ルーティーンとリピート
『すごい勢いで謝ってもらったよ』
おじさんと話した次の日の夜。
知らない番号からかかってきた通話を取ったら、カナだった。
「……女子プロの職員が?」
『うん。会うなりいきなり頭下げられちゃった』
「そうか……」
よほど鬼マネージャーの異名を持つエーコが怖かったのだろうか。
『誤解があったんだって』
カナが説明してくれたところによると、JWBLが今回ドラフトに踏み切ったのは、カナにしつこく女子プロ転向を勧めた一人の職員の暴走の結果だという。
カナも両親も、女子プロではなくNPBに行くと一貫して説明していたのに、その職員は諦めなかったらしい。なんと上司にはカナが女子プロ志望だと報告していたとのことだ。
「無茶だろう。NPBの入団テストを受けに行ったことはどう説明するんだ」
球場から出るのも遅かったし他の参加者とは別だったので報道陣には捕まらなかったが、翌朝には小さな写真つきで『打撃の女神、NPB挑戦か?』とかスポーツ紙に載ってたんだが。
『なんか……待遇を良くしないと女子には行かないよ、っていう挑発……って説明されたんだって』
「カナがそんなことするわけがないだろう。信じるほうも大概だな」
『……ありがとう。うん、で、そういうことだから、NPBに行くのを応援してくれるって』
「問題の職員はどうしたんだ?」
『これ以上関わらないでくれたらそれで……問題を大きくしたくないし』
それもそうだな。処分はきっちりやってもらいたいが、それにカナが関わってしまうと変な恨みを買いかねん。
『そういう流れだったけど、エーコさんはテキパキしてて格好良かったよ。お父さんも認めてくれたから、正式にマネージャーになってくれるって』
それはよかった。カナの味方が増えるにこしたことはない。
『ちなみにこの新しい端末も、エーコさんに買ってもらったんだよ。これは大切な人との連絡用にしなさいって』
「それがいい。テレビに名前が出るような有名人になったんだからな」
『その辺はまだ実感がないなあ……ユウくんこそ、現役高校生社長ってことで有名じゃない?』
「物珍しいレベルではあるが、カナほどじゃないぞ」
俺はわりと最近ありふれた現役高校生社長だが、カナは日本で唯一のNPBに挑戦する女子高生だからな。
ちなみにスマホの連絡先はスカスカなので、KeMPB関連で通知がガンガン来たこともない。元ニート候補生、現コミュ障の寂しいところだ。
「それで、これで問題なくNPBに入れるのか?」
『あとは12月頭の入団会見までに、ニシンちゃんと一緒に契約内容を詰めるんだって。ふふ、一緒の職場だよ? すごいと思わない?』
カナの声が弾む。久しぶりに、曇りのない明るい声だ。
「そうか、楽しみだな」
『うん』
「……入団会見のインタビューは、眼鏡ネタ以外で行くんだぞ?」
『うッ……もう! ひどいなあ!』
幼馴染は、クスクスと笑うのだった。
◇ ◇ ◇
ケモプロが正式サービスを始めて二週間。オープン戦の折り返しとなったところで、報告会を開催した。
『はいはーい! 議事進行はらいむでーす! では初日にやらかした開発の方からどうぞ!』
『うっせー。初日こそレアケースだったが、そっからは特にトラブルねーだろが。順調だよ、順調』
『サーバトラブルもないデスカラネ~。安心して開発デキマス』
特に目立った不具合はなく、記者からも完成度には驚かれていたな。
『マ、いまだに選手らのプレーはヘタクソだが、その辺は時間が解決するダロ。ツグが地盤をしっかり作ったおかげだな』
「そ、そう? デュヘ……」
『らいむ、いまだに良くわかんないんだけど、そんなにすごいの? ツグお姉さんのエンジン』
『アァ。変化球が投げられる物理もスゲェだが、人体関係もスゲェよ。筋繊維のダメージまで計算するとか頭おかしいだろ』
『きんせんい? 筋肉?』
『普通、AIにモーションを機械学習させると無茶な動きが出がちなンだよ。アホみたいに手を振り回したりとか高速ステップ踏んだりとか……ケドヨ、腕振り回すのは疲れるし、急に逆方向に身体を動かすのは負担が大きすぎるしバランスを崩すダロ? そういう無茶な動きがでねーんだ。筋肉の伸縮や疲労を再現してるおかげだな』
『分かりやすいノハ、ルーティーンデスヨ』
ニャニアンが試合の動画から一部分を切り取って貼り付ける。
『ホラココ。選手がバットを使ってストレッチしながらバッターボックスに入っているデショウ? コレモ、学習の結果ナンデス』
『えっ。こういうモーション設定してるんじゃないんスか?』
『イヤ。テレビから解析してっから――まァつまり、選手たちにプロ野球の中継を見せてるようなモンなんだが、それを見て勝手に自分に取り込んでるヤツだな』
「これを学習してるのは、ちょっと感動したよね」
従姉がしみじみと言う。
「感動? なんでだ?」
「えっと、機械的に考えたら、打撃の成績って打つときのモーションがすべてだよね? そうするとこういう動きって、余計に動いてて、疲れるし……」
「無駄だ、と判断されそうだな」
「もちろんケモプロでも、動いたらカロリー使うし、そういう意味では無駄なんだ」
カロリー計算までしてるのか。
『けど、コイツらはルーティーンを取り入れてる。筋肉をほぐす効果、動かすことによる気持ちよさ、モチベーションの向上――そういったことまで考えて、「プラスになるだろう」と判断してやってるわけだ』
「だろう、というと……?」
『AIには認知バイアスの仕組みも入れてるからな』
『にんち……なんスか?』
『簡単に言うと、いい結果は強く記憶されて、悪い結果は忘れがちって感じデスヨ。誤解、錯誤、錯覚デスね』
『ルーティーンをしたら上手くいった、って強い記憶が、毎度ルーティーンを行わせることで安心感を生み出すように学習されるわけだ。実際は失敗が多かったとしても、成功体験がそれを忘れさせる。んで、周りの選手もそういうのを見ていて取り入れたりするようになるわけだ』
「AIを作ったアスカちゃんのおかげだよね」
『ツグサンとアスカサンのソイソースデスヨ』
『何が醤油なんだよ?』
『アー……協力……プレイ? の結果デスネ! ヨッ、AIマスター!』
『だからどうしてそっから醤油がでてくんだっつの……』
『ナハハ。トニカク、ケモプロのゲームエンジンはスゴイデスヨ!』
進捗はチャットに流れてくるのを見ているのだが、正直なところ全体を把握できていない。いつのまにかすごいものが出来上がっていたようだ。
『マァナ。エンジンがしっかりしてるから、オフの日の再現も作りこみやすいぜ。これはまだテスト中だが……ほらよ』
「……サッカー?」
ミタカが貼り付けた動画では、ケモノたちがサッカーをしていた。
『フットサルな。まあ見ての通りヘタクソだが、ルールを規定して動画で見本を見せてやれば、自力で学習して動くとこまでイケる。オフにスポーツする選手だっているダロ? オマエの話じゃ、オフもきっちり見せないといけねーからな……かといってイチイチミニゲーム作ってる時間もねーし? それがほとんど工数かからずにデキるんだから大したモンだろ?』
『マ、定番のゴルフをやろうと思うと、コース作りとかは必要デスケドネ~』
「サイクリングとか、乗り物系がちょっと大変だよね。乗り物、作るところはやらないとだし……」
いや、これは――つまり。
「それって」
『それってさ』
おっと、ライムと被った。
『ん、お兄さんどうぞ。たぶん、考えてることは同じだよね?』
「ああ。ツグ姉――もしかしてケモプロのエンジンを使ったら、別のスポーツゲームも作れるのか?」
従姉はキョトンと眼鏡の奥で目を丸めて、ああー、と間延びした声を出す。
「そうだね……できる、と思う……たぶん」
『……イヤ、フットサルがデキてんだし、デキるだろ。もちろんルールの定義や細部の作りこみは必要だけどよ』
『オー、気づきマセンデシタネ』
気づかないものなのか。
『ねえねえ、それならスポーツゲームの汎用エンジンとして売れるってこと? らいむ、気になるな!』
「それは……うぅんと」
『マァ……それを仕事にするならな。こんな贅沢なエンジンが欲しいやつがいるとは思えねーけど。あとオレらが使いやすいように作ってっから、サポートも必要になるし、人手が足りねー。今売るのは無理だからな? 絶対だぞ? つか、そもそも今ヨソに出すとケモプロが解析されっぞ?』
『ムフ。聞いてみただけだよ。でもホント、すごいんだね、お姉さんたちは』
天才と自称する根拠に間違いはないということだ。
『じゃ、オフの日アップデートも開発は順調ってことだね? 出せる動画があったら回してよ、プロモの計画建てるから! あとはスポーツ用品とかのメーカーと、また契約できそうだね!』
『ナカジマは野球専門ですからね。スポンサーのつきそうなものは先行して教えていただけますか?』
『アァ、わかった』
『じゃあ、次は――広報のらいむから! 視聴者数、順調に伸びてまーす!』
ケモプロは、初日にトラブルこそあったものの順調に視聴者数を伸ばしていた。
オープン戦の順位としては、ゴリラを筆頭に順当に優秀な選手を集めた東京セクシーパラディオンがトップを独走し、ついで鳥取、青森、電脳、伊豆と続いて、ダイトラの所属する島根が最下位だ。
『けどね、PV数に比べて、売り上げは落ち着き気味だよ。最初がご祝儀すぎた感じかも?』
『ライムさん、もう少し詳しく話しましょう』
『ん。えっと、クライアントやアプリ、ブラウザ版を使って見てる人より、単純な動画配信版を見てる人が増えてきてるんだ。でね、商品――ダークナイトメアの黒りんごとかの売り上げは、減ってきてる。これは三つ要因があると思うな』
各球団が応援されるために出品している商品。それが売れなくなってきている理由。
『ひとつ目はね、ご祝儀期間が終わったから。物珍しいサービスを応援するために、一度は買ってあげよう、っていう人たちが買い終わったんだよ』
「気持ちは分かるな」
『ふたつ目は、入り口かな。増えた視聴者はほとんどが動画配信版なんだよね』
『アァ……クライアントかアプリかブラウザ版じゃねーと、販売ページにいけねぇからか』
物販は会員登録したユーザーだけができる。動画配信を見ているだけのユーザーは、金を出すことはできない。
『フム。アプリ版への誘導を強化シマスカ?』
『んー、それより会員登録不要の物販ページを作ろうよ。誰もがアバターを使いたいわけじゃないと思うな』
確かに、世の中には登録自体が面倒くさいという人もいるからなあ。
『工数にリターンが見合うならやるべきだな。んで? 最後のひとつはなんだよ?』
『みっつ目は――』
ミタカに促されて、ライムが真剣な口調で語りだす。
『商品自体の問題。特に鳥取、島根、電脳がそうなんだけど、リピート性のある商品が少ないんだよ。ダークナイトメアは食品だからまだリピート率がいいんだけど……』
『コラボ衣服を取り扱う東京はマシな方ですが、種類が少ないですし、既存のものは自前のECストアと競合してますからね。そして高額になりがちな観光ツアーをメインに据えている鳥取、島根。薄利で宿の予約を行っている伊豆。メルマガ登録程度しかない電脳……青森以外はどこも苦戦しています』
「ダークナイトメア、高評価だな」
『サトウさんはいい仕事してるよ。っていうか、お兄さん、ケモプロ本体も同じ問題抱えてるからね?』
『リピート性のある商品……って考えると、風船ぐらいしかないッスね』
言われてみればそうだ。ユニフォームもメガホンも買い切りで、消費アイテムは風船しかない。
『ンー、マイルームのハウジング要素を実装したら、改善すると思いマスヨ?』
『うーん、やっぱりそこかなあ? 他にも何かあったらいいんだけど』
「……考えておこう」
球団が主体となって販売しているものは、わずかな手数料分しかケモプロには入らない。
広告でいくらかは決まった金額が入るとはいえ、それだけでは続けていくのは難しい。
報告会はその後もいくつかの議題を話し合い、ずーみーの寝落ちをきっかけに解散となった。
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