南国の記者たち

『いえ~い! ユウ、聞いてよ! 今、どこにいると思う?』

「……寮の部屋?」

『ハズレッ!』


 幼馴染はフフンと電話の向こうで胸を張る。


『正解はホテルのベランダ! そしてそのホテルの所在地は……沖縄だよッ!』


 ◇ ◇ ◇


 1月31日の夜。ニシンから電話がかかってきた。

 なんでも明日から始まる球団の春季キャンプに参加するため、現地入りしたという。


『いや~、三軍はお留守番、とか言われるかと思ってたけど、行けるもんだね。ねえねえ、ユウは飛行機乗ったことある? ないよね? いやぁ~、すごかったよ! 本当に飛ぶんだからさ! フワッと!』

「あるぞ」

『それでさあ本当に雲の上を飛んで、その切れ目から海が……えっ?』

「あるぞ、飛行機に乗ったこと」

『えぇ……で、でもうちの高校って、修学旅行も近場で……』

「仕事でだ」


 東京から島根に行こうとすると、飛行機が圧倒的に効率がいい。鉄道と比べると価格差が1.5倍以内に収まって、所要時間が1/5ぐらいなのだから、途中下車の予定がない限り飛行機だ。


『うぐッ……で、でも海外には行ったことないっしょ!?』

「さすがにないな」

『よしッ、勝った!』


 沖縄は海外でいいのか? 海の外ではあるが。


『いや~、異国情緒っていうの? 気温も違ってちょっと暖かいんだ。桜ももうすぐ満開だって! いや~、違う土地に来た! って感じがするよね。スーパーには見たことない食材や料理が売ってるし、レジにドルに関する注意書きとかあるしさ』

「ドル」

『硬貨はダメだけどお札までなら使えるんだって。でもお釣りは日本円』


 それは確かに、少し海外感があるな。


『あとは海! やっぱ海だよ! すごい青いんだよ。見たことある、青い海?』

「映像でなら。実物は黒いのしか見たことがないな」

『生で見るとほんとすごいよ。透明で海の底が見えてさ! ユウもこっち来たらいいのに』

「沖縄は難しいな」


 社会人野球チームもいくつかあるし、複数のプロ野球団のキャンプ地にもなっているから、ケモプロが割り込む隙はなさそうだ。


『やっぱり仕事が忙しい?』

「それもある。そっちはどうだ? 用具係はなかなかハードと聞いているが」

『フフン。サトミ様の体力をバカにしちゃいけないよ。ま、確かに始めた頃は辛かったけど、今はもう慣れたし。キャンプはまた別の忙しさがあるって聞いたけど、乗り切ってみせる!』

「ニシンがそう言うなら大丈夫だろう。カナはどうだ?」

『カナは……』


 少し間が空く。


『張り切ってるよ』

「そうか。代われるか?」

『あー、えーっと、もう寝ちゃってるから……』

「そうか。夜も遅いしな」

『そうそう。体力温存ってことで!』

「ニシンは温存しなくていいのか?」

『や、まあ、あたしは選手とは違うし……それに、少し、近況報告しようかな? って思って』

「何かあったのか?」

『いや順調順調! 心配かけるようなことはないよ。……あーでも』


 ニシンがぼそりと呟く。


『テンマがむかつく……』

「テンマ選手が?」


 テンマダイチ。去年の甲子園で現れたニューヒーロー。カナの球団のドラフト一位。イケメンで女性人気も高く、インタビューを見た限りでは人当たりもよさそうだが……。


『なんかさ~、こう、余裕ぶってるのが気に食わないんだよ!』

「ドラフト一位で実力があれば、余裕があるのも当然じゃないか?」

『違うんだよー。確かにそういう面はあるんだけどさ……なんていうか……』


 ニシンは唸りつつ少しずつ語る。


『チームメイトだから協力して仲良くやろう、って同期に言ってるんだけど、あれは絶対ポーズ。お前らなんかには負けないぞ、ってオーラがバリバリ出てる。まあそれはさ、スポーツ選手だからいいことだと思うんだけど……カナに対してはなんか違うんだよ』

「どういうことだ?」

『今回は新人がたくさんいるからさ、自主トレで紅白戦やったんだよ。キャッチャー足りないからあたしも混ざってさ。で……こう、テンマが打たれるじゃん? まあ余裕ぶって「ナイスバッティング。次は抑えてみせるよ」とか言うの。イケメンらしく。それがカナに打たれるとさ、「ナイスバッティング。さすがはオオムラさんだね。これは負けてられないな」って言うんだよ』


 違いが分からん。


『まあ、あたしがキャッチャーだから本気だせないのは分かるけどさ。それでも打たれて全然平気な顔して、それを煽ってみたら「これは紅白戦だし、チームメイトだから一緒に戦う仲間じゃないか。仲良くしようよ」って……本気でそう言ってるんだよね』

「仲良くしてくれるならいいことじゃないか」

『でもムカつくんだよ! だってそれってさ……本心のところじゃカナをライバルだと思ってないんじゃない? 絶対に自分が上なんだって、そう思ってるから余裕でいられるわけでさ』

「なるほど……」


 伝聞では良く分からないが、ニシンがそう感じ取るならおそらくそういうことなのだろう。

 そしてニシンが気づいているなら、カナも気づいているはずだが。


「カナはなんて言ってる?」

『……気にしてないよ、って笑ってた。目標に向けて進むのが今自分のすることだって』

「それなら大丈夫だな」

『うん。……でもさ』


 ニシンは声を潜める。


『えっと……二軍に昇格したら教えるから、そしたらカナにお祝いの電話くれる?』

「わかった」

『ん、よろしくぅ!』


 電話の向こうでニシンが敬礼している気がする。返礼しておこう。


『ところでユウも忙しいって言ってたけど、新しい仕事でも始まったの? なにしてるの?』

「ボイストレーニングだ」

『……へ?』

「ボイストレーニング」


 場所はカラオケ店だ。アパートで大声を出すわけにもいかないし、一度屋外でやってみたが1月はまだ寒すぎた。ここなら暖かいし水分補給もできて、この時間帯なら破格の利用料金だ。


『……社長って、ボイトレが必要なの?』

「わからん」


 ……一般的な社長はしていないと思うな。



 ◇ ◇ ◇



 2月1日。


「今までありがとう、お疲れ様」

「いや、こちらこそ」


 コンビニのアルバイト最終日、店に顔を出したオーナーにバックヤードで挨拶をする。


「ここに来るまでは面接で落とされてばかりで。雇ってもらえてとても助かりました」

「そうなのかい? 今時の高校生にしては落ち着きもあるし丁寧だし、当たりだと思ったんだけど」


 ライパチ先生に指摘されて、敬語という武器を使って初めて面接を受けたのがここだからなあ。


「まあそういう巡りだったってことかな。あと、これはみんなから預かっていた君への餞別だ」


 花束と小さな箱を渡される。箱の中身は雑多な品物が入っていた。……この良くわからないデザインのペナントは傭兵の人だろうか。

 気持ちはありがたいが――それにしても、餞別……。


「すみません。自分は餞別を渡したことがないのですが、これは恒例で……?」


 恒例だとしたら気まずい。俺がこのコンビニで働いて約1年と3ヶ月、人の出入りはいくらかあった。だがどの時も餞別を送ったことはないし、それに関するカンパに参加したこともない。……コミュ障をこじらせて無意識にスルーしていた……?


「いや、あまりないね。ここ最近はなかったかな。まあ、君は期間が長かったし、ナゲノさんとのコンビで目立っていたし……」


 ナゲノは死角を突いて攻撃してくるので、新人には『なんでこいつ急に呻くんだ』という白い目で見られたっけ。さすがに回数を重ねると察してくれるんだが。


「君の新人教育も人気があったからね。それで餞別を渡そうってことになったらしいよ」


 ナゲノから教わったことを打撃を抜いて伝えただけなんだが、そういう評価を得ているとは知らなかった。


「そういうわけで、気にせず受け取りなさい」

「わかりました。ありがとう……と皆に伝えていただけますか」

「もちろん。しかし、君が抜けるとシフトを埋めるのが大変だよ。まあ、社長業で生計が成り立ったなら喜ばしいことだけど」

「まだ成り立ってませんね」

「え?」


 成り立ってない。

 いくつか行った施策のおかげで売上は増えているが、倍増というわけではないし、報酬額の変更はまだ先だ。KeMPBからの収入だけでは食べていけない。――一人分では。


 幸いにも俺のアパートにはもう一人住人がいるので、今後はそちらからも生活費を出してもらうことにした。WAPPAに支払う授業料がかなり財政を圧迫するがこれは期間限定だし、なんとか持ちこたえられる。それよりは時間を捻出しないといけなかった。バイトを辞めて生まれる時間は、有効活用しなければ。


「そ、そう……大丈夫なんだね?」

「見通しは立っています」

「なら、いい……のかな。えっと……君さえよければだけど、困ったらいつでもおいで。経験者だし歓迎するよ。人が足りない店は必ずあるから、他の店も紹介できるし」

「ありがとうございます」


 俺が頷くと、オーナーはより真剣な顔をして言葉を重ねた。


「いや、本当の話だ。身動きが取れなくなる前に相談して欲しい。正直な話、コンビニに出戻ってくる人なんてたくさんいる。仕事が上手くいかなかったりしてね……。とにかく、苦しいときは何も気にせず戻ってきてくれ」

「……わかりました」

「ああ! もちろん、他の人を紹介してくれてもいいよ。君からの紹介なら信用できるからね」

「機会があったら」


 コミュ障の自分に、バイト先の相談をしてくるような相手ができるとも思えないけどな。



 ◇ ◇ ◇



『調子はどうだい?』


 その日の夜。カラオケ店に入ってボイトレを開始したタイミングで電話がかかってきた。相手はユキミ。電脳カウンターズのオーナー、日刊オールドウォッチの編集長。


「年末にひいた風邪は完治したし、今は体調は問題ないな」

『そりゃよかった。いや、商売の話だったんだけどね。ま、レポートは読んでるから単なる社交辞令だけどさ』


 ケモプロの各球団のオーナー企業には、報告会の議事録や、今後の計画、売上の推移などをまとめたレポートを提出している。それを元にコラボの計画など立ててもらおうという意図だ。


『週末のアップデートも楽しみにしてるよ。うちでも特集の準備をしてる』

「それはありがたい」

『はは、うちで一番PVを稼いでるのはケモプロさんの記事だからね。当然の仕事だよ。ところで、その絡みでひとつ聞きたいんだけど――』


 ユキミは電話の向こうでぺろりと唇を舐めた。


『――調整してないかい?』

「……というと?」

『いや、まだただの勘のレベルなんだけどね。なんとなく選手たちの動きが前と違うんじゃないかなと』

「物理や人体の仕組みをいじったとは聞いてない。AIに関しては日々学習して変化しているが、こちらでその変化の方向を調整するようなことはしていないな」

『ふむ。まあ、そうだね。調整……じゃなくて学習の結果かもしれないな』

「何か変なプレーでもあっただろうか?」

『いや、僕の思い違いかもしれないし、もう少し確証がもてたら言うよ』


 それよりも、とユキミは言う。


『僕が今どこにいるか分かるかい?』

「……沖縄?」

『おや。よくわかったね』


 昨日も似たような質問を聞いたからな。まさか当たるとも思っていなかったが。


『まあ今日電話したのは、さっきの質問がしたかったのと……ひとつ安心させておこうと思ったからなんだよ』

「安心……?」

『最速でカウンターをするから、慌てずに待っててくれよ、とだけ言っておく』


 その言葉の意味が分かったのは、翌日の朝のことだった。



 ◇ ◇ ◇



【大村 三軍キャンプ入りも夜は遅く】


 ――……育成ドラフト13位で入団した大村も、この日は二軍と合同で汗を流した。

 しかし、汗を流したのは昼だけではないようだ。ホテルで彼女だけに割り当てられた特等室は、夜遅くを過ぎても電気が消えることはなかった。


 (写真:ホテル外から望遠で撮られたもの。カーテン越しに人影が見える)

 写真コメント:どう少なく見積もっても二人分以上の人影に見えるが……?


 今はNPB二人目の女子プロ野球選手としてもてはやされているが、それもいつまで続くことかわからない。天間選手と並べてチヤホヤされている現状にのぼせることなく、野球選手として着実に練習を重ね、成長していって欲しい。



 ◇ ◇ ◇



【デマ確定:スポーツ新聞記者、大村選手にセクハラまがいのバッシング】


 はい、というね、記事が今朝載ったわけだけど。

 (追記:記事が削除されたので記事のスクリーンショットを貼り付けました)


 何も調べていないことが丸分かりの記事だったね。大村選手の割り当てされた部屋はツインで、ここには大村選手と彼女の同級生、用具係の新海さんが宿泊している。人影が二人分なのは当たり前だ。それとも知ってて書いたのかな?


 そもそも女性が泊まっていると分かっている部屋を撮影するのはどうなんだろうね? 盗撮じゃないかな?


 (写真:ホテルに向けてカメラを構えるカメラマン。顔は見えない)


 さて記事中では記者の名前が書かれていなかったけれど、実は似たような手口をデビューしたてのタイガ選手にしかけて干された記者がいる。数年前のことだけど今度はいったい誰なんだろうね。


 ま、記事の最後の段には同意しておこう。気を抜かずに練習に集中して、タイガ選手と並び立つすばらしい選手になることを期待している。


 追記:記事が削除されたようだけど、消せばなかったことになるわけじゃあないんだなあ。謝罪記事はいつ出るのか、問い合わせたほうがいいのかな?


 文責:日刊オールドウォッチ 編集長 雪見富夫

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