技術と装身(前)

「いやあ~、わざわざ来てくれてすまんね。なんならわしらが出向いてもよかったんだが?」

「いや、こちらがお願いする立場なので」


 腹回りにたっぷりと肉のついた男と握手する。


「なんだなんだ、水臭い。ケモプロさんの言うことなら全部オッケー牧場ですわ、わははは!」

「ほら~! タカサカおじさんもこう言ってるじゃん! 来なくてもよかったんじゃない?」

「そうは言っても、セクはらの大事な商品だからな」


 俺はライムの文句を流して、機嫌よく笑う男――セクシーはらやま東京営業部部長のタカサカに念を押す。


「しっかりと説明して来いと言われたので……今日は付き合ってもらいたい」


 ◇ ◇ ◇


「おじさん、少しやせたんじゃない?」

「お、気づいたかい? ちょっと健康のためにダイエットをね」


 3月19日。俺はライムと共にセクシーはらやま東京本社を訪れていた。何度か通されたことのある会議室は、特に他の企業と変わったところはない。あるとすればケモプロの東京セクシーパラディオンのポスターが貼られているぐらいか。


「おお、いいだろう? そのポスター。毎月野球部で作って店舗に配布しているんだよ」

「月替わりじゃなくていいと思うんですけどね……」


 ニコニコとするタカサカと対照的に、その部下――企画部から野球部を兼任することになったウガタはため息を吐く。


「いいじゃないか。これなんてゴリラとカンガルーのアベックホームランのシーンだぞ。美しいスイングだろう? この試合はなかなか見所があった。6回まで相手にきっちり抑えられていてなあ。そこを打ち破ったのがゴリラで――」

「話を聞かなくていいんですか、部長」

「オガタもなー、もうちょい話に乗ってくれてもいいんじゃないか?」

「ウガタです」


 相変わらず名前を間違えられているらしい。


「とにかく、今日は弊社のデザインを扱いたいという話でしたでしょうか? メールをいただきましたが、僕もいまいち分からなくて……」

「ケモプロさんなら悪いようにはせんだろ? 細かいこと気にしないでいいじゃないか」

「そうだよ。セクはらにとってもイイ話だよ~?」

「……というわけにもいかないので、お願いします」

「わかった」


 この様子を見るに、直接話をしにきて正解だったようだ。


「確かに大筋は、セクはらのデザインを扱いたいということなのだが、事情が複雑なんだ」

「そうかなぁ……よっと。ほらお兄さん、資料出しといたよ!」

「助かる」


 今日はシオミが別件で不在なので、ライムが秘書役を買って出ていた。二人で行くことにシオミはひどく苦い顔をしていたが……きっちり用件をこなせば問題ないだろう。

 俺はライムがプロジェクターで映してくれる資料を前にして、説明を始めた。


「VR……特にゴーグル型のデバイスを使ったバーチャルリアリティ技術は知っているだろうか?」

「ケモプロさんも対応しとる、なんや球場にリアルな映像で行けるやつだろ?」

「まあ、ある程度は……実際に体験したことはありませんが」

「あれは立体視という仕組みを使っていて、平面の映像とは違って自分で角度を……」

「ねーねー、らいむ、こっちの説明からした方が早いと思うな! ぽちっと」


 唇を尖らせたライムが、映像を動画に切り替える。


『おっまたせぇ~!』


 元気な高い声。ケモミミの生えた野球帽とユニフォームを着た、スタイルのいい――だがどこかのっぺりした顔の女性キャラクターの3Dアバターが、画面上に現れた。


『みんなのバーチャル砂キチお姉さんだよ!』

「ば、ばーちゃる……?」

「バーチャル砂キチお姉さんだ」


 ぽかん、とするタカサカとウガタをよそに、動画は進んでいく。


『ケモプロもいよいよ後半戦だね! 我らがサンドスターズは現在最下位……だけど、まだ優勝の目はないわけじゃない! 今日からのセクシーパラディオンとの三連戦、お姉さんと一緒に応援しようね!』

『よーし最初の攻撃が肝心だ! 打て打て! 細ライオンなんかノックアウトだ!』

『えっ、アウト!? セーフ、セーフでしょ今のぉ! セーフにしてよぉ……!』

『チャンテ、いくよー! ♪オーオ! オーオーオー! 打て! 砂丘の一番星! 飛ばせ、飛ばせ、サンドスターズ!』

『キターッ! サバノブ! さすが! 信じてた! この回で逆転あるッ!』

『なんッ……で! そこで、打てないッ! マグ夫……ッ! このチャンスでッ……!』

『まだです! まだ九回がある! 最後まで諦めないでいきまっしょ~!』

『あー、うん、うん。あー……これはねー……』

『はい! というわけで今日は惜しくも負けてしまいましたが! 明日は勝つ! そしてぇ~……なんと明日は生放送やりますッ! みんな、一緒にサンドスターズをお姉さんと応援しようね~! がお~!』


「……以上が、バーチャル砂キチお姉さんだ」

「なんやえらいサンドスターズのファンだったみたいだけど……バーチャル? 何て?」

「バーチャル砂キチお姉さん。バーチャルなYoutuberだ」

「そのユーチューバーって何なん?」


 そこからだったか。……説明に来てよかった。


「Youtubeという動画投稿サイトがあるのは知っているだろうか? そこに個人が登場して、面白いことをやったり商品レビューをしたりするのがYoutuberだ。動画の再生数に応じて広告費が貰える」

「特に、動画上に本人の姿が出てると、その人のことをYoutuberって言うよ!」

「さすがにそこは聞いたことがあります。部長は知らないんですか? ヒカキンとか……子供に人気だし、最近テレビにも出ましたよ」

「知り合いの孫がユーチューブのマネして困る、とかは聞いたことがあるなあ。わしはケモプロしか見ないから知らんかった」

「バーチャルYoutuberは、画面に出てくるのがリアルの人間ではなく、バーチャルなキャラクターだと思ってくれればいい」


 昨年末から流行り始めた、3Dまたは2Dのアバターを画面に映して動画配信するバーチャルYoutuber。略してVtuber。今やそれを名乗る者は1000を超えるという過熱っぷりだ。個人だけでなく企業も本腰を入れて参入してきており、まだまだ増えていきそうな気配である。


「バーチャル砂キチお姉さんは個人製作のVtuberでな。さらにバーチャルな野球……ケモプロの鳥取サンドスターズを熱狂的に応援するという特殊なスタイルで人気が出て、チャンネル登録者数が1万人を突破した」

「1万人ってどれぐらいすごいことなん?」

「Youtubeからの広告収入もそれなりの額が入るようになってくる段階で、Vtuberという括りでは上位10%に食い込む」

「これが今のVtuberのランキングね!」


 ライムが多種多様なアバターの顔が並ぶランキングを映す。


「アイちゃんとかは別格だけど、ま、上位陣が10万単位で、砂キチお姉さんレベルだとVtuberファンなら名前を聞いたことがある、レベルかなぁ?」

「砂キチお姉さんをきっかけにケモプロを見始めた、という人もいるらしい。ありがたいことだな」

「はあ。……ところで、それがうちとどう繋がるんでしょうか?」

「砂キチはいったん置いておいて……とにかくVtuberが流行っている、ということは分かってもらえたと思う」

「まあそれは……」


 タカサカとウガタがなんとなく頷く。


「これらVtuberは、技術的には現実世界の人間の動きをカメラ等で取り込んで、画面上の3Dモデルに反映している。VRヘッドセットを併用すれば、バーチャルの空間の中でそのアバターとして存在している没入感が得られるわけだ」

「その技術はVtuberだけが使ってるわけじゃないんだよ」


 ライムはさらに別の動画に切り替える。多種多様なアバターが歩き回り、あるいは乗り物に乗り、あるいは空を飛ぶ動画。殺風景な空間もあれば、居酒屋やクラブ、桜の咲く神社のような空間もあり、バラエティに富んでいる。


「これはね、VRChatっていうコミュニティサービス。SNSのVR版っていうか、昔流行ったSecond LifeのVR版っていうか? とにかくね、3Dアバターを着てこの中でおしゃべりしたり遊んだりするのが流行なの!」

「映像だと平面だからあまりインパクトがないと思うが、VRだと立体的に見えて実在感が増す」


 俺も少し体験してみたがなかなか刺激的だった。


「なんやえらいゴチャゴチャしとるなあ」

「このキャラクターの全部に、人が入って動かしているんですか?」

「そうなる」


 だいたい認識は持ててもらえたようだ。本題に移るとしよう。


「これらの3Dアバターを使って遊ぶ・表現するという文化を持つ界隈から、ケモプロのアバターを使わせてほしい、という要望が上がっている」


 ◇ ◇ ◇


「はあ……ケモプロのアバターを? なぜです?」

「カワイイからだよ! ずーみーちゃんのデザインだもん!」

「カワイイは置いておいて……3Dモデルを個人が作るのはハードルが高いんだ。デザインセンスはもとより、モデリングツールを使いこなす技術力も必要で、時間さえあればどうにかできるというものではない」


 ちょっとずーみーに教えてもらってやってみたが、さっぱりだったからな。


「正式に仕事として発注すれば、最低ラインで何十万……より高レベルなものならもっと費用がかかる。個人の趣味で都合するには難しいレベルだ」

「そんな大金を払った人が、あんなにその……VRの世界にいるんですか?」

「そうだったら業界が潤っていいんだが、そうする個人はほとんどいない。気合を入れて自作できるのはごく少数――自由に使っていいと配布されている3Dモデルをそのまま、もしくは多少改造して使っているのが大半だ」

「外見が命! みたいなVtuberでも、無料のモデルを使って中身だけで勝負してる人もいるよ。そのおかげで外見おんなじVtuberが発生してたりもするけどね~」


 それはそれでクローン設定なり兄弟設定なりが生えてくるからおいしいらしいが。


「なるほど」


 一足先に理解したらしいウガタが頷く。


「つまり、そこに商機を見たわけですね? ケモプロの、ずーみーさんというすばらしいデザイナーが基礎を作った、自分好みにカスタマイズのできる3Dモデル。専門家に頼むより安くオリジナルキャラクターが手に入るなら魅力的だ。さすがに万単位は難しいとして……1体8千円ぐらいでの販売ですかね?」

「ウガタおじさん、惜しい! イイ線行ってる!」


 ライムは手を叩いて――雲のように笑った。


「KeMPBではね――100円にしたいな、って考えてるの!」

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