新年の報告会(上)

 1月8日の夜。


「では報告会を始めよう」

「いぇ~い!」


 ライムがテンション高く声を上げる。


『あれ? ライムちゃん、先輩の所にいるんスか?』

「そうだよ! らいむねぇ、今日はお兄さんとデートだったから! ムフ」

『ええええぇ!?』

「ええぇ!?」

「デートだったのか?」

「二人で一緒に食事して、遊んだじゃん?」


 確かにそういうこともしたが。


「どちらも商談つきだった気がするんだが」

『あ、あぁ……なんだ、商談ッスか』

「もー、お兄さん、ネタバレが早すぎるよ!」

「すまない」


 どうやら俺の初デートはまだのようだ。


『クジョウさん。ユウ様と商談に行くとは聞いていませんが……?』

『ライムテメー、また何か勝手に動いたのか?』

「ぶう。いいじゃん、いい話だったよ。ねえ、お兄さん?」

「最近問い合わせに入ってきていた件だ、シオミ。こんなに早く進むとは思わなかったが」

『……メールのCCには入れてくださいとあれほど』

「電話したんだも~ん♪」


 ネットの向こうでシオミが青筋を立てているのが見える。


『……ユウ様?』

「今後は気をつける」

『それで? どんな商談だったンデスカ?』

「ええー、今聞いちゃう? あとのお楽しみにしたほうが……」

『胃に悪ィからさっさと吐け』

「むう」


 ライムはぷくりと膨れる。目で促してくるので、俺から話すことにした。


「最初に行ってきたのはスポーツバーだ」

「すぽーつばー……って何、同志?」

「店内に設置したテレビやモニタで、スポーツ観戦をしながら酒が飲める店だな」


 行ったのは昼時だったので、ランチしか食べていないが。


「そこの店主から、ケモプロを店内で流したい、と相談を受けた」

『……ハァ? スポーツバーで? リアルのスポーツ以外を?』

「プロスポーツにはオフシーズンがある。たいていは冬だな。今日行った店は野球専門のスポーツバーだったんだが、特に野球は明確にオフシーズンがあって秋から冬とかなり長い。普通のスポーツバーではその間はサッカーや他のスポーツを流しているんだそうだが、その店は専門を謳う以上そういうこともできなくて、オフシーズンは普通のバーとして経営している」

『ははぁ。そこでケモプロッスか』


 ケモノプロ野球は、まさにNPBがオフシーズンに入る11月がオープン戦の始まりだ。ケモプロがオフシーズンに入る頃にはNPBのペナントが始まっているから、野球のオフシーズンを野球で埋めるのにはうってつけというわけだ。


「店主もかなりケモプロを気に入ってくれていてな。店に映像を流そうか……と考えたところで、何か条件があるのかもしれないと問い合わせてくれたわけだ」

「条件……って、どういうこと?」

「ラーメン屋にいくとテレビが置いてあったりするだろう」

『あー、薬局とか、病院とかよく置いてあるッスね』


 そうか、そっちで例えればよかったな。実はラーメン屋に行ったことないし……マンガの中ではよく置いてあるんだが。


「あれで地上波とかを映す分には、無料だ」

『NHKの受信料は必要だぜ。しかもテレビ台数分な』


 それがあったか。


「とにかくそれ以外は無料だ。ただし映していいのは生放送のみで、録画は私的利用のみの許可だから駄目だ。となると地上波のスポーツ番組を流す時間しか、スポーツバーを名乗れなくなってしまう。そこでたいていのスポーツバーは、衛星放送などのスポーツ専門番組と法人契約をしているんだそうだ」

『普通の契約と何か違うんスか?』

「個人契約と同じでいいところもあるが、基本的には高額になる。テレビ台数分の割り増しもあったりな」

『台数重要ッスね……多いとお金がかかって、かといって少なかったら見づらい席もあるだろうし』

「ケモプロは今のところ条件を明確にしていない」

『マァ、特に想定してなかったしな。事例もパブリックビューイングぐらいか?』


 セクはら店舗内のパブリックビューイングイベントは、なかなか好調らしい。デーゲーム限定だが、勝つとその場でタイムセールが始まるというのだから商売上手だと思う。


『んじゃ、条件決めの相談か? 取れるとこは取りてェが、競合よりは有利な価格設定にする必要はあんな。他社の最安値って――』

「無料にしたい」


 ミタカがぴたりと口を閉じる。


『……あー……生放送はってことか?』

「生放送も録画も無料にしよう」

『オマエな、ツグを食わせていく気はあんのかよ?』

「あるが、ここでお金を貰うことはできないだろう」

「そうだよ、アスカお姉さん!」


 膨れていたライムがようやく元に戻って口を開く。


「そもそもケモプロは無料で見れるんだよ? 無料で見れるのを、お店だからって有料にするの、らいむどうかと思うな!」

『他の放送局もだいたいそういう収益モデルだろが』

「じゃ、UGCで作られた動画はどうするの?」


 User Generated Content。ユーザーがケモプロを題材に作る二次コンテンツだ。


「実況動画も有料? ならユーザーに還元する? そもそも本放送じゃない動画までフォローできる?」


 例えばケモプロの放送を有料だとして、ケモプロのUGCを有料の範囲に含めればそれを作ったユーザーへの還元がないのはおかしい。せっかく動画を作るほど応援してくれるファンをないがしろにすれば、反感を買うばかりだろう。

 では公式の放送のみ有料としてUGCは無料とするか? それも難しい。というか、その場合は公式の放送が見向きもされなくなり、誰かの作った動画だけが流されることになるだろう。それの質がよければまだしも、質の悪いものしか出回らなければ、やがてケモプロを流す店はなくなってしまうに違いない。


「俺はケモプロはいいコンテンツだと自信を持っている。だけど、まだ他の――既存の放送と並び立てる段階ではないとも思う」


 何年何十年と現場でやってきたプロがする画作りを、ケモプロの自動カメラはまだ超えられていない。ファンの数の差も圧倒的だ。普段なら見向きもされていなかっただろう。


「声のかかった今がチャンスだ。ケモプロが需要が最も高いのは、プロ野球がオフシーズンの今しかない。制度を作る時間も惜しいし、お金を取るよりは将来を見越してファンの拡充を図りたい。だから、無料にしたいんだ」

『……先行試験サービスってことで無料にして、後から金を取る手もあんじゃねェか?』

『やめときマショー、アスカサン。コレ、無料で英断デスヨ』


 ミタカがそれでも別案を出すと、割って入ったのはニャニアンだった。


『ア? なんでだよ?』

『テレビ放送との違いを考えてクダサイ。……ケモプロはネット配信なんデスヨ?』

『……アァ、なるほどな』

「どういうことだ?」


 ミタカはその一言で分かったようだが、ネット配信だからなんだというのだろう?


『衛星放送を見るのに必要な手続きは分かりマス? 申し込みすると、工事のヒトがアンテナとチューナーを置いてテレビで見れるようにしてくれるんデスヨ。あとはリモコンポチポチでおしまいデス』

『対してケモプロを見たけりゃ、ネット環境と、端末と、モニタが必要になる』

「うん? 簡単だよね? 今時どこの家にもネットはあるし、動画を見るだけならChrome Castとかfire TV stickだってあるし、なんならスティック型PCって選択肢もあるじゃん」

『イロイロあるのが逆にめんどくさいンデスヨ……』


 ニャニアンは溜め息を吐く。


『モシ、有料でケモプロを提供するとなったら、見れるようにする義務が発生するデショウ?』

「お金を払っているのに見れない、というのはありえないな」

『モ、ソーナルト、死ぬほどめんどくさいワケデスヨ。衛星放送が機材設置やトラブル対応できるのは、それだけの企業体力があるからデス。全国に訓練された業者を派遣できる体制があって、初めてできる仕事デスヨ』

『都内の数店舗だけってなら、セプ吉を派遣してもいいけどな。そうじゃなきゃ遠隔地の業者は必須だ。んでもって質のいい業者はなかなかいねェんだと』

『IT機器の設置に、電源の入れ方さえ分からないオジサンを派遣するとかザラデス。デジタルサイネージ設置のヘルプに呼ばれたトキ、ネットに繋がらないって言うカラ見たら、ルータに電源が刺さってないどころか一切配線されてなかったトカ……』


 それは恐ろしいな……金を出せばどうにかなる問題だと思いたいが……。


「んー、ケモプロなら機材一式そろえて、送りつけたらあとはつないでくださいってレベルで展開できるんじゃない? ネット環境はなんならWiMAXとか?」


 やりたいわけではないけど、と言いつつもライムが疑問を呈する。


『お金をかければできるでショウネ。デスガ、展開先が飲食店というのがまた地獄デス。特に小さい店は』

「……というと?」

『建物の奥に方にあると電波飛ばなかったり、そもそもコンセントが足りないからって電源切っちゃいけないモノから抜いたり……人数ギリギリでやってるとこはトラブっても忙しくて誰も対応デキナイシ……年配のヒトは機械なんて触りたくもないとか言い出スシ……ウゥ、トラウマが……』


 トラウマレベルなのか。


『……だから、無料デスヨ。できるヒトがやる。できないヒトは知らない。サポートはしない! なぜなら、無料ダカラ! 無料サイコー!』

「わかった。将来的にも有料化はしないことにする」

「業者さんに任せちゃえばって思ったけど、評判落ちそうだしやめとこっか」

『ゼヒやめてくだサイ』


 そういうわけで、ケモプロはどこでその映像を流そうと無料である、ということになった。


「でもでも、だからって何もナシってわけじゃないからね? お仕事はキッチリ作ってきたんだから」

『……何をですか?』

「パンフレットの販売だ。ケモプロの映像を店内で流すにしても、何も説明せずにというわけにはいかないだろう。そこで、ケモプロとは何なのか――チームは何があってどんな選手が主力なのか、そういった解説を載せた来客用パンフレットを、店舗向けに販売する」

「パンフレットを購入した店舗には、特典としてもれなく、『ケモプロが見れるお店一覧ページ』に掲載しちゃうよ!」


 こちらとしてもケモプロが観戦できる店を紹介したい気持ちはある。そこで新しいファン同士の交流も生まれるだろう。とはいえ、申請があればなんでもかんでも掲載する――わけにはいかない。ケモプロ目当てで行ったのに見れなかった、という事態が起きては困る。そこで審査をかねてのパンフレット販売だった。


「パンフレットの制作は、ユキミおじさんに回しちゃったから、KeMPBとしては薄利だけどね~」


 日刊オールドウォッチ。電脳カウンターズのオーナー企業。Webを主戦場とするメディアについて報道するメディア。デマや誤報の訂正に精力的な、ゴシップとお堅さを兼ね備えるニュースサイト――なのだが、現在のアクセス数で上位にあるのはケモプロの記事ばかりらしい。確かに試合内容を分かりやすくまとめたテキストも、写真撮影機能をフルに利用した画像も、そこらのスポーツ紙に劣らぬ品質だ。人気が出るのも分かる。


 ――なのだが、電脳は収益的には奮っていない。他の球団と比べて売り物が少ないからだ。そこでパンフレット制作の仕事を回すことにした。


「俺たちが作るよりは、客観的になっていいと思う」

『まァ確かにな』


 内部データを見て書いたとか誤解されかねないからな。……見てないし、見たところでよく分からないらしいんだが。


『んで? スポーツバーだけか?』

「いや。その後はVR体験を中心にしたアミューズメント施設に行った」

「楽しかったよねー! らいむとお兄さんでバッタバッタと敵を倒してさ! まあお兄さんの援護射撃はあんまり意味なかったけど、らいむの剣さばきったら」

『デートじゃないッスか……』

「商談だぞ」


 普及しつつあるVRだが、やはり一式そろえようとなるとそれなりに覚悟が要る。そこに目をつけたのがアミューズメント施設だ。VR機材を貸し出して、さらに施設ならではのゲームを提供する。広い空間を動き回るVRゲームなんていうのは、今のところこういう施設だけでしか遊べないだろう。……家にバンジーっぽいものを吊るすとか、できないからな。


「東京ゲームショウに出展したときから注目していたそうでな。VRモードが正式に搭載されるということで、こちらでもケモプロを出さないかと提案された」

『……野球のゲームはすでにあった気がすんぞ?』

「ジャンル被りは気にしないでくれと言われた。というか、アクティビティとして設置したいわけではないそうだ」

『ハァ?』

「なかなか盛況のようで、今日行ったときもだいぶ混雑していてな」


 特に人気のアトラクションには待ち時間が生じていた。

 安全面的にもアトラクションの操作的にも、どうしてもスタッフが付きっ切りで対応する必要があるため、一度に体験できる人数が限られる。仕方ないといえばそうなのだが。


「それで待ち時間中に楽しめる、VRヘッドセットをかぶるだけでいいコンテンツを探しているという話だった」

『……で? 具体的に何を作ってくれっつわれたんだ?』


 話が早くて助かるな。


「ベンチから野球を観戦するものが欲しいらしい。実現してくれるなら、ベンチを再現したコーナーを用意するとも言われた」

「座ってよし、立ってよし、手すりから身を乗り出してよし、だね!」

「あとは他のアトラクションの順番が来たら知らせてくれるアラームがついたら助かるとも」


 応援に夢中で順番を逃しても困るだろうしな。


『……受けたのか?』

「担当者と検討する、と回答した」

『ハン。学習してるじゃねェか。予算とか仕様とかそのへんまとめた資料あんだろ。寄越せ。工数見積もるわ』

「はーい、今送ったよ!」

『はァー、ふわっとしてやがんな……まずは打ち合わせからか。たく仕事増やしやがって』

「ムフ。実入りのある仕事だからいいじゃん」


 ライムは雲のように笑う。


「それにらいむ知ってるよ。アスカお姉さん、ちょーっとスケジュールに余裕あるよね?」

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