技術と装身(後)
「ひゃ……ひゃく、円?」
ケモプロの3Dモデルを100円でユーザーに販売する。それを聞いたウガタは口をぽかんと開いた。
「ま、待ってください。プロに頼むと数十万円レベルのものですよね? それを100円?」
「あくまで、こちらの希望だが……最低でもワンコインにしたいと考えている」
「採算は取れるんですか? ケモプロの全ユーザーが買ったとしても……」
「採算は考えていない」
「ハァ!?」
ウガタは声を裏返す。
「採算を無視って……つまり、ボランティアですか? そんなにその、3Dモデルを使うコミュニティを支援したいと?」
「応援したいという気持ちもある」
VR元年と言われた2016年以来、ケモプロを含めてVRを扱うコンテンツは爆発的に増えてきている。
そんな中、メーカー主導ではなくユーザー主導で発展していくVRコミュニティは貴重だ。ユーザーの創意工夫で溢れる世界となりつつあるVRChat、アバターという外見を得て表に出始めた個人のVtuber、今後生まれていくであろう新しいサービス。新しい文化の萌芽。
安価な販売はそれらを応援する一助となるだろう――だが。
「それ以外にも目的がある――自衛だ」
「……自衛?」
「なんや物騒な話になってきたな。まぁ、オガタ、座りなさい」
「はぁ……」
タカサカが肩に手をかけて、ウガタを座らせる。
「で、ケモプロさんが自衛というからには、何か迷惑を受けているちゅーことですかな?」
「現時点では受けていないし、こちら側だけの話ではないんだが……とりあえずこれを見てほしい」
「はいはーい! これだね!」
ライムは画面を数枚の写真に切り替える。多種多様なキャラクターの映ったもの。
「VtuberやVRChatだけでなく、その他にも3Dモデルを扱うサービスで見かけたモデルをまとめた画像だが……見覚えのあるキャラクターがいるんじゃないだろうか?」
「あぁ、いっぱいいますね。ほら、あのずんぐりむっくりした熊みたいなやつは、アレですよね? ジブリの」
「アレだな」
「へえ。ジブリもこういう活動に手を出しているんですね」
「中身はジブリとは無関係の人間だし、外側もジブリが作ったものじゃない」
「……は?」
「ムフ。つまりね、いま映しているのは……版元の許諾を得ていないモデルなんだよ!」
ちなみにこのモデルを着たVtuberの『毒舌フクロウベアさん』は中身のトークが人気で、砂キチお姉さんよりチャンネル登録数があったりする。
「著作権侵害……ということですか? え? これは、捕まったりは?」
「ん~。著作権侵害は親告罪だからね。版元が訴えない限りは捕まらないよ。ま、3Dモデル自体は自作だから二次創作と言えなくもない?」
とはいえ、いつ著作権者からの申し出で動画が削除されてもおかしくない状態だ。まあ本人もいつ削除されるかをたびたび口にして芸にしているところはあるのだが。
「残念なことに、版権処理されていない3Dモデルがユーザーに使用されているケースは存在する。だが先にも言ったとおり、モデルを作るのは大変だ。だから――盗み出している人間も一部にはいる」
画面を切り替える。リアルな北欧の背景で、日本のアニメ調のキャラクターが、本来なら絶対持つようなことはないであろう鋼鉄の剣を振り回す映像。
「別のゲームからモデルデータを抜き出して、他のゲームのモデルに差し替えている例だ」
UGC、User Generated Contentで成り立つコミュニティは、ユーザーの努力によって素晴らしいものを生み出す一方で、一部の心無いユーザーによって破壊されることもある。
この映像のゲームも、MOD――ユーザーの作り出したコンテンツによる改造を許容する仕組みが入っているが、それを悪用されるとこのようになってしまう。
もちろん、問題を起こしているのはごく一部のユーザーだ。その他大多数のユーザーは何も問題ないし、ユーザーによる自治・啓蒙活動で違法なコンテンツは表に出ないように努力されている。だがそういう自浄作用にだけ任せているわけにはいかない。KeMPBがUGCを応援すると標榜するなら、傍観しているだけではだめだ。
「自衛を目的にあげたのは、こういった問題に対処するためだ」
「つまり……ケモプロもモデルを盗まれて、こういったものに使われる可能性があると? 技術的にどうにかならないんですか?」
「盗まれることを難しくすることはできるが、不可能にはできない」
――正確に言えば不可能にもできる。ただし莫大な機材とインフラへの投資が必要で、まったく現実的ではないとミタカに釘を刺されたが。それにその場合でも模写――デザインをコピーしたモデルの作成は防げない。
「防ぐことができないなら、公式に販売をしてある程度方向性をコントロールしたいと考えている」
「方向性……ですか」
「出力したモデルの販売時には、再配布・改造不可、一定以上収益のある事業での商用利用不可など……そういった規約をつけようと考えている」
「ズルして違法性を問われるより、100円で問題なくなるならちゃちゃっと払った方がいいって思うでしょ?」
ケモプロからモデルを盗もうとすれば、100円どころではない労力が必要になる。だから安く販売する……それが結果的にユーザーに法を守らせることに――ユーザーの自衛にも繋がるわけだ。
逆にモデルを販売をしなければ、盗むことが価値に見合う行為になってしまうだろう。価値がユーザー側の情熱でしか計れないからだ。だが安価な入手方法があれば正気を取り戻してもらえるはずだ。
熱意のために悪いことに手を出してしまう一部のユーザー。それを減らす。ユーザーとKeMPB、両者にとっての自衛をしたい。
「なるほど……ケモプロのアバターは、弊社デザインの服を着ている」
ウガタはひとつ大きく深呼吸をして、メガネをかけなおした。
「この問題に、弊社は無関係ではいられないということですね」
◇ ◇ ◇
モデルデータが違法に抜き出されるような状況になった場合、KeMPBに次いで問題を抱えるのがセクはらだった。ケモノアバターはセクはらデザインの服を着ている。セクはらの服を着たアバターたちが、ネットの世界でやりたい放題をする……そういう未来がないとも言い切れない。
「そうなる。ユニフォームはナカジマのデザインだが、それ以外の服はほとんどセクはらだ。だから、一番に相談しに来た」
「販売した場合の売上予想はありますか?」
「あるよ~! ほいっ」
ライムがグラフ付きの資料を出す。
「……100円から弊社の取り分を、と考えると厳しそうですね」
「ワンコインまでならユーザーの感情的にいけると考えている」
「値上げする以外の方法もありますよね?」
ウガタはじろり、とこちらを睨んで言う。
「弊社がデザインの提供を取りやめる、という」
たしかに、そうすればセクはらはこの問題とは無関係になる。一番手っ取り早く解決できて――この交渉で決してたどり着いてはいけない結論だ。KeMPBだけではなく、セクはらにとっても。
どこからそのデメリットを説明するべきか――
「まあまあ、ウガタおじさん。これは広告費だと考えてみない?」
「広告費?」
俺が少し考え込んだ瞬間に、横からライムが滑り込んだ。
「そう! さっき見た『砂キチお姉さん』、覚えてるよね? あの3Dモデルね、フリー素材にケモミミだけ自作してつけた改造モデルなんだ。なんか安っぽかったでしょ?」
「ええまあ……確かに出来がよくないなとは」
「実はね、ケモプロアバターの販売をしてくれ、って要望あげてる人のうちのひとりが、砂キチお姉さんなの。つまり、アバターの販売を開始するとォ、チャンネル登録者数1万人のYoutuberがセクはらの服を着て動画配信してくれることに!」
「……ふむ」
ウガタは椅子の上で姿勢を直す。
「砂キチお姉さんだけじゃないよ? いろんなところでケモプロの、セクはらの服を着たアバターが見かけられるようになる。第二、第三の砂キチお姉さん、Vtuberが生まれるかもしれない。ネット上のアバターのファッションリーダーはセクはらがいただき!」
「そう上手くいきますかね?」
「そのための価格設定だし、価格だけじゃなくて仕様も豪華にするよ! ね、お兄さん?」
「VRChatと連携を取ることにしている」
一般的なモデルの販売は、モデルデータだけだ。買っただけではVRChatでそのまま使うことはできない。動かすための骨組みやUnityでの設定が必要だという。ここも俺のような素人は躓くところだ。
そう言ったところ、従姉が一晩でやってくれた。ボタン一発で、VRChatでそのまま使える形式に出力するようにしたのだ。
「それからケモプロからVRChat、VRChatからケモプロへと移動できるような仕組みも用意する」
すでにケモプロを観戦できるVRChat内のワールドは用意している。あとは両者の世界を行き来する
「対応するのは、そのVRChatだけですか?」
「今のところは。第三者のアバター、創作物を取り入れられるVRSNSはそれぐらいだからな。もちろん、他にも対応できるものはどんどんしていく。今あるものも――今後出てくるであろう物にも」
そう。ここが肝心要の話だ。
「これはケモプロだからこそ提供できるサービスだと考えている。カスタマイズできる3Dモデルを出力できるソフトウェアや、モデルの販売サービスは他にもある。だが――あらゆるVRコンテンツで同じアバターを使い続けられる……VR上のアイデンティティを保てるサービスは、ケモプロをおいて他はないだろう」
「それは……なぜです?」
「ケモプロは、今後何十年と続けていくからだ」
俺と、従姉と、ずーみーと。KeMPBと。これで食っていくと決めている。
「つまりサポートも拡張も、何十年と続けていく。更新が止まって新しいサービスに対応できなくなる、なんてことはない。その保障ができる、唯一のサービスになる」
「そしてセクはらのデザインも、常に最新のサービスで披露することができるってこと」
ライムは雲のように笑う。
「どう、ウガタおじさん、タカサカおじさん。セクはらのデザインをネットの世界に、永遠に残してみない?」
◇ ◇ ◇
「ようし乗った!」
バシン、とタカサカが膝を打つ。
「話は半分も分からんかったけど、イイ話だってことは分かった! ケモプロさんに協力しようじゃないか!」
「ちょ……部長、それでいいんですか」
「いいもなにも、わしは最初の話の時からいいって言ったしな」
タカサカはウガタを見て、ニヤッと笑う。
「それなのにわざわざ出向いてくれて、言わんでいいデメリットまで説明する。なかなかおらんだろう、こんな会社? いやぁ、確かに売上で見たら儲からん話だな。だが広報で考えれば、今まで接点のなさそうなところにリーチできる企画じゃないか」
確かにアバターを買うような人たちでファッションに気を使う人は稀だろう。
……いや、そういう意味ではすでにセクはらユーザーかもしれないが……。
「でしょでしょ。服なんてどうでもいい、なんて人たちが、アバターと一緒の姿になりたい! って言って、セクはらの服を買ってくれるかもだし!」
「なるほどなぁ。うん。それに夢のある話なのもいい。ほら、服って流行を追わないといかんだろ? だから古くなったデザインの服はもう生産しないし、消費されれば古着屋でも見なくなる。けどアバターが着るんなら、データだから永遠に残るんやろ?」
……追ってたのか、流行。
「面白いじゃないか。なんで今まで誰もやらんかったんだ?」
「んー、10年前に似たようなことやってたんだけど、いまいち日本では流行らなかったらしいんだよね。VRが来て再加熱、みたいな?」
バーチャル空間のSNSの先駆け、Second Lifeのことだ。今日セクはらに行くにあたって、二人してミタカからずいぶん長いことSecond Lifeについて愚痴られた。……本人は説明だと言っていたが。
10年前は多くの企業がSecond Life内の土地を買い、アバター用のアイテムを販売していたらしいが、日本ではあっさりブームが過ぎ去ったという。今回は別にVRChatに出資するわけでもなく、専用ではなく汎用のアバターの販売だから、もしVRChatが流行らなくても他のサービスで使ってもらえればいい。
「そうなんか。まあでも今回はいけるんだろう? よっし、まず……どうしたらいい、オガタ?」
「ウガタです……はあ。まぁ、知財関係と法務関係の部署ですね。売上規模的に決裁は不要ですが、念のため社長にも話を通したほうがいいかと」
「お、なら今捕まえたほうがいいな。ちょっと行ってくるわ!」
タカサカはスマホでスケジュールを確認すると、小走りで会議室から出て行った。
「……すいません、あわただしくて。まあ、そういうことなので、進めてください」
「ウガタさんはそれでいいのか?」
「反対するほどでもないですし。それに部長がああなったら、確実に話を通してきますよ。ただ、タバコだのなんだので長くなると思いますし、お二人を引き止めるのも悪いですから……そろそろお帰りになりますか?」
いつもなら打ち合わせの後は会食という流れになるんだが、今日はまだ日も高いしな。
「ああでは……あ、いや、まだ用件がひとつあるんだった」
「おっと、そうでしたか。どうしましょう、部長を呼んできますか? 今ならまだ――」
「いや、タカサカさんはいい」
俺はライムに合図して、別の資料を映してもらう。
「ウガタさんに見てもらいたいものがあるんだ。野球に興味のない人の代表として」
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