幼馴染と入団会見

 平日の18時。


 いつもならまだコンビニで働いている時間だが、今日ばかりは早上がりにさせてもらった。

 スーパーに寄って食材を買い、アパートに戻る。


「ただいま。すぐに夕食を作ろう」

「あ、う、うん。おかえ」

「おそいぞー、ユウ!」


 いつも通りの挨拶を返す従姉の声を上書きしたのは、小さい幼馴染の大声だった。


「早く作ってよー! お腹ペコペコだよ!」

「手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「わはは、今のユウのレベルに、あたしの出る幕はないッ!」


 確かにニシンに手伝ってもらうのは、少し手間取りそうだ。時間に間に合わなくなってしまう。


「来るなら連絡しておいてくれれば、手伝いの余地も残したんだが」

「おっとファインプレー、あたし」

「食器ぐらいは出してくれよ」

「へいへい。おっ、食器少し増やした?」

「その箸はニシンのだぞ」

「やーりぃ! ――お魚だけどかわいいから許す!」


 KeMPBから出た初報酬は、ほとんどを生活用品に費やしてなくなってしまった。コンビニでのアルバイトはしばらく辞められそうにない。

 そもそも額面からして一般的なサラリーマンの月収からは程遠い状態だ。そこからさらに税金なんかも引かれるので、手取りはもっとだ。ミタカからも、「これじゃ他の仕事を全部辞めてまで専念はできねェな」と言われている。

 ミタカとニャニアンは他の仕事で副収入があり、他は俺と従姉を除けば当分の貯蓄を持っているとはいえ、KeMPBの業績を伸ばすのは急務といえた。


「ニシンは会場に行かなくてよかったのか?」

「学校終わってから行ってもねー。それに特にやることないし。あたしはまだ一般の学生なわけでさ。それなら放送でじっくり見ようかなって」


 ニシンは言葉とは裏腹に、頬を膨らませてコタツに顎を乗せる。フグだな。


「側にいるだけでも違うんじゃないか?」

「ユウがそれ言うかなー? ま、あたしもそうだとは思うけどさ、今日は完全に送迎付きだし、エーコネーさんもついてるし」


 ニシンは、ふっと力を抜いて笑う。


「カナなら大丈夫だよ――今日は台本もあるしね!」


 ◇ ◇ ◇


 12月11日。この日、カナが所属することになる球団の入団会見が放送される。

 地上波でもおそらくダイジェストが放送されるだろうが、ネットではリアルタイムで完全生中継される。それを見守るため、今日はバイトを早上がりしたわけだ。

 コタツを囲み鍋をつつきながら、モニタに流れる映像を見る。


「調べたらほとんどの球団が、新人の入団記者会見をネットで放送しているんだな」

「そういうもんだよ。ま、この会見の冒頭はテレビでもやることになってるけど。はい、ツグネー、おたま」

「あ、ありがとう。……それって、やっぱり一位の人のため?」

「そうそう、ドライチのね。ほら、映った映った」


 今年のドラフトで、カナ球団は6人と育成13人の、計19人を獲得した。その全員を並べているので、会見席はギュウギュウだ。苦肉の策か、新人は二段に並べられている。カナは最下位なので二段目の一番端だ。

 そして今画面いっぱいに映っているのは、一段目の一番端。今年の4球団競合のドライチ。


『ご紹介に預かりました、テンマダイチです』


 キャーッ! と会見場にいる女性ファンの黄色い悲鳴が響く。汗とは無縁そうな顔をした、さわやかなイケメンだ。いや顔はフラッシュでピカピカ光って見づらいんだが。


『いただいた評価にふさわしい活躍ができるようにがんばります。応援、よろしくお願いいたします』

『ユニフォームを着た感想はいかがでしょうか?』

『テレビで見ていたユニフォームを自分が着ていると思うと、面映さもありますが……――』


 司会との一問一答でテンマ選手の会見が続く。フラッシュが途切れない。


「この人、やっぱりすごいんだね?」

「そりゃーそうだよ。漫画のヒーローみたいなヤツだもん」

「無名の公立校が甲子園に出場して、東北勢で初の優勝だったか」

「そうそう。四番ピッチャーのニューヒーロー。全試合で決勝点はみんなこの人がらみ、しかも全試合完投。きわめつけは監督も兼任っていう。甲子園出場あたりから騒がれてたけど、その後はもう、ニューヒーローテンマか怪物タツイワかって報道だったし」


 そんなニューヒーローは、マイクを握って口を開くたび、会場をキャーキャー言わせていた。


「ドラフトもこの人が4球団競合、怪物が6球団競合、っていう二人のためのドラフトだったようなものだしさ」

「あれ……勝ったのに怪物さんのほうが、評価高いの?」

「怪物はなんだかんだ、春は一回、夏は三回も甲子園で実績あるし。ニューヒーローは夏の一回だけだから、その辺が響いたんじゃないかって言われてるよ」


 それでも4球団競合のドライチだ。世間の注目度は高い。この会見もいくつかの放送局で地上波生中継している。


 ――この、ドライチの会見だけは。


「……ながいね」


 ドライチの会見が終われば、次は2位3位と順位順に似たような会見が繰り返される。一人三分の短い会見でも、19人いればカナに回ってくるのは約1時間後だ。

 なので地上波の各局は、冒頭のドライチの会見だけ放送するわけだ。『次』の注目の顔が1時間後とあっては、その間の野球ファン以外にはあまり興味のない選手の会見を映しているわけにもいかない。


「お、ツグネー、次だよ、次!」

「ふぇ」


 鍋も空っぽになり、コタツでウトウトしていた従姉をニシンが叩き起こす。


「あっ、ほ、ほんとだ。カナちゃん、大丈夫かな?」

「台本あるから大丈夫だって」

「そ、そうなの?」

「ちょっと前までボール追いかけるしかしてなかった子が、こんな立派な受け答えを素でできるわけないっしょ? 変なこと言わないよう、ちゃんと打ち合わせしてあるんだよ」

「残念だな」


 打撃のメガネの新しい伝説は刻まれないわけだ。


『ご紹介に預かりました、オオムラカナです』


 バババッ、とフラッシュが焚かれる。メガネが白くなって目が見えん。


『環境が大きく変わりましたが、私自身の気持ちは変わらずにがんばります。応援よろしくお願いいたします』

『ユニフォームを着た感想はいかがでしょうか?』

『ワクワクします。早くグラウンドで活躍する姿を、家族に見せたいです』

『自分の持ち味はどんなところでしょう』

『バッティングに注目していただきたいです。プロの投げるボールに、一日も早く対応したいですね』


 ここまではどの選手も聞かれていることだった。何人かの選手はつっかえつっかえ喋っていたが、さすがにカナはスラスラと受け答えする。次からは選手個人ごとの質問だ。


『同じNPBで活躍する女子選手としてタイガ選手がいますが、どのように意識されていますか』

『偉大な先輩で、憧れの選手の一人です。リーグが違いますから、数少ない対戦機会を得られるよう、全力でがんばります』

『女子選手として男子選手の中に混じるのに、不安はありませんか?』

『タイガ選手という前例もありますし、球団にもバックアップしてもらっていますから、不安はありません』

『では最後に、メッセージを伝えたい方がいれば、一言』

『はい』


 カナは、カメラを――こちらを見て、口を開く。


『チームメイトの幼馴染に――勇気をくれてありがとう、と』


 ◇ ◇ ◇


「いやー、やっぱりテレビで見ると違うね!」


 暗い道を歩きながら、ニシンが言う。12月ともなればこの時間から真っ暗だ。ニシンの身体能力は俺以上だが、何があるとも分からない。バス停まで送っていく。


「そうか? 着てるユニフォームの柄が違うだけで、他は特に変わらないだろう」

「そう? 違う世界の人になった~、とか思わない?」

「誰だって生きてる世界は同じだろう。見方というか、認識の仕方で言えば、それは人それぞれに違う世界だろうし、周辺環境という話ならそれこそ全員違うんじゃないか?」

「むー、難しいこと言う」

「いつもの幼馴染だった」

「ん、ならよし」


 ニシンはニカッと笑う。


「わかってるじゃん。よッ、チームメイトの幼馴染!」

「それはニシンのことだろう?」

「ユウにも当てはまるっしょ」


 三ヶ月だけのチームメイトだが、当てはまらないわけではないか。


「あそこで声をかけるなら、あたしじゃなくてユウしかいないよ」

「そういうものか」

「そうだよ」


 ニシンは足を止めて、俺を見上げる。


「……あのさ」

「うん」

「あの……」


 狭い道を車が駆け抜けていく。巻き起こった冷たい風がやむと、ニシンは口を開いた。


「……カナのこと、心配? 気になる?」

「幼馴染だからな」

「じゃあ、あたしは?」

「もちろん、気にしているぞ」


 この世に幼馴染はたった二人しかいない。


「たとえ二人が野球の道に進まずに、大学に行くとか、一般企業でOLをするとか、急にインドに旅行に行くとか言っても、気にしていることに変わりはない」

「なんでインド」

「悟りを開いて帰ってこない例が多いらしいぞ」

「……そんななったら、ユウが連れ戻しにきそうだね」

「連絡が取れなければ、探しに行くと思うが。好きで滞在しているなら、無理に連れ戻したりはしないぞ」

「おっ、じゃあ一緒にインドに住んだり?」

「……KeMPBのインド支社……いやそもそも、インドって野球はどうなんだ?」


 イギリスの影響でクリケットが大人気とか聞いたことがあるような。

 ふむ、そうするとインドでサービス展開するならクリケットに作り変えないといけないか? フットサルができるんだから、クリケットだっていけるだろう。しかし、クリケットってどういうルールなんだ? 野球と似たような感じらしいが……ルール、ルールか。やっぱりそこなんだな問題は――


「あはは」

「うん?」

「や、真剣に考え込んでたからさ。……ユウは今、会社が一番気にかかるみたいだね」

「どれも大事だ」

「ん。――おっと!」


 いつの間にかバス停の近くまで到着し、しかもバスがやってくるのが見えていた。ニシンはパッと顔を上げると、走り出す。


「じゃあまたねー、仕事人間! 入社祝いも考えておけよー!?」

「わかった」


 俺は頷いて手を振る。

 そしてバスは走りぬけ――




「……止まってくれなかった」

「……次のまで待つか」


 ニシンの背が小さいのが悪かったのかもしれない。

 寒空の下のバス停で、俺とニシンは、もう少し思い出話に花を咲かせるのだった。

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