新年の報告会(中)

 ライムの発言に、ミタカはネットの向こう側で嫌そうな顔をした。


『何の話だよ』

「年末に別会社から受けてる案件がポシャって、だいぶ愚痴ってたってツグお姉さんが」

『ツグ~! お前な~!』

「あ、あれ? アスカちゃんから聞いてたんじゃないの……あれ?」


 夕食のときの話か。俺もライムが知ってるものだとばかり思っていたが……うまく誘導して聞き出しただけらしい。


「ムフ。それでお仕事の減った結果、アップデートのスケジュールはどうなるのかな? らいむ知りたい!」

『チッ……マァ隠すもんじゃねェけどよ。VRとマイルームは今週末公開だ。これでいいだろ』


 中旬が上旬に繰り上がった。元々上旬の予定だったものが、俺やライムの要望で中旬に延びたのだが、当初の想定どおりになったというわけだ。


「無理したんじゃないか?」

『今さらだな。ま、スケジュールが空いてて暇してただけだ。気にすんな』

「うんうん。じゃ、次のアップデートの相談だね!」

『オマエは少しは気にしろ』

「あー、お兄さんだけ特別扱い? へえ~?」

『むしろオマエの方だっつの……はぁ……』

『えーっと! 次はロッカールームだったッスかね?』

「えと、選手控え室……だね」


 選手をリアルな存在として成立させる。そのためにケモプロは多大なリソースを費やしている。

 とはいえ、今ユーザーからはグラウンドにいるケモノたちしか見えていない。野球をしている時間以外にもケモノたちは活動しているが、その『オフ』の様子はまだ見ることができない。


 そこで手始めに『選手控え室』を公開する予定だった。もちろんロッカールームもあるし、ケモノたちはそこで着替えをするのだが、メスもいる以上ロッカールームを公開することはできない。

 ということで、着替え終わった選手たちが球場を後にするまでの間コミュニケーションをとる場所として、選手控え室を用意したわけだ。


「ずーみーちゃんのキャラがやりとりするんだよね? 楽しみ! 今、どんな感じ!?」

『各球場の控え室自体は、モデリング終わってるッスよ』

『まァ後は学習次第ってトコだな』

「学習? どうして?」

「えっと、じゃあこの動画を見て」


 従姉が動画を再生する。選手控え室の様子だ。何人かのケモノ選手が私服に着替えて、ロッカールームから出てくる。


『お、私服! いやー動いてる所を見るとまた違うッスね』

「これセクはらの服だよね? うーん、コーデの基本がなってないよ」

「着こなせるのはライムぐらいだろう」


 ケモプロ内に登場する洋服はセクシーはらやまとコラボしている。誰がどう着ても昭和のダサさにじみ出るデザイン。どうやらAIでも着こなせないようだった。


 ケモノ選手たちは何人か集まると、わいわいと話し始める。言葉は文字にはならないが噴き出しにアイコンで表示されるので大意は伝わる仕組みだ。どうやら先ほどロッカールームで着替えをしていたときに、ズボンを脱ごうとして転んだ件で盛り上がっているらしい。


『楽しそうデスネ。表情も豊かダシ、見ていて楽しいデス』

「うんうん。さすがずーみーちゃんのデザインだよね。……でも」


 ライムは画面を指す。


「……なんでこの子たち、部屋の真ん中に集まって立ったまま話してるの?」


 控え室には椅子も机もある。だが、ケモノたちは誰一人として座っていなかった。立ちっぱなしで……これは、あれだな。


「……円陣か?」

『複数人で相談するシーンが、マウンドに集まって話すところしかなかったからな。なんか、こういうときは円陣を組むのが最近のトレンドらしいんだわ』

「つまりAIの学習結果がコレってこと? らいむ、ちょっと間抜けだと思うんだけど」

「まだ控え室を作ったばかりだから……椅子に座って話すほうが楽だって学習したら、また変わると思う」

『マァ、今は椅子に座ると疲れにくいぞとか、机に座ると行儀が悪くて他人に嫌われるぞとか、そういうアドバイスしてやってAIを鍛えてる最中だ。ガンガン学習をぶん回せばそのうち良くなるだろーが、ちっとスケジュールは読みづれぇな』

『あー、電脳のイグマとか机に座りそうッスねー』

『悪ぶるのが好きそうデスカラネ』

『マ、まずは一般常識を作って、そっから個性出しだな』

「……つまり、オフの日を公開するのはまだまだ時間がかかるということか」

「そう、だね」


 従姉はメガネの奥で目をキュッとひそめる。


「アスカちゃんが作ってくれた、AIのコミュニケーション部分は問題ないけど、そのシーンごとに違和感のない行動をするまでにするのは、それぞれ時間がかかるから……」

『物量も必要だしな。シーンは先に先にで用意していくが、野球の練習と同じでAIの成長待ちになるわな』

「……ということは、それ以外の話も進めていかないとダメか」


 AIが成長するまで何もアップデートはありません、では寂しいからな。


『ハン。言うと思ったぜ。アレだろ、応援曲の話がしてェんだろ? 前に言ってたからな』


 ミタカはネットの向こうでニヤリと笑う。どうやら準備していたようだ。


『おッ! できたんスか!?』

『焦んなよ。まずは座席販売のシステムからな』


 チャンネル1――動画配信版に確実に映る席の販売。KeMPBの新しい収入源のひとつだ。


『まァ入れるメリットは結構あったな。今は一週間ごとに、自分のアバターが観戦する試合とそれで座る席の予約ができるんだが、早いもの勝ちになっててな』

『地味ーに、予約開始時間のアクセスが重かったんデスヨ。席の取り合いになってて……』

『つーことで、無料の観戦については早い者勝ちのままにしとくが、有料の座席予約については抽選にすることにした。これでアクセス集中も多少は解消すんだろ。あとは、いくつかのエリアには団体枠もつけた』

『団体枠? なんでッスか?』

『観客のウェーブとか再現するために座席販売するのに、個々に抽選じゃ結局バラバラになんだろ? 団体枠をとってフレンド同士で席決めするようにすりゃ解決だ。もちろん金は個人ごとに払ってもらうがな』

『そして、フレンド機能――ソーシャル方面も拡充デス!』


 ニャニアンがフフン、と鼻を鳴らす。


『ソシャゲでよくあるギルド機能――ケモプロではその名も、応援団! これまではフレンドを個々に管理する必要がありマシタガ、コレで団体様も安心デスヨ!』

『マ、応援団に所属して、代表が団体枠を申請。枠人数分の団員が承認して抽選申し込みが確定して、抽選、支払い。団員の座席を決定する――ッてェ流れになるわけだな。承認がなければ申し込みがポシャるから、身の丈にあった団体枠を申請するよう注意を促す必要はあるか』

「なるほど」


 例えば応援団員全員分の枠を予約しようとしても、一人でも承認しなければ申し込み自体が流れるわけだ。厳しいかもしれないが、お金を払う以上は必要な流れだろう。

 ……それは、それとして。


「ところで、その応援団にはいくつまで所属できるんだ?」

『エ? ……エ、ひとつ……じゃ駄目なんデスカ?』

「全球団のユニフォームを買ってくれている人もいるだろう。複数の球団を応援している人がいてもおかしくないと思うんだが」


 そういう人がひとつの応援団にしか所属できないとなると困ってしまうのではないか。そういった懸念を伝えると、ミタカとニャニアンは少し黙った。


『……セプ吉。データベース的にはどうだ?』

『いけなくはないデスヨ。仕組み的にはどうデス?』

『ひとつの試合で複数の座席予約に関わらなければいいだろ』


 そして二人とも長く溜め息を吐き出す。


『……わかった。少し検証すッけど、複数の応援団に所属できるようにする方向でいくわ』

『複数ギルドに入れるMMOとかレアデスヨネ。マア、ギルドレベルでの特典とかナイからイイデショ……』

「特典か……」

『ナイデスヨネ!?』

「なくていいと思う」


 人数や設立期間で組織にボーナスを与えるのが一般的だが、ケモプロでそれをやることは新規ファンが入りづらく、気軽な観戦を阻む結果になるだけだろう。


『ムギムギシマシタヨ……』

『何がだよ。あー、てェことでだ。ここまでやって、ようやく応援曲の話な』

「確かJASRACが問題とか言っていたな」


 JASRAC。日本音楽著作権協会。音楽を利用するあらゆるシーンで使用料の徴収を担当する組織。

 何かと目の敵にされる組織だが、他に代替となる同等規模の組織がないため、音楽を扱う際は避けて通れない相手だ。


『マァその絡みだわな。つーことで先に言っておくが、アバターが楽器を使って自由に演奏する形式はナシだ』

「らいむ、そういうゲームもあるって聞いたけど? 楽器で演奏できるやつ!」

『あるこたある。だが楽器を演奏できるMMOはなんでも演奏していいという規約にはなってねェ。著作権上問題ないものだけにしろ、ってお達しの上でやってるっつー建前だ。問題起こしたらユーザーの責任になんだよ』

『んん? どういうことッスか?』

『オンラインゲーム、デスカラネ。演奏した時点で、不特定多数への配信になるワケデス。デスノデ、その時点でJASRACに支払いが必要にナリマス』

「お金を貰わない――非営利目的の演奏なら必要ないと聞いたことがあるが」

『ユーザーはそうだろうが、その舞台・機能を提供してるケモプロは非営利か? アァ?』


 入場料は無料だ。だが広告で収入を得ているし、物販もしている。座席の有料販売も始める以上、どこをどうとっても営利目的だな。


『あ、でも甲子園の応援団は、JASRACにお金払わないでいいって聞いたことあるッス』

『ありゃ特例だ。プロ野球じゃ選手の登場曲なんてのも流してるが、あれも数年前から徴収が始まってる』

『今までセーフナノガ、急にアウトになったりしマスカラネ。抜け道探すのはヤメマショー』

「使用料を払いたくないわけじゃない」


 音楽を作る人。管理する人。どちらも大切な仕事だ。見合った報酬は受け取るべきだと思う。


「使用料を払うとして――それでも自由な演奏がダメだという理由は?」

『二つある。ひとつ目は――純粋に、料金がたけぇんだよ。利用シーンに応じて料金が変わるんだが、実は入場無料のスポーツイベント扱いなら、払えない金額じゃない。全然飲めるレベルだ。が……ちいっと問い合わせたところ、スポーツイベントとは見なされなくてな。んでゲーム扱いだと、かなり厳しい金額になる』


 ミタカは問い合わせた結果の見積もりを貼りつける。確かにこれはケモプロでは厳しかった。


『んでふたつ目はな……音楽の著作権管理団体は、JASRACだけじゃねェんだよ。規模はちげェが、複数社ある。そのうえさらに、管理団体を通してねェ楽曲もある。そういったやつは本来ならイチイチ著作権者にお伺いを立てないといけねェわけだ。……どうだ、そいつらをキッチリ片付けられると思うか?』

「……現実的ではないな」


 聞いたこともないような曲を演奏されて、それが管理団体の管轄外だと、作者を探して交渉していかないといけなくなる。一曲ならまだしも、数が増えればとうてい処理できなくなるだろう。

 かといって、そういったものは無視するとか、ユーザーに責任を転化するのも違うだろう。著作者はきちんと報酬を受け取るべきだし、ユーザーが意図せぬリスクを負うのも良くない。


『んじゃ、演奏はダメッスか……球場が盛り上がっていいと思ったんスけど』

「いや。自由な演奏がダメという話だ。ミタカには別案があるんだろう?」

『まァな』


 ミタカはネットの向こうで肩をすくめる。


『普通に考えりゃいいんだよ。こっちが権利を持っている楽曲の演奏のみに絞りゃなんの問題もねェわけだ』

『あ、そっか……そりゃそうッスね』

『つーわけで、楽譜を課金アイテムとして新しく販売しようぜ。いくつかの楽器にパートを分けて、何人かで協力して演奏できるようなシステムだな。ついでにチャンネル1――動画に映る場合は、あちこちで演奏されてちゃゴチャゴチャしてたまらねェからな。だから2エリアだけ、演奏が動画に載る特別エリアを設定する』

『ショージキ、座席はあんまり売れないと思ってたんデスケド、演奏可能エリアなら売れそうデスヨネ』


 なるほど。確かにあちこちでバラバラに曲を演奏していたらただの騒音だ。理由もしっかりしているし、特別なエリアがあることに反感は生まれないだろう。


 そう考えて頷いていると、横からライムが身を乗り出した。


「ねえねえアスカお姉さん。それで楽譜は誰が作るの?」

『さすがに外注だな。効果音はツグのサウンドエンジンでどうにでもなるが、曲はさすがにな。こんなかに作曲経験のあるやつもいねェだろ? ま、権利団体を相手にするより手間もコストも――』

「うーん、らいむ、それはよくないと思うな」

『アァ?』

「だってさ、アスカお姉さん。応援曲、だよ?」


 ……そうか。応援曲だった。


「正式サービスが始まってもう二ヶ月。球団にはそれぞれファンができてきていい感じなところに、急に『これが今日からチームの応援曲だぞ』って楽譜を渡されても納得しないと思うな~」

『……んじゃどうしたいんだよ?』

「投稿してもらおっ♪」


 ムフ、とライムは雲のように笑う。


「投稿システム作って、ファンの支持を集めたら導入する感じ? うん、いいよね! お金は……あげたいところだけど、ここは無償提供してもらうかな? うんうん、なら楽譜も無料だね!」

『オイ。マネタイズできてねェぞ』

「応援曲がつくことで総合的にゲームのクオリティがあがるんだからいいんじゃない?」

『投稿されたのが他の楽曲のパクリだったらどうすんだよ』

「そこはもうチェックしてもらうしかないよね。ファンはゲームに導入前に楽曲を聞いて、いいと思ったら推薦して、何かのパクリだと思ったらそれを指摘する。みんなが審査員、みたいな?」

「最初にチェックするのは球団オーナー側にしてもらったほうがいいだろう」


 あまりに目指すチームカラーと違うものが出てきたら困るだろうしな。


「投稿、球団のチェック、公開、投票、導入――そういう流れだな。ライムの言うとおり、投稿者に対するリターンも、楽譜の販売もないほうがいいだろう」

『それだとシステムを用意するオレらだけが出血するわけだが……ハァ……』


 がしがし、とミタカが頭をかく音がする。


『わーったよ……確かに押しつけはウゼェしな。そん代わり投稿ページ周りはライム、オマエが作れ』

「ムフ。いいよ。そうそう、マネタイズだけど、楽器は課金アイテムにしていいと思うな!」

『ああ、今も鳴り物は課金アイテムだしな……種類増やせばある程度面白くなるか?』

『テルミン入れマショウヨ、テルミン』

『オマエがモーション作れよ? さすがに演奏までAIにモーション学習させねェからな?』

「あ……えと、やらないの?」

『やらねーよ! やれそうだけどやんねェ!』

「でも……えっと、選手がオフの日に、演奏するとか……」

『ウグッ……――アバターと選手のモーションは別だ。アバターのは普通の手法でいく。選手のは、そのうちな……そのうち』

「さっそく楽器関連のスポンサーとりつけなきゃね、シオミお姉さん!」

『そうですね。すでに候補としてはいくつか……――』


 わいわいと盛り上がる。ミタカとライムは一見衝突しているように見えるが、目指す方向は同じだ。だから最終的にこうしてまとまれる。言い合いを支えるのは確かな思想と技術力――頼もしい限りだ。


「それでは」


 だからこそ、信頼して託すことができる。


「ふたつ検討してほしいものがあるんだが」

『……週末のアップデートにはもう入らねェからな?』


 ……信頼は、常に得られるように行動するべきだな、うん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る