プランナーのプランター

「ここが開発チームのフロアだ」


 コムラに連れられ、カードキーを使って通された部屋は、天井が広く見渡せるフロアだった。

 ……天井は見渡せるが、机は見渡せない。各席にパーティションがついていて、個室のように区切られているからだ。


「人事や契約関係は別の狭い部屋でやってるが、開発はやっぱりワンフロアがいいな。話がしやすいからねえ」

「仕切りがついているのに?」

「基本、四席で一区画になるようにしていて、そこにチームを集めてある。壁を取り払うとやっぱり集中できないってヤツもいるんで、こういう形がベストになる感じかな」

「なるほど……」


 パーティションで区切られた机は、個人が思いのままに使っているようだった。フィギュアやらポスターやら、さまざまな趣味の品が置かれている。これなら確かに椅子に座ってPCに向き合えば、自宅で作業しているのと気分は変わらないだろう。チームと相談したければ後ろを向けばいい、と。無理矢理だが背伸びすれば向こうの席にも話しかけられそうだ。


「これはこれで便利そうですね」

「KeMPBさんはどうしてるんです?」

「全員が自宅で作業しています。打ち合わせは、オンラインのチャットで」

「それで統率が取れてんなら、それはすごいことだな」

「通勤ラッシュも無縁でちょっとうらやましいですねぇ」


 モロオカが頬に手を当てて言う。通勤か……。


「通勤ラッシュが厳しいなら、もっと都心から離れた場所に事務所があったほうがいいんじゃないですか?」

「難しいな。今、うちはここに100人ぐらいいるんだが、多摩方面、埼玉、神奈川、千葉と住んでいる場所はバラバラなんだよ。それぞれから通勤時間を考えると、どうしても東京都心方面が最適解になる。それに近隣に同業の事務所も多いから、打ち合わせの移動時間がかからないというのも強みだな。家賃はクソ高いけど」

「では全員が住める寮を用意するというのは」

「単身者なら喜ぶだろうが、結婚してたり親の介護をしてたりするヤツもいるからなあ。どうよ、モロさん」

「うーん、会社で食事の用意と……掃除と洗濯もしてくれるなら?」

「だいたい全部じゃん。モロさん、実家勢だったよな? まさか全部親に」

「い、いやいやいや! 少しぐらいやってますって!」


 なるほど。KeMPBは誰も結婚していないから考えていなかったが、家族も一緒にとなると難しいか。


「それにしても100人か。そんなに大勢でもがこれを作っているんですね」

「いや、100人が全部もがこれをやってるわけじゃないよ。もがこれチームは20人ぐらいかな。後は5ラインぐらい稼動してる」

「ライン……?」

「あー、案件っていうか……別のゲームを作るチームがあと5つあるってこと。どれも結構力を入れてやってるんだけどさあ、どうも、もがこれ以上のヒットが出なくて、未だにうちの代表作といえばもがこれ、ってことになってる」

「フフフ、私の手腕のおかげですよねぇ?」

「……ま、モロさんのフェチに対する嗅覚だけは信頼してるかな」

「そこだけかい! もっとあるでしょうが!」

「そうそう、ひとり紹介したいメンバーがいるんだよ」


 焦げて弾けそうなモロオカをよそに、コムラはフロアを移動していく。着いた先はフロアの端で、一席分のスペースに扉まで備え付けられた場所だった。


「ああ、いたいた。ウラさん、開けていいか?」

「あぁ~! 上から覗くなって言ってるじゃないですか~! も~!」

「はいはい。んじゃ開けるから」


 キィキィ声の抗議をスルーして、コムラは扉を開ける。


 そこはなんというか――緑だった。


 小さなスペースに鉢植えの植物が所狭しと並べ、吊るされていて、どこかの庭園コンテストにでてきそうな緑色のスペース。


 そしてそこに陣取る主もまた、緑色だった。髪が。……コケが生えてるのかもしれないが。


「大鳥さん。紹介するよ。うちのプランナーのウラさん」

「プランターの」

「そう植木鉢の……って違うですよ! プランナー! も~! 誰ですかぁ、オオトリって!」

「ウラさんが会いたいって言ってたんじゃないか……KeMPBの代表だよ」

「まじです!?」


 緑の女はコケ……ショートボブの髪を振ってこちらを見上げてくる。


「お~! 本物だ! ゲスっちだ! なんでぇ!? あ、名刺名刺! えーと、はい、これ!」


 机の周りをガサゴソやって出てきた名刺は、植物の柄で縁取りされていた。……真浦まうら千恵ちえ、プランナー。


「なんでって、だからウラさんが会いたいって言ってたじゃんか」

「あ、言った言った! ん? てことは、ウチ、KeMPBに移籍していいんです!?」

「んなこと言ってないだろが。挨拶だよ、挨拶」

「え~! がっかり。ま、いきなりはダメですね。ど~も、マウラでっす!」

「オオトリだ」


 小さい手と握手する。マウラはニッと笑った。


「そうそう、言った言った! ケモプロ作った人と会いたいって! 聞きたいことがあったんですよ!」

「なんだろうか」

「あのね~……プロ野球嫌いですよね!?」


 背後でモロオカが咳き込み、隣でコムラが額に手をやって天井を仰ぐ。


「それは、プロ野球と対立しているように見える、ということだろうか」


 数こそ少ないものの、そういう意見が送られてくることはたまにある。


 ケモプロと日本プロ野球のビジネスモデルは似ている。野球ファンの取り合いを狙っているのか? と熱く長い文章が送られてくるのだ。


 ……まあ当初の狙いこそそうだったが、今は対立するよりは共存したほうが野球ファンのためになると考えている。プロ野球好きがオフシーズンで見るものがないとき、ケモプロがその隙間を埋める……そういう関係になれればいい。そのためにシーズンもずらしているのだ。


「いやそういうんじゃなくて~……プロ野球、詳しくないですね? って言った方がいいです?」

「ちょ、ウラさん――」

「確かに詳しくない」

「えぇ!?」


 後ろでモロオカが驚いているが、詳しくないものは詳しくないんだから仕方ない。答えると、マウラはまたもニッと笑った。


「ですよね! 作り方がプロ野球ファンっぽくないな、って思ったんですよ~! モーションの作りだったり、キャラの立て方だったり!」

「詳しく聞いてもいいだろうか?」

「いいですよ! つまり~、プロ野球ファンだったら野球ゲームを作るときにはやっぱり、プロ野球の再現が入ってくるんですよ。好きな選手っぽい選手を作ったり? モーションに一貫性を持たせたり? でもケモプロは再現じゃなくて学習させているのが違うアプローチで~……――」


 マウラはそこから止まることなく、ケモプロの成り立ちについての考察を語り続けた。ようやくその口が閉じたのは、何かソワソワしていたモロオカが「ごめんちょっと席外す!」と声を上げて駆け出してからだ。


「っと、いっけない。なんかずっと喋っちゃった。ごめんね?」

「いや、構わない。自分たちでも自覚していないようなこともあったし、参考になった」

「お~! いい人です! カズミっちより器が大きいんじゃないですか?」

「その呼び方はやめろ」

「あいたッ! も~!」


 コムラにゲンコツを食らった頭をさすりながら、マウラはいたずらめいた笑みを浮かべる。


「も~! こんな暴力会社こりごりです! ゲスっち、ウチをKeMPBで雇わないですか?」

「暴力会社なのか」

「そうなんです! ほらさっきも叩かれたし! 人質だってとられてるし!」

「人質」


 ――深刻だった。まさか人質をとるような会社があるなんて。

 ブラック企業の話はいろいろネットでも目にするが、人質なんて聞いたことがない。やはりもがこれではなくこの会社は龍が如くを――


「ほら、こんなにかわいい子たちを人質にとってるんです!」


 マウラが大仰な仕草で示したのは――スペースを覆いつくしている植物たちだった。


「……人質」

「そう! ウチにこうして家族を買い与えて、ここに世話しに来させるよう人質にしているのです!」

「そうでもしないとウラさん会社に来ないじゃん」

「はぁ~、家と会社を往復して家族の世話をする日々……辛いです……」

「……状況はなんとなく分かったが」


 よかった、NoimoGamesは反社勢力じゃなかったんだ。


「つまり、家で植物の世話と仕事をしたいから、KeMPBに移籍したいということだろうか?」

「それもあるけど、野球ゲームにも関わりたいんです! 野球好きだし! ねえねえ、優秀なプランナーの手は必要じゃないです?」


 プランナー。名刺にも書いてあったな。


「……ところで、プランナーってどういう仕事をするんだ?」

「えぇ……? ……KeMPBにプランナーっていないんです?」

「いないな」


 プログラマー、インフラエンジニア、デザイナー、秘書、広報を自称する人間はいるが、だいたいがいろんな作業を兼務している以上、そういった役職で区別することもない。そしてプランナーを名乗る者はいない。


 プロ野球にも詳しくないが、俺はゲームの開発現場にもそんなに詳しくないのだ。


「がっはっは。まあ、一般的には企画書を書いたり、マップとかアイテムとかの物量のいるデータを作ったり、テキストを書いたりだな。ウラさんは、もがこれのテキストの8割ぐらいを担当してる」

「もがこれユーザーをキュン死させてるのはだいたいウチの仕事ですよッ」

「てぇことだから、抜けられると困るんだが……」


 コムラはザリザリと顎をなでると、ニヤリと笑った。


「オオトリさん、さっき派生作品を作るのに人手が足りない、って言ってたよな。ちょっとしたアプリで、企画もまだ、と。……どうだい、その仕事、俺、というかウラさんに任せてくれないか?」

「え! まじです!? いいの、カズミっち!?」

「客がいる間だけでも社長って呼べ、っつってるだろが!」

「あいた!」


 マウラは頭を抱えてうずくまる。そうして静かになった隙に、コムラは話を進めた。


「まぁ、ウラさんのモチベーション的にも、ずっともがこれをやらせるより、新しい仕事を入れたほうがいいと思ってたからな。KeMPBからの仕事なら最高のニンジンだろ? どうかな、企画書だけでもうちのに任せてくれないか? デキが悪けりゃボツにしてくれていい。ま、ラインが空いてればだが、実制作も任せてくれるとありがたいがね」

「……はいはい! 最近はモック作れるようにUnityも勉強したですし、なんなら仮制作までウチが!」


 復活したマウラが、ぐいっとコケの生え……緑に染めた頭を突き出してくる。


 ――つまり、仕事を任せる――発注するということか。


 人手が足りないから、手が空くまで、あるいは人材が見つかるまではと先延ばしにしていた。だがいつまでもというわけにもいかない。ケモプロを楽しんでくれる人をもっと増やしたい。そのためには。


「よろしく頼む」


 俺は手を差し出した。


「うっひょ! よろしくです、ゲスっち!」


 ……握手してから気づいたが、いくらぐらいかかるんだろうな? ミタカに絞められないといいんだが……。


「……っと、しまった」


 視界の隅に映る壁掛け時計を見て、時間に気づく。随分長話をしていたようだ。


「ん? ああ、次の予定があるのかい? 引き止めて悪かったなあ、間に合うか?」

「……タクシーを使えばなんとか」


 次は新しい広告出資者との商談だ。大きな枠の入れ替わりなので、遅れるわけにはいかない。


「そりゃ急いだほうがいい。ちなみにどこへ? ――ふむ、それならタクシーだと間に合わないかもな。この時間は道が混んでるから」

「そうなのか……」

「がっはっは! 心配しなさんな! 引き止めてしまったこっちの手落ちだ――タクシーより早いのを用意しよう」

「それは助かります」

「え゛ッ」


 なぜかマウラが変な声を出して固まったが、その理由を探っている時間はない。

 急いでエレベーターに乗り込み、コムラに案内されて地下の駐車場へ。……駐車場?


「さあ乗った」


 ヘルメットを渡される。


「……これは」

「がっはっは! そう遠慮することはないさ。大切な取引先になるんだ、俺自ら送るのが筋ってもんですよ」


 巨大なバイクにまたがったコムラは、後方に備え付けられた二つ目の座席――タンデムシート? をバシバシと叩く。


「コイツのおかげで二十年以上、どんな打ち合わせにも無遅刻でしてね。さあ乗った乗った」


 タンデムシートには背もたれのようなものもついている。肘掛とは言わないが胴回りを保護するものもあるし……落ちないよな、うん。


 覚悟を決めてなんとかよじ登り、席に座る。


「しっかり腹に手を回してくださいよ。なーに男同士だ、気にすることはない。駄目駄目もっとしっかり、密着密着!」


 前傾姿勢になる。背もたれも肘掛も意味がなかった。なんのためにあるのか。


「よおーし、出発!」




 結論から言うと、打ち合わせには間に合った。

 東京都心の大量の車の間を縫って、都心とは思えないほど細い裏道を突破して。


 ……たぶん、俺は一生バイクの免許は取らないと思う。

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