0個のバレンタイン

【予想外に進化したAI。横行する『サイン盗み』にケモプロはどう対処するか 開発者インタビュー】


 AIによる野球リーグを観戦するゲーム『ケモノプロ野球リーグ』(以下ケモプロ)に、最近こんな噂が立っていた。『一部のチームがサイン盗みを行っているらしい』。編集部がこれを運営会社のKeMPBに問い合わせたところ、すでに運営側はその事実を察知していた。今回はサイン盗みに至った経緯、およびその対策についてKeMPBの開発者にインタビューを行った。


◇そもそもサイン盗みとは?


 サイン盗みとは明確に言うとルール(公認野球規則)上は反則とされておらず……――


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 ――それでは、サイン盗みは偶然の産物だということですね。


 三鷹氏:はい、そうなります。選手が自分の視界から情報を読み取るケモプロならではの事象です。ベンチの動きを見て、同じ動きで同じ戦術が繰り返されるのを学習した結果、サインが盗めると分かってしまった。


 大鳥氏:最近のアップデートで選手控え室を公開しました。あそこで話し合っているのと同じように、以前からチーム内のAI同士では情報交換が行われていたので、気づいたチームはサイン盗みを戦術に組み込んでしまったのです。


 ――チーム間でサイン盗みの回数に差があるのはなぜです? 特に電脳カウンターズの回数が圧倒的ですが。


 三鷹氏:電脳はあれでいて仲がいいので、早期に気づいたAIが情報提供し、それを受け入れていった結果ですね。島根もダイトラが気づいていたのですが……ダイトラはあまりコミュニケーションをとらないAIのようで、誰にも伝えなかったようです。


 ――それで、例の『ガン見事件』


 (写真:相手ベンチをガン見するダイトラ)


 三鷹氏:ケモプロでは思考内容が表示されますが、サインが解読できるということは単に「オープンに話されていることを聞いた」というレベルなので、メタAI側でも「特に重要ではない」と判断され、「サインを見ている」ということが表示されなかったのです。まあ監督からしたら自分のチームだけでなく相手チームにも作戦を大声で伝えていたようなものだったわけです。ダイトラがガン見してくれたおかげで、さすがにこちらでも確証を持てましたが……――


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◇対策により未来を模索するケモプロ


 ――なるほど、放置しておけない理由は分かりました。それではどのような対策を?


 大鳥氏:ゲーム的な対策はさまざまな手段があります。ですが、労力さえ惜しまなければサイン盗みは現実でも可能です。現実で可能なことをゲーム的……デジタル的な形で塞ぐのはよくないと考えました。なので現実でも可能な手法で対応することにしたのです。


 三鷹氏:というわけで全選手に無線通信装置を装着させることにしました。


 (写真:小型の片耳イヤホンと、喉に装着する咽喉マイク)


 三鷹氏:今回特に問題になったのは監督からのサイン盗みです。なので監督から全選手に無線で指示を出せるようにしました。監督からの指示はこれで十分です。


 ――読唇術をAIが修得する可能性は?


 三鷹氏:モデルの都合もあるので会話内容と口の動きは一致していませんから、読唇術は無理ですね(笑)。それから他の、特に捕手からのサイン盗みについては、他の選手がバッターに伝達することは反則(※)だとルールを規定しました。打者自身が捕手のサインを覗き見る方は、AI全体に盗まれていることを教えたので、AIが盗まれないように試行錯誤してそのうち解決するでしょう。


 ※罰則は1ストライクカウント。高校野球にも同様にサイン伝達禁止の規定はあるが、罰則はない。


 ――捕手からも声でサイン交換をするわけではない?


 三鷹氏:監督は全体送信と個別送信が可能です。その他の選手は監督への応答のみできます。なのでバッテリーや野手、ランナーのサイン交換はこれまでどおりですね。しばらくこれで様子をみます。


 ――これまでの野球シーンとだいぶ変わることになりそうですね。


 大鳥氏:体を動かしてサインを出すのがお約束で、楽しみの一つだという意見も理解しています。けれどこれはありうるひとつの未来だと考えてもらえれば。


 三鷹氏:実際、メジャーリーグでは2016年からタブレット端末を導入して試合中も球団が収集したデータを参照できるなど、現実の野球でもIT化が進んでいます。


 ――日本ではそういう動きはありませんね。


 三鷹氏:『外部との情報伝達禁止』というコミッショナー通達が大きいからではないでしょうか。メジャーで導入されたタブレット端末は、専用のアプリしか使えないと聞きます。許可された情報源以外にアクセスできないようになっているわけですね。……情報機器の持込を許可した上で不正を防ごうとすると、対策にはかなり予算が必要になりますから、それなら私でも使えないままにすることを選択しますね。


 大鳥氏:ケモプロは機器に細工などの不正はできないので、その辺りは問題になりません。


 三鷹氏:不正ができる機器、というアイテムをこちらが作らないと、そもそも存在しませんからね。


 ――なるほど。それではケモプロがその新しい野球の未来に進む日はいつごろになるでしょう?


 三鷹氏:なるべく早く導入します。AIが使用方法を学習次第ですが……――



 ◇ ◇ ◇



 こうして、サイン盗み騒動についてはひと段落ついた。初動が早かったからか、ライムやユキミの情報展開が巧みだったからか、対策案が良かったからか……だいたい、世間としては『AIにズルをされたケモプロ運営涙目』という印象に落ち着いたようだ。

 サイン盗み回数がダントツ一位で、タイミング的にどう見てもそれのおかげで二位まで浮上してきたようにしか見えない電脳カウンターズは、少し叩かれていたが……AIのすることだし仕方ない、と鎮火しつつある。ユキミはもっと燃えてほしかったと残念がっていたが。

 他のオーナーにも情報公開する前に連絡したが、おおむね穏やかに受け止めてもらえた。成績を落としたチームからは少し文句を言われたが……。


 とにかくサイン盗みについては、うまく解決できた。


 ……うまくいかないのは、ボイストレーニングの方だ。


「はいクソ、全然ダメ」

「……ダメか」


 バンバン、と力強くクモイが両手を打ち鳴らしてストップをかけ、俺は朗読をやめる。

 今日のWAPPA高田スクールでのレッスンは、人物の掛け合いのある文章の朗読だった。いつも通り広い部屋でクモイから指導を受けているのだが……はかどらない。


「滑舌はよくなったと思うのだが」

「滑舌はね」


 ムスッとし、顎をうずめるように頷いて、クモイは言う。


「声量、発声、滑舌、テンポ……まあまあ合格。きちんと練習してきているのは分かる。最低限できてきた」

「では何がダメなんだろうか?」

「演技、感情」


 クモイは手に持った紙の一文を指す。


「ここは少年Aが自分のかなわない禁断の恋を押し隠しつつ、少年Bの恋の相談に乗っている場面。Aはせつなく、でも察せられないよう明るく振舞う。Bは浮かれて無神経に相談。だんだんAはいらいらしてきてBに当たってしまい、Bはとまどい悲しむ……そういう場面」

「そうなのか」


 誕生日プレゼントの相談していたはずが急に怒り出すから、情緒不安定なのかと思った。


「これぐらい言われなくても読み取る。こういう経験ぐらいないの?」

「男友達はいなくてな」


 小学校は転校を挟んだし、中学校の時は俺の人付き合いが究極に悪かった。高校は男女比が極端でなかなか男子同士で話す機会もない。男同士の相談にはあこがれ――いやまて、そうじゃない場面だった。これは男友達じゃあない。


「BLの経験はない」

「ありそうなのに」

「クモイさんはBLが好きなのか?」

「クソが」


 なんでだ。


「男同士はなくても、そういった経験はさぞしてきたのでは?」

「いや、恋愛相談を受けたことはない」

「クソが」


 なんでだ。あ、いや、待てよ。


「結婚の相談ならしたことはある」


 従姉が無理矢理結婚させられるんじゃないか、という話の時だ。


「クソが」


 ……結局言われるのか。こういう時の話はいまいちよく分からない。指導に関しては頼りになるのだが。


「で」

「……で?」

「状況は理解した?」

「……そういうシーンだと思って、もう一度やってみよう」


 BL、BLと。考えてみればもがこれもそういうゲームなんだし、いい機会だ。そう考えて朗読しなおし――


「クソだね」

「ダメか……」

「感情って何のことか分かってる?」


 ロボットでもマシーンでもないんだから、さすがに知ってる。


「ハァ。少し休憩にしようか……」

「わかった」


 水分補給は大切だ。床にそのまま腰を下ろし、ペットボトルの水を喉に流し込む。


「……そういえば、今日はバレンタインだけど」


 向かって体育座りしていたクモイが話を振ってくる。


「さぞチョコを貰ったんでしょうねクソが」


 ……話じゃなくて、喧嘩を売られてるんじゃないか?


「……いや、そうでもない」

「貰ったのは貰ったんだなクソが。いくつだよ吐けよ」

「取引先から……ひとつだけだな」

「トリヒキサキ?」


 伊豆ホットフットイージスの球団代表、旅館の高校生女将、トリサワヒナタからだ。郵便で送られてきた。


「幼馴染からは……今年はナシだったな」


 沖縄でキャンプ中のカナとニシンは、今年は忙しくて作れないと言っていた。むしろ今年は貰う側らしい。プロ野球選手になったカナはファンから相当貰ったそうだ……なぜかニシンも。

 ちなみにニューヒーローことテンマ選手は贈られたチョコの個数で新記録を打ち立てたとか報道されていた。食べ切れるのか疑問に思ったが、異物混入対策のためそもそもカナの球団では贈答品を口にしないらしい。……そのことを公にしていてもチョコが届くあたり、人気ということだろう。


「従姉も、今年はナシだった」


 去年のように通販で買おうとしたところ、なぜかクレジットカードが使えなかったらしい。


「部活の後輩もナシだ」


 買う暇がなかったと報告を受けた。気にすることはないと伝えたが。


「……いや、部室にOGから送られてきたのも、貰ったといえば貰ったのか」


 漫画部のレジェンドから毎年贈られてくる高級品だ。高級すぎて俺は苦手なので、去年からはずーみーに任せている。だが宛先は『棚田高校漫画部』だから、俺が含まれるのだ。


「2個だ」

「0個だね」

「……取引先からのはカウントしてはいけないのか」

「仕事場から貰うのは個人宛じゃないでしょ」


 そういうものなのか。確かに宛先は事務所で、宛名には『KeMPB代表』も併せて書かれていたが……。


「さて……0個のオオトリ」


 クモイはコンビニの袋を取り出す。


「チョコレート……スクールのみんなで交換しあってるんだけど、これ」


 袋から小さなチョコを取り出し、小さい眼鏡の奥から睨んでくる。


「……どうすると思う?」

「……見せびらかしたから、しまう?」

「くれるのか? って言って」

「くれるのか」


 するとクモイはどこからか絵の描かれた紙を取り出して顔の前に持った。



「テメーにはやんねー! クソして寝ろ!」



「まさに外道」


 絵柄が漫☆画太郎だし、この反応であってるよな。いや、しかし。


「これが声優か……この絵のババァが言ったのかと思った。すごいな」

「クソが」


 なんでだ。


「私の演技は完璧。オオトリは棒読み。そういうとこだぞ」

「……まさに外道、ってどう言えばいいんだ?」

「まさに外道ッ!」


 おお、外道だ。まさに外道だ。よし。


「まさに外道!」

「違う」

「……まさに外道ッ!」

「クソ違う」


 似てると思ったんだが。


「感情を込めるのは、マネすることじゃない。オオトリが言うなら、チョコをもらえない悔しさを表現すべき」


 ……とくに悔しくない場合はどうするんだ?


「感情表現は自分なりに解釈すること。そしてその表現が、正しく人に受け入れられることが肝心」

「……難しいな」


 先日、NoimoGamesのモロオカから収録日についての連絡があった。ついに締め切りが決まったわけだが、こうしてまだクソだのダメだの言われてばかりだ。果たしてもがこれファンに受け入れてもらえる声優になれるのだろうか?


「難しくて当然。声優への道は険しい。私でさえまだデビューできてない」

「クモイさんでもか?」


 驚いた。こんなに上手いし、独特な声をしているのに。いや、しかしたしかにこんな声のアニメキャラクターは知らないな。


「声優志望者は山ほどいる……才能のある人がどんどん出てくるのは当たり前。私とか……ここにいるのは……他の何倍も努力しなきゃ仕事なんてもらえない」

「そういうものなのか」


 NoimoGamesのコムラがわざわざ紹介するぐらいだし、レベルの高い養成所なのかと思っていたが、これでもまだ下の方ということなのだろうか? にわかに信じられないが、クモイでさえ努力が必要というならそうなのだろうか。

 全然クソ……じゃなかった、へたくそな俺がオーディションでゲスカワ君の役を得ようというのなら。


「休んでいられないな。レッスンを再開してくれないか」

「いいけど……朗読は終わり。今日はあとは、基礎錬」

「わかった」


 道のりは険しい。収録までに、モノになるようしなければ……。

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