますよ? 声だけで終わらないプロジェクトなんです。声優自体が表に出て、舞台とかショーとか……上手くいけばもっと。だから今からでも断っていいんですよ。ケモプロに、やりたいことに専念したほうが――」
「ありがとう。……今日ここに呼んだのは、この話のためだな?」
「まあ……半分ぐらいは」
マウラの言うことは分かる。だがすでに決まったことだ。
「どちらもやる」
――オーディションに受かればだが。
「確かにスケジュールは大変なことになるだろうが、それ以上に宣伝効果があると判断している」
ゲスカワ君の声優がケモプロの代表。なかなかインパクトのある内容だ。
これならもがこれからユーザーをひっぱってこれる――と、ライムは言っていた。こっちもこっちでもがこれを、もう一度利用してやろうと。
正直なところ、俺がやっている仕事はいまだ雑用だ。営業、サポート……それぐらいライムとシオミが肩代わりすることができる。できないのはどうしても代表とでないと話をしない、というような企業との打ち合わせぐらいだが……そんな所との付き合いも考え物だからな。
あ、いや、獣野球伝の編集もあったな。春休みに入ってからオンラインの打ち合わせしかしてなかったから、いつも通りすぎて忘れていた。が――
「なんとかなるだろう。なってみせる。やると決めたのは俺自身だし、とっくに前のことだ」
「……そっか、そうですか」
マウラは――肩の力を抜いて、ホッと笑った。
「それなら、期待してます。……ウチ的にも、君が理想のゲスカワ君なんですからね!」
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