二月末の報告会

 2月末日。


「それでは報告会を始めよう」

『はいはーい! らいむねえ!』


 オンライン報告会を始めると、ライムが勢いよく先陣を切り。


『島根観光楽しかった!』

『聞いてねェよ』


 ミタカに突っ込まれていた。


『もー、アスカお姉さんったら。行けなかったからスネてるの?』

「そうなのか」

『んなわけねェだろが』

『でもでも、温泉は入りたかったでしょ? レポートの温泉のページだけ滞在時間長いもんね?』

『……オマエ、そーゆーの調べるのヤメロよな』

『解析は大切な仕事だし、固定IP使ってたらバレバレだし~?』


 ライムには今回の島根オフラインイベントのレポートを作ってもらう必要もあった。そのため折衝役のシオミと共に同行してもらっていたのだが……そうか、温泉か。ヒナタの旅館へ行くこともきちんと考えないとな。


『アスカお姉さん分もカウントされてるけど、公式サイトにアップしたレポートはそこそこアクセス稼いでるよ。参加者のブログとかでも記事が上がってきてるけど、おおむね好評!』


 ブロガーのリテラシーも高く、オフレコとお願いしたところはきちんと伏せられていたとのことだ。人の口に戸は立てられないと言うし、本当にダメなことは言わなかった……つもりだが。


『島根出雲野球振興会からも、ユーザーの生の声を聞けて参考になったと好評です』


 さっそく意見を元に商品の改良が行われて、『ツナイデル蕎麦』は『紅白ツナイデル蕎麦』と改名し縁起物として売り出していくことが決まったとか。……そこでいいのか、変えるところは。確かにボール部分が白、縫い目部分が赤の蕎麦で表現されていて、縁起物感はあったが。


「おおむね、ということは不評な部分も?」

『んーとねー、地元民枠で空席が出ちゃってたこととか』

「しかしいくらか枠を確保しないと、地元のファンを軽視する形になるだろう」

『でも気持ちも分からなくない? 地元枠は早めに期限切って、空席分は売り出そうよ』

『アァ、一般枠は抽選になったしな。抽選漏れのヤツになら売れるだろ』

「そうするか。……他には?」

『島根は遠い、東京でやってくれ、とか?』


 いやそれは本末転倒だろう……島根出雲ツナイデルスのイベントだぞ?


『これは物販がうらやましかっただけみたいだから、セクはらのイベントをやればいいんじゃない? ね、やろう? セクはらとイベント!』

「なるほど……タカサカさんに話しておくか」

『やった! あ、そうそう。鳥取のスナグチさんが、次回はぜひ一緒にって言ってたよ!』


 地理的に近いし、ちょうど島根対鳥取の試合日にイベントをするので鳥取にも協賛を呼びかけたのだが、鳥取側で上に企画が通らずナシになった。だが今回の成功を見て、上も納得してくれたとのこと。


『調子イイな、オイ』

『そんなもんじゃない? 乗り遅れた分はすでに損してるし、今後がんばってもらおうよ。らいむ、むしろ島根の方が普通じゃないと思うな。さっすがツグお姉さんのお兄さん!』

「で、でへぇ……そかな……」


 そういうことなら東京のイベントも、伊豆か電脳と一緒でもいいかもしれないな。


『あ、そういえば個人スポンサーの件はどうなったんスか?』

「ん? こじん……すぽんさー?」

「選手個人に対するスポンサー契約だ」

「あぁ、用意してたね……やっと使うんだ」


 KeMPBのチームは球団オーナーのスポンサーを受けている形だ。だがその配下の選手に関しては、さらに個別にスポンサー契約が結べるようになっている。ユニフォームにロゴを入れて広告塔になるということだ。

 現実では球団の許可のもと個人が契約するらしいが、ケモプロでは球団の許可のもと、KeMPBと球団が合同で契約することになっている。


 正直なところ、あまり積極的に売り出していなかった。選手が個別のAIで動いている以上、何をしでかすか分からないし、いきなり二軍落ちしてしまうことだってある。現実ならそれはスポンサー契約した選手個人と相手の問題だが、ケモプロだとそういうわけにもいかない。KeMPBに責任を求められてしまう。

 だから話があっても、リスクをすべて提示して、それでも契約したいという場合だけにしようと考えていたのだが、初めてそれが現れたわけだ。


「ずーみーと精肉業の取材をしたんだ。最初は肉屋を探したんだが……」

『個人経営で取材を受けてくれる肉屋、なかったんスよね……』


 ダイトラの前職として設定されている『肉屋』を描くため、取材をしようという話になっていた。ダイトラのイメージ的に個人経営の店だろうと考えていたのだが、なかなかそういう店に取材の許可がもらえない。そんな中、電話した一軒の肉屋が『スーパーの精肉部門とやってることはそんなに変わらないし、そっちの方が多少は人手が割けるんじゃないか』とアドバイスをくれたのだ。


「そこで近所の『スーパー牛虎ヴルトラ』に取材申し込みをしたところ、受け入れてもらえてな」

『なんだそのスーパー。聞いたことねェけど』

「……東京のチェーン店だぞ?」

『あー、そういえばヴルトラってこの地域にしかないらしいッスね。この辺にはいっぱいあるんスけど』

『ドミナント戦略だね! 一部の地域に集中して出店することで、独占率と知名度を高める戦略だよ』


 なるほど。まんまとその術中にハマッていたのか……。


「とにかくスーパー牛虎に取材したところ、精肉部門の店長から話を貰ったんだ。スポンサーをやりたいと。なんでも野球ファンなんだが、オフシーズン中に見るものがなくて暇をしていたところ、息子からケモプロを勧められたと言っていたな」

『ホー。それで、個人スポンサーデスヨネ? 誰をスポンサーするンデス?』

「島根出雲ツナイデルスの、ブソンとダイトラだ」

『アァ……ウシとトラ……』


 マルタタイガー系オヤジの山茂やましげみダイトラ。そしてヨーロッパバイソン系おじさんの村森むらもりブソン。問題児バッテリーとして人気のある組み合わせだ。ダメオヤジズとも言うらしいが。


『いや~、店長がダイトラと体型似ててやばかったッスね』


 確かにちょっと似てたな。不機嫌そうなところとか。


「スーパー牛虎、島根出雲野球振興会、共に問題ないそうだ。詳細を詰めて後日契約する」


 これもひとつのモデルケースになってくれるといいのだが。


「……ああ、そういえば出張中にサーバ障害があったと聞いたんだが」

『大変デシタ』


 ニャニアンが暗い声で言う。


『サーバのファンが一個故障して止まって……生きてるサーバを開腹して交換……いくらホットプラグだからってハラミが冷えマシタヨ!』

『肝な。だってホットプラグなんだろ? オンラインで作業しなくて何のためのホットプラグだよ』

『フツーは止めてから交換するんデスヨ! 仕様上デキテモ! 急がないやつだし止めてやればいいノニ!』

『できるっつったのはお前だろ。あのサーバ止めたくねェし、結局止まらなかったからいいじゃねェか。セプ吉ならやれるって信じてたゼ』

『信頼が重いデスヨ……』


 ……よく分からないが、終わったようだし、問題ないならいいか。


『そういやよ、NPBとの交渉についてはどうなったんだ? 機能の調整は終わって待ちなんだが』


 NoimoGamesに作ってもらうクイズアプリと、ケモプロ本体に載せるルール解説機能で、公認野球規則の引用が必要になる。そのためには版元のNPBに許諾を貰う必要があり、シオミに動いてもらっている。


『順調ですよ。この間担当者と初回の打ち合わせをしました。モロオカさんとツヅラさんには助けられましたよ』

『ツヅラ……って、ああ、あの鬼マネージャーッスか』


 NPBと交渉するにあたって、タイガのマネージャー、ツヅラエーコに協力してもらった。なんでも偉い人に顔が効くらしい。


『一般的な野球ゲームと違って、選手名や選手の肖像権の使用許諾ではなく、ルールブックの引用だけなのであちらの担当としては拍子抜けだったそうです。承認ゲームメーカーとしてはリストアップして広報してもらえないようですが、許諾自体は問題なくいただけそうですよ』

『見込みが分かったら教えてね! アップデートの予告に盛り込まなきゃ!』

『クイズアプリの方はどうなってるんスか? イラストのラフはチェックしましたけど』

「アルファ版がそろそろできるそうだ」


 マウラが張り切って進めているという。問題数がすでに予定の八割ほどあるとか。


『はぁ~、大手はすごいッスねえ』

『――アァ、そういやよ、今年のTGSはどうする?』


 TGS――東京ゲームショウ。日本最大のゲームの見本市。


『インディーって規模じゃなくなったし、出展するなら今から申し込まないといけねェぞ。ちな有料な』

「……今年はいいんじゃないか?」


 去年、TGSに出展した目的は宣伝だった。クラウドファンディングを成功させるため、少しでも知名度を上げようとした。


「宣伝なら十分にできているし……ケモプロは新作というわけでもない。大型アップデートも時期違いだ。出るほうが一般ユーザーからしたら邪魔だろう」

『らいむもそう思うな。TGSってみんなが新作情報を求めてるイベントでしょ? 露出は多いほうがいいけど、趣旨に合わないなら出るのはかっこ悪い。一回限りだよ』

『……チト予想外の答えが返ってきて驚いたが、まァいいか。VRアミューズメント案件で出るか考えてたんだが、大物が来るしな』

「大物?」

『パワプロだよ。今年のバージョンでVRに対応してきた。観戦モードもついてッから、まァダダ被りだな。発売後にはなるが、体験会ぐらいはやるだろーしな』


 調べてみると確かに様々なVRモードの登場が予告されていた。詳細は分からないが球場はリアルスケールではなく、パワプロスケール(?)のようだ。ふむ、なるほど……。


「PSVRっていくらぐらいするんだ?」

『買おうとしてるんじゃねェよ』

「参考までに」

『VRが5万、PS4 Proが5万、ソフト込みで10万ちょいってとこだろうな』


 ……VRのハードルは高い。そう考えると今ケモプロのVRモードを遊んでいる人はどれだけ環境に投資しているんだ……?


『たく。……あー……それから、CEDECもナシでいいか?』

「せでっく?」

『CESAが主催してる開発者向けのカンファレンスだな』

「……ゲームの年齢制限を決める機関が?」

『そりゃCEROだ』


 似たよな名前ばっかりでわからん。


『CESAは……まあ大手ゲームメーカーが集まって作った協会のようなモンだと思やいい。TGSを主催してるのもCESAだ。んで、CEDECは技術交流会みたいなモンだな。ゲーム開発者に新技術や事例を発表する場だ。去年は任天堂のゼルダ関係のカンファレンスが大盛り上がりだったぜ』

「開催は八月末ごろのようだが……行けたのか?」


 ベータテストの準備に大忙しの頃だが。


『行けるわけねェだろ。タイムシフト配信で見た。……んで、別案件の同僚から、ケモプロで出ないのか? って言われたんだわ。まァ自分で言うのもナンだが、公演する価値のある事例は溜まってると思う』

『いくらでもネタ出てくると思いマスヨ?』


 確かに技術関係の取材がしたい、と記者からもよく言われるな。


「自社のノウハウを公開する会、という認識でいいか?」

『そーだな』

「金一封でも出たりするのか?」

『いんや』


 ミタカはネットの向こうでヒラヒラと手を振る。


『入場券がちっと安くなるぐらいだな』

「……では宣伝目的か?」

『宣伝にはなるが明確に宣伝することは禁止だな。あくまで技術交流。宣伝したけりゃスポンサーシップ・プログラムに申し込んで金を払う必要がある』

「話を聞いてると、申し込む人がいるのか疑問に思うのだが」


 なぜわざわざ自分たちのノウハウを公開するのか?


『技術者ってェのはんなもんだよ。自分で抱えこむより、公開して全体の進歩を促し、その先を見てみたいってな』

『オォー、アスカサン、ロマンチスト』

『うるせぇな。まァスゲー技術の会社だぞってアピールするために出てる一面もあるだろーが』

「……なるほど」


 全体のことを考えて、か。確かにケモプロの技術を使った別のゲームが出てきたら面白そうだが。


「それで、ミタカは出たいのか?」

『出ろっつうなら出てもいいが、めんどくせぇな』


 ロマンチストはどこに行った。


『資料まとめたり準備にかなり時間が必要になんだよ……んな暇ねェだろ? あと、別にオレが登壇しても構わねェけど、本来ならツグが出るべきだと思うぜ。大半はツグが作ってるワケだし』

「え? えっ? あ、う、む、無理無理無理……!」

「わかった、やめよう。やめるから揺さぶるのもやめてくれ」


 舌を噛みそうだ。


『まァ、そういう話題があったから言っといただけだ。出たいわけじゃねェが、一応教えておこうと思ってな』

「その真意は」

『今年は現地に行かせろ』


 ……うまくスケジュールが調整できるように心がけよう。半年先のことだが。


「まずは目の前のことだな。次の大型アップデートはどうなってる?」

「えと、なんとか……三月中には……」

『オフの日ッスよね! めっちゃ楽しみッス!』


 オフの日。ケモノ選手たちの球場での野球以外の姿を見せるアップデート。

 これが適用されることで、ケモノ選手たちは町や施設を自由に散策するようになる。ウシやブタのケモノ選手が焼肉パーティする現場も見れるようになるわけだ。反応が少し怖い。


 ともあれ、三月、四月――プロ野球のオープン戦、開幕戦に負けない話題を獲得するためにも、ぜひ早めにアップデートしたいところだが。


「やはり時間がかかりそう、か?」

『物量が必要だかんな。例えばだが、フットサル施設だけを先行して実装するだろ? そして一ヵ月後に他の施設を実装すると……経験を積んだフットサルばっかりやって、他の施設は閑古鳥が鳴くようになるだろーな』

「新しい……施設を試す子がいないわけじゃない、と思うけど、人が集まらないと結局集まってるところに行っちゃうから……」

『つーわけで、一度になるべくたくさん施設を実装する必要がある。さらに施設ごとにある程度の常識は学習させないといけねェわけで、これにも時間がかかって……ってな』

『施設の店員にもAIが必要ダカラ、サーバ増やして調整して……ウゥー!』


 施設の店員はAIではなくNPC……ようするに固定された反応しか返さない機械にする案もあったのだが、『選手の引退先として選ばれるのでは?』『そもそも、元店員出身の選手もいるわけだし?』ということでAIを搭載することになった。

 さすがに選手より機能はいくらか削ってはいるが、AIはAIだ。完全に当初の計画外で、増やしたサーバの出費が痛い――だが、必要なことだ。


『らいむ、三月中って告知したいな』

『目処が立つまでヤメロ』

『えー。じゃあさ、手伝おうか? 作業内容見てる限り、アイディアと物量勝負、AI教育が主でしょ?』

『……勝手されたら困るからな。手順書まとめとく。新しいの作る時は事前に言えよ?』

『うんうん。だいじょーぶだよ! ムフ』


 俺も手を貸せるなら貸したいところだが、プログラミングはプの字も分からないからな……。


『まァ間に合わねェようなら早めに言うわ。ルール表示は契約さえできりゃすぐ載せられるし、分割してアップデートだな』


 その後、他にいくつか細かい事柄を話し合って、報告会は終わりの時間を迎える。

 いくつかの課題も見つけたことだし、明日からはそれを解決するため動き出そう。


「ああ、そういえば少し聞きたいことがあるんだが」

『ア? まだなんかあんのかよ?』

「いや、ケモプロのことではないんだが、少し不安なことがあって……それで意見を聞きたくてな」

『……な、なんだよ?』


 多分大丈夫だとは思うんだが。


「二軍の試合って、さすがに始発で出発すれば入場できるよな?」

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