多忙な社員たち

『飲みに行きてえ』


 KeMPBではテーマごとにチャット部屋が用意され、常に情報のやり取りがされている。

 第一にやり取りが多いのが開発部屋、第二が営業・契約部屋と続く。

 夜。ミタカがポツリとメッセージを流した全員参加の雑談部屋は、普段はあまり使われない部屋だった。


「飲み会を開いて欲しいということか? 年末だから難しいな」

『らいむ、それならスイーツのあるところがいいな!』

『うるせぇよ元凶、そうじゃねぇよ未成年』


 違うのか。シオミの代わりに会食に同行してもらおうかと予定を調べてたところなんだが。


『オレはさ? ITオタクだから四六時中プログラミングしてんのはむしろ望むとこよ。でもな、それも限度ってもんがあってな? こうまでスケジュールカツカツだと酒を飲みたくもなるっつーの』

「ああ。差し入れにいこうか? 何の酒がいい?」

『オマエな――それ渡して帰るつもりダロ?』

「つまみぐらい作るぞ。俺は飲めないが」

『結局一人酒じゃねーか。ちげぇよ、そうじゃねぇんだって』


 ネットの向こうでミタカは溜め息を吐く。


『本当なら忘年会に行けたんだがなー……』

「忘年会?」

『大学時代の付き合いでな。専門はそれぞれちげぇんだが、よく飲みに行ってたんだよ。ケモプロにも少しアドバイス貰ったりな。完成したら飲もうぜって話があったんだよ。――あぁ、今から調整するから行って来いとか言われてもできねぇから。海外にいるやつもいるし、スケジュール合わねぇよ。ま、ただの愚痴だ愚痴』

『オオ? アスカサン、ソレ、初耳ナンデスケド? 大学で飲みとか、連れてってもらってマセンヨ?』

『お前、酔うとめんどくせーんだもん。だから連れてってない』

『ソンナ! カワイイ後輩をのけ者にシテ!? 知ってマシタカ、ツグサン!』

『えっと、知ってたけど、参加はしてないよ』

『寮と教室と研究室にしか行かねぇ半ひきこもりだったモンな』


 従姉は大学時代から引きこもりだったようだ。


『ち、ちがうよ……お酒とか飲まないから、行かなかっただけだよ』

『そーゆーことにしといてやる』

『逆にそういう環境で、なんでツグ先輩とアスカ先輩とニャン先輩はつるんでるんスか?』

『あー、なんだったっけか。きっかけはもう忘れたわ。セプ吉はサーバルームに怒鳴り込んだ時ちょうどそこにいたんだわ。んで見込みがあるから寮に連れ込んだ』

『なつかしーデスネー。あの障害は今でも思い出すとお腹がキュウッ、ってナリマス』

『ウソつけ、一番へーきそーな顔してたくせに』

『あっ、ずーみーちゃんいる!? ちょうどよかった!』


 ライムが雲のスタンプを貼る。


『少し進捗があったからさ、話しておこうと思って!』

『なんのスか?』

「書籍化の話か」

『そう、お兄さん正解!』


 俺も目を通しているからな。


『書籍化ねェ。売れッかね?』

『あ、そこから話す? うん、らいむねえ、そんなには売れないと思うな!』

『オィィ?』

『だって、獣野球伝は全話完全無料公開だよ? いくらずーみーちゃんの漫画でも、厳しいよ』


 『獣野球伝 ダイトラ』はケモプロの公式サイトからいつでも見れる。そして過去の話の掲載をやめることもない。あくまで主眼においているのは『今からケモプロを見始める人たちが、これまでの過程を知る』ことだからだ。


『それでも書籍化するのは、第一に広報のためだよ。電子書籍も盛り上がってきているけど、やっぱりまだ主戦場は印刷本だし、書籍しか買わないような人たちにもリーチしたいもんね!』


 アパートは狭いので俺も従姉も電子書籍しか購入していないが、やはり漫画は紙で読みたい。そういう人もいるだろう。そして物理本は貸し借りが容易だ。床屋の本棚とかに入れば、より多くの人に知ってもらえるだろう。野球モノだし、公共の場にも置きやすいはずだ。


『第二は、らいむがファンアイテムとして欲しいから!』

『オマエな』

『ずーみーちゃんだよ? ずーみーちゃんの漫画本だよ? 欲しいに決まってるじゃん!』


 俺も欲しい。


『んで? オファーは来てんのか?』

『ムフ。いっぱい来てるよ。いっぱいふるい落としてるけど』

『落としてんのかよ』

『しょーがないじゃん。ずーみーちゃん、ひいてはケモプロに理解のない出版社はお断りだよ!』


 雷雲は機嫌が悪い。まあ、ケモノじゃなくて人間にして描き直してくれとか、甲子園モノにしてくれとか意味の分からない話もあったからな。


『比較的まともな提案では、マンガアプリに移籍してほしいっていうのは多かったかな。でも、ケモプロ公式からは一話以外削除、一定期間過ぎたら掲載終了、最新話以外は有料、っていう制限をかけてきたからお断りしたよ。それにマンガアプリってごく一部を除いてだいたいクソダサデザインだからさー』

「雑誌に移籍してほしいというのもあったな。こちらも最新話からは公式では掲載しないことが前提だったが。……いちおう、雑誌掲載となると原稿料がもらえるが、どうだ?」

『ケモプロ優先、って決めてるんで、自分もその条件ならお断りッス』


 ずーみー個人でいえば、原稿料も貰えて印税も入ってくるこのパターンが一番望ましい。

 けれど、あくまで獣野球伝はケモプロの一部だと、ずーみーは言ってくれる。


『小難しいな。どんな相手を探してんだよ?』

「公式サイトへ全話無料掲載を続けるのはそのままで、書籍化してもらう形だな」

『都合よくアリマセン? そんな相手イマス?』

『らいむ、前にも言ったけど、電子書籍だけならKindleですぐに出せるんだよ。でも欲しいのは本でしょ? KeMPBが今後他にも書籍を扱うなら、出版社になってもいいけど、その予定もないし。ならノウハウと販路を持った会社と組むのが一番なんだよ。広報も別予算で打ってくれるし!』

『――で? いたのか?』

『ムフ。いたから話してるんだよ』


 らいむはネットの向こうで雲のように笑う。


『ただ、小さい会社でさー。ずーみーちゃん、ワルナス文庫って聞いたことある?』

『初耳ッスね』

「Web漫画、Web小説の書籍化を主にやっている出版社だ。出版リストはこれだな」

『見たことねーのばっかだな……』

『表紙もパッとしないッスね』


 確かにジャケ買いするようなタイプの本ではないな。抽象的というか。


『実績もあんまりないし、ずーみーちゃんがよければ、ちょっと見送ろうかなって。獣野球伝が回数を重ねてもっと人気になれば、もっといいところから話があると思うし!』

『自分は構わないッスよ。……ぶっちゃけ今、結構ギリギリなんで。書籍化作業っていっぱいあるらしいし……時間作れないッス』


 ずーみーの仕事は漫画以外にもある。ケモノの3Dモデル調整、アバター・ハウジング用アイテムのテクスチャ・モデル作成、コラボ商品含めた全体のデザイン監修など。


『アスカ先輩じゃないッスけど、自分も飲み――じゃなくて、コミケに行きたいッス。けもケは行けなかったし……』

『メッチャ同意デス。もがコレ本……ウゥゥ』

『んなこと言ったらオレだって、正式前で技術書典行けなかったしコミケ行きたいわ』


 ゴゴゴゴゴ……と負のオーラがチャットに集まる。

 確実に、ネットを通り越して染み出ている。


『――いっけなーい! らいむ、打ち合わせあるんだッ、じゃあね!』


 年末激務の元凶その一は、ささっとチャットから退出していった。


 ……誰も新しいコメントを投稿しないが、これは、見ている。絶対見ている。

 無言で去ることは許されない。どうするか――む。


『すまん、着信だ』

『あッ、テメェ!』


 いやホントに着信だ。うん、仕事だから取らないといけないな。仕方ない。


 ◇ ◇ ◇


 聞かれて困る話でもない。従姉は起きて作業しているし、俺はコタツに入ったまま着信を取った。


「遅くなった」

『あら、フフフ。もう寝ているのかなと思いました』


 通話の相手はトリサワヒナタ。ケモプロの伊豆ホットフットイージスの球団代表にして、旅館を切り盛りする高校生女将だ。


「いや、いつもこれぐらいの時間は仕事をしているから問題ない」

『社長業も大変なんですね』

「女将も大変そうだな。こんな時間に」

『経営者ですからね。やることはたくさんです』


 女将といえば旅館のすべてを仕切るトップだという。雑用係の俺とはだいぶ違うな。


『おかげでケモプロを見る時間もなかなか取れなくて。ダイジェスト版に助けられてます』


 ダイジェスト版は、試合終了後に試合のターニングポイントになったであろう場面を切り取った動画集だ。これもAIが判断して自動で生成されている。


『さすがにウチの試合はちゃんと見てますけどね。見ました? 今日のうちのクローザーの活躍!』

「見たぞ。これで5セーブでリーグトップだったな」

『オープン戦から調子よかったですし、マヤちゃんを指名して本当によかったです』


 灘島なだしまマヤ、ツシマヤマネコ系女子だ。おとなしい顔をして切れ味鋭い変化球でバシッと試合を締める。今のところセーブ失敗なしの伊豆の守護神。ツツネ監督と共に人気が上昇中だ。


『東京さんの独走にはなんとかストップをかけてほしいですが、次はルーサーのいない島根さんとですから、厳しいですね……』

「ヒナタは、ダイトラよりルーサーの方が評価高いのか」

『ええ。島根さんは守備力を評価してましたけど、そんなに差があるとは思えませんし。それだったらリードもちゃんとする、打撃力もあるルーサーの方が……――』


 しばらく選手談義に花が咲く。プロ野球ファンの楽しみというのはこういうものなんだろうな。


『徐々に話題にもなっていますし、ケモプロに参加して本当に良かったです。ウチの系列の予約、ケモプロさんからの流入が本当に伸びているんですよ。こうなったら一部屋改装して、ケモプロ特別室なんて作っちゃおうかって、夢が膨らみます』

「特別室か。それは泊まりがいがありそうだな」

『そうでしょう? ケモプログッズで囲まれた部屋とか、ファンにはたまらないと思うんですよね』

「いいと思う。グッズを作るときは相談してほしい」

『ええ、是非。……そういえば、他の球団はどうでしょう? ウチはおかげさまで好調ですけど』

「ダークナイトメア仮面からは毎日高笑いのメールが届いてる」


 ダークナイトメア(りんご)は売り上げが好調だった。最初は単なる応援で購入されたのだろうが、あっというまに口コミでリピーターを増やしている。今後はダークナイトメアスイーツの開発をしたいと言っていた。これを聞いて、鳥取も島根もそれぞれ食品の販売枠を増やしている。


「そういえば島根といえば、出雲ドームにケモプロファンの観光客が来たとか言っていたな」


 出雲ドーム。島根にある木造のドーム球場だ。ケモプロ内でも出雲ドームがホームスタジアムとして登場する。実物は硬式野球に対応してないので、ゲーム内ではちょっと盛った広さにしてあるのだが。


『あら、ちょっとした聖地巡礼ですね。ウチも近くに適当な球場があればよかったのに』

「セクはらはレプリカユニフォームがよく売れたそうだ。今度は球団ロゴの入った靴下とか、そういう小物を織り交ぜていくとか言っていたな。あとは応援団を作るとかなんとか……特別割引があるんだったかな? あとは店舗内でパブリックビューイングをやるとも」

『さすが大企業ですね。参考になります』


 オーナー同士の情報交換の場も用意したほうがいいかもしれないな。同じケモプロを題材に商売をしてもらうわけだし。オーナー会議……は違うか。


「ところで」

『はい?』

「聞きそびれていたんだが、何か用だったか?」

『あら』


 フフフ、とヒナタは笑う。


『用件がなければ、電話してはいけなかったですか?』

「いや、そんなことはない。用があったのに言いそびれてしまった、なんてことがあったら困るなと思って」

『お話したかっただけですよ。せっかくお誘いしたのに、ちっとも泊まりに来ていただけませんし』

「それはすまなかった。少し立て込んでいてな……」


 アップデート情報を流すため、ライムの手配で複数のメディアからインタビューを受けることになっている。日程の告知と同時に、その情報を記事にしてもらうためだ。そういった都合もあって、なかなか大きな時間が取れない。


『フラッと立ち寄っていただいてもいいんですよ?』

「人気の旅館なんだろう? 予約のない客は迷惑じゃないか?」

『そこはお得意様専用の特別室がありますから』


 そういうものなのか。すごいな旅館。


『――冗談ですよ』

「そうか」


 ンンッ、とヒナタは咳払いする。


『とにかく、いつでもお待ちしています。落ち着いた頃にでも、社員旅行とか』

「考えておこう」


 ……約一名、旅行に不向きな人間がいるのだが。


「……なに、同志?」

「なんでもない」

『?』

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