ニューヒーローとヒロイン

『あらためて! おはようございます!』


 アナウンサーの声に、三者三様に挨拶が返る。それぞれにテロップで名前が表示された。


「……あれニシン先輩ッスよね?」

「そうだな」

「フリガナ間違ってません?」


 あれで読みまでニシンだったら俺はニシンの両親の頭を疑うぞ。


『いやー、やっぱりスポーツ選手は背が高いですね! オオムラ選手も大きいと思いましたけど、テンマ選手と並ぶと自然に見えるというかこう……絵になりますねぇ! 美男美女って感じで!』

『光栄ですね。グラウンドで女性と肩を並べて野球をできるなんて、思ってもいませんでしたよ』


 テンマがにこやかに笑ってカナを見ると、カナもにこりと笑顔を返した。


『さてさてー? そこに一人だけ小さな選手が? あなたは?』

『はーい! ニイミサトミ、期待のニューホープでっす! イェーイ!』


 背の低いアナウンサーとほぼ同じ高さのニシンが、ぴょこんと跳ねる。


『なんちゃって、実はあたしは選手じゃないんですよ!』

『あれ? でもオオムラ選手のチームメイトでしたよね? それじゃあ一体あなたは何でしょう?』

『ハッ! 用具係見習いであります!』

『用具係……というと?』

『球団が使う野球道具なんかを準備するお仕事ですね。遠征のときの輸送の手続きからボール磨き、はたまたキャッチボールのお相手まで、いろんな場面で選手を支える仕事です!』

『なるほどなるほど。そういう仕事もあるんですねえ。しかし、見習いとは?』

『それは配属先がこのカナと連動する約束だからですね! カナが二軍に昇格すれば二軍の、一軍に昇格すれば一軍の用具係になるんですよ! なのでカナが一軍に落ち着いてくれないと、いつまでたってもフラフラ配属が変わってしまうんですよね~』


 カナを迎えるにあたって、球団が用意した条件のひとつがこれだった。

 男社会のNPBにおいて、カナの身の回りをケアできる同年代の女性職員は球団にいなかった。そこでチームメイトのニシンに白羽の矢が立ったわけだ。野球の経験があり、カナと親しい女性という貴重な存在。

 カナの所属によりニシンが連動して職場を変える契約も、二人を常に同じ場所に置くためだという。


『見習いから一人前になれるよう! カナには早く一軍になってもらいたいですね!』

『小さくても頼もしい味方ですね!』

『小さかないわ!』


 ビシッ、とニシンがツッコミをいれ、アナウンサーが笑う。


『さて! 今日は新人合同自主トレの一日目ですが! そもそも新人合同自主トレとはなんなのでしょうか、テンマ選手?』

『今年ドラフトで獲得した新人選手でのみ行う、自主トレーニングです。同期の親睦を深めるのが目的ですね』


 マイクを向けられたテンマ選手は、スラスラと答える。


『なるほど! しかし、みなさんもうプロ野球選手なんですから、普通にチームで練習したらいいのでは?』

『二月まではプロ野球関係者の指導は禁止なんですよ。だからこうして新人で集まるわけです。でも今年の僕らは恵まれていると思わないかい、オオムラさん?』

『そうですね。なんたって19人もいますし、ニシ――サトミちゃんも含めれば20人で練習できるわけですから。練習メニューもいろいろなものが組めます』

『さっそく昨日、同期とミーティングをしましてね。オオムラさんが組んでくれたメニューで行くことにしましたよ』

『いえ、大筋はテンマさんの立案で……』

『骨子はそうかもね。でも肉付けはオオムラさんがしてくれただろう? 助かったよ』

『チームメイトの共同作業ということですね! ステキです!』


 アナウンサーが割って入って話題を変える。


『これからみなさんは練習に向かうわけですが、その前に! 今年の目標をお聞かせください! ではテンマ選手から!』

『それはもちろん、レギュラー獲得ですね』


 テンマ選手は爽やかに笑う。


『ドラフトでは投手で指名されましたが、自分ではバッティングの方が自信があるんです。そういう意味ではセ・リーグも興味深かったですね。でも分業できるのも、それぞれに専念できていいと思います。ですから先発ローテに入ることはもちろん、ローテ以外ではDHに入ることも目標ですね』

『おおっ。つまり二刀流ですね!?』

『海を渡った先輩の偉大な功績がありますからね。不可能じゃないと思っています。狙っていきますよ。球団からも理解は得られていますから』

『頼もしいです! 新人王はどうでしょう!?』

『タツイワ君の人気に勝てるかな? と。甲子園では抑えましたが、紙一重でしたから。まずは舞台に上がるところを目標にしますよ』

「人気だったらこの人の方がありそうッスよねえ? イケメンだし、ヒーローだし」

「ファンの人気と、記者の人気は違うんだろう」


 新人王は記者の投票で決まるらしいからな。


『それでは続いてオオムラ選手! 今年の目標は!?』

『ひとつでも上に行くことです』

『……っと言うと?』

『私は育成13位指名ですから、三軍でも一番評価が下の選手です』


 カナはメガネの奥から静かな視線を送る。


『ですからまずは三軍の試合に出ること。二軍に昇格すること。一軍に昇格すること。ひとつひとつ、全力で取り組んでいきます』

『では最終的な目標はッ!?』

『――一軍の、指名打者ですね』

『オオムラさんなら難しくないと思うよ』


 どうにか具体的な答えを引き出そうとアナウンサーが粘り、ようやく出てきたカナの答えに、テンマはニコリと笑って太鼓判を押した。


『実はリアルタイムで女子の選抜の決勝を見ていたんだ。テレビだけどね。数少ないチャンスで確実に打って十割――舞台度胸と打撃センスはすばらしかった。あれなら甲子園でだって通用したと思う』

『ありがとうございます。テンマさんが言ってくれると自信が持てます』

『いや、本当のことだよ。この合同自主トレで僕の予想が間違いないことをみんなに知らしめてほしいな』

『はぁ……あはは』

『そうですよ! オオムラ選手にはタイガ選手に続く第二の女子選手として! がんばってもらわないと!』


 アナウンサーがキャーキャー言って盛り上がる。


『ということで、お二人の目標はそろって一軍昇格! いいですね……これはアレですね! あなたが投げてわたしが打つ! みたいな! うおーッ! もえる!』


 ……盛り上がるというか暴走してるんじゃないかと、誰もが白い目で見ていると。


『あれ? でもオオムラ選手が指名打者になると、テンマ選手が指名打者になれませんね?』


 急にそんなことを言いだして、テンマ選手は面食らった顔をしつつも、やわらかく対応する。


『え? ああ……そうですね。でもそれは監督が考えることですから』

『でも、二人とも指名打者になる自信はあるんでしょう?』

『それはもちろん、自信がなければ選手としてやっていけませんからね』

『指名打者ってつまり、打撃の一番うまい選手ですよね? うーん――ぶっちゃけ! どっちがチームの指名打者にふさわしいと思います!?』

「なんてこと聞くんスかこのアナウンサー」

「興味はあるな」


 だがテンマ選手は明言を避けて答える。


『さあ……例えばオオムラさんは選抜で3本塁打で、僕は甲子園で2本塁打です。数だけで言えばオオムラさんが勝っていますが、条件はまったく異なりますよね』

『そうですね。テンマ選手は連日完投した上で、ですし、比較対象にはなりませんね』

『でもでも、なんかありませんかね? 紅白戦とか!?』

『僕がオオムラさんと対決することはあるかもしれないですが……チームメイトですし、そこでの勝ち負けにはこだわりませんよ。チームの和を乱すようなことはしたくないですから』

『そこをなんとかなりませんか? 例えば、ホームラン数で勝負するとか!?』


 驚くほどしつこいアナウンサーに、さすがにテンマ選手も何か文句を言おうとして――


『ああ、それなら』


 ポン、と手を叩く。


『ホームランダービーなんてどうかな? あれに二人そろって出場できたら、楽しいと思わない?』



 え?



 ……プニキに?



『……もしかして、オールスターのですか?』

『そうそう』


 プニキじゃなかった。というかプニキ以外にホームランダービーがあるのか。いやよく考えたらホームランダービーがプニキの用語だと考えるほうがおかしいか、うん。


『ホームランダービー? なんでしょうか、それは?』

『オールスターの試合前に行われるイベントですよ。オールスター選出選手から8人が選ばれて、1日4人ずつのホームラン競争でのトーナメントをするんですよ』

「そんなのやってるんスか? オールスターって」

「初めて知った」


 後で調べたところによると、見送りとホームラン以外はアウトとみなされる、7アウト制の競争らしい。出場選手を選ぶための投票も別にあるとか。


『僕とオオムラさんならいずれ出られると思うんだ。その時はタツイワ君も一緒だと嬉しいな』

『……オールスターの投票対象になるには、5月末までに支配下登録』


 遊びに誘うかのような様子のテンマ選手に対して、カナは静かに呟く。


『公式戦で投票終了の6月中旬までに10試合か20打席出場。ホームランダービーの候補になるなら、6月中に7本以上の本塁打……』

『あ、ああ、そうなんだ? 詳しいね……』


 テンマ選手がちょっと引いている。


『まあ、いつか出られたらね』

『あ』


 ハッ、とカナが表情を取り戻す。


『あ、アハハ……すいません、今年の話かと。そうですよね、はい、いつかそういう場面に立てたら』

『いやいやー! お二人とも話題性抜群ですし! いけるんじゃないですか、オールスター!?』

『ははは、そうなったら光栄なことですね。そのためにもまずは一軍昇格ですよ』

『そうですね。できることからがんばっていきます』

『はいッ! ありがとうございました! 期待の新人、テンマダイチ選手と、二人目の女子選手、オオムラカナ選手、そして用具係さんでした!』

『名前ェ!』

『みなさんこれから練習に出発ということで! いってらっしゃーい!』


 そして放送は終わった。最後に今年のチームの注目ポイントとかを紹介していたが、内容は頭に入ってこない。


「なんというか……こっちが疲れたッスね」

「そうか?」

「いや、アナウンサーがめっちゃ対立煽ってたじゃないッスか。無自覚そうだったけど」

「そうだな。はっきりさせればよかったのに」


 カナが指名打者を目指す以上、テンマ選手に指名打者の席を譲るわけがない。いずれ必ず訪れることなのだから、曖昧にしておかなくてもいいと思うのだが……。


「いやいや。そんなことしたらテンマ選手のファンが黙ってないッスよ」

「……それもそうか」


 甲子園出場時からものすごい数の女性ファンがいると聞く。さすがにそれを敵に回したら、カナもやりづらいだろうな。


「まあまあ、テレビはそれぐらいにして、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「それで、今日の大鳥さんのご予定は? 良ければお昼を食べていかない?」

「申し訳ない。先約が」

「あら、お忙しいのね」


 ずーみーの母は「残念ね」と笑う。


「娘も忙しそうにしているのよね。週刊連載なんでしょう?」

「ふふん。もう立派な漫画家のはしくれッスよ」


 獣野球伝の連載だけでなく、3Dモデルや監修なんかもやっている。ずーみーがスケジュールを破ったことはないが……この忙しさだ。一応、確認しておいたほうがいいだろう。


「きちんと寝たり、他の作業をする時間は取れているか?」

「いやー、楽しいから徹夜も苦にならないッスよ! ま、若いんで、平気ッス!」

「そっちの進捗は報告してもらっているから知っている」


 ついでに言うとずーみーの『徹夜』は夜二時ぐらいまでだ。それぐらいには必ず寝落ちしている。


「別の進捗は順調なのかと思ってな」

「別の……?」

「冬休みの宿題だが」


 ずーみーの動きが固まる。


「……ありましたっけ? 宿題」

「あるはずだぞ」


 俺は三年なのでないが、去年はあった。いちおう進学校である棚田高校は、ささいな休み期間でも見逃さない。


「……手伝ってもらっても?」

「大鳥さん。ぜひ、お願いします」

「時間までなら」


 そして成績ギリギリの俺でいいのなら。


 ――こうして冬休み最後の日の午前は、ずーみーの宿題を両親と共に監督して過ごすことになった。

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