Noimoでの打ち合わせ(後)

「どういうことだろうか?」


 白目を剥いて固まったモロオカの代わりに、俺はマウラに質問した。

 初心者向けにルールの学習まで入れたクイズアプリで、ルールが分からない人をケモプロに集客できない……とは?


「簡単な話ですよ」


 マウラは胸を張って言う。


「ルールが分からなくて野球に興味を持てない人が、学習アプリやクイズアプリなんかを遊ぶわけがないからです」


 ………。


「やや、もちろん皆無とは言わないですよ? そこを入り口にする人もいるだろうし、既存のユーザーにも喜ばれるし、野球知識に自信ニキを引っ張り込むこともできると思う。でもね~、興味ない人たちにお客さんになってもらうためには――こっちから教えてあげないといけないんですよ」

「……クイズではダメだと」

「ですです。学習……『自ら学ぶ』のと『教えてもらう』のは違いますからね~」


 マウラはこちらを見て真剣に頷く。


「普及なら『教えてもらう』を根元に据えないとですよ。興味ない人に自学自習はハードルが高すぎです。アプリを落として、何十とある問題を選択肢をタップして進める……も~、無理ですね。しんどすぎる! 入り口から覗いただけで回れ右しちゃうですよ」

「……ウラさん、言いたいことはわかったけど……だから、この企画は適当でいいってこと?」

「そうですよ」

「ちょっと!」

「あ、違う違う、ちょうどいいほうのテキトウね」


 声を大きくしたモロオカに、マウラはなだめるように話を続ける。


「もちろん、このクイズアプリで稼ぎたいぜ! って言うんなら、予算と時間をガッツリかけるようなアプリを企画するよ。時間延長だの誤答除外だのの効果を持った選手カードのガチャとか、なんならいっそ野球っぽく攻守交替して得点を稼ぐようなランキングバトルの実装とかさ」

「いいじゃない、そういうの! 面白そうだし」

「でもさ~、何度も言うけど今回の目的はあくまでケモプロへの流入なわけですよ。ランキングバトルとかガチャとかの継続施策は、過剰、盛りすぎです。っていうか、そうやって余計なことして失敗してるのがウチらの最近のパターンじゃないですか」

「そ、それは……」

「もがこれを超えようとしすぎなんですよ」


 ぐっ、とモロオカが喉の奥を鳴らして黙り込む。


「あっ、えっと」


 それを見て、マウラは慌てて手を振った。


「別にモロっちのこと言ったわけじゃなくて、最近のウチの会社の……みんなの話ですよ。必要以上のクォリティを目指しちゃってさ……それで結局ゴテゴテして上手くいかない案件多いでしょ? なーんか社内の空気も微妙だしさ。みんな酸素吸ってる? って……そういう話」

「……うん」

「だからこの案件はさ、チャンスだと思うんですよ。適度に力を抜いた、適切なものを作る。ケモプロさんはそういうのに理解がある、器の大きいところだと思うんです。過剰な機能に投資するような判断はしないで……は必要最低限で作らせてくれる。ね、ゲスっち?」

「そうだな」


 そんなに出せる予算がないという事情もあるが。


「でっしょう? これでいい仕事すれば、みんなちょっと目が覚めると思うんですよ。だからモロっち――がんばってね」

「え?」

「がんばってね」

「え、なに? なにを?」

「決まってるじゃん」


 マウラは緑の髪を揺らして、モロオカの瞳を覗き込んだ。


「NPBとの交渉をですよ」


 ◇ ◇ ◇


「NPBとの……?」

「そうそう」


 マウラは事情の飲み込めていないモロオカに説明する。


「このクイズアプリで取り扱うのは、公認野球規則のルール。だから版権を持ってるNPBとかその他の組織から使用の許諾を貰わないといけない。そこでモロっちの出番ですよ。……まさか本当に、ゲスっちの顔が見たいだけで会議に混ざったわけじゃないでしょ?」

「まっ、ままままさかそんな! もちろん、開発に関わるつもりで参加しました!」

「モロオカさんは、もがこれのディレクターなのでは?」

「あ、いいのいいの。ウチ、頭を張れる人間が少ないからさ~、プロデューサーとかディレクターは複数タイトル兼任なんですよ。これぐらい規模の小さいタイトルなら余裕だよね、モロっち?」

「も、もちろん!」


 そういうものなのか。いまだに、その二つの職種が何をするのかよく分からない。……いちおう俺もプロデューサーってことになってるんだったか?


「それでしたらお力を貸していただけると助かります。弊社も許諾を得る必要がありますので、交渉する予定だったのです。NoimoGamesさんのような経験豊富な企業と共に交渉できるなら、これほど心強いことはありません」

「ああ、言ってたね~、本体にルールを解説してくれる機能をつけるって!」


 シオミが言うと、モロオカより先にマウラが身を乗り出して――首をかしげる。


「――でも、それってケモプロさんは必要なんです?」

「……どういうことでしょう?」

「だって、変えちゃうんですよね、プロ野球のルールから。だったらNPBの許諾はいらないのかなって」

「え……そんな話してた、ウラさん?」

「半分ぐらいは言ってたよ~」


 マウラはニッと笑う。


「この間のサイン盗みの記事見てない? ほら、サイン盗みにペナルティを設定したって、あれはルール改変ですよね。あれだけなら特例なのかな、って思ったけど……クイズアプリとの連携を断ったのでほぼビンゴですね。けっこー手を加えるつもりじゃないですか~? 公認野球規則そのままだとゲーム化――というかAIがプレイするのに不都合な箇所っていろいろありますし」

「……まだ表にだしちゃいねェがな。補完っつーか、明文化されてないとこをする感じで、ケモプロ版のルールを作ることは考えてる。だがあくまで下敷きは公認野球規則だから、NPBの許諾は必要だ」

「やった、当たりィ! それじゃ、クイズアプリもそっちに準拠しちゃいます?」

「いや、クイズは日本のプロ野球基準でお願いしたい」


 あくまで野球のルールを知ってもらうことが目的だ。ケモプロ用にカスタマイズされたものを本式だと勘違いされても困る。


「そういう考えですね、オッケーオッケー。でもさ、ゲスっち。せっかくだしアプリでもケモプロ版ルールの補足をさせてくれない? お互いにとっていい話だと思うんですよね~」

「というと?」

「一回のルール改定で全部は終わらないですよね、当然。だから何度も改定が発生する。ケモプロはそのたびに告知できる場所が設けられる。ウチらはアップデート作業でお金が貰える、ってことですね。あ、でもぉ」


 マウラはちらりとモロオカを見る。


「そんな簡単なアップデートぐらいだったらウチだけでもできるし……それならやっぱり、アプリ完成後にウチがケモプロに移籍……」

「ちょ、ウラさん」

「ちぇ~、冗談ですよ~」


 いたずらめいた笑いに、場の空気も軽くなる。硬くなっていたモロオカもやっと力が抜けたようだ。


「変更点が多く出てくればクイズのネタにもなりそうだな。どうだろう、ミタカ」

「こっちで巻き取ってもいい気はするけどな。マァ、勉強してくれるなら投げてもいいだろ」

「やたーっ! 出血大サービスしまーっす!」

「しないからね、ウラさん。それは今後の進行状況次第で」

「モロっち渋いですよ~……まあいっか。というわけで、クイズの企画はここまでにして!」


 パンッと手を叩いて――マウラは書類を取り出す。


「アニメ化の話をしましょうか!」



 ◇ ◇ ◇



「……アニメ?」

「優秀な3Dモデルがありますからね!」


 再び硬直したモロオカに代わって尋ねると、マウラは説明を始めた。


「野球のルールが分からない。そういう人をケモプロに引き込むのが今回の企画の要です。すでに『獣野球伝』がマンガ読者からの入り口を開いてるけど、ルール学習となればさらに消費側のコストが低いコンテンツが必要です。『学ぶ』ではなく『教えてもらう』……動画コンテンツが!」


 マウラは資料を配りながら喋り続ける。


「探したんですけどね、まとまった野球ルール解説の動画ってなさそうなんです。だからチャンスですよ! ルールを覚えるのって、人と混ざって何度も遊ぶとか……ゲームで対戦とか……とにかく知ってる人と一緒にってことが多いですよね。でもそれって環境が限られるじゃないですか。ぼっちには辛いっていうか。そこにちゃんとした動画があったらどうです? 一人でも分かるようになる!」


 そういえば俺がちゃんとルールを覚えたのは、カナとニシンと野球をやったからだな。


「ケモプロだけじゃない、野球界全体のためになることですよ! それがケモプロ3Dアニメーション! これは野球少年にルールを教えつつケモプロを刷り込むという将来を見据えた戦略です!」

「……なるほど」


 資料をめくる。球場にやってきた少年がケモノ選手たちからルールを教えられながら野球をする、そんな形で展開される学習アニメだ。全体の構成、脚本、一部絵コンテなど見やすくまとまっている。おそらくクイズアプリよりも時間がかかっているだろう。


「ケモプロの3Dモデルを生かさない手はないですね。今は3Dのアニメ制作スタジオも増えてますし、けっこー早くできるんじゃないですか? なんなら『光のお父さん』形式でゲーム内撮影するとかでも! あとは配信方法ですけどまあ無料ですよね。制作費はすぐには回収できないかもですけど、それこそNPBに一部費用負担してもらうとかすればいいわけですよ! 野球界のための教材ですからね!」

「……この資料からすると、ケモノ選手が喋って解説する形で、性格のベースは『獣野球伝』に見えるんだが」

「ですです! いわば『獣野球伝』のアニメ化みたいなものですね!」

「そうか……」


 なら答えは決まっている。



「ダメだ」



「――えぇ!? え、何がダメです?」

「動画を作るという方向はいいと思う」


 実際、検討したことがあるからな。


「ただ、今の時点で――こういう形のアニメ化はダメだ」

「だからどこが?」

「理由はふたつある。ひとつは、ケモノ選手を喋らせたくない。少なくともケモプロの本体としては、今後も喋らせる気はない。なぜなら、ケモノ選手たちは日本語を話していないからだ」


 AIであるケモノ同士がコミュニケーションをとるためには、独自の伝達手段が使われている。ミタカ曰く、会話のフォーマットが固定されていると考えればいいらしい。ゲーム的にとりあつかい、ユーザーにアイコンで見えるようにするための工夫だという。

 そこに性差はないし、複雑なフォーマットはあっても複雑な言い回しはない。すべて日本語に翻訳することは可能だが、性格による味付けをしようとすると人の手が必要だ。であればユーザーの想像に任せたアイコン表示の方が望ましい……そういう判断をしている。


「中の人問題もある」

「中の人」

「もし声を出すなら中の人には代わってほしくない。ケモプロは何十年と続けていく……その間、ずっと契約するのは不可能だろう。リアルのイベントに着ぐるみで参加することも今後あるかもしれないが、アドリブなしの録音音声のみは違和感がある。かといって声優に着てもらうわけにもいかないだろう。それだったら最初から喋らないのだとしたほうがいい」


 もし着ぐるみが出てくるなら、翻訳のお姉さんが常に隣に立っている形式がいいだろう。


「ふたつ目は……もし、完全な『獣野球伝』のアニメ化なら声をつけることに問題はない。なぜならあれはケモプロ本体ではなく、ずーみーの解釈による、ずーみー世界バースのケモプロだからだ。公式のコンテンツではあるが、しっかりとした別の背景を持っている別作品でもある。……ただ、『獣野球伝』のアニメ化は今はできない」

「なんでです? 原作けっこう溜まってきてますよね?」

「まだ書籍化できていないからだ」


 版権的なことが問題なわけではない。これは単純にお金の話だ。


 マンガやラノベのアニメ化が行われても、原作者に直接大金は入らない。わずかに原作使用料が支払われるだけだという。まあそれは制作委員会からしても同様で、権利を持った会社がグッズや音楽などでそれぞれに収益を上げる形だ。

 では原作者は使用料だけなのか? 違う。原作者は原作の――書籍の重版がかかることにより印税を得るのだ。アニメ化ともなれば制作会社に加わっている出版社も、宣伝のためまとまった部数を発行してくれる。そういう仕組みになっているのだという。


 書籍化できていない状態でアニメ化をしても、ずーみーが得るものが少ない。だからアニメ化はできない。……この間話を持ってきてくれた会社には悪かったが、書籍化にも手が回らない状態ではとても進められる話ではなかった。


「あとは……」

「みっつ目ぇ?」

「これがダメというわけではないが……動画だと自分のテンポで見れないのが辛いんじゃないだろうか。クイズアプリはその辺りを考慮していただろう? 知っていることはさっさと飛ばせるように。だが動画だと時間を待つしかないんじゃないかと思ってな。もちろん、内容が面白ければ気にならないんだろうが……」

「うーん……そうですねぇ……分割……スキップ……いや間の話が……」


 マウラは髪をくしゃっとかき混ぜる。


「うん。ちょっと勇み足でした。動画は考え直さないとですね」

「あー、ウラさん? さすがにクイズアプリ以外への時間はあげられないかな……?」

「ムッ。いいですよ、じゃあ就業時間外にやりますから」


 マウラは資料に大きくバツを書きなぐってから、ニッと笑った。


「じゃ、クイズアプリの方の契約からですね! ……もちろん、オッケーですよね!?」



 ◇ ◇ ◇



「どうだった?」

「非売品のもがこれグッズを貰ったノデ、大満足デス」


 会議が終わり、NoimoGamesの入っているビルから出て聞くと、ニャニアンはそう答えたがそうじゃない。


「いや、マウラのことなんだが」

「まァ、さすがにもがこれでテキスト書いてあるだけあってクイズの問題文も分かりやすかったし、いいんじゃねェか? モックは素人感丸出しだったけど、初めてなら悪くはねェ。実装はプロがやるだろうしな」

「移籍したいと何度か言っていたが」

「やめとけ」

「やめてください」


 ミタカとシオミから即座に止められた。ニャニアンも頷いている。


「……ちょっと意見を聞いてみようと思っただけなんだが」

「聞きたくなる気持ちは分からないでもねェけどな。洞察力はあるし、こっちも考えてた動画って案を出してくる発想力もいい。ただ今はやめとけ。引き抜きは印象が悪いぜ」

「ミタカも別の会社で働いていると思ったが」

「オレはフリーランスで、別会社とは雇用関係にあるわけじゃねェからな。業務委託ってヤツだ。アイツはNoimoに雇われてるわけで、オレとは自由度が違う。……それにああいうのは、いざ希望通りにするとパフォーマンスが落ちるタイプだな。多少不自由に働かせたほうがいい。外から見えることもあるだろーし、いい関係の協力者、Noimoとのパイプでいてもらった方がいいだろ」


 なるほど。コムラが人質をとっているのもそういう理由があってのことかもしれないな。


「シオミは?」

「ああいう独断専行タイプはクジョウさんだけで十分です。二人で組まれたら止められる気がしません」


 確かにあの二人が組んだら騒がしくなりそうだ。


「ハイ、ハイ! 彼女を引き抜いタラ、もがこれのクォリティが下がるからダメデス!」


 ……ファンの声が一番単純で分かりやすいな。

 よくよく考えれば、Noimoより高い給料も出せないだろうし引き抜きは無理だろう。


「わかった。移籍に関しては今後触れない。……他には何かあるか?」

「……あァ、一つだけ」


 ミタカは名刺を取り出した。会議が終わってから「そういえば挨拶してなかった」と慌てて交換したそれをかざして、目を鋭く細める。


「アイツの名前、マフラーじゃねェじゃんかよ。危うく呼ぶところだったぞ」

「……すまない」


 ……滑舌の練習はもっと積まないといけないな。

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