せくはラーと興味

「……という感じで、VRモードは記者たち全員、評判が良かった」

「そうなんだ。アスカちゃんががんばってくれたおかげだね」

「ツグ姉が作った、スマホの部分も評価が高かったぞ。おかげで少し気づいたことがある」

「どんな?」


 従姉はじっと顔を見つめてくる。


「VRゴーグルやヘッドセットをつけるのは面倒くさい。それを外さなくてもスマホが確認できるのがいいと言われて気づいたんだ。ヘッドセットを外させないようにする工夫が必要なんじゃないか?」

「外させない工夫?」

「ああ。つまり一度つけたら、よほどのことがない限り外す必要がないようにする。長時間つけっぱなしにできることを分かっていれば、面倒くさくてもヘッドセットをかぶる気力が沸くんじゃないかな。まずは他のバージョンでできることは全部VRモードでもできるようにする。これは必須だと思う」

「確かにそうだね……」


 従姉はウンウンと頷く。


「ただVRの普及率が問題になるか? せっかく作っても恩恵を受ける人が少なければ、それ以上のことは後回しにせざるを得ないんじゃないかと思う」

「そうだね……うちでもアスカちゃんしか持ってないし……あとデバイスもいろいろ細かい違いがあって……」

「ねえねえ、盛り上がってるところ悪いんだけどさ、お二人さん!」


 ひょい、とライムが前に回りこんで見上げてきた。なぜだか少し呆れ顔だ。


「せっかく楽しい場所に来たのに、さっきから仕事の話ばっかりじゃない? らいむ、どうかと思うな」

「――仕方ないだろう」


 俺は、目を逸らす従姉を見ながら言った。


「こういう話で気を紛らわせていないと、引きこもりが稼動しなくなってしまうんだ」


 ◇ ◇ ◇


 12月10日。

 らいむの訪問を受け、俺と従姉は外出することになった。


 らいむ曰く、会社から初報酬が出たのだから記念に服を買いに行こう、とのことで、アパートから一番近くの『セクはら』に誘われたのだ。


「お兄さんはお客さんと会うための服は持ってるけど、プライベート用はダメダメだし。ていうかお客さん用ももっとパターン増やしたいよね。ツグお姉さんは全体的にダメ。せっかくお給料が入ったんだから、らいむがスペシャルコーデしてあげるよ!」

「でっ、でもその……これもセクはらの服なんだけど……」

「せくはラーは組み合わせが命、だよ! 安いものを適当に買ってたらダメなんだから」

「でも……がっ、外出しないし……」

「服がないから外出しないんだよ! あれば外出するって! この前は駄目だったけど、今度こそ行こうよ!」


 ――というようなやり取りの末、従姉はしぶしぶ家を出た。が、ひきこもりは外が怖いらしくなかなか動かない。


「前はジムまで問題なく来れただろう?」

「あれは……モーションキャプチャーに集中してたから……」


 仕事で気がまぎれていたらしい。考えてみれば上京してきたときは駅で泣いていたんだった。

 そういうわけで、仕事の話をひっきりなしに振りながら、タクシーでセクはらまで直行した。……こういうことがあるなら、免許を取ったほうがいいだろうか? しかし車とその維持費はいい値段がする。たまのタクシー代でよしとするべきか。


「じゃあほら、これもお仕事だよ!」


 店内に入ると、ライムはひとつのコーナーに案内した。


「ほら、ケモプロのユニフォームトレーナー!」


 コラボ商品の置かれているコーナーに、ケモプロのPOPが飾られたハンガー。ずらりと並んでいるのは、各チームのユニフォームをデザインしたトレーナーだった。


「う、うん……知ってる。……同志が持ってるし」


 セクはらから貰ったサンプルは、俺の部屋着になっている。Mサイズなので従姉は着れなかった。


「もー、ここにこうして並んでいるのが重要なんじゃん? ほら、マネキンにも着せてあるし! ほらほら、こっちは選手をメインにしたキャラクターもの!」

「確かに、実際に売っているところを見ると違うな」


 メインの購買層であるおばさま方からは、『なんで野球のキャンペーンやってるのかしら』とか思われそうだが。しかもキャラクターはケモノだし。

 ……それとも何も気にせず買っていって、旦那や子供に着せるんだろうか。それはそれで宣伝効果があってありがたいが……。


「そうそう、実際の売り場を見ることが大切なんですわ。さすが、社長さん!」

「タカサカさん」


 突然。

 通路の向こうから声をかけてきたのは、セクシーはらやま東京営業部部長のタカサカだった。スーツの腹回りがきょうもでっぷりしている。その後ろには対照的に、細身のメガネの男が控えていた。


「お買い物ですかな? ご贔屓にいただいてどうも! お連れの美人さんはどなたですかな?」

「従姉です」

「社長の従姉さんですか! どうも、セクはらの営業のタカサカと申します。社長さんにはお世話になっておりますわ」

「ど、ども……」


 従姉は猫背になってペコリと頭を下げる。グイグイ来るタカサカに気圧されているらしい。


「タカサカおじさん、こんにちわ! 今日はね、二人の服をコーデしに来たの」

「おお、ライムちゃん、いつもありがとう。そだ、紹介しておきますわ。こいつ、ウチの企画部の若いので、オガタっていいます」

「ウガタです、部長」

「おうどっちでもええわ。それよりこっちな、こちらがケモプロの社長さん。それでライムちゃんがケモプロの広報さんや」

「はじめまして……ッて、こんな……小学生が広報?」

「むう、らいむは14歳だよ!」

「……そうですか、失礼しました」


 ウガタは疑わしげな目つきでライムと俺を見てくる。

 こういう目つきにもだいぶ慣れてきた。こんなに若いやつが社長でちゃんとできるのか? こんな小さな子を働かせてるのか? という疑念の目だ。そう思われるのは当然のことだと思うので、気にしていない。


「おい、オガタ。他に見て気づくことはあるか?」

「……はあ。そちらのお姉さまが着ていらっしゃるのは、ウチの製品ですね。ありがとうございます」

「はん、そっちだけじゃないぞ」


 タカサカがニヤリと笑い、察したライムがキュートなポーズをとる。


「ライムちゃんも全身、セクはらだ!」


 ……やっぱりその略称はどうかと思うな、うん。


「は? こんなセンスのいい服、ウチにあるはずが……――ッ!? ば、バカな……これはッ……」

「ムフ。いいでしょ、この服。セクはらで買ったんだ」

「……ライムさん。ウチの企画……いや、モデルになりませんか?」

「んー、ライム、セクはらのファンだから。お仕事には関わりたくないんだ。ゴメンね」


 ずーみーのファンであるところのライムは仕事を手伝いたいが、セクはらのファンであるところのライムはそうではないのだそうだ。以前にも同じようなことをタカサカから言われて、断っていた。


「それで、タカサカさんはどうしてここへ?」

「おお。いや、ケモプロさんとの仕事も増えてきましたからな。野球部の人員を増やしたんですわ。で、こいつが第一号で」


 セクはらでケモプロの仕事をする部署は、野球部と呼ばれるらしい。


「僕は嫌だと言ったのですが、無理矢理……」

「はっはっは。ま、今日は店舗の見回りですわ。あとは我がセクシーパラディオンの応援ポスターが貼られているかの確認ですな!」


 こちらで用意した覚えのない、独自のポスターが店舗の掲示板コーナーに貼られていた。ゴリラがバットを振っている以外は、普通の野球のポスターに見えるな……『東京セクシーパラディオンを応援しよう!』か。ありがたい。


「しかし偶然ですな。ちょうどわしらも店に来たばかりで。おお、ケモプロさんといえば今日、ウチは鳥取さんとの三回戦ですな。いやぁ、バーチャルとはいえ自分の球団があるっていうのはいいですなあ。プロ野球がオフシーズンでもアツくなれる。社員にも動画を見るように言ってありまして、それで昼休憩中もその話で盛り上がれますしな。しかも派閥争いなく。いや、ほんとに――」

「ねえねえ、それもいいけど、タカサカさん、何かオススメある? らいむ、買い物に来たんだから」

「お? ああ、そうですな。じゃあ案内しようか。俺が一緒なら倉庫からも出せるから、任せときなさい」


 きゃっきゃと、祖父と孫ほど年の離れた二人が先に立って歩き出す。

 それを追っていくと、ウガタが長く溜め息を吐いているのが目に付いた。


「……ああ、失礼しました」

「いや。……配属が気に入らないのなら、そう言ってみてはどうですか?」

「そうはいきませんよ。ああ見えて部長は、社内での影響力が強いんです。長いものには巻かれろ、ですよ」


 確かに、うちと契約したときも独断専行だったと聞いているな。それを飲ませる力があるということか。


「ケモプロの社長の前で言うのもなんですけど、僕は野球にあまり興味がないんで……配属されたからには仕事はしますけど、まあやる気を出すのは難しいですよね」

「……興味がない、というと? ケモプロに? それともプロ野球に? 野球自体ですか?」

「えっ?」

「よければ聞かせてほしいんですが」


 興味がない。


 それは俺と従姉のスタート地点だ。二人とも現実のプロ野球チームに興味が持てなくて、ゲームを作り始めた。

 今のケモプロに、俺は興味を持って接している。チーム名も全部言えるし、選手も大体わかる。仕事だからと言われたら否定しきれないかもしれないが、とにかく『興味がない』を克服できたのだ。

 ウガタがケモプロに興味がないのであれば、何を根拠にしているのか、それを知りたい。


「ああ……ええ……そうですね」


 想定外だったのか、ウガタは「参ったな」とモゴモゴやってから話し始める。


「そうですね。ケモプロだけでなく、野球自体に興味がないです。小さい頃友達に誘われてやってみたこともありますが、全然ですね」

「それはなぜ?」

「だって、わけが分からないんですよ」

「わけが」


 ウガタは「そうです」と頷いた。


「打ったボールが線を越えたらファールだといわれたのに、そうじゃない場合もあるとか」


 ……打球が内野のフェアゾーンでバウンドした後、外野でファールラインを超えた場合はフェア、というルールのアレか。バウンドしてないときはファールだから確かに分かりづらい。


「ボールを持ってベースを踏んだのに、なぜかランナーがセーフになるとか」


 フォースアウトの話だろうか。二塁ベースを狙ったランナーをアウトにする場合、後続のランナーがいればベースを踏むだけで強制的にアウトになるが、後続のランナーがいない場合は一塁へ戻ることができるため、ベースを踏んでもアウトにはできない。


「かと思えば、ベースから離れて立ってたらそこを踏まれてアウトになったり……」


 ……状況が良くわからないが、リタッチの話かもしれない。打球をノーバウンドでキャッチしてアウトにした場合、ランナーは一度出発点のベースを踏みなおす必要がある。それを怠っている間に守備側がボールを持って戻るべきベースを踏むとアウトになる。


「とにかくルールがよくわからないんですよ。それでいて質問しても、常識だろ、みたいな顔をされてまともに教えてもらえませんし……今さら覚える気もなくしましたね」

「……なるほど」


 野球のルールは複雑だ。一場面における役割だけでも、捕手、投手、野手、打者、走者と5つもある。野球以上の人数がフィールドに出るサッカーにおける選手の役割が、フィールドプレーヤー、ゴールキーパー、スローアーまたはキッカーの3種類だけという点から見ても異常に多い。

 ルールには例外も多く、また曖昧な部分が多々ある。例えばボールを掴んだ状態の『捕球』についても、『しっかり手かグラブで確実につかみ、意図せず放さないこと』という感じに定義されてたりする。『しっかり』とはどの程度なのか、落としたとき意図したのか意図してないのかはどう判断するのか……従姉もミタカもゲーム作りの際は頭を悩ませていた。


 まあ、最終的には「AIに学習させちまえ」と吹っ切っていたが。


「ルールが難しい……しっかりした説明がない……だから見ていても面白くない」

「まあ、そうですね」

「ありがとう、参考になりました」

「はあ……いえ、これぐらいでしたら」

「おぉーい! お兄さん、お兄さん! 男二人で話し込んでないで、こっちこっち!」


 ぴょんぴょん、とライムが試着室の前で飛び跳ねる。


「どうした?」

「どうした、じゃないよ、もう。ツグお姉さんの試着っていう一大イベントなんだからね?」


 どうやら従姉はいつのまにか試着室に押し込まれていたらしい。


「あ、あの、ライムちゃん。別に、人に見せなくても、その」

「ダメダメ! ライムのスペシャルコーデがどれだけすごいか、人の反応を見てちゃんとわかってもらわなきゃ! いくよー! ジャーン!」


 シャッと音を立ててカーテンが開けられると、そこには顔を赤くしてアタフタした従姉がいた。

 タートルネックのセーターにカーディガン。普段は履かないロングスカート。どれも柄が単体で見るとなんかアレなのだが、組み合わせて見るとしっくりくる。


「えっと……その……」

「どう? どう? お兄さん、感想は?」

「まさに組み合わせの妙だな。いつもながら、いい仕事をしている」


 これが全身セクはらとは誰も思わないだろう。


「もー! そうじゃなくてツグお姉さんだよ!」

「似合っていていいと思う」


 身長が高くて肩幅も広いと、服を選ぶのが大変なのだとカナも言っていた。従姉はそれ以上なのに、そう思わせないまとまり方がすごい。


「あ……ありがとう……」

「うーん、もうちょっとこう……ま、いっか! うんうん、似合ってるよね!」

「これはまた……いや、勉強になりますな。なあ、オガタ?」

「嘘だろ……」


 ウガタは愕然とした表情で従姉を見ている。……自社製品をもう少し信じてもいいんじゃないか。


「さて、それじゃ」


 ひとしきり従姉を褒めた後、ライムはくるりと回って俺の方を向いた。


「次は、お兄さんのスペシャルコーデだね!」


 ムフ、と笑うその雲のような笑顔に。


「……お手柔らかに頼む」


 俺はマネキンになる覚悟をして、頷いた。

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