【挿話】山陰ダービーと質疑応答(中)
『り、リプレイ! リプレイを確認しましょう!』
緞帳の裏からライムの応答がかすかに聞こえ、プロジェクターの映像が切り替わる。
『えー、エドの投球と同時にファーストのサバノブ、サードのササミちゃんがチャージをかけ……三塁ランナーのドーラもスタート。ってつまづいてるし!?』
三塁からスタートを切ったドーラは、転びそうになって下を向いていた。
『メリーがバントに失敗して倒れこみます。キャッチャー、ラコフが捕球。ダイトラが塁に帰ろうとして反転して……足を引っかけて転びます。これに気づいたラコフがセカンドのツメ助に送球しますが……その間にようやく立ち直ったドーラ、状況に気づかず走りなおします』
後はダイトラとツメ助が格闘を繰り広げている間に、しれっとホームベースを踏むだけだった。……気づいたのはラコフぐらいか。踏まれてからだし、もうどうにもできずに驚くだけだったが。
『ホームスチール……鈍足ドーラがホームスチールを決めた、と。いやいや、どんだけよ!?』
『そういえばあんまりホームスチールって見かけないが、珍しいのか?』
『難しいに決まってるでしょ。まあこの場合はツーアウトとはいえ三塁ランナーがいるのに、ダイトラでアウトを取ろうとしたサンドスターズが悪いわね。一球外されたんだから戻っているべきドーラがそのまま突っ込むなんて予想してなかったんでしょうけど……ダイトラが派手に転んだから目が行っちゃったのかしら?』
ドーラが転びかけ、メリーが倒れ、ダイトラが転倒した。この三つがなければ発生しないプレーだったということか。
『何はともあれ、逆転したな』
『……そう、そうね! 逆転です! ツナイデルス、土壇場で逆転、5対4!』
「お、おぉ……?」「う、うおー……?」
『会場も盛り上がっています! ……盛り上がっているッ! 盛り上がれッ!』
「ウオオオオー!」「ナイスラン!」「仇はとったぞルーサー!」
ドンドン、と鳴り物で無理矢理に会場が盛り上がる。
『さあ今日こそはツナイデルスが勝利したい! ここまで試合をひっぱってくれたルーサーのためにも! イベント的にも! 5対4、1点差で迎える九回裏。サンドスターズの攻撃は二番
マウンドに垂れ耳ウサギ男子が上がっていく。
『ピッチャーは
「ラビ太ー! がんばれー!」「ラビ×トラキタァ!」「ちょっとそこ異議あり!」
『これは……どうでしょう。草野球時代は先発完投を強いられていましたが、後半に打ち込まれるなど明らかにスタミナが足りず、ツナイデルスでは中継ぎに収まっているラビ太。勝利投手の権利を得て、九回裏の投球です』
『草野球時代の相棒との投球だな。ドラフトコンビでもある』
『アラシ監督の采配にどことなくオーナーへの意向がうかがえるんですが……?』
『どうなんでしょうね? 盛り上げてくれるのは嬉しいですが、まずは勝ってほしいですね』
オーナーに忖度して選手を起用してる……なんてことはないはずだが、気の弱そうなアラシ監督の顔を見るとそんな想像もしてしまう。
『さあ俊足のカイリに対し、気になるダイトラのリードですが……あぁ、いつも通りど真ん中から入ります。ラビ太、頷いて第一球――ファール。ライト方向へ切れていきました。二球目――またど真ん中ァ!?』
「やめて……やめてクレメンス」「まともに配球してくれ……」「ていうか代えてくれ……」
『ラビ太、第二球――痛烈な当たり! 破った!』
「ギャアアー!」「ああぁ……!」
右中間のヒット。ノーアウト一塁。
『1点のリードを守りきりたいツナイデルス。しかしノーアウトからランナーを出してしまった。次のバッターは三番、
「外せぇっ!」「外れてくれぇー!」
『――ストライク! 見逃しました! しかしサバノブは余裕の表情。ダイトラ続いては……さすがに真ん中は続けなかった! 内角高めに……抜いた球? どうなるか第二球……見逃して、ボール! ダイトラ、立ち上がって怒鳴りながら返球しました』
『指示通りのコースに見えましたが』
『何が気に入らなかったんでしょうね。不満を伝えていたようですが……思考表示は……来ない。ダイトラ、次はど真ん中に構えた。サバノブは……またも読んだ、今度は打つ気だ!』
「ヒィ!」「やめろー!」
ガッ!
『引っかけた! セカンド、イブヤ追いついて……一塁送球! アウト!』
「よし!」「やった!」
『あやうく抜けるところでした。イブヤ、捕ったが二塁は間に合わないと判断して一塁でアウトを取った。ワンアウトランナー二塁になりました。どうやらフォークでボールの上っ面を叩かせたようですね。さあ、アウトを取りましたが……』
『次は強打者だな』
セクシーパラディオンにいるゴリラは別格として、続いて強打者として上げられる者の一人。
『四番指名打者、
『西伯もダイトラと同じ草野球チームの出身だな』
「どうして差がついたのか……」「うちのDHとトレードしてくれぇー!」
草野球時代より打撃が開花したと言われているシベリアオオヤマネコ系男子の西伯は、ダイトラをチラリと見るとバッターボックスで構えを取った。
『ダイトラ、ミットを被りなおして……アアァァまたど真ん中にィ!? ラビ太、首振ってェ!』
「やめろー!」「ちゃんとリードしろよぉ! たのむよぉ!」「歩かせろよぉ!」
ラビ太は――首を振らない。
その代わり、セットポジションに入らないまま、じっとダイトラの目を見つめた。
ダイトラは――チッと舌打ちする。
『――と、おお? ダイトラ、サインを出しなおします。ラビ太、頷いて……投げる! ――打った、大きいッ!?』
「ギャーーー!」「イヤァァ!」
『ッ……切れました、ファール! 外のスライダー、ポールの右側へ。あやうく先日と同じ逆転ホームランを食らうところでした。切れてスタンドに入りファール、ノーボールワンストライク』
『ストライク先行になったな』
『結果だけ見ればそうね……流してこれだけの打球が打てる李西伯、慎重に攻めたいところ。カウントの有利を生かして――ってど真ん中ァ!?』
「ひいいぃっ!」「もうやだよぉ!」
ガキィッ!
『引っ張ったッ!』
「ギャアアアア!」
バチッ
『ォォッ!? マテン、ライナーグラブで弾いたっ!』
「ニンジャ!」「サスガ!」「さすおに!」
『ボールは勢いを失って後方に転が……ドーラ反応遅いっていうか疲れてる!? 結局マテンが掴んで……どこにも投げられない。セーフ! ワンアウトランナー一、三塁! 猛烈な打球でしたが、サードのニンジャこと
『さすが灘島兄妹は違うな』
『ドーラが追いついていれば一塁は刺せたでしょうけどね……守備固めしてよ監督……』
選手層が薄いから代えられないという考えなのだろう。たぶん。
『この大ピンチに迎えるバッターは五番、
『安心して見ていられるな』
『とは言えないでしょう。当たれば大きいし、この状況で背負ってるランナーの数が違うし……ほら、一、三塁ランナーがリードとってしっかりプレッシャーかけてる。ツナイデルスとは違うわね』
『牽制すればいいんじゃないか?』
『一、三塁の場面で牽制は悪手よ。一塁に投げればホームスチールの可能性があるから。まだワンアウトだしちゃんとその辺ケアしないと――』
ラビ太がピッチャープレートから足を外し、一塁へ送球――しない。
『……投げるんじゃないかとドキドキしたわ。ラビ太、偽投でランナーを警戒します』
『あれはボークじゃないのか?』
『ちゃんとプレートから足外してるし、三塁への偽投じゃないからいいのよ。この調子で……』
バシンッ! ダイトラがミットを叩く。ビクッ、とラビ太が跳ねた。睨まれ、頷き、グラブを構える。
『……バッター勝負、ということでしょうか? まあ、マグ夫は慎重にいけば攻略しやすいバッターです。初球からブンブン振ってきますし、得意の高めさえ外せば――って外角高めにストレートォ!?』
「うああああ!」「な゛ん゛でだよ゛ぉ゛! や゛め゛でぐれ゛よ゛ぉ゛!」
悲鳴が上がる中、ラビ太は腕を振りぬき――
『打った大きいッ!?』
「ぎゃああああああ!」
『……がッ、伸びないッ! ライト……
リーグ内失策率ナンバーワンのヒツジ系女子は――
『捕って!』
「とれぇえ!」「たのむぅー!」
祈りと悲鳴の中、グラブを掲げて――
『……捕った!? アウト!』
「よしッ!」「やればできる羊!」「メリーたん信じてたよォ!」
歓声。三塁ランナー、カイリのギョッとした顔がカットインで入る。まさか捕るとは思っていなかったのだろう、しかし――
『ボールは中継のセカンドへ! 三塁カイリは――走ったッ!? タッチアップだ!』
ビーバー系女子のカイリは走り出す。
『同点のランナー! ボールは中継からバックホーム! ダイトラ立ち上がった!』
「間に合えぇ!」「いけえーッ!」
ダイトラが立ち上がってボールを待つ。回り込むようにスライディングしてホームベースに手を伸ばしたカイリに、ダイトラは――
『ダイトラ捕ってタッ――ハァ!?』
カイリを無視した。
『二塁送球!?』
「はァァァ!?」「ええぇぇぇ!?」「やめろぉおお!」
悲鳴が上がる。
『二塁狙っていた西伯、挟まれる! 表に引き続きラウンダウンプレイとなった……タッチ、アウト! ファースト、ガンタが西伯の背を叩いてアウト! スリーアウトチェンジ、ですが……!』
スコアボードに刻まれる数字。5対5。
『同点! 同点になってしまった! 九回裏、同点でチェンジ! ツナイデルス、便りのルーサーを失って延長戦に突入することになりました!』
「ふざけんなダメ虎!」「カイリを刺せば勝ってただろ!」「ブルペンにひっこめ中年親父!」「やめろその罵倒は俺に効く!」
参加者たちが口々に罵倒の言葉を口にする。
『いやぁ本当に……なんなのかしらねあの虎は。よっぽど九回表で狭殺されたのが印象深かったのかしら? クロスプレイでカイリはアウトにできそうだったんだけど……』
『おや?』
『ん?』
スリーアウトチェンジ。十回表へ移行するため、選手たちがベンチへ戻っていこうとする中。ダイトラがラビ太に向かい――
『らッ――ラリアット!? ダイトラ、ラビ太にラリアットをかました!?』
「ハァ!?」「なんなん!?」「イヤー!」
『首に腕をかけたダイトラ、そのままラビ太を引きずってマウンドに……え……っと、マウンドでかがんで……ボールを拾って……?』
交代のため置かれていたボールを拾ったダイトラは、続いてラビ太をひきずったままま不機嫌そうな顔でノシノシと歩いていき。
『三塁を踏んで……審判を呼んだ。え、まさか? これって?』
「え、何?」「あッ!」「マジか、見ろよ!」
『塁審の手が上がる! アウト! そして得点が――5対4となったッッ!!』
は?
『成立ッ! アピールプレイが成立! サンドスターズの5点目が取り消され、5対4! ゲームセット! ツナイデルスの勝利です!』
「おおお!」「マジかよ!」「何? どういうこと?」「バグ?」
『すいません、フレイムさん。解説していただけますか? スリーアウトでチェンジの場面で、なぜまたアウトになって得点が取り消しに?』
『俺も聞きたい』
『解説者ェ……まあいいわ。今のはアピールプレイによる、第3アウトの置き換えよ』
『アピールプレイ……』
『さっきのタッチアップの場面、メリーが捕球したところから、カイリを中心にリプレイしてくれる?』
緞帳の裏から応答が返り、プロジェクターに映る場面が切り替わる。
『ここね。メリーが落下点で構えてるんだけど、カイリは三塁から離れて待ってる』
『メリーといえば落球するのが常だったからな。その方が効率がいいと思ったんだろう』
『そうね。けどメリーは捕球に成功する』
カイリの顔に動揺が走る。
『ここでランナーにはリタッチの義務が発生するわけ』
『一度、元いた塁を踏みなおさないと進塁してはいけないアレだな』
『だからカイリも三塁を踏みなおそうとするんだけど……ここズームできる? ありがとう。ほら、踏んでないわね?』
踏めてない。ホームに向かう助走もかねた蹴り足は、塁に触っていなかった。
『リタッチの義務を果たしていないが……それでも得点は入ったぞ?』
『いわゆるルールブックの盲点の1点よ』
『盲点の1点?』
『アンタ、ドカベンとかラストイニングとか読んでないの?』
……古本屋で買ったから歯抜けになってる、という言い訳は効くかな?
『簡単に言うと、リタッチの義務を果たしてなくても進塁自体は認められるのよ。元いた塁を守備側が触れてはじめてアウトになるわけ。だからカイリのホームインは認められて、いったんは5対5になる』
映像でカイリがホームインし、西伯が一二塁間で挟まれてアウトになる。スリーアウト。そして場面は進んで、ダイトラが三塁を踏んで4個目のアウトになるところへ。
『西伯がアウトになってチェンジになったが、なぜさらにアウトが?』
『守備側には第3アウトが宣告された後も、アピールプレイを行う権利があるの。攻撃側の間違いを指摘する権利がね。これはピッチャーを含めた内野手がファールラインを完全に越えるまで有効なの。……だから、ラビ太にラリアットをかましたわけね』
『アピール権のために? ダイトラも内野手だろう?』
『捕手は内野手に含まないの。そもそも捕手はファールラインの外にいるもんでしょうが』
なるほど、確かに。
『で、ダイトラがカイリの間違いをアピールしてアウトを取ったわけだが……3つ目のアウトでチェンジになった時点で、結果は決まっているんじゃないか?』
『そこで
ふう、とナゲノは一息つく。
『まあ、ダイトラもよく見てたわよ。カイリが三塁を踏んでないのも、西伯が二塁を狙ったのも。……でも西伯を挟殺するより、カイリをタッチするほうが素直だし成功率も高かったと思うし……そもそも見てたなら三塁に投げろって気もするけど……と、とにかく! ……試合終了! 5対4! 島根出雲ツナイデルス、このイベント、この三連戦の最終日、やっ……とのことで勝利しました!』
「う、うおおー!」「や、やったぞー!」「メリーちゃん、よくやったぞ!」「信じてた!」「よ゛がっだよ゛ぉ゛……!」
参加者たちは戸惑いながらも、ナゲノの扇動に合わせて歓声を上げる。中には抱き合って泣いている人までいた。
『最終回は波乱の展開でしたね、イルマさん』
『いやあ、胃が痛かったですよ。わざわざお越しいただいて一度も勝てないなんてことにならなくて、本当に良かった。鳥取さんに勝ち逃げされたら悔しいどころの話じゃなかったですね』
イルマはにこりと微笑む。
『おかげさまでまた同率最下位です。仲良くやっていきましょう、鳥取サンドスターズさん』
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