卒業式と幼馴染
「――……ありがとうございました。もう一度拍手をお願いします」
会場から拍手が鳴り響き、登壇していた卒業生が席へと戻っていく。
いや、どの人の話も興味深いし面白いな……去年まで休んでいたのが惜しまれる。ミサキは「生徒のための卒業式」だと言っていたが、確かにその通りだ。
「卒業生から在校生へのお話は、次の方で最後です。それではお話しいただきましょう――」
結論から言うと、俺は登壇していない。
ミサキから話を振られはしたものの、一週間で原稿を用意できる気はしなかったし、何よりコミュ障にはツラい舞台だ。謹んで断らせてもらった。
だからこそ、忙しいであろう仕事の合間を縫って準備を整えてきた幼馴染には感心する。
「NPB至上二人目の女子プロ野球選手となった――3年A組、オオムラカナさん!」
この日一番の拍手が会場で沸いた。
◇ ◇ ◇
「こんにちは。オオムラカナです」
挨拶だけで歓声が上がる。カナは苦笑しながらそれが静まるのを待った。
「依頼を受けたのが最近のことで準備期間が短く不安だったのですが、みんなの話が面白かったので緊張が解けました。気楽に話していいと言われたので、そうします。――いちおう、原稿はありますよ?」
ぴらぴら、とA4用紙一枚を振る。笑いと拍手が沸き起こった。
「ご存じない方もいると思いますので、簡単に説明をさせてください。わたしは去年の10月にNPB、日本野球機構の育成ドラフトで指名されて、11月に契約、12月に入団して、今年の2月からプロ野球選手として働いています。……とは言っても、いわゆる一軍の試合に出場できる『支配下登録』の選手ではない、育成選手としてです。文字通り現時点の戦力ではなく、将来に備えた育成を目的として契約していただいた形です。なので仕事は練習すること……それから試合に出ること。今月からは二軍に参加させてもらっています。とはいっても、試合はそんなにないんです。まあ、そのおかげで卒業式に出れたわけですけど」
そしてカナは練習や試合でのエピソードを交えて、野球選手の仕事を紹介する。苦労話も会場で笑いに変えて、時には後輩からツッコミを受けながら。
「……こうしてプロ野球選手になったわけですが、最初からなろうと思っていたわけじゃないんです。進路については悩んでさえいませんでした。野球は小学校の頃から始めていましたが、ぼんやりと大学へ進学するんだろうなと思っていて。野球部でも、高校ではマネージャーをやっていたんですよ。昔から守備がへたくそで、選手として出た試合では必ず失点に絡んでいました。中学のリトルシニア……硬式野球チームではそれでも意地になって打撃でアピールして、代打専門の選手としてやっていましたが……」
カナはこちらの方を見て苦笑する。
「一人だけで取れる得点は1打席で1点。でも一人の守備が原因で失える点数に上限はない。部員数が少ないとか、スコアをつけられる経験者がいないとか、試合で迷惑をかけたくないとか……身近にもっと上手い人がいるとか。そういういろいろなことを言い訳にして、わたしは選手を諦めたんです。でも完全には諦め切れなくて、シートノックにかこつけて打撃練習したり、ストレッチ代わりに素振りしたり、勉強の合間に野球のビデオを見てイメトレしたり……中途半端な状態でした」
一区切りして、カナは呼吸を整える。
「プロを目指そうと考えたきっかけは、とある野球選手に偶然プレーを見ていただいたことです。その方にはどうしてプロを目指さないのかと聞かれました。守備がダメでも、他にやれることがあるだろうと。プロ野球もパ・リーグなら指名打者という、打撃しかしないポジションもある。可能性はあると」
タイガのことだな。エーコからもきつく言われているが、あの時の三球勝負は指導にあたる可能性があるため、誰にも話さないことになっている。これぐらいぼかしていれば問題はないだろう。
「そしてプロを目指すことに決めたのは――幼馴染の姿を見たからです」
ん?
「その幼馴染は二年の夏からやりたいことを見つけて、それに向かって進んでいました。でもひとつ壁にぶつかって、それを乗り越えるためにかける周囲への迷惑で足踏みしていました。やりたいことがあるのに、他の人に遠慮してしまってできない。……とても悔しかった。やっと動き出したのに、どうして彼が止まらなきゃいけないんだろうって」
真夜中の公園。あの日のことか。
「だから決めたんです。同じ立場にならなきゃ応援なんてできっこない。わたしもやらなきゃいけない。多少の迷惑なんて当たり前。気にしてたら何もできない。やりたいことをやろう、と。そうして、プロを目指すことに決めました。ん? ――あッ!? ……その……まあ、はい」
ざわざわとあちこちで喋り声がする。カナはなぜか少し顔を赤くして、咳払いした。
「とはいえですね! 背水の陣を敷いたわけじゃないんです。入団テストで箸にも棒にもかからなければ、大学受験をすることにしていましたし。でも、やるからにはいろんな人に迷惑をかけてでもやり通すと決めました。特にチームメイトには急に選手に転向したし、マネージャーの引継ぎも大忙しで、へたくそな守備を抱えて試合をさせて申し訳なかったと思っています。その分つとめは果たしたつもりですが、全国大会で準優勝に終わってしまったのは今でも心残りです」
最後に満塁ホームランを打っても負けるのが野球だからな。
「大会の後、入団テストを受けて、球団から指名を受けてプロの選手になりました。まだ支配下登録じゃないし、二軍の試合に代打で出させてもらっているぐらいで……気の抜けない状況です。一緒のチームに来て裏方をやってくれる幼馴染のためにも、がんばっていきます」
「もう一人の幼馴染はーッ!?」
小さいほうの幼馴染が野次を飛ばし、ドッと笑いが起こる。
「えぇ……その……はい。そっちの幼馴染のためにも、がんばります」
俺もがんばらないといけないな。応援を無にするわけにはいかない。
「とッ、とにかく……在校生の皆さん! 皆さんも、進路に迷いがあるかもしれません。けれど、その道に進みたいなら、やりたいことがあるなら、誰に迷惑をかけてでも、それ以上に報いるのだと決めて進んでほしい。わたしがその見本になる……なってみせますから。――以上です」
「オオムラさん、ありがとうございました。もう一度拍手をお願いします」
わッと拍手が会場に鳴り響く。カナに呼びかける声もたくさんあった。本人はさっさと引き上げてしまったが。
「それでは続いて、在校生代表より卒業生へ送る言葉を……――」
◇ ◇ ◇
「あぁ……終わった」
在校生からの言葉があり、合唱部が流行の卒業ソングを歌い、卒業生はいちはやく会場から追い出された。いつまでも未練がましい姿を見せずに、さっさと歩き出せとのことだ。なかなか短い卒業式だったが……。
「いい卒業式だったな」
「……ユウくんがそんなこと言うのは珍しいね。泣いたりでもした?」
「泣いてはいない」
周りは結構、在学生からの言葉とか歌のあたりで泣いていたが……別に俺が無神経なわけじゃなくて、あの在校生のことはちっとも知らなかったし、歌も聴き覚えがなかったせいだと思う。
とにかく、いい卒業式だった。生徒のための卒業式……というか、今後の棚田高校のための卒業式だった。卒業生によい印象を残し、在校生には今後の指標を示す。コンセプトがはっきりしているし、見事にそれを実現した式だった。見習わなければならないな。
「わたしはちょっと泣きたいかな……」
「構わないぞ?」
なぜか近くに誰もいないし。校庭にはちらほら卒業生が残り、窓から手を振ってくる在校生に手を振り返したりしているが、ニシンはさっさと野球部の集団のほうに行ってしまって、隣にはカナしかいなかった。一瞬、窓からずーみーが見えたような気もするんだが、今は影も形もない。
「……ううん。泣かないよ。せっかく久しぶりに会ったんだし」
「二軍の初試合ぶりだな」
「ふふッ――くくッ」
カナは噴き出す。
「ご、ごめん。思い出したらまたおかしくなっちゃって……」
「そういえば爆笑してホームランを打ってたな。ネットで話題になってたぞ」
その部分だけ切り取られた動画がすごい再生数を叩き出している。海外にも紹介されていた。
「だって……怖い集団に取り囲まれて、青い顔しながらこっちを心配そうに見てるんだもん。心配されるのはそっちでしょって。ふふふ……くっく……。しかも目が合ったら合ったで、『しまった、見つかった』みたいな……応援席間違えた、とか思ってたでしょ? ッくくく……!」
「泣かないんじゃなかったのか。泣いてるぞ、笑いすぎで」
「泣かされちゃった。ふふふ……あははは」
カナは目元を拭って息を整える。
「うん……いい卒業式だったよ」
「カナのスピーチもよかったぞ」
「ありがとう。実は原稿ほとんど真っ白だったんだけどね」
「アドリブであんなにうまくまとめたのか。さすがだな。話の順序も分かりやすく編集していたし」
「順序?」
「俺の背中を押すために野球選手になると決めたと言っていたが、逆だろう?」
あの時は俺が先を進むカナに応援されたのだ。カナはもうプロになると決めたのだから、俺も親と話をつけて会社を作れと――
「あ、あぁー……あれはね、うん……」
「ん?」
「えへへ……実は今日話した通りなんだよね。ユウくんに発破をかけた時点ではまだ迷ってて、モヤモヤしてたから気分転換に素振りを……。で、でも次の日から全部言った通りにしたし、結果オーライだよね」
カナはべろりと舌を出す。
「そうだったのか。まったく分からなかった」
「そうでもしないと、あの時のユウくんは動けなさそうだったから……偉そうなこと言ってごめんね?」
「いや、助かったよ」
あの時カナに背中を押されなければKeMPBがどうなっていたか分からない。カナは何も間違っていない。
「カナには助けられてばかりだな……最近は荷物も置かせてもらっているし」
「ああ、ツグさんの。久しぶりに家に帰ったら部屋がダンボールだらけでびっくりしたよ」
「すまないな。なるべく早く片付けるつもりだったんだが」
「いいよ。事情は聞いたし、こういう時ぐらいしか家には行かないから」
「そう言ってもらえると助かる。――そういえば」
聞いておきたいことがあったんだった。
「部屋であの漫画を見つけたんだが……あの魔球の」
「ああ、あれ? 懐かしいよね」
「あれ、なんでカナの部屋にあるんだ?」
「なんでって、わたしのだからだけど……覚えてない?」
「記憶があいまいでな……」
「そっか……わたしはちゃんと覚えてるよ」
カナはゆっくりと語った。
「一年の頃はユウくんとは席が隣だったじゃない? 席があいうえお順だったから。その時からわたしチームに入ってたんだけど、同じ学校の子がいなくて。だからユウくんを誘ってみたら、野球を知らないって言うんだもん、びっくりして。で説明のために漫画を貸してあげたんだよ」
……ああ、そうだった。読めない字を読んでもらったりもしたな。
「ふふ、懐かしいな。そしたらニシンちゃんが混ざってきて、それで三人でチームに通うようになってさ」
今考えるとよく行けたものだと思う。どうして許してもらえたのかは……忘れたな。
「ねえ……へたくそでチームに通うほどじゃないから、って言ってやめたけど……ほんとにそう?」
「忘れた。……ただ、そうして諦めた記憶はあるから、理由のひとつではあるだろう」
「ん……ごめんね、訊いちゃって」
「たった二人の幼馴染なんだ、なにを訊かれても悪いことなんてない」
「ありがとう。わたしも……」
カナはにこりと笑って言う。
「ユウくんは、大切なひとだよ」
「ありがとう。もちろん、俺もそう思っている」
「……ッ」
カナは胸に手を当てて固まった。息も止めたのか顔が赤い。
「び……ッくりした。なんだかすごくこう、その……カッコイイ言い方だったね。声優の練習の成果?」
「かもしれない」
練習中に思い浮かべる顔のひとつが、目の前にあったからな。
「それならオーディション、大丈夫そうだね」
「油断はできない。他の応募者は全員プロだからな」
「がんばってね、応援してる」
「そっちもな」
握手を交わす。
大きくてしっかりした手と、二度三度と揺らして互いを激励するのだった。
◇ ◇ ◇
「あぁ、腰がいてぇ……おお、どうしたオオムラ、オオトリ。こんなところに二人で、握手なんかして」
「ライパチ先生。会場の片付けはもう済んだのか」
「終わったよ。たく担任なのに生徒とは違って免除がないんだからなァ……」
「お疲れ様です」
「いいってことよ。それよりオオムラは野球部の打ち上げ、出られるのか?」
「はい。今日は午後も休みをいただきましたから、クラスの方ではなくて野球部の方に参加します。……ユウくんは?」
「商談がある」
「なんだなんだつれないヤツだな。こんな時ぐらい男を見せアイテェッ!? ニイミッ!」
「らいぱっつぁんは空気読めなさすぎだよ!」
「だからって恩師にドロップキックかますヤツがあるか!?」
「そんなんだから原作を超えられないんだよ。でもなんとなく許しておくッ!」
「俺は許せんがっ!? こら待てッ!」
「あはは……気を使われてたみたいだね」
「そうだったのか。まあ、なかなか会う機会もないからな……」
「ん。次はもっと大きな舞台に招待するね。ちゃんとチーム側の応援席に座れるように。ふふ」
「期待しているぞ」
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