万魔殿の怪
12月13日。
期末試験も終わり、教室内も大学受験のため人数がまばらになってきた。成績はそれはもう悲惨だったが――赤点は回避したし、出席日数もなんとか足りそうなので問題ないだろう。とはいえ他の同級生のように休む余力もないので、可能な限り授業には出なければいけない。
この時期まじめに登校しているのは、俺のように出席日数が危うい者か、カナやニシンのような者だけだろう。
「よーし、授業終わりッ! 練習の時間だ!」
ニシンはそう言ってホームルーム終了と共に教室から飛び出していく。三年生はもう部活を引退している時期だが、カナとニシンの二人は未だに野球部の練習に参加していた。なんでも、正式にプロになるまではプロの指導を受けてはいけないとかいろいろ制限があるそうだ。この間はエーコから、タイガが後輩になるカナに稽古をつけに行こうとしたのを慌てて引きとめたのだと愚痴を聞かされた。
もう大会に出ることもない三年生が部活にいても邪魔なだけじゃないか――と思うのだが、ライパチ先生をはじめ部員総出で歓迎しているらしい。というかライパチ先生がやたら張り切って、「春のキャンプの予行演習だ!」とか言って男女チーム合同でハードに特訓をしているとか。教え子がプロになるのがよほど嬉しいのだろう。
俺はといえば今日はバイトがシフトの都合で休みで、外出の用事もない。
「邪魔するぞ」
「おッ! 先輩、おはざッス!」
ということで、漫画部の部室にやってきた。アパートに戻ってもいいのだが、それだとデーゲームを見逃してしまう。
「音出してもいいか?」
「ケモプロッスか? もちろんいいッスよ!」
万年コタツの上にノートPCを置いて起動する。
「今日はどことどこだったッスかね……」
「島根対青森の第一回戦だな」
「わッ、んじゃ見なきゃ! お邪魔しまーッス!」
ずーみーが俺の膝の中にすっぽり納まる。こうやって収納し始めて二年近くになるが、サイズ感は全然変わらないな。
「あれ、これみんなケモプロの実況配信ッスか? うわ、増えたッスねぇ」
「ナイトゲームだともっと多いぞ」
ずーみーがタブレットにペンを走らせつつ、ノートPCに表示された放送中の動画リストに驚きの声をあげる。
ケモプロは今のところ、一日にデーゲームが2回、ナイトゲームが2回実施されている。たいていの場合一軍の試合が3つ、二軍の試合が1つという割合で行われ、一軍の移動日や休養日に二軍の別の試合が割り当てられるといった形だ。
正式サービスが始まって約二週間。実況をユーザーに任せるといった方針もだいぶ受け入れられたようで、ケモプロの実況配信も一軍に限れば必ず誰かが放送しているという状況になってきた。すでにかなりの視聴者を集めている配信もあるらしい。
「ナゲノのは……これだな」
そんな中でも、島根出雲ツナイデルスの専属アナウンサーとなったナゲノの実況は、KeMPBと球団がオフィシャルとしていることもあり安定した視聴者数を獲得している。島根の二軍の試合でさえ視聴者数が落ちないというのだから、その人気は本物だろう。
『まもなく試合が始まります。今日から三連戦の島根ツナイデルス対青森ダークナイトメア、球場は青森
「自分でデザインしておいてなんスけど、いつもながら変な色調のドームッスね」
青森万魔殿ドームは架空の球場だ。そもそもドーム球場は全国にほとんど存在しない。それでもドームがいいとサトウ――ダークナイトメア仮面が言うので、青森ダークナイトメアのホームは万魔殿になっていた。全体的に赤と黒で禍々しい。
『試合開始までの間に、青森ダークナイトメアの現時点での成績から。9戦終わって5勝4敗と勝ち越しています。ノヴァク、ガルという先発二枚看板に、抑えのエース・ドイルという投手陣が強力なチームです。打撃の中心はやはり四番のブラックバック系女子、
「黒男とダイトラも、なんかおっさん同士って感じでいいコンビだったんスけどねえ。別チームになっちゃって」
「ドラフトで決まったことだからな。黒男も評価が高くてよかったじゃないか」
ダークナイトメア仮面、名前で選んだとか言ってたような気もしたが。
『さて我らが島根出雲ツナイデルスというと、9戦終わって2勝7敗。先日のお隣県、鳥取サンドスターズとの三連戦も1勝2敗と負け越しました。リーグ内で大差をつけて最下位です。元晴天野球部の投手、バイカルアザラシ系男子、
だいぶ島根寄りの実況だが、そうしても許されるほど島根は評価が低いのだった。オープン戦もダントツ最下位だったし。
「ダイトラ……は、今日もブルペンッスねー。ルーサーが出てるからいいんスけど」
正式サービスが始まってからというもの、ダイトラは稀にしか出場していない。第二捕手として、ルーサーの休養のため時折出てくるだけで、ユーザーからはすでにレアキャラ扱いされている。
「……レアキャラのほうが、お得感があっていいんじゃないか?」
「そういう運命なのかもしれないッスねー」
ずーみーはペンを走らせながら、俺はメールサポートの回答を書きながら。
のんびりと、試合の推移を見守っていた。
これからどういう展開が待っているのか知らないまま。
◇ ◇ ◇
『さあ八回裏! ツナイデルスにはピンチ、ダークナイトメアには追加点のチャンスがやってきました! スコアは0対1、ワンアウトにしてランナーは一塁、三塁! この回からマウンドに上がった島根の抑え、
マウンドの上、ボウシテナガザル系ケモノのダンは、ニヤッと笑った。自信たっぷりというより、「やっちまったけどまあいっか」みたいな感じだ。マスクを被るルーサーは溜め息を吐いている。
勝ち試合はダンがきっちり抑えて勝っているのだが、負けている時点で登板するとめっぽう打たれている印象がある。ダンが悪いのか、アラシ監督の采配がダメなのか。
「1点差ぐらいは堪えてほしいッスねえ」
ほう、と溜め息を吐くずーみーの言葉が、ほとんどのツナイデルスファンの感想だろう。
『さあダークナイトメア、次の打者は九番センター、オオアリクイ系男子、
「なんか守備の形がいびつッスよね」
「ライトのメリーのカバーを考えてのことだろう」
ライト
『メリーちゃんが前に、レイがライトよりの後方に。レイの俊足を生かして、後ろに来るライトフライはレイが処理する構えでしょうか。……レイ、苦労人すぎない?』
「守備範囲が広くて大変だな」
「いっつも走り回ってるッスよね」
『内野は――強気にゲッツー狙いの体制ですね。さあどうでるか。三塁ランナーを目で牽制して――バッター勝負ッ! 打ったッ! センター真正面への浅いフライだッ!? レイ、走る、走る、間に合うか!? 三塁ランナー
ドンッ! ザザザァッ!
ホームベース上でのクロスプレイが発生した瞬間、ルーサーのカットイン演出が入る。
「――えっ」
だが、そこに表示されたルーサーの顔は、アウトを確信したものではなく――苦痛にゆがむ目。
『――セーフ! 判定はセーフ! ダークナイトメア1点追加、0対2! ですが――これは? ルーサー、うずくまって起き上がりません。審判がタイムをかけました』
「えっ……えっ?」
ずーみーが呆然と呟き、画面の中ではホームインを決めたロロが、体を縮こまらせてオロオロしている。主審がルーサーに話しかけ、別の球審に指示を出す。
『これは――負傷、ツナイデルスの正捕手、
「ええぇー……?」
『ルーサーの負傷退場は……草野球時代に四回ありましたが、ツナイデルスに入ってからは初ですね。押さえていた部位からして、足を痛めたのでしょうか? 怪我の程度が気になります。ロロちゃんは――審判からの注意にとどまったようですね』
ツナイデルスベンチの三塁側応援席から、ブーイングが飛ぶ。ロロはそれを聞いてびくりと飛び跳ねたあと、逃げるようにベンチに戻っていった。
『えー、負傷の状態はまた後ほど通知がある……ということです。軽傷であることを祈りましょう。気を取り直して――選手交代です!』
「久々の出番だな」
「いやぁ……まぁそうなんスけど……」
えぇぇ、とうめき続けるずーみーをよそに、ナゲノはその選手名を告げた。
『キャッチャー、山茂ダイトラ、背番号12! ツナイデルスのドライチ第二捕手が登場です!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます