野球バカは一途

 1月15日。

 かつては成人の日として固定された祝日だったが、今年はただの平日、月曜日だ。


 世の中ではセンター試験が行われて同級生はヒィヒィ言っていたようだが、進学校だというのに俺の周囲で受けている人間は誰もいない。

 そういうわけでいつもどおり空席の目立つ教室で授業を受ける。そこに幼馴染はいない。今ごろ就職先で汗水たらしていることだろう。


 そんなことを考えながら授業が終わり、部室へと向かうと――


「ユウくん!」


 制服を着た幼馴染がいた。

 いや、カナはこの学校の生徒だからいてもおかしくはないんだが。


「ユゥ……」


 それより背の高いジャージ姿の女性は学校関係者ではない。


「二人ともどうした、練習は休みか?」

「オッ……から……」


 タイガ。日本初の女子プロ野球選手。三刀流の先発投手は、三白眼をめいっぱい開いて答えた。


「確かにプロは今はオフだが、自主トレ期間じゃないのか?」

「そうなんだけど、今日はね……」

「あー、はいはい、話は後で。君、ここの鍵持ってるんでしょ? 中に入れてくれない?」

「分かった」


 タイガの後ろにはエーコがいた。急かされながら鍵を開け、漫画部の部室の中へ。


「ああ、よかった。生徒に見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしたわよ……」

「適当に座ってくれ。……それで、今日はどうしたんだ?」

「タイガさんと対談するって仕事があって、それで今日は練習を休んでるの」

「テレビ局がどうしてもカナさんの学校でって言うから、仕方なくよ。言っとくけど、ちゃんと他の無茶な仕事は蹴ってるんだからね? でも全部アウトってわけにはさすがにいかないから」

「エーコが選んだなら大丈夫だろう」

「ッ……それはどうも」


 エーコは一瞬こちらを睨んだかと思うとそっぽを向いた。言い方がまずかったかな。


「あはは……それで対談の収録は授業時間中に終わったんだけど、タイガさんがその、ユウくんを探しにいくって言うから……」

「ひさッ……ぶり」

「直接話すのはひさしぶりだな」


 球場には何度か足を運んだのだが、それで話ができるわけでもない。


「日本シリーズは応援に行けなくてすまなかった」

「ッき……ょ……できなッ……から……」

「いちおう自分でも抽選には申し込んでみたんだが、当たらなくてな」


 通常のローテならタイガが出るであろう試合だけチケットを申し込んだのだが、さっぱりだった。


「ネット配信では見たぞ」

「負けた……けど……」

「タイガは抑えていただろう。チームが負けたのは残念だが、また優勝を目指せばいい」

「ん」


 タイガは口をVの字にする。タイガースマイルとはまた別の笑顔だな。

 一方、エーコはこめかみを押さえて溜め息を吐く。


「はぁー……なんというか、現金というか、わかりやすいというか……」

「え、エーコさん?」

「この子、日シリで負けてからずっと落ち込んでて。今日もそうだったでしょ?」

「ちょっと元気ないなとは思いましたけど……」

「気分転換させようと色々やったけど全部ダメだったのに、一発でコレよ。私の努力を返してほしいわ」

「苦労しているんだな」

「君ね……はぁ……これでどうして今まで……」


 ねぎらったつもりが、エーコはますます頭を抱えてしまった。


「とにかく、元気が出たなら今日はもうこれで――」

「おはざーッス! あれ? なんか大所帯ッスね!」

「あっ、ずーみーちゃん、お邪魔してます」

「わっはっは。いいんスよ、カナ先輩は常連みたいなもんじゃないッスか。っしょっと」


 部室に入ってきたずーみーが、コタツの四面がふさがっているのを見て膝の中に座ってくる。

 それを見たエーコは目を丸くし――それに気づいたずーみーが、俺を振り仰いだ。


「先輩。この人たちは誰ッスか?」

「タイガとエーコだ」

「タイガ……ああ!」


 ずーみーはポンと手を打つ。


「タイガ選手だ! うわ、知り合いとは聞いてたけど本物ッスか! え、じゃあこっちのメガネ美人は、例の鬼マネージャー!」

「誰が鬼よ!」

「うひゃッ」


 ずーみーが縮こまる。いけないな、小動物を脅すようなマネは。


「君、誰なの、この子は? あんまり騒ぎにされると困るんだけど」

「俺の後輩で、KeMPBの社員だ。そこらに言いふらすようなマネはしないから安心してくれ」

「うッス! 口は堅いほうッス!」

「社員……? こんな小さな子が……?」

「先輩と一個違いッスよ?」

「何の仕事をしてるのかしら?」

「デザイン全般ッスねー。あとは漫画描いたり……こういうのとか」


 ずーみーが端末を取り出し、机の上に置いてみせる。


「これが漫画で……こっちがモデル……で、ゲーム上で動くとこんな感じ……」

「そッ」


 ずい、と。


 この中で一番身長の高い女子が、無遠慮に机の上に身を乗り出した。


「そッ……ぇ、なに……? やきゅッ……?」

「や、ヤキを!? せ、先輩!」

「落ち着け」


 野球だから反応しただけだろうに。


「これがケモノプロ野球と言って、俺たちが作っているゲームだ」

「見たッ……。ッて……いい?」

「いいぞ。ずーみーは作業があるよな。俺のノートパソコンを使うか」


 冬休みの間に学校は全室Wi-Fi完備へと進化を遂げている。ネットをいくら使ってもギガは減らない。ニャニアンの仕事に感謝しないとな。


「全六球団あって、こういうケモノの選手たちがAIで動いているゲームだ」

「タイガのモーションをキャプチャしたやつね。どれがタイガなの?」

「あのモーションはお手本だ。ケモノたちは自分の体に合ったモーションを常に探しているから、タイガのモーションそのままのケモノはいないぞ」

「ピッチャーのどッ……が、が……見たい」

「わかった」


 クライアント版を起動し、シーン検索モードに入る。キーワードを打ち込むと過去の試合のデータから関連性の高いものを自動再生してくれるモードだ。投手、投球、三振……再生時間短めの連続再生、でいいだろう。

 設定すると、様々なケモノ選手たちが三振を取ったシーンが次々と再生された。タイガはそれを真剣な表情で見つめる。


「ねえ、今の」


 と、横からエーコも真剣な目つきで割って入った。


「このゲームって動画を検索する仕組みがあるの? 動画を作ってタグ付けして……って大変じゃない? お金いくらかけてるわけ?」

「タグはAIが自動でつけてくれるからな」


 動画じゃなくて過去データをクライアント上で再現しなおしているのだが、そこまで詳しくなくてもいいか。


「うへへ、こんな検索もできるッスよ?」


 ずーみーは自分の端末でシーン検索を起動する。キーワードは、ダイトラ、珍プレー。ダイトラの理解不能なプレーの数々が再生されていった。


「へえ、便利ね……うちの動画もAIが仕分けしてくれればいいのに」

「うちの動画?」

「球団が対戦相手の研究用に集めてる試合動画があるのよ。量は豊富なんだけど、タグ付けみたいな細かい仕分けはしてないから、特定の選手の攻略をしようと思ったらまず動画の編集から入らないといけないのよね。時間もかかるし……だから、こういう感じならいいのに、って愚痴よ」

「わかります。わたしも自分で録画してるけど、目当てのシーンを切り出すのは大変で……」


 野球もデータの時代なんだな。検索か……いや、待てよ?


「……動画もタグ付けしたとか言ってたような……」


 ケモプロのモーションのお手本はタイガ一人だけではない。多彩なモーションを学習するため、プロ野球やメジャーの動画を解析してモーションの手本を作るシステムを作ってある。その延長上で、動画にタグ付けして仕分けをしたとかなんとか……。後で聞いておくか。


「ユゥ……?」

「……ああ、すまない、考え事をしていた。どうした?」

「ピッチャーは……もッ……いぃ。……ッちばん……強いバッターは……?」

「ゴリラだろうな」

「じゃ……ゴリラと……なだッ……ぃま……やの、対戦を……」

「わかった」


 検索条件を、雨森あめもりゴリラ、灘島なだしまマヤ、に切り替える。東京セクシーパラディオンの大砲ゴリラ、伊豆ホットフットイージスの守護神マヤの対決が再生されていく。タイガはそれを食い入るように見つめた。


「ユウくんすごいね……」

「何がだ?」

「いや、その……タイガさんとスムーズに話せてるから。あはは……」

「対談で何かあったのか?」

「それほどではない、と思うけど……どう編集されるのかちょっと心配かな」


 カナは苦笑する。


「あまりひどいようなら、私からちゃんとクレームいれるわよ」

「お願いします」

「やっぱり対談は難しいか……」


 そうだよな。ほとんど面識のない人と話せとか、コミュ障には難しすぎる。

 KeMPBの代表としてインタビューの仕事も増えているが、未だに慣れない。さすがに顔を合わすことが増えてきた記者ならなんとかなるんだが……次は俺も『インタビュー』じゃなくて『対談』の仕事だし、不安だな。予習しておくか。


「ちなみにどんな話をしたんだ?」

「お互い、野球を始めたきっかけとか、学生時代のチームの話とか、プロに挑戦するのを決めた事情とか、かな?」

「そッ……から」


 じっと見つめていた画面から顔を上げ、タイガが笑顔を浮かべて言う。


「ホームラッ……ビーの話……たよ。オールスタ……ッのしみ……」

「あはは……出れたらの話ですから」

「出よ……? 対戦……しよ? あッ……そッ……えに、交流戦……ッるね」

「どっちも、まず一軍昇格からですね」

「はしゃぎすぎよ、タイガ。後輩に無茶言わないの」

「ホームランダービーか……」


 今その単語を聞いて思い浮かぶのは、100エーカーの森の鬼畜ゲーム、プニキだった。


 新しいノートパソコンに苦労してセーブデータを移植したものの、いまだ最後の敵――ロビカス打倒の目処はついていなかった。どうもFlashという技術で作られているプニキは、そのFlashがWebから追放されるのに伴ってサービスが終了してしまうらしい。それまでには決着をつけなければいけないのだが……。


「お互いがんばろうな、カナ」

「? う、うん」



 ◇ ◇ ◇



 三人は生徒が少なくなってきた頃合を見計らって、学校から出て行った。


「もうこんな時間か。俺も行かないとな」

「うッス! 行ってらっしゃい、先輩!」


 俺もバイトに行くため、ずーみーを残して部室から出て行く。ネット環境が整備されたことでますます部室が便利になってしまったが、卒業式を迎えたらもう利用できない。残念だ。


 日の暮れた町を行き、コンビニに到着。更衣室で制服に着替えて休憩室に出ると、大柄の男性がテレビを見ながら茶を飲んでいた。


「おつかれさまです」

「ああ、おつかれさん」


 普段は傭兵をやっていると言う男性だ。たまにバイトのシフトに浮上してくる。三ヶ月ぐらい姿を見なかったが、今回も無事に帰ってきたようだ。


「これ」


 テレビを指される。そこには見覚えのある校舎と人物が映っていた。


「君の知り合いなんだって?」

「幼馴染だ」


 カナとタイガが対談している様子が映っていた。もう編集して放送しているのか。早いな。


「ふうん。大変だな」

「?」

「先輩に目の敵にされてさ」


 テレビに映るタイガは、笑顔を――一般にタイガースマイルと呼ばれる笑みを浮かべていた。

 お互いの今後の活躍、対戦の機会について語り合うシーンで、タイガが口を開き、テロップが足される。


『ホームラッ……ダー……で、ゆぅしょ……し……』

[ホームでだって容赦しない]


「………」


『たッ……し、み……ッから……』

[叩きのめしてやるから]


『せいッ……ぃれば……ッかも、ついて……る、から』

[せいぜい恥をかかないようにな]


 ――どうしてこうなるのかはよくわからないが、とりあえず……。

 エーコがクレームをつける理由は、カナではなくてタイガの発言の方なのだとよくわかった。

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