元日からトーナメント

『みなさま、あけましておめでとうごさいます!』


 枕元に置いたノートPCから、安心と安定のナゲノのおばさん声がする。うつ伏せになるのは辛いので、画面は見ていない。


『2018年1月1日、この元日からケモノプロ野球は動き出します。お正月休みから野球観戦、アタシは仕事! 新春特別トーナメント、ケモプロ創立記念杯の開幕です!』


 仕事ですまないな。


『創立杯は1月1日から3日間で行われる、ケモプロ六球団で行われるトーナメント戦です。会場はここ、獣子園球場から。ご覧ください、すでに球場は満員です! 元日からご来場ありがとうございます!』


 元日からすまないな。


 元々、正月も普通にペナントレースを行うつもりだった。ケモノ選手たちに正月休みを取りたいという欲求はないし、何よりいまいちよく分からない正月特番を流しながら暇を潰すより、ケモプロを見ていたいと思ったからだ。

 だがライム曰く、普通のことをしていたら正月恒例のスポーツイベントや特番には勝てないのだと言われて――それでペナントレースを休みにし、トーナメントを開催することになったわけだ。


『創立杯はダブルエリミネーション方式で行います。あまり聞き覚えのない方もいるかと思いますので、簡単に説明しますと、一敗しても敗者復活戦があるトーナメントです。最終的に二敗しなければ優勝できるルールですね。先日抽選で決まった組み合わせと共に、流れを説明いたします』


 一敗で敗退にしなかったのは球団数が理由だ。一敗でおしまいだと六球団じゃシード枠が有利すぎるからな。試合数も少ないし。


『第一試合は、伊豆ホットフットイージス対青森ダークナイトメア! いきなりペナントレース2位、3位チームの激突です!』


 いきなり上位チームの潰しあいだが、敗者復活があるのでいきなり優勝争いから消えたりはしない。


『今年から、この機会に初めてケモプロをご覧いただく方、今までこのチームに縁がなかったという方のためにもご紹介しましょう。まずは伊豆ホットフットイージス! 色香漂うホンドギツネ系女子、瓦ノ下かわらのしたツツネがプレイングマネージャーとして率いるチームです。1位とのゲーム差は1で、ぴたりとペナントレースを追いかけています。野手で注目したいのはショートストップのツツネさん――ではなく、その相方、内野手の男一匹、セカンド、カピバラ系男子、温泉水おんせんすいバラスケ。持ち味は尻餅をつくほどの全力スイング! 試合を決めた長打を多く放っています。……女子に弱いのが玉に瑕ですが』


 内野陣、バッテリーを除いたら全員メスなんだよな……よくツツネさんにからかわれている。


『投手ではやはりこの選手、ツシマヤマネコ系女子、灘島なだしまマヤちゃん! リーグ内でセーブ数トップの、伊豆の守護神です! 伊豆との試合では、彼女が登板する前に逃げ切れるかが重要なポイントです!』


 マヤの評価はケモプロ内でも高いが、他の選手はそれほどでもない。それでもペナントで2位につけているのは、ツツネが上手くチームをまとめているからだろう。もめているシーンとかほとんど見ないからな。


『対する青森ダークナイトメア、1位とのゲーム差は3。投手力の高いチームです。ハクビシン系男子、夜山よるやまノヴァク、クロヘミガルス系男子霧乃きりのガルの二枚看板に加え、抑えのエース、ロスチャイルドヤマアラシ系男子、幹成みきなりドイルが控えています。野手では……やはり四番のブラックバック系女子、大川おおかわクロゼに注目です。女子プロレスで鍛えた体躯から繰り出される一撃! ……対戦チームとしては「壊し屋」「破壊神」と名高いロロちゃんに警戒でしょうか』


 スローロリス系女子、黒枝くろえだロロ。ツナイデルスの正捕手ルーサーとの事故をはじめ、何かと他の選手の怪我と縁深いことからそんなあだ名がつき始めている。故意にやっているようには見えないし、事故だと思うが。


『第二試合は、東京セクシーパラディオン対島根出雲ツナイデルス! パラディオンはペナントレース1位、ツナイデルスはゲーム差9の6位と一見圧倒的な戦力差に見えますが! なんとツナイデルスはパラディオンに対し、6戦全勝で勝ち越し中! どちらが勝つかはやってみなければ分からない!』


 パラディオンの9敗中6敗が対ツナイデルスという、よく分からないことになっていた。ツナイデルス6連勝の奇跡とまで言われているらしい。パラディオンにとっては悪夢だろうが。


『東京セクシーパラディオンは最強チームと名高い、強力な選手の集まったチームです。特になんといってもこのケモノ、大正義中の大正義こと、マウンテンゴリラ系男子、ファースト、雨森あまもりゴリラ! ここまでホームラン数は11本でリーグ一位! ツナイデルスとの六連戦では不調でしたがそれでも打率3割5分! 長打率7割越えの最強打者だッ!』


 まさにゴリラだ。


 ……いちおう現実の記録の範疇には収まっているので問題ないとは思うのだが、こちらサイドとしても注目している選手だな。ある程度は問題ないと思うが、ゴリラの記録がインフレしすぎるようなら、ゲームとして何か間違えていることになるのだから。


『対する島根出雲ツナイデルスの注目選手は……良くも悪くも、マルタタイガー系男子、捕手の山茂やましげみダイトラでしょう。一見やる気のないプレーに見えますし、投げやりに見えて、適当にしか思えませんが……ペナントのパラディオンとの6連戦では彼の活躍で勝利をもぎ取ったと言っても過言ではありません!』


 ケモノが変わったようにすごかったからな……その6連戦後にはいつものダイトラに戻ったが。


『第三試合は、第一試合の勝者と、シードの鳥取サンドスターズの試合になります。サンドスターズはペナントレースで先日、4位から5位へとひとつ後退。注目選手は投手では先発完投型、フタコブラクダ系男子の熱砂ねっさニコブ。野手ではDH、巧打の西伯サイハク。この二人がチームを引っ張っています』


 サンドスターズは……ドラフトにだいぶ苦労したチームだ。どの順位でも誰かと競合して負けるというクジ運を見せていたからな。まあ、ほとんど負けなかったツナイデルスが最下位だから、それがすべてというわけでもないのだろうが。


『第四試合は、第二試合の勝者と、こちらもシード、電脳カウンターズの試合になります。その名のとおり何かと逆転劇の多いチーム、ペナントではゲーム差7で4位につけています。注目選手は、投手のシマスカンク系男子、影家かげいえカズシマ……と言いたいところですが、やはりクセモノこそ紹介したい。DHにしてプレイングマネージャー、態度の悪いアライグマ系男子、川軒下かわのきしたイグマ。そして捕手のミーアキャット系男子、岩荒いわあらミカド。この二人、態度も悪いがプレーも嫌らしいことこの上ない、リーグきってのヒールです!』


 話題性がないとドラフト直後は嘆いていたユキミだったが、この二人が活躍し始めてホクホクしていた。

 ……まあ、態度が悪いのが人気というのもどうかと思うんだが、そうだから仕方ない。あとはクマ三人衆とかか……。


『本日はこの四試合が行われます! なお通常の試合と異なり、決勝を除いて点差によるコールドゲームが成立します。また規定時間内に終了しない場合、その時点での得点、同点なら安打数、それも同じなら進行中のイニングで攻撃側が勝者となる時間切れコールドゲームです。表の途中で同点・同安打数で終了なら、表が攻撃のチームが勝利ということですね』


 テストしたときはコールドなしでも時間切れはしなかったが、念のための処置だ。


『翌日は敗者復活の第一試合からになります。これは第一試合の敗者と、第四試合の敗者の対決です。次の敗者復活の第二試合は第二試合の敗者と、第三試合の敗者の対決になります。これらそれぞれの勝者が、敗者復活の第三試合に進みます。もう一試合は通常の第五試合……第三、第四試合の勝者同士の対決ですね。分かりづらいのでトーナメント表を見て説明しますと……』


 最終的に敗者復活戦トーナメントの勝者が、無敗のチームに挑むことになる。

 そこで無敗のチームが勝てばその時点で優勝だが、敗者復活側が勝てばどちらも一敗同士になるので、もう一試合、プレーオフで優勝を決めるわけだ。なので最終日だけ三、または四試合となる。


 バイトはビルが正月休みなのでない。さすがに正月は取引先も休み。


『この創立杯、島根出雲ツナイデルス公式チャンネルでは、チームに関わらず全試合実況中継いたします! わーっはっは! 休みなんてないのよッ!』


 ナゲノには悪いが、じっくり布団の中で楽しませてもらおう。


 ◇ ◇ ◇


 伊豆対青森が、伊豆の勝利に終わって第二試合。


『先行は東京セクシーパラディオン! 相性か実力か? ここまでパラディオンに全勝の島根出雲ツナイデルス、先発はヨーロッパバイソン系男子、村森むらもりブソン! コントロールに難ありですが、切れ味鋭い速球を投げたがる選手です! マスクをかぶるダイトラはどう操縦するか? 一番、バッターはライト、アカクビワラビー系男子、赤豪原せきごうばらビワ。俊足巧打の選手ですが……打った! レフト前ヒット! 初球から行きました、ビワ太。一塁で余裕の表情。続くバッターはセカンド、キタオポッサム系男子、木ノ垂きのだれキタ。真剣な表情でバッターボックスへ』


 いつものパラディオンならイケイケで打って出るところだが……。


『キタ雄、これは……初球からバントの思考ですね。一方、ダイトラは……高めのストレートを要求、ブソンの好物です。これは読んだか? 第一球――バント打ち損じた、ピッチャーの足元! ブソン、二塁送球、アウト! 一塁――これもアウト! ダブルプレー! これはツナイデルス、今日も下克上を決めるか!? ダイトラ、しかめっ面が今日は頼もしい!?』


 6連戦連勝はまぐれではなかったか?


『バッターは三番、サード、ヘラジカ系のイケ鹿王子こと、北露路きたろじ王子オウジ! 今日もスタンドにウインクを放りながらの登場です。どこで覚えたのよ』


 どこでなんだろうなあ……。


『――打った! ライト線……ああッと、メリーちゃんが処理に手間取る! 王子、余裕の二塁到着! 二死二塁! ここで打線を切っておきたかったツナイデルス。次に迎えるバッターは……四番、雨森あまもりゴリラ! 哲学部出身の頭脳は伊達じゃない、クレバーなプレーも見せる考えるゴリラ! ケモプロ界のゴリラオブゴリラ! パラディオンの主砲が登場だ! 今日もゴリラ砲が火を噴くか!?』


 ゴリラゴリラしてきたな。そしておそらく……――


『さあゴリラ、バッターボックスに立って――出たッ! ゴリラシンキングフローだッ!』


 ケモプロでは選手の思考を、その強弱や試合との関連度などをメタAIが判断して適時表示する。ダイトラは何も考えていないのか何なのか極端に表示される確率が低いのだが、ゴリラはその逆で異様に思考が表示される。


『前三人の打者への配球を振り返り……状況は二死二塁、フォアボール選択か? しかしそうゴリラの後ろには第二の大砲、アカカンガルー系男子の赤豪原せきごうばらガルが控えている。まずは一球様子見で――と、ストライク! ど真ん中、見送りました! ゴリラ、やはり考えすぎでダイトラと相性が悪いのか!?』


 たぶんあれでアイコンの解釈、半分ぐらいしか終わってないんだよな。ゴリラ思考解析スレとかいうものもあると聞くし、やっぱりゴリラ、考えすぎだろう。


『おっと、珍しくダイトラの思考も表示されました! 首を振るだろうと考えながら……外角低目ギリギリにカーブ? 速球大好きおじさんブソンなら確かに……あら? あっさり頷きました。ダイトラ、舌打ちしています。一方ゴリラはえーとえーと……ブソンが頷いたのでど真ん中ストレート予想! さあ投げた! ゴリラスイングッ! ファール! ファールグラウンドに弾丸のようなライナーが飛びました! 体勢を崩しながらもゴリラ、振りぬきましたがファール! ツーストライク! 追い込んだ!』


 ブソンがいきなり変化球に頷くとは珍しい。よほど6連勝で、対パラディオンにおいてダイトラへの信頼度が上がっているんだろうか?


『えー、追い込んだのに仏頂面のダイトラ。次は……大きく外して構えました。これはゴリラ、見送ってボール。第四球はカーブですがこれは低い、ボール。ツーボールツーストライク。第五球……同じコース。ゴリラ、手を出さない。フルカウント。ダイトラさっさと構えて……三球連続、ボールになるカーブ!? これはブソン、さすがに首を振りました。嫌いな変化球を投げさせられて全部クソボールでゴリラも動かないとなれば、イラッと来るわよね……。次の指示は……インハイのストレート! ブソン頷くが――ゴリラもこれは読んでいる!? いるわよね?! なんで思考に天気のこととか入ってるの!? と、ブソン投げたッ!』


 ガキィン!


『打ったァーッ! 綺麗に肘を畳んだお手本のような内角打ち! 打球は追うまでもないッ! ホームラン! ゴリラ砲が今日も火を噴いたッ! ツーランホームラン! 東京セクシーパラディオン、初回から2点先制! 雨森ゴリラ、創立杯一号ホームラン! 打った本人は静かな表情でベースを回ります! 2対0! 先制したのはパラディオン! やはりゴリラ、さすがゴリラ、大正義ゴリラが試合を作る!』


 ――そして、そのナゲノの言葉通りの試合運びになった。


『――……試合終了ッ! 6回裏終わって12対2、コールドゲーム成立! 終わってみれば東京セクシーパラディオンの強力打線のなすがままの試合展開でした! 5回裏に誰かさんが2点追加しはしましたが、あっさり6回表に追加点を取られそのまま試合終了! 島根出雲ツナイデルス、敗者復活トーナメント行きです! ……このダメトラがッ!』


 いやあ……5回にタイムリーを放ったときは少し評価上がったが、満塁まで行ってトリプルプレーで試合を締めたら、そう言われるよな、うん。


 こうして、ダイトラの所属する島根出雲ツナイデルスは初日は一回だけの顔見せにとどまり。


『……試合終了ッ! 山陰ダービーを決したのは鳥取サンドスターズ! 島根出雲ツナイデルス、敗者復活の一回戦で姿を消しました! オオカンガルーネズミ系女子、谷砂たにずなオカン、ハラハラする投球でしたか見事にツナイデルスを封じました! むしろいいところがなかったぞ、ツナイデルス! しっかりしなさいよッ!』


 翌日もあっさり負けて、創立杯から姿を消すことになった。


 ちなみに第一回創立杯を制したのは、一度はパラディオンに破れ敗者復活に向かった伊豆ホットフットイージスだ。決勝とプレーオフでパラディオンを破ったのは、ひとえにチームワークの良さだろうとナゲノは褒め称え、ツナイデルスのあまり良好とはいえないチーム関係を嘆くのだった。

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