【挿話】山陰ダービーと質疑応答(上)
『さあ今日はデイゲームで始まります! 島根ツナイデルス対鳥取サンドスターズ、通称山陰ダービーの第15戦目! 球場は出雲ドーム、実況会場はここ、出雲にこにこシアターから生中継でお送りいたします!』
「イエーイ!」「ヒャッホー!」
舞台の下の観客席で、参加者たちが鳴り物を打って声をあげる。
『なお会場名と某動画サイトには関係ありません』
「そのネタ三回目ェー!」
ノリのいい、少し頭髪の寂しいおじさんがツッコミをいれ、ドッと笑いが起きる。
『実況は私、ふれいむ☆』
「よッ! ババァ無理すんなッ!」
『ババァ言うなッ! どこからどうみてもお姉さんじゃろがいっ!』
「おねバァさーん!」「ババねぇさーん!」「おバァさーん!」
『混ぜるなッ! ――たくもう……ええー、解説は先日から引き続き、KeMPB代表の大鳥さん』
『よろしくお願いします』
頭を下げる。拍手の他に指笛も飛んできた。会場は初日より暖まっているようだ。……試合結果が悲惨なので、こうして盛り上げてくれるのはありがたいな。
『そして本日はゲストに、島根出雲ツナイデルスのオーナー、島根出雲野球振興会の代表補佐、島根県Web広報部広報室長のイルマさんにお越しいただいております!』
『イルマです。肩書きは長いですが、ここには楽しみに来ただけですのでお気遣いなく』
イルマがそう言ってニコリと笑うと、観客席にいる女子たちから甲高い歓声が上がった。さすが公務員系イケメンだ。妹は引きこもりだが、兄はそつなく対応している。
『さあ、島根対鳥取、山陰ダービーとも呼ばれる戦いも第15戦目! 昨日、一昨日は残念ながら大敗となりましたが、今日こそはやってくれる、希望を繋いでくれると信じています! まもなく試合開始です!』
◇ ◇ ◇
2月25日。23日から始まった島根でのパブリックビューイングイベント、『島根ツナイデルス応援ツアー』は最終日を迎えていた。デイゲームだが試合時間を特別に早めて午前中に開始し、昼前には終了を見込んでいる。今日は日曜。明日は仕事という人には余裕を持って帰ってもらいたい。
『試合前に先日の試合を振り返っておきましょう。一昨日は大量失点の0-7、昨日はまさかの逆転サヨナラを食らって2-3。連敗して迎える三連戦目ですが、オーナーとしてはいかがでしょうか?』
『盛り上がってくれれば何でも……とは思いますが、一ファンとしても勝ってほしいですね。昨日は勝ったと思って風呂に行ったのが敗因でしょうから、今日は風呂には行きません』
『まだ風呂という時間でもないんじゃないか?』
『ものの例えよ……やめてよね不思議そうな顔するの。こっちがバカなのかと思うじゃない』
『ははは。まあ、通算では鳥取さんには8対6で勝ち越していますからね。勝てないわけではないでしょう。昨日の負けで最下位に落とされましたが、すぐに追い越してくれると信じています』
『そう、それに今日はスターティングメンバーが違うッ! ぞんざいリードで大量失点を許し、自分の打点も裏で帳消しにするようなダメ虎ではないッ! 正捕手ルーサー、久々のスタメン入りです!』
イベントホールのスクリーンにプロジェクターで映し出された画面が、パッとイケメンアルパカ、
『彼、怪我は治っていたけど、ファームで調整していたんでしたっけ』
『そうです。
『ドラ一に指名した自分としては複雑な気分ですが、勝負に徹するというなら仕方ない』
イルマは頷いて手を組む。
『なんにせよ、せっかくイベントをやっているんですから勝ってほしいですね』
『今日の先発はブソン、ドーナに続く表ローテ三人目、ダックスフント系くりくり茶髪ショタこと、
「それな」「わかる」
『ところで大鳥さん。表ローテ、裏ローテというのは日本プロ野球での運用法だと思うのですが、ケモノプロ野球でもそういった方式が決められているのですか?』
『主にNPBを参考にチーム戦術を学習させているのでローテーションが組まれているが、方式が決められているわけではない。正捕手、第二捕手というのもそうなっているように見えるだけで、特にそういうパラメータがあるわけじゃないんだ』
『確かに中二日ぐらいで連投しているような投手もいますね』
『試合数が多くなれば、ケモプロならではの選手運用法も出てくると思う。監督次第だな』
『なるほど。ではアラシ監督の采配に期待しましょう。先行はツナイデルス、一番サード
◇ ◇ ◇
『……アウト、チェンジ! ラビ太、よく抑えました! この回も無得点。さすがリーグでホールド数争いをしているだけはあります。ルーサーもよくリードしました。いやあこれで――先発のタクトが点を取られていなければ……』
ため息が会場に流れる。前半が手に汗握る展開だっただけに、みな少し疲れ気味だ。
『やはり六回の裏の4点目が痛かったですね。六回の頭からラビ太が投げていれば、同点だったかもしれません』
一回裏に先制されてから、取られては追いつき、離されては追いつくという感じで粘った前半。後半は両チームとも投手が抑えて0点進行。九回表になったところで3対4、ここでせめて同点においつかなければ鳥取サンドスターズの勝利という状況だ。
『六回から三凡が続いていますが、この回はなんとしても追加点を取るしかありません。会場の、球場のみなさん! 最後まで諦めずに応援しましょう!』
「オオォーーッ!」
参加者たちが気合を入れなおす。ゲームの中に届かないはずの声援を上げる。
――そうするとあっさり点が入ったりする。
『同点! 同点だッ! スリーベース!
『驚きました。ドーラといえば鈍足のイメージがあったのですが』
『初速と反応が鈍いだけで、トップスピードはほぼ変わらないですからね……まあ二塁を蹴った時は、私も悲鳴を上げましたけど、結果はセーフ! 問題なし!』
心なしかサンドスターズの守備陣も動揺していたように見える。金髪黒ブタ女子は、鼻息荒くユニフォームの土を払った。
『打たれた
『鳥取さんの抑えはなかなか……個性的な人ばかりですね』
『キャッチャー、
『そういうコミュニケーションなんだろう』
『そんな暴力的なコミュニケーションある?』
俺の脇腹があると言っているんだが。
『何はともあれ同点です。さらにノーアウト三塁! そしてバッターは、今日ほとんどの得点にからんでいるこのアルパカ、高坂ルーサー! 本日の成績は3打席2安打1犠飛2打点! さすが打てる捕手! この打席も注目です!』
「ルーサー! 打ってくれー!」「パワプロかよ!」「お前が正捕手だ、ルーサー!」
『さあエド、セットアップから第一球――投げッアァァアア!?』
ドゴッ
『なッ――デッドボール……! ルーサー、体を捻ったが避けきれない、でん部にボールがめり込んだ。判定はデッドボール……で、倒れこんでるんだなぁこのアルパカはァ!?』
主審が近寄り、ルーサーの様子を確認して手を挙げると、救護班が担架を担いで入ってきた。
「知ってた」「知ってた速報」「クソネズミ危険球で退場にしろ!」「そうだ、都民じゃないくせに!」
参加者が騒ぐ中、ルーサーは病院送りにされ、エドには警告が与えられた。
『警告……というと次に同様の行為があったら退場、でしたっけ? サッカーのイエローカードみたいなものですか』
『サッカーのように複数の試合にまたがって累積するものじゃなく、この試合限りだが。来期は出場停止期間も含めて、もう少しこの辺りを整備するつもりだ』
「おっ、新情報キタコレ」「拡散なう」「ケモプロ独自ルールか」
……しまった、この後のコーナーで言うつもりのネタが。
『えー……っと、この場合、臨時代走が出るんだったか?』
『臨時があるのは高校野球だけ。プロは普通に交代よ。まあここはノーアウトだし走れる選手を――』
ざわ。参加者がどよめく。プロジェクターで映し出されたスコアボード。
六 R 山茂ダイトラ
『ま た か! このハゲアザラシの謎采配ッ!』
『髪の話はよくない』
『うっさい』
ゴス。脇腹が悲鳴を上げる。
「出た! 本日初ヒット!」「ナイスバッチ!」「シャープな一撃!」
『うるさいうるさいッ! そこじゃないでしょッ! この! 謎采配を! 今追及するべきでしょッ!』
R……はピンチランナー、代走の略らしい。ベンチからのそり、と巨体が姿を現し、ノシノシと一塁に歩いていく。
『この大チャンスに、ツナイデルスの鈍足コンビが……』
『機動力は使えないが、打てば走力は問題ないんじゃないか?』
『そう……そうよね! 下位だって一本ぐらいはヒットは出る! ワンヒットで逆転、上位に回る可能性もある! まだいける! 打てる!』
そうして次の打者がバッターボックスへ向かって――……
『打たないじゃない!』
『打たなかったな』
『うぅ……九番はライト、
『ここで得点しないと延長に行けても難しいだろうしな』
『なんとか打ってほしいところ……第一球、空振りストライク! あぁー、クソボールを振ってしまいました。しりもちをつく全力スイングでしたが……』
あぁ……というため息を――「チッ」というダイトラの舌打ちが切り裂く。
『!? これは……一塁ダイトラ、リードを取る! 大きい、大き目のリードだ! ツーアウトでようやくピッチャーにプレッシャーをかけにいった? お、遅い、遅すぎる、最初からやりなさいよ!』
そしてそれを見たメリーは、ハッと顔を上げて――
『……ば、バント。メリー、バントの構え。モロにバントの構えですがツーアウトよッ!? 送りバントしてる場面じゃなくて!?』
サンドスターズはそれでも念のためバントに備える。だが思考表示ではバスターエンドラン……バントに見せかけてヒットを打つほうを警戒していた。
『さらにサンドスターズの正捕手ラコフからは一球外す指示……エド、頷いた。ランナー警戒して……投げたッ! ひぇ!?』
ラコフが立ち上がって捕球しようとする球に、メリーが飛びつく。バント強行。ファースト、サードが飛び出す。
『……! ストライク! メリー飛びついたが届かない、倒れこむ――』
ベシャリ。
内野陣が一斉に音のしたほうを向く。倒れこんだメリーではなく、倒れこんだ――
『だっ、ダイトラ転倒! キャッチャーセカンドに送球ッ!』
セカンドが慌てて走りながら捕球に向かうが、やや飛び出しすぎた。いったん止まってボールを掴む。ダイトラはもがいて立ち――あがれずに、這って一塁へ戻る。
『セカンド飛び込ついてタッチ――か、かわした!?』
ダイトラは体を捻って仰向けになり、グラブは地面を叩く。さらに身をよじって一塁に手を伸ばし――
『……アウト……ッ! ダイトラ、届かない! グラブで胸を叩かれてアウト! スリーアウトチェンジ! 逆転のチャンスをへっぽこプレーで潰してしまった! 監督は何をやっているのか……5対4の同点で九回裏へ……え?』
『5対4?』
5対4だった。この場の誰もが頭の上に疑問符を浮かべる。
そしてそれはケモプロ内でも同様で、ベンチに戻ってハイタッチを求める黒ブタ――ドーラに、ベンチの選手たちはみんなポカンとしていた。
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