アップデート計画

 12月12日。

 もう何度目かわからないオンライン報告会を開く。


「アップデートについて話し合いたい」

『はいはーい! らいむもそろそろ決めるべきだと思うな! アップデートの日程!』


 ノートPCの画面で、雲のアイコンが声量に合わせてフワフワと大きくなる。

 人数が増えて発言が被ることが多くなった――そういう話を従姉にしたところ、翌日にはアバターつきのボイスチャットクライアントが用意されていた。喋った人のアイコンが強調表示されるだけでなく、自動で音声をテキスト化してくれるので議事録を作るのも楽になりそうだ。


『仮スケジュール的には、一月初旬のアップデート予定デスネー』

『予定してるのはマイルーム拡張とVRのアップデートッスよね?』

『細々あるけど、でけぇのはそれな』


 ケモプロを野球中継として楽しむのであれば、動画配信版やナゲノの実況付きの動画を見るのがお手ごろだ。実際、視聴者数を見ても圧倒的に動画が多い。

 マイルームにハウジングを実装するのは、アバターを使って応援してくれる人により楽しみを提供し、クライアント版、スマホ版、ブラウザ版の利用者増を目指すための施策だ。もちろん、マイルーム用アイテムの販売による収入も見込んでいる。


『いや作業量多かったッスねぇ……マイルームに置く家具とか小物とか……』

『でも、ずーみーちゃんのおかげですっごいかわいい部屋が作れるようになったよ! ほらほら、こんな感じ!』


 ライムがテストサーバ内のスクリーンショットを貼る。デフォルトの六畳一間がどうしたらこんなファンシーになるのか。いやぬいぐるみとか、壁紙とか、単体のアイテムとしては見覚えがあるんだが。


「これはすごいな」

『ふふん、そうでしょ? まっ、これだけやろうとしたら、結構課金が必要になっちゃうけどね!』

『フフフ、それでも課金してしまうのがハウジングマニアのサガ、デスヨ』


 マイルームの提案者であるニャニアンがネットの向こうで胸を張る。


『これで収入増、間違いナシデスヨ!』

「期待している」

『うーん? お兄さん、なんかノリ悪くない? なにか気になる?』

「そんなことはないが……いや、少しな。俺にはこういうのが作れそうにないと思って」


 俺もテストサーバで内装を試してみているのだが、ライムのような部屋には全然ならない。


「ごちゃごちゃしてまとまりのない部屋しか作れないんだ」

『テストサーバは最初ッから全アイテム解放してっから、選ぶのが難しいんダロ』


 マイルーム用のアイテムはずーみーを中心に、従姉、ライムがモデリングした。すでにかなりの量の点数があって、確かにいろいろ目移りしてしまう。


『最初は数を絞って、徐々に追加してく流れだろ? そしたらコツも掴めるんじゃねぇか?』

『らいむ、お兄さんの部屋を見る限りそういう問題じゃなくて、根本的にセンスがないと思うな』


 根元の問題だったか。


「ライムが作ったような部屋をそのまま使えるといいんだが」

『オ! ナルホド。じゃあ部屋ごと売るってのはドウデス?』

『あ、いいね! 追加アイテムはテーマごとに売るつもりだったけど、全セット購入だけじゃなくてモデルルームとしての販売もいいかも? ムフ、腕が鳴るなぁ』

『ソレだとモデルルームの作成に制限がでマスネ……他所の部屋のコピーを買えるとかドウデス? 持ってないアイテムだけ追加購入デ』

「それは助かるな。……どうだろう、いけるか?」

「う、うん、大丈夫」

『ハァ……まぁそれぐらいならな。遅れもでねぇだろ』


 従姉が頷き、ミタカが溜め息を吐きながらも同意する。


『確かにオマエみたいなセンスのねぇヤツには、あったほうがいい機能だろーし?』

「助かる」

『自分の部屋がコピーされたら嬉しいッスね』

「人気の部屋とかも出てくるだろう。そういうのが分かるといいかもしれないな」

『……わぁーった。評価システムも入れてやる』


 マイルームについては、これで大丈夫そうだな。


「では次に、VRモードについてなんだが……」

『待った。分かってる。オレから言わせてくれ。――VRモードをやって分かったんだが、今の座席重複システムにはひとつ問題点があんだよ』


 ゲーム内の球場は実際は複数のチャンネル――並行世界のようなものに分かれている。

 アバターがすでにアバターのいる席に座った場合、元から座席にいたアバターはエリア内の別席に移動したように見える。こうすることで好きな席に座れるようにしているわけだ。ちなみに正式な視点からすると、後から座った方のアバターが別席に座っている。

 ただ座席には限りがある。エリア内のすべての席が埋まった場合は別エリアに表示されることになるが、それでも満員の場合はチャンネル2が作成される。チャンネル2は満席に見えるが実際には全席空席で、新しく座ったアバターに完全に置き換わる。


『今の仕様だとフレンドと待ち合わせて隣の席に座る、ってことが相当難しいことが分かった』


 VRモードで記者と対談したときの話だ。テストサーバはガラガラなので問題が出なかったのだが、本番サーバで苦労した結果、そういう問題が浮き彫りになったわけだ。


 例えば座席を押しのけて座っていれば、お互い隣に座っているアバターが違う。

 また一人がチャンネル2に行ってしまえば、チャンネル1にいるアバターは球場内で相手を探すことができない。


『まッ、解決すんのは簡単だ。満員前からある程度チャンネル作っといて、任意移動の機能をつけりゃいい。チャンネルを待ち合わせすることさえできりゃ、並んで座ることはできるからな。――どーだ? オマエもそう言いたかったんだろ?』

「チャンネル移動の機能は欲しいと思っていた」

『そーだろそーだろ。そう言うと思って実はもう――』

「ただ、ひとつ制限が欲しい」

『――ア?』

「正しくは制限というか……価値を付与したい」

「同志、どういうこと?」

「以前サポートに寄せられた意見なんだが、チャンネル移動がしたいという要望があった。その理由が、『テレビに映りたいから』だそうだ」

『ハ?』

「それからこの動画を見てくれ」


 短い動画を貼り付ける。先週の島根対鳥取の試合中の一場面だ。


「音声に注目して欲しいんだが……」

『実況ついてないッスよね? ……ん? あれ? これ』

「あっ、知ってるよ。これ、うぃーうぃるうぃーうぃるだ!」

『We Will Rock Youな』


 ドンドンパンッ。ドンドンパンッ。特徴的なリズムが刻まれる。若干バラついているところもあるが、基本はそうだ。


『これどうなってるんスか?』

「足踏みエモートと拍手エモートの組み合わせでやっているんだ」


 足踏みを二回でキャンセル、拍手を一回でキャンセルの組み合わせ。それを観客席の一部のアバターたちがタイミングを合わせて実行し、チームの応援を行っていた。


『ホー、ナルホド。考えるものデスネ』

「それからこの動画もだな」

『わお、一列だけどウェーブしてるじゃん。立つのと座るのの組み合わせだね!』

『ちょっと歯抜けしてるッスね』

「これは需要の表れだと思う」


 ユーザーが創意工夫してでもやりたいことがここにある。


「動画配信版で表示されるのは、チャンネル1の様子だ。ウェーブの例が分かりやすいが、席が埋まってチャンネル2以降に飛ばされると、こういう応援が表現できない」

『……つまり?』

「動画配信版で表示されるチャンネル1の席を、販売しよう。現実のチケットみたいなものだな。予約購入すれば確実に、その座席のチャンネル1に座れる権利だ」


 そうすればウェーブも綺麗に再現できる。


「もちろん誰も購入していない席なら、チャンネル1に座れる。ただ後から予約購入したアバターが座った場合、これまでと違って後から座った購入者のアバターが席に座って、無料で先に座っていた方が別席に飛ばされる形にしたい」

『なるほど、それが価値の付与ッスね』

「もちろん、今のままだと座席の並びを気にする人は少ないと思う。だから――応援グッズを拡充しよう。例えば、プラカードだな。一文字ずつ、並んで座ってこそ価値がある」

『偶 然 だ ぞ』

「そういうやつだ」


 大きさ的に一文字サイズのものがいいだろう。大きいのは明らかに後ろの人の邪魔だし、かといって小さいものに複数文字は遠くから見えないし。


「あとはホームランボールも、今だとチャンネルごとに取得者が出ているだろう? それは構わないんだが、産出チャンネルを表示することで、よりチャンネル1に価値がでると思う。将来的には、応援曲の演奏とかもできるようにしたらいいんじゃないか? 選手ごとのテーマができたら面白いだろうし……」

『……曲の演奏は、JASRACがな……動画配信版だけなら、配信サイトが包括契約してッから問題ねェけどよ……』


 ぐしゃぐしゃ、とネットの向こう側でミタカが髪をかき乱す音が聞こえる。


『ハァ。わーったよ。とりあえず、チャンネル移動はチャンネル1への任意移動を禁止しときゃいいんだろ?』

『えー、それだけだと理由がわかんないし、らいむ、座席販売のシステムも同時に入れてほしいな! プラカードも!』

『……アップデートは二月な。年末で他の仕事も――』

『こういうの早いほうがいいと思うな。らいむもがんばるから、一月中旬にしよ?』


 沈黙。


『……何も根拠なしに言ってるわけじゃないよ? てゆーか、らいむはむしろ席料は反対だよ。でも今の仕組みだとチャンネル1の狙った席は完全に早い者勝ちで、週間予約してるアバターが座っちゃったらおしまいだし。それだったらお金払ったほうがいいなって思う。でも、今まで無料でできたことを有料にするなら――時間をかければかけるほど無料に慣れちゃった人の反発が大きいから、さっさとしたほうがいいと思うんだ』

「無理にとは言わないが……俺も早目がいいと思う」


 これは広告収入以外の、KeMPBの定期収入になる。定期的に入るお金が増えれば、皆への報酬を増やすこともできるのだ。


『――ハァ。オマエラな……オレだって別に分かってないわけじゃ――』

「あ、アスカちゃん。わたしもがんばるから……」

『あーあーわーったわーったよ、中旬な中旬。ただしこれ以上の追加はなしだ!』

「とのことだが、他に何かあったりするか?」

『あのね、らいむねー!』

『オイィ?』

『ムフ。始球式の権利の販売やろうよ! クラウドファンディング分はもうすぐ終わるでしょ?』


 クラウドファンディングの報酬で、ユーザーのアバターが始球式に登場する権利というものがあった。

 が、オープン戦の一ヶ月を終え、六球団になってさらに試合数が増えた結果、そろそろ順番待ちのアバターがいなくなろうとしている。


『販売ページはらいむがなんとかするし。今用意されてる待機列に足すだけでしょ? ね?』

「……そうか、売れなかった場合のことも考えないといけないか? とすると」

『あー! ヤメ! ヤメロ! 始球式まではいい、それ以上は緊急じゃなきゃヤメロ! オレは他の案件もアンだよ!』

「緊急ではないが実はそれ以外に――」

『今すぐ対応しないと死ぬやつ以外は後だッ!』

「わかった」


 まだ考えもまとまっていなかったし、これ以上はミタカが壊れてしまいそうだ。


『ムフ。じゃあアップデート以外の話だね。じゃあ、ずーみーちゃんの話!』

『おっ、自分ッスか?』

『何件か出版社から、書籍化の話が来てるよ!』

「わ、すごいね!」

『おお……ええ、実感わかないッス。まだ一巻分もページ数ないんスけど……』

『でもいずれ紙の本は出したいでしょ? 電子書籍でだけ出すならKeMPBだけでもできるけど、紙の本にするなら出版社の力を借りたほうがいいし、話は早いほうがいいよ。大丈夫! ずーみーちゃんを、ちゃんと分かってくれるところを選ぶからね!』

『そっ、そんなもんスかね……』

「ずーみーの力が認められたということだろう。最近、調子もいいようだし」

『ま、まぁその自覚はあるッスね!』


 ずーみーはフフン、と笑う。


『ルサ×トラに気づいてからはネームも順調で。あとは元肉食ウォリアーズのチームメイトにも焦点を当てて、他の試合も描くようにしたんで広がりが出たッスね。いやでもやっぱルーサーッスよ! 読者の反応もいいし!』


 ダイトラに内なるライバル意識を燃やすイケメンのアルパカ、高原たかはらルーサーは早速いろんな意味で人気になっていた。


『イイデスヨネ! ワタシも好きデスヨ、ルサ×トラ!』

『ニャン先輩も? うへへ、やっぱいいッスよねぇ! 屈折したイケメンは!』

『ラビ太とは違うタイプで、イイデスヨ! グッとキマス!』


 わはは、とイケメンを肴にして話が盛り上がる。硬かった空気が、一気に和んでしまった。


 ――誰もがその時は予想していなかった。

 次の日に、あんな事故が起きるとは。

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