サポートと食事会
「ユウ、何難しい顔してんの?」
ずいッとスマホの前にニシンの顔が割り込んでくる。
――とりあえずタップしよう。タプタプ。
「むが。やめろよー」
「ログインボーナスが出るかと思って」
「あたしのほっぺはアプリか何かか」
教室、昼休み。クラスメイトたちがわらわらと動き出している。あちこちで弁当が広げられて、いろいろな匂いが漂っていた。
「で? どしたの?」
「メールが溜まっていてな」
「お、ついにユウも有名人?」
「いや、問い合わせのメールなんだ」
「問い合わせ……?」
ケモプロの正式サービスが始まって半月以上が経過した。
ベータテストの間はある意味『分かってる』ユーザーが多かったし、課金機能もなかったため問い合わせ件数は少なかったのだが、正式サービスになりユーザー数が増え、課金を開始したことにより問い合わせが増えてきている。
公式Twitterにされる軽い質問はライムがさばいているが、課金や個人アカウントの特定が必要な案件はTwitterでは回答ができない。そこでライムは、メールフォームからの問い合わせに誘導する。そしてメールで回答するわけだ。
この問い合わせ対応を担当しているのは、俺とライムだ。最初はライムだけでやっていたのだが、量が増えてきたので雑用係として参戦している。そしていつの間にか俺が大半をやっていた。
「昼休み中に処理するか……」
鞄からノートPCを取り出す。さすがに出張が多くなってきたのに、複雑な作業も増えてくるとスマホだけでは処理能力不足になってきた。そこで経費で購入したわけだ。……自腹を覚悟していたのだが、経費にしたほうが全体にとって良いとシオミに言われたので。
「というわけで、俺は部室に行く」
「あ、じゃああたしも一緒に行っていい?」
「弁当食べながら仕事するだけだぞ」
「邪魔はしないからさ。あ、カナも呼んでくる! 先行ってて!」
ニシンはそう言うと、教室からスッ飛んでいった。
◇ ◇ ◇
「お邪魔しまーす」
「おー、いらっしゃいッス」
カナとニシンを連れて漫画部の部室にやってくると、コタツに入って作業していたずーみーが手を休めた。
「どしたんスか、珍しいッスね」
「仕事をしようとしたら、ニシンがついてくると言ってな」
「いーじゃん。最近お弁当食べるのも一苦労なんだよ」
ニシンはさっさと座ると弁当を広げて食べ始める。小さい体によくそれだけ入るものだ。
「周りは受験でピリピリしてて居づらいし。カナとかは質問攻めに合うから大変なんだよ」
「あはは……でも最近は落ち着いてきたから、練習に集中できてるし……」
「受験しない人はいいよねー、とか言われるじゃん。気持ちは分かるけどさ、流すのも大変――ユウ、そのお弁当なに? 白米と……野菜?」
「白菜が安かったので、漬けた。保存が利くし繊維も取れていいぞ」
「……肉は?」
「夜には食べてる」
カナとニシンは顔を見合わせて、それぞれ大きな弁当箱を見下ろす。
「ユウ、これと白菜交換してよ」
「わたしも、これと」
肉が弁当に追加された。
「うわ、白菜うまッ。これホントにユウが作ったの?」
「雑用係だからな。……この肉はおばさんが作ったやつか」
「わはは、あたしら自炊してないからねー。料理できなくたって、就職先で食事は出るしさ」
「わ、わたしは作れるからね? ……今日は、やってないだけで」
「お、それはおにぎりの事かな、カナ? それは料理作れるって言っていいのかな~?」
「ううッ」
「先輩、自分も白菜欲しいッス」
「ほれ」
タブレット上でペンを動かすずーみーの口に、最後の白菜を放り込んでやる。これで弁当箱は空になったので、ノートPCを取り出して作業開始だ。
まずはメールの仕分けだ。ケモプロでは六球団それぞれがストアページを抱えているような構成になっている。
『せくはらのセクパラTシャツはいつ発送ですか?』
『このりんごって腐ってませんか?』
各球団の商品についての問い合わせは、担当から回答する旨の返信を送りつつ球団の担当者に転送する。個別のメールフォームはあるのだが、なぜかわざわざ総合フォームを使う人がいるのだ。
『アイテムを買おうとしてもエラーになる。カード情報はちゃんと入れてるし前は買えた。バグ?』
課金周りのトラブルはログを見て回答。この人は――クレジットカードの与信不足か。エラーに内容はちゃんと書いてあるんだが、見落としだろう。理由の説明と、カード以外の決済方法を案内。
『ゴリラが強すぎる。バランス調整しっかりしろ』
『昨日の伊豆戦の三回裏の状況だけどあんなプレーは実際には選択しないわけで本来なら~……』
『アバターのパーツを増やしてほしい』
指摘や要望は一律で「ご意見ありがとう」のメールを返信。従姉たち開発陣に伝わるよう、内容を端的にまとめて社内システムに投稿。
慣れてきたものでよほどイレギュラーな内容でなければ、すぐに返信できる。シオミに校正してもらったテンプレ回答を送るだけだ。この仕事を始めるまで、テンプレ回答はいかがなものかと思っていたが、こう量が多く個別に案内する内容がないと、いちいち新しく文章を起こすのは非効率的だし案内する内容に過不足が出てしまってよくないということが分かった。
いまのところシステムに不具合がない、というのも俺が対応できている理由だろう。ストア上の問題のほとんどは、商品の発送が遅れたとかの人為的なものだ。
『チャンネルを任意に移動させてほしい。できれば~……』
「うん……?」
結構な長文だな。ええと、友人と一緒に観戦したいが――
「あ、そうだ先輩、ネーム見てもらっていいッスか? 忙しいなら後でも……」
「いや、構わないぞ」
だいぶメールは処理できている。昼休みにできるのはこれが限度だろうと切り上げ、ずーみーからタブレットを受け取った。
「最近ダイトラが試合に出てないんで、難しいんスよね」
「えー、なになに? 漫画? あたしも見たい!」
ずーみーの編集という仕事は、まだまだ手探りだ。こうしてネームの打ち合わせをするぐらいしかないのだが、それでいいものだろうか。
「ふむ。正捕手のルーサーのこのセリフ、もう少し嫌味っぽくてもいいんじゃないか?」
「やっぱりそこッスかね? 展開が薄いっていうか。でもチームメイトッスからねえ……あんまヘイト稼ぐのも……」
「ダイトラにとってはライバルだろう。……ダイトラが気にしているかは分からないが、ブルペンキャッチャーやってることはおかしいわけだし」
最近のダイトラは第二捕手として、黙々とブルペンキャッチャーをやっている。……他の球団では、選手基準に満たなかったケモノが職員として雇われて担当しているし、島根ツナイデルスにもそういう職員は足りているのに、なぜかダイトラは毎度ブルペンに入っていた。
「あ、このアルパカめっちゃプライド高そうだよ! あいつに似てる、あいつに!」
「ライバル……プライド……ムムッ! ひらめいたッス!」
ニシンの声に、ずーみーは眼鏡をきらりと光らせる。
「ルサ×トラの予感がッ! ビリッと!」
何の予感だ。
とはいえ編集という仕事をするなら、作家のひらめきを聞かないわけにもいかない。
「……聞かせてもらおう」
「ルーサーは実はダイトラの実力を認めているんスよ」
「ダイトラに実力が?」
「実際のところは置いておいて。なんか、ルーサーみたいな秀才にしか分からない、的なやつッス。けど自分が第一捕手であるというプライドも持ってる。だからブルペンにこもってるダイトラに、屈折した思いを持ってるんスよ」
「実力のある選手が、自分より下の立場に甘んじている……それを気にもしていない態度が、余裕ぶっているようでイラッとする、という感じか? 本当なら死に物狂いで捕手の座を争ってほしいのに……とか?」
「そうそう。まともに勝負してくれない苛立ちみたいな! でも周りはダイトラよりルーサーが上だと決めてかかってるんで、単に実力のある選手が嫌味を言ってるようにしか見えない……という!」
なるほど。実は実力を認めている、ということが明らかにされれば、主人公であるダイトラに嫌味を言っても、愛される憎まれ役になるというわけか。
「ライバル意識があることで、ルーサーが試合に出ててもいちいちダイトラを絡ませられそうッスね……うおおお! アイディアが沸いてきたッ! 描き直すッス!」
わたわたと動かす手にタブレットを返すと、猛然とペンを動かし始めた。
編集の仕事としては、作家のやる気を出したのだから上々の成果というところだろうか?
「他に困ってることはないか?」
「んー……あッ、ダイトラの前職なんスけど、肉屋じゃないッスか?」
「そうだな」
肉屋から45歳にしてプロ野球選手だ。
「20年以上も肉屋やってるわけだし、ちょっと描写したいなーって思うんスけど……よくわかんないんスよね、肉屋。別に店で解体してるわけじゃないだろうし、じゃあどこまで店で加工して売ってるのかなって」
「加工済みの状態が表に出てきたところしか知らないからな……」
うちの高校に食育の授業なんてものはなかった。
「……取材、してみるか? やるなら、どこか探してみるが」
「やるやる! やるッス! うわ、取材とか漫画家になった気がする!」
週刊連載を抱えているんだからもう漫画家だろう。たぶん。
「わかった。探しておこう。……どうした?」
気がつくと、カナとニシンが目を点にしてこちらを見ていた。
「いや……なんか、ユウが働いてるな、って。だってさ、ついこの間まで俺の将来はニートだーって言ってたのがだよ?」
「……一年ぐらい前からバイトもしてるし、今さらじゃないか?」
「アルバイトも出張も、実際に働いているところは目の前で見てないから」
カナが眼鏡の奥でふわりと笑う。
「幼馴染がずいぶん立派になったなって、そういうことだよね、ニシンちゃん」
「お、おうっ! 二度目のびっくりだよ!」
「二度目……ッスか?」
「そーそー、中学あがったらすごい印象変わっててさー」
「お? 先輩、中学デビューッスか?」
「ただの転校だぞ」
確かに小学校の頃の俺しか知らなかったら、びっくりだったと思うが。
でも二人とも、すぐに俺だと分かってくれたはずなんだけどな。
ワイワイと言い合っている間に、昼休みは終わる。
「あー、残念! ねえねえ、また来てもいい?」
「もちろん、歓迎するッスよ。自分もたいてい、部室にいるんで」
「じ、次回はお弁当、自分で作ってこようかな……?」
俺は最後に保留にした長文メールのことを考えながら、四人で部室を後にするのだった。
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