ケモプロオープン戦第一試合
11月1日。
午後からインタビューの予定が入ったため、午前の授業だけ受けて学校から移動する。その間、スマホからは様々な報告があがっていた。
『朝に課金機能を解放したばかりなのに、かなり買われていマスヨ、アイテム』
『ご祝儀ってとこだろ。しっかし、全チームのユニフォーム買う奴とかもいんのか……気分によって応援するチーム変えんのかね?』
ケモプロ、正式サービス開始。
オープン戦にあたるデーゲームは午後一時開始だというのに、機能を解放した十時ごろから利用者がいるという。
『新規ユーザーのアカウントも、増えてるよ』
『平日の朝からご苦労なこった。……イヤ、ありがてぇし、スマホからでもいろいろできるようにしたから、通勤とか休憩時間中にやってるんだとは思うが……』
『なんデスカ?』
『これまでの案件に比べてこう――野球好きって怖ェな』
ミタカの口ぶりからして、好調なのだろう。ありがたいことだ。順調に売上がでれば、これまで手弁当――身銭を削って作業していたみんなにも報酬が渡るようになる。
『オー、スデにチームのファン数に偏りが見られマスネ』
『あ、それ聞きたいな! どこが人気なの? らいむ知りたい!』
『イヤ、この偏りは試合順のせいだろ……オープン戦一発目は、島根対青森だからな』
ケモプロの組み合わせは、デーゲームに一軍の試合がひとつ、二軍の試合がひとつ。ナイトゲームに一軍の試合がふたつ、というのが基本パターンだ。今日はオープン戦初日なので、二軍の試合はない。
『課金額順に、青森、東京、島根、伊豆、鳥取、電脳……ってのが今のトコだな。後半はほぼ差がねェや』
『えー? ダークナイトメアの方が人気あるんだ?』
『なんでか知らねェけどユニフォームだけじゃなく、物販も好調なンだよ』
『試合前に全部ソールドアウトするんじゃないデスカ? リンゴ』
ダークナイトメア――という名前の黒いリンゴは、今がちょうど収穫の時期だ。ケモプロに出荷数のうち何割かを割り当てて売っているのだが――好調らしい。特に、ダークナイトメアジュースは売り切れていた。あんなに禍々しい飲料なのに。
『ダークナイトメアはブランディングがうまいんだよ。らいむ、サトウさんの手腕買っちゃうな。他のチームのテコ入れも考えていかないと』
『気が早くねェか?』
『広報の世界は、後出しじゃ遅いんだよ?』
そんなことを話している間に事務所のある駅に到着し、シオミと合流する。
「待ったか?」
「いいえ。それより急ぎましょう。先方が到着するのはまだ先ですが、しばらく事務所の掃除ができていませんし」
口調からしてすでに仕事モードだ。こちらも気合を入れる。
オンボロビルの五階、KeMPBの事務所を開けて体裁を整えて。ようやく一息ついたところで、エレベーターの扉が開いた。
「やあ、相変わらず狭いね、男三人だと大変だ」
「お邪魔します」
先頭に立って出てきたのは、日刊オールドウォッチ編集長にして、電脳カウンターズのオーナー、ユキミだ。俺が見ても心配になるぐらいやせているんだが――三人目に出てきたカメラマンの装備と体格で、エレベーター内の密度に納得がいった。でかい。
今日の取材メディアは、ケモプロドラフト会議にも来ていたゲーム系情報サイトだ。業界の中では中堅よりやや下で、ドラフトのときは個別のインタビューの時間が取れなかったのだが、その後他のメディアの記事を見て再取材したくなり、ユキミに相談したのだという。なんでも古い知り合いだそうだ。
「ようこそ。オープン戦の第一回もそろそろ始まるところだ」
せっかくだし一回戦を観戦してからインタビューに移ることにしてある。名刺を交換して席に座ると、全員で端末に視線を向けた。
「一回戦は青森対島根なんですね。これにはどういう意図が?」
さっそく記者がメモを取り出して聞いてくる。
「組み合わせに関してはランダムに決まった。特に意図はないな。やや前評判の高い組み合わせになったのは、今となってはよかったと思う」
戦力的な前評判は東京セクシーパラディオンがぶっちぎりなのだが。
「ダークナイトメアはそのチーム名だけで注目ですし、ツナイデルスはずーみー先生の漫画で主役を張ってるダイトラがいますものね」
「いや、つくづく逃がした魚は大きいと思うね。うちはそういう前評判のある選手はあまり獲れなかったから。そのうえ、これだ。この実況」
端末に流しているのはナゲノの実況生中継だ。
「ズルいよね。オオトリ君がケモプロ本体で抱えてくれればよかったのにさ。というかそうしてると思ったからツバつけなかったのに、島根さんが掻っ攫うんだから」
後から散々ミタカにも言われたが、その時はナゲノの夢はNPBの実況アナウンサーだと聞いていたしなあ。
『さあ間もなくオープニングイベントの開始です。両チームのマスコットと共に、クラウドファンディングの投資者のアバターがマウンドへ始球式に向かいます。島根出雲ツナイデルスのマスコットは、製麺機をイメージしたツナイデルロボ。青森ダークナイトメアのマスコットは……オーナー自身。ダークナイトメア仮面……ね、はい』
現実よりも少しプロポーションのよいダークナイトメア仮面が、アバターをマウンドにエスコートする。
『この試合で始球式をするのは投資者第一号。名前は……エッ』
しばらく実況が止まる。
『エェ……名前は……ふれいむ☆……あ、わ、私が、えぇ……一号……』
「これは恥ずかしい」
「恥ずかしいですね」
そうかな。ありがたいことだが。
ちなみにスマホで従姉に確認したところ、十人目までは開始五分以内に投資しているらしい。よく五分で記事を確認して投資してくれたものだと感心する。
『えぇ……私が投げて、ノーバン始球式でした。何これ何の嫌がらせよ……』
ボヤいていくスタイルにしたらしい。打撃集の再生数、未だに伸びてるしな。
続いて守備側――ダークナイトメアの選手紹介、ツナイデルスの選手紹介と続く。
「おや? ツナイデルスのキャッチャー、ダイトラじゃないね」
「本当だ。背番号2で、5番の、
『注目のツナイデルスのキャッチャーは、高原ルーサー。元晴天野球部のイケアルパカです。負傷で試合に出ることも少なく、ドラフトにもかかりませんでしたが……どうやらツナイデルスの
「ダイトラ、まさかの監督からの低評価で、ベンチにすらいなくて映らない」
「はっはっは。まぁAIは漫画の人気なんて知ったことじゃない、てことかな?」
そのあたりは確かにAIの判断に影響しないところだ。実力でベンチにされたか、ダイトラ……。
試合のほうはというと、泥仕合だった。どちらも先発がよく打たれ、よくエラーし、よく点が入っている。年齢が高い選手でも、AIとしての年齢は同じなので熟練のプレーを見せてくれるわけではない。少なくとも現時点において、年齢が高すぎるのは身体能力が衰えるだけでしかない。ダイトラがブルペンで球を受けているのはむしろ驚異的なことだ――二軍に落とされていないのだから。
そんなわけで試合は順調に進んでいた。試合展開に茶々をいれつつ、楽しく観戦をしていた。
事件は七回裏――ダークナイトメアの攻撃時に起こった。
◇ ◇ ◇
『さあ、乱打戦となっているツナイデルス対ダークナイトメア。七回裏、7対6、一死一二塁で迎えるバッターは、目線が怖いスローロリス系女子の黒枝ロロちゃん。六番ライト。――ピッチャー投げてッ! っと!? ロロちゃん大きくスイングしてファウルですが、打球は後方の主審の顔面を直撃! 主審がひっくり返って倒れました』
「なかなかゲームではない演出ですよね」
「そりゃね、普通のゲームじゃ審判なんて飾りだ。判定はコンピューターがしてるんだから、当たり判定なんてつけないだろ」
ケモプロでは審判が判定を下すので、選手と同様に重要なフィールドのプレーヤーだ。
『……おっと? なかなか主審、起き上がらないですね。塁審が駆け寄ります。カメラを――ああ、フェイスガードが吹き飛ぶほどの打球だったようです。ここで担架を担いだスタッフがやってきました』
「いやぁリアルですよね。なかなか主審にボールが当たるところって見ないですけど」
「これ、審判に当たった後、キャッチャーがノーバウンドで取っているけどどうなるんだい?」
「先輩よく見てますね……確かファウルグラウンドで審判に当たってもインプレーのはずだから、ファウルじゃなくてアウトかな?」
など記者とユキミが話しているうちに、主審は担架に載せられて奥へ消えていく。
そして、事件は起こった。
「……なんか、止まってないかい?」
「止まって、ますよねえ」
ゲームがそこから進行しなくなってしまったのだ。
『ええ……どうしたのでしょう。もう五分ほど経過したでしょうか、ゲームの進行が止まっております。選手は全員配置についているのですが……それに身動きもしてますし、客席の移動は問題なくできますから、ゲーム自体が止まったわけではなさそうですが……』
選手たちはみな、ピッチャーの投球を待っている。しかし、しない。投げない。
「長時間投げてないと、反則を取られるとかあるんじゃなかったかい?」
「ありましたね。確かボールを申告されるはずです。20秒だったかもう少し短かったような……」
『ああっ……こ、これは!』
実況するナゲノが声を上げ、全員の視線が端末に集中する。
『いない! 審判が――主審がいないから、進んでない!?』
◇ ◇ ◇
『ミタカ。今、ナゲノから重要な指摘があったんだが――』
『把握してる』
LINEでメッセージを飛ばすと、短く返答があった。
『解決策が三つある。ちょうどいいやオマエが選べ』
『わかった』
『1。さっきのプレーをなかったことにする。2。審判を無傷の状態に戻して球場に返す。3。新しい審判を作って登場させる。後ろに行くほど時間がかかる』
『3で』
なかったことにするのは論外だ。AIの学習に悪影響がでる。急に怪我が治るのもおかしい。
時間がかかるとしても、『自然』な方を選びたい。
『わかった。やる』
『えー、らいむ、もっと詳細知りたいな?』
『あとで』
『ぶぅ。もー、こういうときの対応も広報の腕の見せ所だよね!』
◇ ◇ ◇
『えー、ただいま入りました情報によりますと』
手持ち無沙汰にしていたナゲノが、息を吹き返したかのように喋る。おそらく、ライムから連絡が行ったのだろう。
『交代の審判が寝坊したため、球場に到着するまで時間がかかる――は? 寝坊? ――いやいや、いいわよ寝坊でも? じゃあせめて中断してベンチに引っ込みなさいよ? こっちのピッチャー、なんかプルプルしてきたんですけど!?』
立っているだけでも体力というのは意外と消耗するものだ。
その後――実に、20分ほど経過して。
『あ、ああ――ようやく、交代の審判が到着したようです。えぇ? アウト? ……ああ、あのこぼれ球キャッチしてたのね……えー、ロロちゃんの打球は審判に当たった後、キャッチャーがノーバウンドでキャッチしたため、アウトが記録されます。二死一二塁となって七番打者からプレー再開です』
再開後のプレーは、よりひどいものだった。守備側のツナイデルスは立ちっぱなしでヘトヘトで、ボロボロに打ち込まれる。
「あちゃぁ……こりゃ、島根さんは災難ですね」
「いやぁ、ただでは転ばないようだよ。持ってるねぇ、島根さんは」
七回裏、連打が続いて最後のワンアウトが取れないツナイデルスは、ついにベンチが動く。
『ピッチャーとキャッチャー、交代です。疲労の色が隠せませんでしたからね。で、これは――キャッチャー、ダイトラ! そしてピッチャーは、
「ドライチの出番なしで終わるよりは、よかったんじゃないかい?」
ユキミはそう言って、ニヤリと笑うのだった。
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