【挿話】山陰ダービーと質疑応答(下)

「……以上が、僕からの提案です!」


 目を輝かせて原稿から顔を上げる男子。


 島根でのパブリックビューイングイベントの最終日。試合応援後に短時間だけ予定していた質疑応答。

 その何人目かの発言に――俺はミタカの言葉を思い出していた。



 ◇ ◇ ◇



『オフラインイベントをやるに当たって、注意しときてぇことがひとつある』


 2月の島根でのパブリックビューイングイベントを行うと決めた日、ミタカは報告会で言った。


『――刺されるなよ?』

「……島根の治安はそんなに悪化しているのか?」


 この間行った時はそんなことはなかったのだが……。


『ちげェよ。客……ファンに注意しろっつー話だ』

「ケモプロのファンになら刺されることもないと思うが」

『ファンの語源を知ってッか?』

「……扇風機?」

『お兄さん……確かにつづりは一緒だけど、違うよ。Fanatic。熱狂的、って意味だよ?』

『ちっとばかし入れ込み気味の野球ファンを、野球キチっつーだろ?』


 言うな。バーチャルYoutuberの砂キチお姉さんとか。


『つまりな――キチガイに注意しろっつってんだよ』

『おおっと? いいんスかアスカ先輩、ピー音かぶせなくて?』

『キチガイはキチガイだし、この通話他に誰も聞いちゃいねェよ。だいたい元からある言葉に禁止もなにもあるモンか。まァ、秘書さんが議事録ではいい感じにしといてくれんだろ』


 シオミも大変だな。


「それでキチ……ケモプロキチに刺されないように注意、というのは?」

『……オマエ、合宿所とか知らねェの?』

「行ったことはないな」


 中学も高校も合宿するような部活には所属していない。


『……まァそんなモンか』

『ムフ。らいむは知ってるよ?』

『むしろオマエは何でだよ……とにかく、合宿所は置いといてだな……オマエ、問い合わせフォームからのサポート対応やってるだろ? んでタマによくわかんねェ意見が投稿されたりしてるヤツがいるだろ?』

「いるな」


 不具合や通販、営業に関する問い合わせの他に、理解しがたい内容が送られてくることがたまにある。

 キャラをケモノじゃなくして人間にしろとか。長々と設定の書かれたオリジナルキャラ、チームを追加してくれとか。まあその程度は話がわからなくもないんだが、どこを検索しても元ネタが引っかからないポエムを散発的に送ってくるようなのとか、ケモノ選手の挙動がその人となりらしくない? という文句とか……。なぜケモプロに、というような内容もある。


『そういうヤツらとリアルで会うって考えたら、どうだ?』

「……ちょっとゾッとする」


 ポエまれたらどうしよう。話が通じる気がしない。


「とはいえ、刺されるとまではいかないんじゃないか?」

『甘い甘い甘い甘い!』


 ミタカは声の圧を上げてくる。


『何をするか分からねェからキチガイってェんだ。つかメール送ってくるぐらいで済んでるのがまだマシだからな。モノホンはどういうわけか住所非公開の運営の事務所にまで押しかけてきて中に入ろうとしたりするぜ?』

『オ、聞いたことありマスヨ。ネトゲでチートしてBANされたユーザーが、アカウント復旧しろって言って事務所に押しかけてきたとか、よく聞きマス!』

「追い返せばいいだけじゃないのか」

『ンー、ワタシの聞いたケースだと、何か法律的に? 追い返せないトカ』

『あァ、なんだっけか。うっかりアルバイトが会社の中に入れちまって、法的に追い出せないってのがあったな。警察が呼べないとか』

『建造物侵入罪のことでしょうか? いわゆる不法侵入は不適切な手段で建物に入った場合にのみ適用されます。その問題の人が訪問の理由にウソをつかず、アルバイトがドアを開けて招き入れたなら、不法侵入とは言えませんね』

『お、さっすが秘書さんだ。そうそう、思い出してきたぜ』


 シオミのフォローを得て、ミタカの口が軽くなる。


『んで通してしまったもんは仕方ないから一応話は聞いたものの、アカBANしたのは正当な理由あってのことで復旧は運営ポリシー上絶対にできない、つーことで話は平行線。お帰りくださいってェなったんだが、相手が居座って帰らない。んでこれも法的に追い出せないって話だった』

『不退去罪に問えるかどうかの話ですね。帰ってくれ、と要求して、相手が出て行くのに必要十分な時間を待っても出て行かなければ適用されます』

『あっ、ラーメン屋に居座ってそれで逮捕されたって事件、聞いたことがあるッス! ……で、なんでその人は不退去罪にならなかったんスか?』

『建物の管理権限者が要求した場合に限られるからでしょうか。ラーメン屋は個人経営でしょうから店主が言えばいいのですが、会社ですとビルの持ち主かテナントのオーナーがそれにあたりますから、それに当たる人がいなければ要求できませんね』

『そうそう、それだ。エライさんがいねェから無理だって話だった。案内された会議室におとなしく座ってアカウント復旧してくれって言うだけだから、威力業務妨害にもあたらねェとか。ネトゲの運営だから24時間営業だし、事務所を閉めるってこともできなくてよ』


 人を追い出すのも難しいな。


「それで結局どうしたんだ?」

『オオ、そう! オチが面白いんデスヨ! キブツソンカイで警察を呼んだんデス!』


 ……器物損壊?


「暴れて物でも壊したのか? 急に暴力的になったな」

『オー、違いマスヨ』


 ニャニアンはニヤニヤして答える。


『ウンチしたのが原因デス! フフッ、ウヒヒ……』



 ……うんち? 大便?



『あー……その事務所ってトイレがテナントの外にあんだよ。んなわけでトイレに行けばそれでご退出ってことになったんだが、そうと知っててソイツはトイレに行かずに居座ってな。最終的に椅子の上で盛大に小も大も漏らしたってわけだ』


 その根性を発揮するほどアカウントを復旧したかったら、チートしなければよかったのに。


「……で? 漏らして暴れたのか?」

『イヤ。器物損壊で警察を呼んでしょっぴいって貰ったってよ』

『器物損壊は物理的に使えなくするだけではなく、心理的に使えなくすることも含まれるのですよ』


 なるほど。大の大人が漏らした椅子には、いくらクリーニングしても座りたくないな。大だし。


『それにしてもなかなか慎重な対応をされましたね、その事務所も』

『ネトゲはこういうトラブルに巻き込まれがちだから、運営も勉強してんだよ』

『そのわりにソシャゲは集団訴訟されてる案件たくさんあるの、らいむ不思議だな』

『あれは……キチっつーより、集金がえげつねェのとか、法整備があめェのとか、侘び石の慣習が通用しなくなってきたのとかの複合要因だろーな』


 ケモプロはガチャはないが、各球団オーナーが販売している商品トラブルはありそうだな。KeMPBは仲介の立場だが、無関係というわけでもない。


『話が逸れたな。とにかく、キチッてるヤツは何するかわからねェぞって話だ』

「イベントでそういう人に当たったらどうしたらいい?」

『まずは、関わるな。関わっても、本気にするな。受け流して、言質を取られず、穏便にすませるようにしろ』

「メール対応と同じか」


 貴重なご意見ありがとうございます、のテンプレメール返信だ。

 ……問題は、今度の相手はメールではないことだが……。


「わかった、気をつけよう」


 俺はそう言って、今回のイベント参加者にお漏らしするような人間がいないことを祈ったのだった。



 ◇ ◇ ◇



『申し訳ありません、時間が押していますので次のコーナー! 大鳥代表への質問は時間を短縮して実施させていただきます!』


 島根のイベント最終日。観戦の後は俺とナゲノ、イルマを交えての感想トーク。ケモプロのアップデート情報先行公開。そして俺への質問コーナーが予定されていたのだが、試合が長引いたため感想トークをイルマの締めの挨拶だけにバッサリカット。アップデート情報をなんとか予定通りこなしたところで、質問に使える時間は10分に。


『なるべく一問一答で、皆さんも、大鳥代表もお願いします! ……わかったわね!?』


 ナゲノに睨まれれば、頷かないわけにはいかない。


『では質問のある方は手を上げて! ……多いッ! じゃあサクサクいきましょう、そこのあなた!』

「アップデートで追加されるエリアにはプレイヤーアバターも入れますか?」

『入れるが、ケモノ選手にアクションをかけることはできない仕組みだ』

『はい、じゃあ次……そこの方!』

「僕がツツネさんと結婚できるようになりますか!」

『なりません』


 サンドスターズ戦での勝利。先行公開するアップデート情報。この二つで客席は暖まっており、なかなかゆるめのやり取りが続いた。今は答えられない内容も、その旨を伝えれば笑って「わかりました」と納得してくれる。


 そんないい感じの雰囲気の中、その発言は飛び出した。



「今のままじゃケモプロはダメだと思います!」



『……ぇ?』


 マイクを手に立ち上がったのは、高校生ぐらいの男子だった。

 黒髪のおとなしそうな――そう、イベントの最中、ツナイデルスの応援でも拍手をする程度の控えめさで、逆に舞台からは目だって見えていた人だ。


「いつも見てますけど今日の試合で再確認しました。やっぱり学習型AIで試合させるのは無理があります」

『えぇと』

「すいません時間ですよね。しょうがないので要点だけまとめますから、あとでこの資料を見てください」


 その男子はナゲノを遮り、ずっと持っていたのであろう分厚いA4用紙の束をまくりながら続けた。


「ああいう試合をされるとユーザーには不満がたまっていきます。やっぱり何らかの形でユーザーが操作できるようにするべきです。特に監督の采配ですね。案としてはいくつかあるんですけど、次の監督の一手を投票形式で選ぶのがいいかと」


 喋るのが早い。噛まないし聞き取りやすい。誰に遮る暇も与えない。


「……――でやっぱり育成というのが今までの野球ゲームの流れにはあるわけで、これを取り込むことでより多くのユーザー層を獲得できると思います。試合についてもオフシーズンは廃止しましょう。そもそも休養日だって本来疲れないコンピューターには不要なわけで……」


 目を輝かせて、喋り続ける。


「……以上が、僕からの提案です!」


 ようやく終わったのは、予定時間の終了間際。マイクを下ろして、男子は俺の回答を待つ。


 ――関わるな、というミタカの言葉を思い出す。


 男子の言葉のすべてにではなかったが、いくつかの点には他の参加者も頷いている人がいた。ケモプロに対する不満点への解答のひとつなのだろう。言いたい放題言ってくれたが、まるで的外れというわけでもない。


 だから、穏便に受け流せと。



『駄目だ』



「えっ」


 ぽかん、と口を開く男子に、俺はその理由を話そうとして――その隣でマイクを男子から回収し、こちらに首を振るシオミと、緞帳の後ろからLINEでNOのスタンプを連打するライムと、脇腹への打撃に。


『……残念だが、ケモプロのコンセプトとは違う。それは別のゲームだ。ケモプロを方針転換することはオグッ――』

『はいッ! 残念ながら時間となってしまいました! いやあー! イルマさん、イベントは大成功でしたねッ!』

『そうですね。また次の機会を設けられればと思っています。その時は二チーム合同でやりたいものです』

『わー、聞きましたか、みなさん! 次回がある、かもしれないそうです! その時はみんな、来てくれるかなーッ!?』

「お、オオーッ!」「いくぞー!」「有給とるぞーッ!」「とれんのか!?」

『ありがとうございます!』


 ゴッ


 俺の頭を机に叩き込みながら、ナゲノは明るく閉会を宣言した。


『以上で、本日のイベントはすべて終了となります! お忘れ物のないようお帰りください!』



 ◇ ◇ ◇



 こうして島根でのイベントは俺にいくつかの傷跡を残しつつ、成功を収めた。


 その後はいそいで昼食をかきこみながら、従姉の荷物を回収に向かい、そこでのイルマとその両親の激しい口論のインパクトが最後のやり取りを上回り。

 試合終了後からはネット配信も切っていて、先行情報はSNS等にアップ不可と通達しておいたためか、参加者がそれを詳細に記録することもなく。


 質疑応答の最後の場面を思い出すことになるのは、ずいぶん先の話になるのだった。

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