Noimoでの打ち合わせ(前)

 2月16日。


「あーッ! もがみん! もがみんだ! ダイヒョー、並んで! そう、ソコ!」

「……フツー、会社の中って撮影禁止だぞ、セプ吉」

「ヤ、デモ! もがみんの等身大パネルとかそうそう出ナイシ……!」

「ユウ様、せめて許可を取ってからやるようにしてください。ナナオさんを甘やかしてはいけません」

「それもそうか……」


 俺はナヨッとしたイケメンの描かれたパネルから離れる。


 株式会社NoimoGames。都心のオフィスビルの14階に位置する会社は、入り口時点でもがこれファンの心を掴むようだ。看板キャラクターの『最上川』が文字通り看板になっている。この間はスルーしたのだが、ファンには見過ごせないものらしい。


「や~、少しぐらい構わないですよ~。ね、モロっち」

「すいません、できればポーズはこうで!」

「オオ! ソレデス! サァ!」


 スマホを向ける二人の熱意がやや怖い。……シオミ、前に出て撮ってもいいんだぞ。


「ツーショット! ツーショットだこれ!」

「尊い……尊い……」

「……あの……モロっち、もういいです?」

「も、もうちょっと! 次はちょっともがみんの顎に手をやる感じでッ!」

「ウォオー! 天才カ! ダイヒョー、お願いシマス!」

「も~! いいかげんにしてよっ!」


 髪にコケ――緑色に髪を染めた女――マウラは、抱えた紙束をバサバサやって声を張り上げる。


「今日はもがこれじゃなくて、ケモプロの打ち合わせなんですよっ!?」


 ◇ ◇ ◇


 NoimoGamesに派生作品の制作を依頼する約束をした――と報告した時、予想していた通りというかなんというか、ミタカから絞められそうになった。シオミからも不用意なことは言うなと釘を刺された。

 だがそれを振り切って大賛成したのがニャニアンと――意外なことにライムだった。


『いいじゃん。大手で実力もあるんでしょ? ダメだったらボツにしたらいいしさ』

『オイィ? 簡単に言うがな。NoimoGamesで野球関連のゲーム作ってるの見たことねェぞ?』

『実績がなきゃダメってこと? えぇー、らいむ、それは違うと思うな!』


 だって、とライムは雲のように笑う。


『立ち上がったばかりの実績のない会社が、今まさに野球ゲームで稼いでいこうとしてるじゃん? 誰も作らなかったようなゲームでさ』

『……天才のツグとオレ、ずーみーがいたからな』

『じゃ、そのマフラーさんも天才かもしれないじゃん。実際、もがこれのテキストを見る限り、らいむセンスあると思うなあ、マフラーさん』


 マウラだと言ったはずなんだが。


『それにさ、野球ゲームってごく一部のトップレベル以外はクソダサデザインばっかりだし。KeMPBを相手にしてくれるような規模の会社じゃ、実績なんてあってないようなものだよ。それだったらジャンルは違っても大人気のゲームを作ってる会社に発注したほうが、可能性はあるんじゃない?』

『……吹っかけられるかもしれねェだろ』

『それがなに? さっきも言ったけど、向こうが作らせてくれって言ってるんだから、気に入らなきゃボツでいいじゃん。売上も入って企業体力もついてきたんだし、少しぐらいお金は贅沢に使うべきだよ。――っていうかさあ』


 ライムは――珍しく落ち着いた声で、諭すように言う。


『みんな、暇を作るべきだよ』

『ア?』

『ユーザー層の拡大を図りたい。そのためにクイズアプリを作ろう。ここまではいいよ。でも、じゃあ誰が作る? ってなったとき、今みんな手が足りないよね? アスカお姉さんとニャニアンちゃんはVRアミューズメントの案件もあるでしょ? らいむだって手一杯だし』

「あ、あの、それならわたし……」

『ツグお姉さんが一番忙しいでしょ。知ってるよ、まだ今年外出してないでしょ?』

「うッ……」


 いや、それは時間の問題ではないと思うな。


『クリエーターはインプットの時間も休息の時間も必要だよ。特にずーみーちゃん! ケモプロ以外に何やってる!?』

『……えッ? あ、えーと……うーん……勉強……?』

『ほら! 聞いた、お兄さん? こんな感じだから――書籍化を進められないんだよ! はやく本になるところが見たいのにィ~ッ!』

『本音はそれかよオイ』


 確かにライムの言うとおり、ずーみーの手が空かないと書籍化の件は進められない。出版社からのオファー待ちというところもあるが……今条件のいいオファーがあっても待ってもらうしかないというのが現状だ。


『動機はともあれ、クジョウさんの意見には私も賛成ですよ、ユウ様。全員法的には労働時間などない社員という立場ですが、だからと言って働きすぎは体を壊します。皆様の時間を作りながら、会社を……ケモプロを成長させていく、その両立をしなければなりません。そのためには外注というのも、ひとつの手段でしょう。予算的にも問題ありませんし、ここはひとつ試してみては』

『チッ……まァ、秘書さんが言うならよ……』

『えー!? らいむは!?』

『うっせぇ。とにかく、やるなら打ち合わせには同席させろよな。変なモン作られちゃたまんねェ』

『ア! ワタシも! ワタシも今度こそNoimoに行きたい! もがこれの匂いを嗅ぎたいデス!』

『……オマエも、少しは本音を隠せよ……』


 ◇ ◇ ◇


「へっへ~、それじゃさっそくモックを動かして説明するですよ!」


 会議室に入ると、マウラはテレビとノートPCをケーブルで繋ぎながら言った。周囲に音符が飛んでいるぐらいノリノリだ。


「モック……? 今日は企画の話だったはずだが?」

「野球ルールが分からない人向けの学習系クイズアプリでしょ? ケモプロのIPを使った。そこまで決まってるのに打ち合わせ待ちとか、ウチの情熱が待ってられないですよ~!」

「……まァ、勝手に作る分には構わねェけどよ。契約書はまだ巻いてねェからな?」


 ミタカは警戒した目でマウラを見る。マウラは気にしていない様子だが、モロオカの顔は少し引きつっていた。まだお金を払う約束はしてないしな。しかし、モック、モックか……。


「モックとは?」


 ガクガクと数人が崩れ落ちた。


「エェ……ダイヒョー、知らなかったンデスカ」


 赤い雪男の親戚か何かかと思ってたんだが。


「モックアップの略で、意味は模型デスヨ」

「……ゲーム開発においては、完成品をイメージした簡単な試作品だな。そこそこ手間もかかるし、本来は企画を決めてから作るんだが……」

「企画書はお手元の資料をどうぞで~すっと!」


 マウラは試作のゲームを起動してテレビ画面に映す。タイトルは『ケモプロで学ぶ野球のルール&クイズ(仮)』か。スマホ用だから画面が縦に長いな。


「モードはチュートリアル的な学習モード、試合解説モード、クイズ検定モードの三種類! 学習はキャラの掛け合いで飽きさせずに進める感じですね~」


 学習モードに移動すると、ヘラジカ男子とオジロジカ女子が出てきた。東京セクシーパラディオンの王子とお嬢様ペアだ。


題字:『~野球って何人で遊ぶの?~』

王子:『やあ! 突然だけど、野球は何人でやるスポーツか知ってるかい?』

選択肢:『▼知ってる ・知らない ・詳しく』

王子:『よぉし、なら次に行こうッ!』

題字:『~野球はどうしたら勝つの?~』


 ……知ってる、を選んだとたん、豪快に次の項目に行ったぞ。出てくるキャラも変わった。


「知ってることについていちいち説明されたくないですよね? だからってチュートリアルに完了マークつかないのも嫌だし、コンプリートしたいですし?」

「……今の、『知らない』はともかく『詳しく』を選ぶと、どーなんだよ?」

「ウンチク入りの解説になるですよ。高校野球との違いとか。でもま、初心者がうっかり選んでも耐えられる長さですね。狙いはケモプロへの流入だから、この辺はサクサクッと最低限抑えてもらう感じです」


 項目一覧に戻って、内容を確認する。確かにこれらが分かっていれば試合を見ることはできるだろう。


「ウラさん、試合解説モードって何? 私聞いてないけど……」

「お、そこはですね、ケモプロとの連携部分なのですよ」

「えぇ……聞いてない」

「だって昨日は作ってなかったですし。いなくていいって言ったのに無理矢理参加するっていうから資料は渡したけど、そこからアップデートしないなんて言ってないですよ」

「ちょッ、なんで言うの!?」

「で、試合解説モードはですね」


 顔を赤くして怒るモロオカを放置して、マウラは話を続ける。


「ケモプロの生放送を見て、『え、今のどうしてアウトなの?』って時とかに質問ボタンを押すと、そのシーンの解説をしてくれる機能! この判定の元になったのは、このルールですよ~って教えてくれるんです。APIを用意してくれればできると思うんですけど~」

「あァ……悪ィが、それはボツだ。こっちが用意してる機能とかぶる」

「おおッ、そうなんです? さっすがケモプロさん! じゃ、ここはボツっと。ざくっと工数減りました~♪」


 審判が何のルールを基準に判定したかを表示する機能は調整中だ。本体に入れる機能を派生作品で入れる必要はないだろう。

 まあ、それ以外にも理由は無くはないが……。


「それじゃクイズの方に行くですよ? 難易度はチュートリアルの知識しか出てこない初級編、応用問題の出てくる上級編、スコアブックがつけられるようになる検定編、セ・パのリーグ運営知識が絡むマニアックの四種類!」

「スコアブックの方が上級より上なのか」

「そうですよぉ、ゲスっち。アウト・セーフの判定以外に、エラーかどうかとか、どういう記録をつけるべきかとか入ってくるし。マニアックは試合内外のことも出てくるからほんとマニアック。ま、とりあえず初級編を見てね」


 マウラは操作しながら説明を続ける。


「出題はこんな感じでテキストだけなのと~……あ、出た出た」


 画面上で打球が一度フェアグラウンドでバウンドし、外野でファールゾーンに入っていく四コマのマンガがテンポよく表示される。五コマ目……というか五番目に表示されるのが回答の選択肢だ。


「テキストで簡潔に表現できない場面は、こうしてマンガで出題です。いいでしょ~」

「わかりやすいな」

「そうでしょ、そうでしょ」


 マウラはウンウンと頷く。


「じゃあ説明はだいたいこんなところですかね」

「……えッ。ええー……」


 戸惑いの声を上げたのは、モロオカだった。


「ちょ、ちょっとウラさん。課金とか継続率の施策とか、そういうのは」

「あ、そっか、言ってなかったですね」


 マウラは頷いて――


「無料、課金要素はナシです」

「え、えぇ!? ちょ、ウラさん、何言って」

「モロっち、わかってないですね。このクイズアプリはケモプロのユーザーを増やすためのものですよ? ここでお金とってどうするんですか。……もちろん、流行ってないアプリはランキングにも載らないし、継続性については考えてますよ。クイズにコメント残し機能をつけるんです。でそのコメントに評価つけらるようにして……そうしたらウンチク語りたい人が勝手に情報量をかさ増ししてくれる。それから……」


 マウラはこちらをちらりと見る。


「ログインボーナスとは言わないけど、チュートリアル完走とか何らかの節目に、ケモプロ本体側でアイテムをプレゼント……とかするといいかも?」

「いいと思う」


 ご褒美がないと勉強なんてやってられないだろう。


「フム。ソーなるとアイテムコードの発行がイイデスカネ? 最初にアカウント連携するより、コード貰ってからケモプロを始めるってほうが、ハードル低いシ」

「そういやコード発行の仕組み作ってなかったな。いい機会だし作っとくか」

「セクはらから実店舗で買ったときに特典がないのが寂しいと言われていたし、あると助かるな」

「コメント保存ぐらいならテキトーにクラウドで構成しマスカネ」

「そこは任せていんじゃね?」

「え、えぇ……あの」


 モロオカが一人、オロオロとして声をあげる。


「こ、これでいいんですか? 御社の大切なコンテンツですし、がっつりこう……」

「マウラさんの言ったように、クイズアプリはルールが分からなくて野球に興味の持てない人を、ケモプロに誘導するためのものだ。無料で遊べるべきだし、課金要素はなくていいだろう。そこを作りこむよりは、今の要素でボリュームとクオリティを上げてほしい」

「うんうん。さすがゲスっち、わかってるですね! いやぁ~、いいなあ、KeMPB……あ、でも」


 そしてマウラは、ニッと笑って言った。


「ウチはこのクイズアプリで、そういう人たちが集客できるとは思ってないですけどね」

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