新年の報告会(下)

「重要なことだが、スケジュールを押してまで急ぎたいわけでもない。しっかり取り組みたいんだ」


 なので年末の報告会でも議題には上げなかった。考える時間も欲しかったし。


『ハン。少しは学習したじゃねェか。で? なんだよ?』

「実況の視聴と配信を、ケモプロの中の機能として取り込めないだろうか?」


 ナゲノに指摘されたことだ。実況のハードルが高い、と。


「動画配信版を見ているだけだと気にならないが、クライアント版を使って、その上で実況を聞こうと思うと、今は動画を裏で流すしかないだろう? そうなると球場の音声は二重に聞こえて若干聞きづらい。VR版では動画の音声だけ引っ張る仕組みがあるが、それも二重になる件は解決できていない」

『ナルホド。ネットの帯域的にも無駄が多いデスネ』

「それから配信だ。実は自分で一度やってみようと思ったんだが……難しくて断念した」


 画面をエンコードするとか、それをストリーミングするとか、PC初心者には良くわからん。


「SNSで検索したところ、同じようなところでつまづいている人もそれなりにいるようだ」

『そーゆーもんじゃねェか? そこを乗り越えられるほどやる気のあるヤツじゃねェと続かねェだろうし』

『ソデスネー、多少の技術力はもってもらいたいデス』

「ケモプロはUGCを大切にする、と標榜している。実況配信をして盛り上げてもらいたいなら、ハードルは下げるべきだろう」

『ム……』

「……同志は、どうなったらできると思う?」


 従姉が横から覗き込んできて聞いてくる。


「そうだな。マイクは必要だとして、それをPCにつないで、あとはケモプロで配信ボタンを押したらできるぐらいの手軽さならできそうだ」

「聞くときは?」

「ケモプロ内からリストが出てきて、それを選んだら聞ける、というのがいいだろう」

「……音声をケモプロ側から配信、だね。うん、いいと思う」

『待った待った。セプ吉、帯域的にはどうだ?』

『クラウドゲーミングよりはるかに軽いデスカラ、問題ないデスヨ。テイウカ、タイミングよかったデスネ。有り余ってるから帯域減らす手続始めたとこデシタシ』

「他には、何かある?」

「実況についてはそれぐらいだ――」

「はいはーい!」


 ライムが元気よく手をあげる。ミタカが嫌そうな顔をしているのが目に浮かんだ。


「配信機能を取り入れるなら、らいむ、実況席を映して欲しいな!」

「実況席?」

「漫画じゃお約束じゃん、実況アナウンサーがマイク持って立ち上がるとことかさ!」


 言われてみれば確かにそういうシーンがよくある。野球に限らず、実況のあるスポーツ漫画ではアナウンサーも重要なキャラクターの一人、ということか。


「せっかくアバターあるんだし、映さない手はないと思うな!」

『マァ、できないことはねェな。リップシンクといくつかエモートをつければそれなりに……』

「あ、エモートとかじゃなくて! らいむ、こういうのがいいな!」


 ライムは何かの動画のリンクをいくつか貼り付ける。


「どれ」


 適当にそのうちのひとつをクリックし――


《はいど~も~。バーチャルぅ……のじゃロリぃ……。バーチャル! のじゃロリ! 狐娘……Youtuberおじさん? の、ねこますでーす》


 なんだこれ。


「年末にバズったやつだよ、知らないの? 今ねぇ、キズナアイとか、狐娘おじさんとか、そういうバーチャルYoutuberが流行ってるんだよ!」


 画面の中では無表情なケモミミを生やした少女が、わたわたと動いていた。やけに人間臭い動きだが、どうみてもCGの3Dモデルだ。


『……簡単なモーションキャプチャーと……FaceRigを使ってるやつか』

「知っているのか」

『まァだいぶ前に話題になった技術だかんな。カメラの前の人間の動きを、3Dモデルに反映する仕組みだ。表情もトレースできる……んだがなんでコイツ無表情なんだよ……』

『モーション作ってないんじゃないデスカネ。まだまだ技術力が要る部分デスヨ』

「うんうん。そこで! 手軽にハイクオリティなずーみーちゃんデザインの、それもカスタマイズ可能なアバターが動かせる! どうどう? 売りになると思わない?」

『マァ、言いたいことは分かったし、いろいろライセンス買やできなかないが……』


 ミタカは一息置いて問いかける。


『なんでこいつ、狐娘なのにおっさんの地声なんだ?』


 のじゃロリ狐娘は、おじさんボイスだった。


『いやこれがいいんじゃないッスか? チャンネル登録しとこ』

『おま……守備範囲広いな』

『野球ダケニ?』

『うるせぇよ』


 俺も登録しておくか。


『とにかくだ。リソースにも余裕があるし、双方にメリットもある話だ。評価システムとか規約とか細けぇことは後で詰めるとして――ふたつ、つってたな。もうひとつはなんだよ?』

「野球好き……というか……野球に興味を持つ人口を増やしたい」

『どゆことッスか?』

「そもそもケモプロは、俺とツグ姉がプロ野球に興味を持てないから作り始めたんだ」


 野球漫画や野球ゲームは興味を持てても、現実のプロ野球に興味を持てなかった理由。

 それは選手――人間の顔を覚えられなかったり、歴史の厚みに気が引けたり、視聴環境に不満があったりと様々なものから来ていた。

 ケモプロはそれらの理由を解決し――制作側に立った熱意もあるだろうが、とにかく俺が興味を持って接することができるようなゲームになった。


「――だが、俺たちとは違う理由で興味のない人間を、ケモプロは取り込めていない」

「同志、それは……?」

「野球のルールが分からない人たちだ」


 セクはらのタカサカの部下、ウガタが言っていたことだ。


「野球のルールは複雑で、なんとなく見ているだけでは理解できない。その時点で興味を失って離脱してしまう人も多いんじゃないか?」

『あー……分かるッス。自分もルールが分かるまでは、テレビに野球映してるの嫌だったし』

『そういや、オレんとこもお袋がそういうクチだったな……』

『ワタシは未だによく分かってマセンヨ』

『オイ』

『ソーユーモンじゃないデスカネ。コンシューマでも野球ルール解釈のおかしいゲーム出るって言うジャナイデスカ?』

『……マァ、ごく一部のな……開発規模の小さいやつには、そういう例もあるが』


 あるのか。逆にどんなルールになっているのか気になるな。


『それで先輩、ルールが分からない人をどう取り込むんスか?』

「ルールを学べるようにしたらいいんじゃないかと思っている」


 パワプロで野球ルールを覚えた、という人もいるらしいし、ケモプロで覚えてもらうのもいいだろう。


「プロ野球の放送でも、必ず実況と解説の二役がいるだろう? 一部のではすでにそういう体制になっている実況配信もあるが、知識のある人を揃えるのは大変だ。それに、そういう解説も難しいプレーしか説明しない――常識になっているようなことはいちいち言わない。そこを補ったらいいんじゃないかと思う」

「具体的には?」

「判定した理由……判定の元になったルールを表示したらいいんじゃないか? ストライクをコールしたら、ストライクの規定が表示されるような……」

「あ、それならあるよ」


 あるのか。従姉は手回しがいいな。


『デバッグモード用の機能だな。AIの教育に使ったんだわ。チトマテ……ほらよ、これだ』


 ミタカが動画を貼る。バッターがボールを打って二塁ランナーがスタートするが、ボールがノーバウンドで捕球される。慌てて二塁に戻るも送球が間に合いダブルプレーになるシーンだ。

 その場面の横で、ずらずらと付箋のようなものが流れていく。


[フェアゾーンの定義……]

[フェアボールとは……]

[フェアボールに触れたとき……]

[バッターがランナーになる場合……]

[キャッチ……]

[リタッチ……]

[ランナーがアウトになる場合……]

[プットアウト……]


「多いな」


 状況に応じて、付箋は滝のように流れている。どうもクリックすると詳細が見れるようだが、とんでもない量だ。先ほど挙げた物はすぐに見えなくなってしまう。


『デバッグ用だからな。メタAIが何を基準にしてんのかっつー……マァともかくだ。表示量を調整すりゃ一般機能にできるかもしれねェが、問題が二つある』

「……というと?」

『このルールの文言、公認野球規則のモロパクリなんだわ。さすがに書籍を無許可には使えねェ』

『公認野球規則……ってなんスか?』

『ルールブックだよ。毎年出版されてっぞ』

「野球のルールブックは関係者以外には門外不出と聞いたが」

『オマエ、いつの話だよ……10年前から出版されてるからな?』


 知らなかった。いや確かに野球ゲームを作る以上、そういう本がなければ困るが。


『とにかく、書籍をバラしてスキャンしてOCRかけてブッコ抜いてる以上、この機能を公にするなら版元と契約が必要だろーな』

「逆に言えば、契約さえできれば問題ないということか。それで、二つ目は?」

『契約できたとして、まァ表示量を調整したり、学習モードっつーか? 知ってるルールは表示しないようにできるとか、そういうフィルタを搭載して使いやすくできたとしてだ』


 ミタカはネットの向こうで眉間にしわを寄せる。


『動画配信版には載せられねェ。クライアント版とWebブラウザ版のみの機能になると思うが……果たして、オマエの言うルールが分からなくて興味のない層が、動画配信版以外を使って見るか?』

「……見ないだろうな」


 クライアント版はインストール、Webブラウザ版はインストールの手間はないがスペックが必要で、視聴までのハードルが高い。一番気軽に見てもらえる動画配信に載せてしまえば、不要な人にはおせっかいだし、詳細も確認できないし、それでいて画面を占有するのだから邪魔なだけだろう。


「となると、目的に沿わないか……すまない、考えが足りなかった」

「でもお兄さんの目的自体は、らいむ、いいことだと思うな! 視聴者層の拡大は常に考えないと! それに、ルール表示機能も、野球の勉強をしたいとかゆーニーズには沿うんじゃない?」

『自分もあると助かるッスね。漫画描くのに助かるんで』

『オレも勉強にはなったな。……んじゃま、公開に向けて進めてみっかね』


 機能が増える。できることが増える。それはいいことだ。

 だが、最初の目的は達せられていない。


「……ルールが分からない層を引き込むのは、やはり無理だろうか?」

『この方法じゃあな』


 別の手段が必要ということか。


「どういう機能があればいいのか……」

「んー、らいむね、それは機能追加では解決しないと思うな」

「何かあるのか?」


 横を向くと、ライムはいつものように、雲のように笑った。


「ムフ。ケモプロ本体以外のコンテンツが必要ってことだよ。例えば、ずーみーちゃんの漫画みたいにね!」

『自分の?』

「うん。あれはプロ野球には興味がないけど、野球漫画には興味がある、って人をケモプロに繋ぐ導線になっているでしょ? つまり――」

「――ルールが分からない人間を、ケモプロに繋ぐ別のコンテンツが必要ということか」

「あったりィ。さしあたっては、ルール解説……ううん、野球入門動画とか、クイズアプリとかがいいかも?」


 なるほど、いいかもしれない。というかクイズは俺がやりたいな。


『案としちゃ悪くねェが……』

『ソレも少し問題デスネ。人手が足りマセン』

『だな。動画についちゃ優秀な脚本を書ける奴が必要だろ。初歩から分かりやすくまとめるには、野球に詳しい上で初心者の気持ちも分かって、さらに教え方が上手くねェと』

「なかなか難しそうな条件だな」

『クイズも野球に詳しくて、いい問題を量産できるヤツじゃないとダメだ。センスと物量がモノを言うからな』

「でもでも、そこさえクリアすれば目はあるでしょ? 今あるクイズアプリってクソダサデザインばっかりだし。ずーみーちゃんの絵の力があればかなりイケそうだよ!」

『わっはっは。……使い回しってわけにゃいかないッスよねぇ……』


 ずーみーのスケジュールはパンパンだ。これは今すぐにというわけにはいかないだろう。


「動画とクイズに関しては、ひとまず置いておこう」

『リソース足りねェしな。そうしてくれ』


 だが放っておくわけにもいかない。

 ルールを知ることで野球に興味を持てるなら――その可能性があるなら、早くその道を示したい。


 俺たちの用意したケモノプロ野球を、もっと楽しんでもらいたいじゃないか。

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