雑用係は年末進行

 12月24日。


 今年のクリスマス・イブは日曜日ということもあり、コンビニの入ったビルの前は日中から人通りが多かった。ケーキの予約数も、例年より多いという。朝から夕方までは、通常業務に加えて予約客へとケーキを渡す仕事が続いた。


 日が落ちてからは、店頭販売だ。年末になって季節相応に冷たい風の中、薄いサンタ衣装を着て通りに立つ。


「うぅ、寒ッ……なんで今年はズボンじゃなくてスカートなのよ……ッ」

「代わるか?」

「色々死ねッ!」

「グェッ」


 隣に立っていたナゲノは、通行人の死角から打撃を加えてきた。痛い。


 というか、ナゲノの方は厚手のタイツがあるから暖かい方だと思う。男用は薄くて安いズボンしかないので、寒い。微妙に、重ね着するには困るサイズだし。


「それにしても、シフトが一緒になるのは久しぶりだな」

「今日は島根はデーゲームだけだし、シフトを代わってくれとも頼まれたからね」


 ミニスカサンタ姿になってもマスクは外さないナゲノは、フフンと笑う。


「アンタこそ、アタシに会えなくて寂しかったんじゃないの?」

「いや」


 足を踏まれた。痛い。


「――ほぼ毎日、実況配信を聞いているから、会っていなかった気はしていない」

「そッ、そう。ふうん」

「視聴者数も、また少し増えてきたな」

「まァね。でも油断できないわよ。有名どころも乗り出してきたし。アタシは一人で実況・解説してるけど、分担してるとこはやっぱ強いわね。カメラも独自操作してるチャンネルもあるし」

「よく見ているんだな」

「勉強は大事よ。いいところは取り込んでいかないと。アタシは島根の公認ってところが大きいし……それだけじゃね」

「丁寧だし、俺は好きだけどな。ツナイデルス愛を感じる」

「ッ」


 痛い。なぜ肘打ちされるんだ。理不尽だ。


「ったく……そうそう、公認と言えばだけど、増やさないの?」

「あまり公認の配信者を増やすと、実況配信する人が減るんじゃないか?」


 特に島根専門で実況配信しているチャンネルは、ナゲノ以外にはいない。早々にナゲノを公認したからじゃないかと思っているのだが。


「公認だろうと非公認だろうとやりたい人はやるから、気にしないでいいわよ。というか、もっとハードル下げられないの? 見るほうも配信する方もさ」

「というと?」

「見るほうとしては、二窓になるのがちょっとね。実況動画を見るだけなら気にならないけど、クライアント使って見ながら実況を聞くって時は、裏で流してる実況の音声だけ聞いて、映像は見てないわけじゃない。そこがちょっとね」


 VR版はラジオで動画の音声だけ流せるようにしているが、他はそういう仕組みはなかったな。


「配信する側としては、画面キャプチャを含むとやっぱスペック要るのよね。半端なやつだとラグもひどくなるし。音声だけならそうでもないんでしょうけど」


 ラグ。遅延か。確かにクライアントを見ながら実況動画を開くと、実況が数テンポ遅れるのが気になっていた。ナゲノが言うからには、当事者としてはもっと思うところがあるのだろう。


「参考になった」


 立場も違えば見えているものも違う。自分では気づかなかった。


「他にはないか?」

「そうね――えっと。その」


 ナゲノは何故か少し口ごもる。


「ほら。最初の時のアレ。アレがまあ評判いいのよね。だから、アタシは気が乗らないけど、その――」

「やっほー! ユウ!」


 ぴょこん、と。仮設の長机の前にツインテールの幼馴染が飛び込んでくる。


「イエーイ、メリークリスマス! どう? 売れてる? 売れてるかー!?」

「苦戦している」


 俺はニシンの問いに素直に答える。コンビニのケーキとは思ったより売れないものだった。見た目もいいし、値段も安いのだが……ケーキを買うような人はすでに他で調達しているのかもしれない。


「ハッハッハ、そうだと思った! ここはかわいい幼馴染の助けが必要なんじゃないかなー? んー?」

「そうだな。ぜひ助けて欲しい」

「カナ、聞いた聞いた? ユウってば、幼馴染がかわいくて仕方ないって!」

「あはは……こんばんは、ユウくん。……なんだか疲れてない? 大丈夫?」

「ありがとう、大丈夫だ」


 年末のスケジュールを空けるため、かなり無理して人にシフトを代わってもらっている。倒れるわけにはいかない。


「今年はユウがクリスマスバイトだって言うからさー、冷やかしに来たよ!」

「二人だけか?」

「野球部の後輩とパーティするところ。それでケーキの買出し、というわけ。……ユウくんも来る?」

「まだバイトが終わらないんだ」


 ビルの閉館時間――24時が今日のシフトの終わりだ。さすがにそんな時間までパーティしないだろう。


「そっかー。残念残念。それで店員さん、オススメはどれかね?」

「俺はこのドーム型のがいいと思うが……ナゲノはどうだ?」

「へッ!? あ、アタシ? そ、それでいいんじゃないかしら?」

「じゃあ、それとチーズケーキをください」

「わかった」


 さっそく持ち運び用の袋にケーキの箱を詰める……なんかナゲノの様子がおかしいな。顔が赤いが、風邪だろうか。カナからお金を受け取る手も震えているし。


「よーし! 買った! 帰るぞー! ケーキ、ケーキ!」

「あ、待って、ニシンちゃん……ユウくん、またね」

「ああ、またな」

「あッ! あのッ!」


 ナゲノが、ニシンを追いかけるカナの背に声をかける。マスクを取って、胸の前で握り締めていた。


「お、応援してます! プロ、がんばってください!」


 振り返ったカナは、きょとん、と眼鏡の奥で目を丸めた後、はにかんで笑って。


「ありがとうございます」


 と言ってニシンを追って去っていった。


「……ハアァ~……緊張したわ……」

「あれだけでよかったのか?」

「別に、今からサイン貰おうとか思ってないし……って、アンタ、知り合いなの!? ねえ!」

「幼馴染だぞ。前も言ったと思うが」

「聞いてないわよ!」


 そうだったか。カナにはファンがいることを話しておいたんだが、それとごっちゃになっていたかもしれん。


「ああぁ~……もう、アンタなんなのよ……タイガ選手とも知り合いで? オオムラ選手とは幼馴染で? KeMPBの社長で?」

「ただの雑用係だ。本当だぞ」


 俺は星の見えない空を見上げて言った。


「――年末の仕事は、おつかいだしな」



 ◇ ◇ ◇



 12月29日。

 日の昇らない時間に目を覚まして準備をする。


「……ん……同志? ふぁ……」

「すまない。起こしたか。寝ていてくれ、まだ四時だ」


 もにゃもにゃ言いながら布団にもぐりなおす従姉を起こさないようにしながら準備を済ませ、アパートを出る。始発電車に揺られて都心――臨海副都心へ。目的地に近づくたび、あきらかに行き先の同じ人間が増えていく。


「……すごい人だかりだな……」


 国際展示場駅に到着すると、自然とそんな声が出た。遠くに見える朝日を浴びた特徴的な建物――ビッグサイトがまぶしい。


 人の流れに押し流されながらなんとか行列に並び、スマホを取り出す。


『今並んだところなんだが、始発で来てもこんなに後ろになるものなんだな』

『え、今……始発……ッスか?』

『ダイヒョー……始発って、家の最寄り駅の始発のコトじゃナイデスヨ?』


 ……そうなのか。それじゃあれか、皆近くの駅から始発に乗っているのか……。

 調べてみると本来の意味での始発組とは1時間以上の差があった。なるほど出遅れるわけだ。


『昼からでよかったんスよ? 初コミケで入場待機列とか……』

『早く行かないと買えないものもあるんだろう?』

『ソデスケド、それは……いや、うん、サスガ、ダイヒョーデスネ! ハッハッハ。エート、今からだと、西待機列デスカネ?』

『そのようだ。東待機列は並べなかった』

『いや、初心者は西でいいッス、西で。そっちからも東ホールには普通に入れるんで』


 そうなのか。おつかいマップには東ホールのサークルばかり書かれていたから、東の列に並ぶべきなのかと思っていたが。


『あとは開場まで待つだけか』

『あったかくしてくださいよ!』


 海風が冷たい。事前に二人に教えられた装備がなければ凍えていただろう。そこかしこから小さな声で「寒い」とか「死ぬ」とか聞こえるが……それでも列は動かない。熱意は気温以上だ。


 開場まではあと3時間。簡易折りたたみ椅子を出して座り、モバイルバッテリーを取り出してスマホに装着。ダウンロードしておいたケモプロの動画を再生する。結果は知っているのだが、忙しくてダイジェスト版でしか見れていないのだ。


『さあ間もなく始まります。島根ツナイデルス対青森ダークナイトメアの三連戦。球場は出雲ドーム。青森は二連勝中、リーグ三位についています。我らが島根ツナイデルスは、あの奇跡の六連勝から一転、六連敗でリーグ最下位に後退しました。今日こそ勝ってほしいところです。先行は青森ダークナイトメアから。島根の先発は草穴くさあなリトル。マスクは山茂ダイトラ……今日の打順は九番です』


 打ててないからなあ。東京セクシーパラディオンとの六連戦では目覚しい活躍だったのに、以降はさっぱり打てていない。すっかり手のひらも返しつくされて、いつも通りダメキャッチャーの名を欲しいままにしていた。


『――二回表、先頭バッターは六番、ライト、黒枝くろえだロロちゃん。最近ヒットに恵まれていません。さあツナイデルスバッテリー、どう料理するか? ダイトラは……何かロロちゃんについて考えていますね。が、結局いつものど真ん中指示です。リトルはロロちゃんを侮っている様子、さっさとモーションに入って――』

「すいません」


 トントン、と肩を叩かれる。横を向くと、隣で並んで座っていた男がこちらを覗きこんでいた。


「あの、それ――」

「ああ、すまない。音漏れしていただろうか?」

「いや、そうじゃなくて、それって何ですか?」


 スマホの画面を指される。今まさにロロちゃんが内野ゴロでアウトになったところだった。


「パワプロじゃないですよね。野球ゲームみたいだけど」

「ああ、これはケモノプロ野球というゲームだ。操作はしないが」

「操作しないゲーム? え、どういうこと?」

「もうひとつのプロ野球リーグ……といったところだろうか。このケモノ人間たちが野球するところを皆で応援するゲームなんだ。観戦だけなら無料でできる」

「へえー! あ、これは? この吹き出しみたいなやつ」

「これは選手の思考を表すもので……」


 どうも先ほどから俺が見ていた動画が気になっていたらしい。お互い名前も名乗らず、俺は問われるままにケモプロの紹介をした。いつの間にか背後に人も増えて、なぜか皆でツナイデルスを応援することになる。


『センター草刈くさかりレイ、バックホーム! 三塁を蹴ったロロちゃん、挟まれたッ! とッ、ロロちゃん、足が止まった!? ダイトラ、立ちあがって……え、立ち上がっただけッ、にらみつけるッ!』

「おいおい、何してんだよ虎!」

「還ったら同点だろ? 早くアウトにしろって!」

「どこの伝説ポケモンだよ」

『ロロちゃん――後ずさって、三塁に……と、ハァ?! だっ、ダイトラ、三塁へゆる~く山なりに送球!? これは青森チャンスかッ!?』

「ええええええッ!?」

「あ、アホー!?」

『ダイトラ、のっそりとホームベース上で構える……ロロちゃん、ホームへ向かった! サード灘島なだしまマテン、助走つけてジャンプ、ベアハンド!? ――そのまま矢のような送球ッ! クロスプレー! 判定は……アウト! ダイトラ、その巨体でロロちゃんを受け止めたッ!』

「あっぶねえ」

「ていうかマテンすげぇ」

『スリーアウト、試合終了! ツナイデルス、連敗を脱しました! 最後のアウトを計上したのは、灘島マテン! 飛び上がって素手で取ったボールをそのまま空中で投げるという、まさに前職・忍者のワザマエ! ダイトラのポンコツプレーを救いました!』

「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

「アイエエエ!」

「あれは伝説のカラテ技、スリケン・ジツ」


 最終的によく分からない盛り上がり方をした後――


「お、始まった」


 開場を告げる音楽が鳴り、あたりで拍手が沸き起こる。


「いや、楽しかったです。帰ったらチェックしてみますよ、ケモプロ」

「ああ、ぜひ見てくれ」

「ええ、では――」


 男は、戦士の顔になる。


「行きましょう。――コミケへ」

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