最上川これくしょん
東京は全土が都会というわけではない。
いやもちろん本物の田舎と比べれば、どこもだいたい都会なのだろうが――俺の住んでいるのは普通の町だ。
だから都心に来て駅から外に出るたび、立ち並ぶビル群を見上げてしまう。冬の乾いた青空に立ちふさがる灰色の立方体たち――これぞ都会という感じだ。
「大鳥さん!」
声をかけられて視線を下ろす。大荷物を持って来たのは、ゲーム系メディアで何度か取材してもらった男性記者だ。
「どうも。わざわざ待ち合わせてもらって申し訳ない」
「いやいや、こちらの依頼ですからね。それじゃ行きましょうか」
揃って歩き出す。道すがらの話題は昨日のケモプロの試合だ。コミュ障でも興味のある話題ならなんとか話のキャッチボールが成立するのでありがたいところだ。
――まあ、それが今日も通用するかどうかは分からないんだが。
「ここです、ここ。つきました」
「大きなビルですね」
「14階なんで、高層エレベーターの方じゃないと行けないんですよ。こっちです」
エレベーターに乗って分かったが、全部が全部目的の会社のフロアではなかった。すこし緊張が和らぐ。
14F 株式会社NoimoGames
エレベーターの案内プレートに記載された会社名。
ご当地ソシャゲ、『最上川これくしょん』で一世を風靡する開発会社。
俺はどういうわけか、その社長と対談することになっていた。
◇ ◇ ◇
「それじゃあボチボチ始めていきましょう」
名刺交換が終わると、機材を設置してカメラを構えた記者が言う。
……ボチボチって、何をどうしたらいいんだ? と身構えていると、さすがに話題は振ってくれた。
「今日の対談は、コムラ社長からお話があったんですよね」
「ああ、そうですよ」
丸いソファに腰掛けた背の高い男――名刺に目を落とす。
本当にここは、もがこれを作っている会社なんだろうか。『龍が如く』を作ってるんじゃなくて?
「ま、呼びたがっていたのはモロさんなんだけどな」
「そ、それ言う!? いいけど言うぅ!?」
大仰な仕草でツッコミを入れるのは、その隣に座った大柄な女性。もがこれのディレクターの
「おや、そうだったんですか。ではモロオカさん、そのきっかけはなんでしょう?」
「もちろん、TGSですよぉ!」
「ああ……」
TGS。東京ゲームショウ。去年のそのイベントで、もがこれはコスプレステージを開催していた。そして俺はニャニアンの強い希望で出場して――
「あれは、申し訳ない。まさか優勝するとは思っていなくて」
「そのうえ、自社の宣伝をしていきやがったんだからなあ?」
コムラがこちらをじろりと見てくる。
「はじめに聞いた時は、『やられた』って感じだった。無名のゲーム会社がうちのイベントを利用しやがったな、と」
「……申し訳ない」
そういうつもりはなかったのだが、外から見ればそうとしか思えないだろう。
――やはり、この件でクレームをつけるために呼びつけられたのか。
そう考えながら再び頭を下げると――コムラは破顔して手を振った。
「がっはっは! いや、いや。あのクオリティなら仕方ないなと、画像を見て思ったよ。モロさんが失神するだけはあるなあと」
「ちょっ、コムさん!」
「んだよお、事実じゃん? スタッフが大変だったって聞いてるぜ。そのうえ失神してる間にKeMPBさんのブースも終了したから出会えなかったって、ずいぶん荒れたって話を――」
「オウ、それ以上言うなら戦争だぞカズミィ」
ドスの効いた声でモロオカが言うと、コムラはコワモテの顔を苦くゆがめた。
――うん、これ以上いじると、モロオカが弾けそうだな。ポーンと。
「……わかったよ。まッとにかく、それからケモプロに注目してたってワケよ。年末に受けた取材で、今年気になった開発会社は? ってな質問があったから、んじゃKeMPBかなって答えたんだわ。そしたらパイプがあるって言うから、モロさんも会いたいって言ってたし、じゃあ記事のネタに対談とかどう? ってね」
なるほどそういう事情だったのか。とはいえ、一度ケジメはつけておかないといけないだろう。
「こちらこそ、業界に飛び込んだばかりの人間です。NoimoGamesのような企業の話を聞けるのはありがたい。……ステージでは生意気なことを言って申し訳なかった」
「いやいや! あれこそゲスカワ君だから! コムさんのことは気にしないで!」
いいのか、ゲスカワ君。
「すいませーん、先ほどの話をちょっと掘り下げてもらえますか? 気になる開発会社にKeMPBを選んだところを」
俺がモロオカの勢いに押されていると、記者が横から軌道を修正してきた。
なるほど、対談といっても一応の台本はあるんだな。
「ああ、そこ? そうねえ、その頃にはすでにKeMPBさんはクラウドファンディングを始めていたから、いろいろチェックさせてもらったんだが、なかなかNoimoと似たところがあるぞ、というのがまず気にかかったね」
「……ソシャゲと野球が?」
「いやあ、会社の方針という点だな。特に弊社の代表作のもがこれは山形県とコラボしたゲームで、その目的の一部には地域振興、というものがある」
「ですねぇー。普通に売り物として考えたら、最上川とその支川だけとかやりませんから。日本には他にも有名な川があるし、ユーザーも二次創作で四万十川ちゃんとか淀川くんとか描いてますし」
確かに全国の川を対象にしたほうが分かりやすくていいだろう。ゲスカワ――下須川なんて知らないし。
「それでもあえて最上川に絞ったのはさ、俺が山形県出身ということもあって、地元を応援したかったんだよね。で、KeMPBも地域振興を挙げているじゃないですか。すでに島根、鳥取、青森があの時点で決まってたし、これは本気なんだなと。そのあたりと……収益の上げ方にも共感を覚えたなあ」
「収益……?」
「ユーザーからの応援をスマートに得る、って言ったらいいのかね? ケモプロはガチャはなくて、買い切りのアイテムや、青森のリンゴなんかの販売で収益を得ているだろう? そういうとこだよね」
「ゲスカ――オオトリ代表は、もがこれはプレイされてます?」
「申し訳ない、触り程度で……社員の一人がファンなんですが」
そのニャニアンは同行したがっていたが、別の案件のサーバトラブルで泣きながらメンテナンスしに行った。
「あぁ……そ、そうですかぁ。いやいいんですけどね! アハハ! えっとー、とにかく、もがこれはいわゆる『キャラガチャ』の収益はほとんど見込んでいないんです。いちおうあるにはあるけど、富豪向けっていうか、ゲームをして石が手に入るから、お金出してまで買う必要はないよねってバランスで。それでもありがたいことに買ってくれる人はいますけど、まあ本当に少数なんです」
「正直、キャラガチャにお金を使う人の気は知れねえよなあ……ああ、これはオフレコで」
コムラはザリザリと顎をなでる。
「ま、というわけでもがこれでは、キャラの差分衣装の販売に力を入れてるんだな。ゲーム的には何の効果もないんだが、これがありがたいことに売れてる。持ってないキャラの衣装まで買うヤツもいるしな……。ま、あとはキャラグッズだな。おかげさまでかなり黒字だから、収益の一部を最上川の環境保全活動を行っている団体に寄付したりもしてる」
「もがこれへの課金を『ふるさと納税』なんて言ってるファンもいますよね?」
「がっはっは。うちでそれなら、ケモプロの方がよほど言われてるんじゃないの?」
「そういう話はよく聞きます」
特に島根と鳥取の販売している商品ラインナップがそう呼ばれている。ダークナイトメアやセクはらのようにブランディングされた商品ではなく、県の有力な企業の集合した団体が売っているものだから、どうしてもそんな印象になるのだろう。
「ま、こんな感じで興味と共感を持ったのがきっかけだね。それで蓋を開けてみればあの完成度だろ? 驚いたのなんの。こっちの人気に便乗してきただけじゃないんだなと、その時はっきり確信したね」
「確かに。ケモプロさんにはいつ取材しても驚かされますよ」
「そっちの開発チームは何人ぐらいなんだっけ?」
「社員全員で7人ですね」
「信じられないよな。モロさん、7人ってもがこれのラインだとグラフィックだけで終わっちゃうんじゃね?」
「今月から1人入って……そうですね」
「そんなにいるんですか」
KeMPBでは考えられない話だ。グラフィック専門だけで7人……ずーみーが7人いる計算か? さすがもがこれ、規模が違う。
「ま、1キャラ追加するだけでも、立ち絵が数パターンとデフォルメしたミニモデルが必要で、差分衣装を作るとミニモデルも作らないとだから、手間がかかるんだよな。ユーザーのためにもクォリティを妥協はできないしさ」
「まぁライブ――あ、これは言っていいんでしたっけ、コムさん?」
「あー……年末のインタビューで喋ったわ。Live2Dに対応する件があって、そこにも人をとられてるんだよ。もう少し増やしたほうがいいか?」
「ですねぇー……」
後で調べたところ、課金することでLive2D……二次元の絵を立体的に動かす仕組みで作ったキャラ絵に変更できるようになるらしい。最初は人気のあるキャラ中心とのことだが……ニャニアンの財布が心配だ。
「そんなにたくさん雇えるとは、大企業は違いますね」
「いやいや、KeMPBさんも調子いいんじゃないですか? うちの社内でも結構話題ですよ」
「ありがたいことです」
「正直な話さ、結構儲かってんじゃない?」
「利益はでてはいますが」
今年初のアップデートで入った、動画配信で映される1チャンネルの席の予約販売は、想定よりも盛り上がっていた。無料を有料に変えるので駄菓子感覚の価格設定にしたのだが、中には「もっと金を取れ」と言っているユーザーもいるらしい。
だが全席完売というわけではないし、有料化に対する批判も存在する。いちおうライムのアドバイスにしたがって現状の価格は『キャンペーン料金』となっているが、この状況で値段を上げるのは悪手だと思っている。それに。
「ケモプロは今後何十年と運営を続けるという目標がありますので……お金を貰うことは否定しませんが、過剰に儲けようとは考えていません」
応援を貰うこと。ファンを増やすことが第一だ。
「もちろん、お金があればできることも増えますが」
「お、それは十二球団にするとか?」
「それもあります。他には派生作品も考えているのですが……こちらは人手が足りないですね」
「ほう! 派生作品!」
記者が目の色を変えて声をあげる。……期待してくれるのはありがたいが。
「いや、そんなに大きなものじゃなく、ちょっとしたアプリです。まだ企画段階なのでこれ以上は」
あまり言うとミタカに絞められるからな。
「そうですか、残念です。それでは次は、ケモプロのビジュアルの件について……――」
記者もそれ以上はその話に踏み込まず、次の話題へと移っていった。対談をする中で新しく得る見識があり、気づかされる発見があり、コミュ障なりにこの対談をもっと続けたいと思ってきたところで――
「それではそろそろ時間ですね」
終わりが告げられる。……もうそんな時間だったのか。気づかなかった。
「最後に読者に向けて、今後のアップデートの見所など。ではまず……ケモプロさんから」
「選手をより応援したくなるようなアップデートを予定しています。ロードマップとしてオフの日を公開することを予定していますが、それに先んじて選手控え室を次のアップデートで公開します。野球以外のことをしている選手の姿が見れるようになりますよ」
「それは楽しみです。フィールド上の掛け合いも見ていて楽しいですからね。……では次は、もがこれについて。モロオカディレクター?」
「はい。先ほども話題に出ましたが、Live2D版の立ち絵の販売を開始します。魂吹き込み課金、とでも言うんですかねぇ、やっぱり動くのはいいです。タッチするといい反応をしますよぉ?」
トウモ……モロコ……モロオカがニタリと笑う。そして何かコムラに目で確認を取ると、両手を合わせて――俺を拝んできた。
「でぇ! ひとつ! 大鳥代表にお願いがあるんですがっ!」
「なんでしょう」
「Live2Dの立ち絵に合わせて、実は……ボイスの実装を予定しているんです!」
「おお、ついにですか!」
「ですです! 声帯がつくんです!」
記者が声をあげ、モロオカがコクコクとうなずく。後で調べたところ、もがこれにはこれまでボイスの実装がなかったらしい。TVCMとかで一部のキャラクターに声を当てたことはあるらしいが、ゲーム内では無音のままで、ユーザーからも強く要望されていたとか。
「そこで大鳥代表! ぜひ! ゲスカワくんのCVを担当してくれませんか!」
「……は?」
俺が? CV? ……キャラクターボイス? 声優を?
「コスプレを見たときからもう、代表しかいないと思ってたんです! 代表はゲスカワくんの生き写し、いや生霊? 英霊? 今こうして目の前にいても、意識してないとゲスカワくんって呼びそうで……! なのでお願いします、ぜひゲスカワくんの声優に!」
そんなにか。どうもコムラとのやりとりを見てると、これを目的に呼びつけられたような気がしないでもない。
しかし……そう評価してくれるのはありがたいことだが……。
「……先にこちらがステージを滅茶苦茶にした件もあります。お断りはしません。が……自分は素人です。やるからにはもちろん全力で取り組みますが、へたくそだったら容赦なくプロに交代してもらえますか?」
「いやもう! 全然! 絶対大丈夫! ゲスカワくんそのものなので!」
「ト……モロオカさんの評価はありがたいですが……ファンに判断してもうらうようにできませんか」
「ファンに……? え?」
「ほう……どういうことかな?」
固まるモロオカの隣から、ぐいっとコムラが身を乗り出してくる。目の色が先ほどまでと違った。
「ケモプロと同じく、もがこれもファンを――応援してくれる人を大事にしているのでしょう。プロの声優ならまだしも、素人を人気キャラクターの担当にするのは、ファンからすれば気分が良くないのでは? 特に自分は経緯が経緯だ――TGSのことも含めて、
「確かに社内でも同じような議論はあったな。……それで?」
「それでも俺――自分を採用するなら、ファンが納得できるような形にするべきだ。例えばオーディション形式にして、ファンからの投票を受け付けるようにしたらどうだろう? そうだな……同じセリフで録ったボイスを無記名で公開して……」
「それでネット投票か。厳密にやるならアカウント単位の投票がいいだろな。投票システム自体は前のイベントで作ったから流用できるか」
「デジタルの投票は避けたほうがいいんじゃないか? いくら運営側が正確だと知っていても思い通りの結果にならなければ操作を疑われるし、疑いを晴らす手段もない。物理的な投票にできないだろうか?」
「ほう。物理か……モロさん、これから先のオフラインイベントって何があった?」
「え? えっと、コンビニの一番くじとかぁ……」
「そういうんじゃなくて、ユーザーが集まるやつだよ。ないか。よし、んじゃそこから企画だな。なんなら今年のTGSを使うって手もあるが、モロさんも早いほうがいいだろ?」
パンッ、と手を打つと、コムラはニヤリと笑った。
「さあ、うちにここまでさせるからには、本気で取り組んでもらえるんだろうな?」
「もちろんだ」
「こちらとしてもできる限りサポートさせてもらうよ。収録日まで、よろしく」
しっかりコムラと握手を交わす。
「うおお、いいですね! その企画もっと聞きたい……がッ、次の仕事が……ッ」
「おっとぉ、すいませんね盛り上がっちゃって。間に合うかな?」
「タクシー使えばなんとか……慌しくしてすいません、お先に失礼します!」
記者は荷物を抱えてエレベーターホールに向かう。
俺は――どうしたものか、迷って立ち上がれないでいた。
対談の仕事は終わった。当初の予定はすべてこなした。であれば、俺も一緒に退散すべきなのだろう。だが――何か物足りない。今すぐには終われない。
その気持ちはコムラも同じだったようで、自然と目が合った。
「どうだい、会社見学でも?」
「ぜひ、お願いします」
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