『ケモノプロ野球リーグ』驚きの完成度とポテンシャル――開発会社代表インタビュー

 11月1日に正式サービスを開始したケモノプロ野球リーグ(以下、ケモプロ)。すでに野球ファンの間でも話題に上がっているとおり、そのクォリティは既存の野球ゲームに引けを取らない。正式サービスが開始されその全貌があらわになったところで、ケモプロのポテンシャルには大いに驚かされた。そこで今回、開発会社代表の大鳥遊氏と、弊紙でコラムの担当もしている、ケモプロ内球団『電脳カウンターズ』のオーナー、日刊オールドウォッチ編集長の雪見富夫氏を交え、長時間にわたりインタビューをさせていただいた。


||驚きの少人数・短期間で行われた開発


筆者:本日はお忙しいところありがとうございます。また、正式サービス開始、おめでとうございます。


大鳥遊氏(以下、大鳥氏):ありがとうございます。クラウドファンディングで支えられ、ようやく皆様に観戦していただけるようになりました。


筆者:ところで大鳥氏は高校生にしてKeMPBの代表です。またその名前の通り、ケモプロを作るために設立した会社に思えます。まずはそのあたりのことを教えていただけますか?


大鳥氏:ケモプロは今後何十年と運営していくことを目標にしています。そのために法人化が必要になったため、KeMPBを作りました。


筆者:メインプログラマーのcontuguu氏(※1)と立ち上げたんですよね。今スタッフは何人ぐらい在籍しているのですか?


(※1)『監督すべき子供たち』という野球ゲームで一躍時の人となった開発者。ケモプロではメインプログラマーを務める。


大鳥氏:7人ですね。


筆者:7人……7人でこの規模のゲームを作ったとなると驚きですが……。


雪見富夫氏(以下、雪見氏):海外だと似たような規模でハイエンドのゲームを作っている例もあるでしょう。そのようなものでは?


筆者:日本のインディーズだとなかなか聞かないと思います。開発期間はどれぐらいでしょうか?


大鳥氏:ちょうど一年ぐらいですね。


筆者:一年……7人……いや、聞く人によっては絶対ウソだと思われかねない開発ペースですね。


大鳥氏:そうですか? 私はゲーム開発に詳しくないので……でもそうだとしたら、私の仲間はとても優秀なのでしょう。


筆者:グラフィックは外注してたりするんですか?


大鳥氏:いえ。2Dも3Dも内製です。2Dは3人、3Dは2人が担当しています。


筆者:え……それではプログラムや企画は?


大鳥氏:プログラムは4人ですね。


筆者:すいません7人を超えているんですが。


大鳥氏:人数が少ないので兼業しています。企画は全員で考えて、あとは私と秘書を除いた5人がすべてまかなっています。例えばcontuguuはプログラム、2D、3D、サウンドをやっています。


筆者:一人で全部やってるじゃないですか。


大鳥氏:あとは広報担当者がWebとプログラムと2Dをやっているとか。


筆者:なにその広報……というか、たぶんそういう全員がいろいろな場所に手を出す体制ってファミコンのゲーム作ってるときの環境のような。ケモプロがそういう規模のゲームとは、とても思えないのですが。


雪見氏:出来からはまったく想像がつかない開発体制だよね。


||個性を出すためふんだんに使われるAI技術


筆者:ここからはゲームの中身に踏み込んで……AIについてお話を伺わせてください。ケモプロは選手一人ひとりにキャラクターAIがあると説明されています。審判にもあるんですよね?


大鳥氏:審判それぞれにAIがあります。


筆者:先ほど審判が怪我をして退場し、交代するまでの間試合進行が止まるということがありましたが……ちょっとああいうことが起きるのが不思議です。なぜ起きたのか、ケモプロのAIがどうなっているのか教えていただけないでしょうか。


大鳥氏:担当者に確認しながらでいいですか?


筆者:ぜひお願いします。


大鳥氏:ええ――AI技術は昨今のゲームでは重要な位置を占めるようになってきました。味方のキャラクターを動かすAI、敵のAI、移動経路を示すAI、ゲームの流れを管理するAIなど。


筆者:最後のはメタAIと呼ばれるものですね。


大鳥氏:そのメタAIなるものは、ケモプロにも実装されています。今が何回の表でどんなカウントか、得点がいくらで、次はどのバッターが立つべきで、先ほどの判定はアウトかどうか、ボールは誰が持っていないといけないのか――などは、メタAIが把握しています。が、基本的にメタAIは何もしません。


筆者:何もしない……?


大鳥氏:試合に関する裁定は審判のキャラクターAIが判断しています。タッチアウトかどうかなら、自分の視点から見て判断する。結果、誤審があっても、メタAIから訂正をしたりはしません。


筆者:それではメタAIはどういうときに登場するのですか?


大鳥氏:カメラ演出や選手の思考の表示の部分ですね。試合に関してだと……そうですね。タッチアウトの例で言うと、選手も同様に自分の視点から見てアウトかどうか考えているので、自分の判定と食い違っていると自信をもてる状況であれば、審判に抗議します。そうすると主審と塁審が集まり、意見の一致が見られない場合は、メタAIにお伺いを立てるわけです。


雪見氏:ビデオ判定みたいなものだね。


大鳥氏:あとは学習時点では、キャラクターAIが下した判定をすぐメタAIに問い合わせて答え合わせをして、学習させていますね。


筆者:えぇと……あの、六回裏が終わったときに、グラウンド整備とチアガールの演目があったじゃないですか。もしかして、あれもメタAIの指示ではなく……?


大鳥氏:キャラクターAIが「六回裏が終わったから整備しに行こう」と判断した結果ですね。


筆者:普通は「六回裏が終わったから整備に行きなさい」、とメタAIが指示する立場にあるはずなのですが……。


大鳥氏:それから移動経路を示すナビゲーションAIは、キャラクターAIに統合されています。


筆者:移動経路も、キャラクターが判断する、と?


大鳥氏:選手ごとに体格やスタミナも違えば、技術に違いもありますからね。


筆者:すいません、ステップごとにキャラクターがどういう判断を下しているか教えてもらってもいいですか。


大鳥氏:守備側の選手なら、まず捕手からの指示に注視して守備位置を変え、投手と打者の動きを見て打球方向を予測し、打ったらそれが自分の守備位置に飛ぶか考え、どこにポジショニングするか判断し、移動する――という形です。


雪見氏:普通の野球ゲームなら、守備位置がメタAIから伝えられるので移動し、打ったボールの落下地点と選手のポジショニングが指示され、ナビゲーションAIにしたがって移動する、という形だろうね。


大鳥氏:ケモプロを長続きさせるためには、皆さんの応援が必要です。そして応援を受けるためには、選手に個性がないといけない。


筆者:だからキャラクターひとりひとりに普通以上の判断をさせている、と……なるほど……話を戻しますが、では、オープン戦第一試合で試合の進行が停止したのはメタAIの指示ではない、ということですか?


大鳥氏:主審がいなくなるというケースをこれまで体験していなかったため、全選手と塁審が待ちの状態になってしまったのです。また、こちらも主審が退場することは、仕様上はありうることだったのですが、想定していませんでした。交代の審判がいなかったため、進行が止まってしまったのです。


雪見氏:実際の野球では、審判の交代要員が用意されているらしいね。


筆者:審判が怪我するゲームというのも珍しいかと思いますが……。


大鳥氏:審判というのは野球選手の引退後の進路のひとつですので、選手と同じ扱いになっています。


筆者:引退後、ですか。


大鳥氏:たくさん応援される個性ある選手もいずれは引退します。ですが、引退後もケモプロの世界で生きている。何年後の話になるか分かりませんが、引退した選手の姿がまた球場で見れる、というシチュエーションも生まれるでしょう。


雪見氏:年齢的にはダイトラ選手が引退にリーチだよね。まあ、彼が審判員になったら、不安しかないけど(笑)


||運営にも予測できない選手の能力


筆者:ところで先ほどの試合、そのダイトラ選手が、またやらかしてましたね(※2)。


(※2)オープン戦第一試合、ダークナイトメア対ツナイデルス。2点リードされた九回表ツナイデルスの攻撃で、一死一二塁、ダイトラは併殺を食らい試合を締めた。


筆者:あれは、ああいう「チャンスに弱い」というような能力が設定されているのでしょうか? そもそも、ケモプロは選手のステータスはどうなっているのでしょう? 老舗のパワフルプロ野球だと、パワーがAで守備がCとか、満塁男(※3)みたいな特殊能力もありますが。


(※3)満塁時に打力が向上する特殊能力。


大鳥氏:そういう設定はないですね。ダイトラがどうしてああやらかすのかは、よく分かりません。


筆者:ええっと……よく分からないということはないと思うんですが。例えば打撃力が低いとか、そういう設定をしているのでは?


大鳥氏:設定はしていないです。


雪見氏:質問の仕方を変えようか。個性的な選手たちのパラメーターはどう設定されているんだい?


大鳥氏:身体能力のパラメーターとしては、各部位の筋肉量、関節の可動域などがあります。


雪見氏:は?


大鳥氏:なので単純な打撃力はわからないですね。そこから選球眼やフォームと組み合わせて結果が出るので。現実でも測定可能な、50m走のタイム、遠投の記録、打球の平均飛距離などは選手のプロフィールから見れますよ。


筆者:……ま、待ってください。筋肉と関節? では――いちいち人体の物理シミュレーションをしているんですか?


大鳥氏:はい。


筆者:いや――確かにずいぶん前からそういう技術はありますし、大手のスポーツゲームでは使っているはずですが……この規模でやるとは。


雪見氏:以前、選手たちに練習が必要だと言っていたけど……つまり、統一されたモーションを使えないからかな? 筋肉のつき方が違えば、できない動きもある。


大鳥氏:そうです。選手たちは強化学習による練習で、自分の体にあったフォームを日々探しています。


雪見氏:いつかフォームが最適化されれば能力を100%発揮できるようになる?


大鳥氏:肉体面だけで言っても、筋肉の成長や減衰はありますし、疲労の蓄積もありますから、100%の能力を発揮できるフォームが完成することはないのでしょう。たとえば選球眼は、立ち位置や構え、相手の状態などの条件が常に同じにならない以上、いくら学習しても揺らぎが生じます。何を持って100%とするかは判断がつきませんが――時間をかけて完璧に近づきこそすれ、完璧になることは決してないと思いますよ。


||観戦・応援がもたらす力を再現し、ファンの獲得を目指す


筆者:肉体面だけ、というと、精神面の設定もあるのですか?


大鳥氏:はい。モチベーション、コンディション、コンセントレーション、プレッシャーが大きく影響します。


筆者:なんとなく想像はつきますが、細かく説明していただいても?


大鳥氏:モチベーションは動機です。打席に立ったとき、ヒットを打つぞという気持ちを持つことですね。コンセントレーションは集中力。どれだけ状況に集中できているか。コンディションは調子、それらを保てるかどうか。に関わってきます。


筆者:プレッシャーは、外圧……緊張感とかですか?


大鳥氏:気持ちの抑え、ですかね。プレッシャーをまったく感じていなければ調子に乗りすぎて空回りしてしまうかもしれないし、感じすぎていれば能力が発揮できないかもしれない。それらの『気の持ちよう』『感じ方』という個性も、内部的なパラメーターとしてはあります。


筆者:なるほど……適度なプレッシャーが良い結果を生むとも言いますからね。


大鳥氏:これらの要素は選手同士の関係や、試合状況だけでなく、観客の反応にも左右されます。


筆者:というと……球場が盛り上がってると調子が上がる、というような?


大鳥氏:そうです。逆に観客が多いとプレッシャーでダメになる選手もいるかもしれませんが、そういうタイプはあまり生き残らないでしょうね。


筆者:通りで観客席で取れるコマンドが多いと思いましたよ。なんで選手指定してブーイングできるのかなとか……そのためだったんですね。ファンの応援が力になるわけか。


雪見氏:話を戻すけどさ、じゃあその辺を調べたらダイトラの性格もわかるんじゃないかな?


大鳥氏:パラメータの詳細は開発者でも調べないことにしています。


筆者:それはなぜですか?


大鳥氏:知ってしまうと公平な運営ができないからです。


筆者:しかしバグが出たときは調べないといけないのでは……。


大鳥氏:ある程度の偏りがでるのは覚悟しています。さすがにホームランの飛距離が200mを超えたとか、そういう物理的にありえない状況が出てきたときには調べますが、アクセスできるのはコア開発者のみに限定しています。


雪見氏:まあ、ドラフトとかあるからね。開発に賄賂を渡して能力の高い選手を教えてもらう……とか、僕が扱うような記事が出る事態にはなってほしくないし、その姿勢は貫いてほしいなあ。


||今後の展望。さらなる発展を目指すケモプロ


筆者:まだまだ訊きたいことはあるのですが、そろそろ時間ですね……最後に、今後の展開について教えてもらえますか?


大鳥氏:すでにアップデートの予定として公開していますが、今後選手たちのオフの様子が見れるようになります。


筆者:一番にオフのことを推してくるのが、不思議な感じはするのですが。


大鳥氏:選手同士の関係性も、選手のモチベーションに関わってきます。誰とどう過ごすのか、休養するのかトレーニングするのか、そのあたりも試合につながる重要なものです。


雪見氏:ベンチの様子とか見てても、彼ら、非常に人間臭い動きをするよね。AIに関してはどこかで公演してもいいレベルじゃないかな?


大鳥氏:あとはクラウドファンディングでゴールしたので、獣子園ですね。ケモプロ版甲子園の開催に向けて作業します。獣子園で活躍した選手が、プロになっていくという流れに今後なるでしょう。


雪見氏:オーナーとしては把握しないといけないものが増えて大変だよ。外国人選手とかはどうかな、予定はある?


大鳥氏:ないですが……海外でも同規模のリーグを運営できるなら、国を超えたトレードというのもできるでしょうね。


雪見氏:そこまでしろとは言ってないけどね。まったく、ケモプロさんは真面目だな。


筆者:夢は大きいほうがいいじゃないですか。それでは今回はこの辺で。ありがとうございました。

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