ケモプロドラフト会議(後)

「続きまして六つ目の球団のオーナーとなります、日刊オールドウォッチより、編集長、ユキミ様」


 ざわざわと。ヒナタが登場したときよりも大きく会場が揺れる。

 スポットライトに照らされてやせぎすのラフな格好をした男性が出てきてマイクを握ると、会場は口をつぐんだ。


「どーも、メディアの嫌われ者、カウンターメディアメディアこと日刊オールドウォッチのユキミです」


 男――ユキミは口の端をひきつらせて笑う。


「まさか僕が舞台で取材を受ける側になるなんて、普段と立場が逆で面白いね。ま、ここの皆さんはゲーム系メディアなので、そんなに嫌われてないと思うけど」


 むしろさ、とユキミは言う。


「ゲーム系迷惑サイトと戦ってるんだから、感謝してもらえる立場だよね? だろ? あそことかあそことか、つぶれてスカッとしたやつ! ほら、拍手!」


 しばらく無音の後、ぱらぱらと拍手が起こる。


「うんうん、ありがとう。まあ、あんまり僕を応援するとね、他のクソメディアから嫌われるようになるかもだから、拍手はそれくらいにしておこう」


 日刊オールドウォッチ。Web専門で記事を配信しているニュースサイトだ。取り扱う内容は幅広い。政治、経済、社会、芸能――そのすべてを取り扱う『メディアについて報道する機関』。

 例えば、被害者宅に殺到する記者たちの様子を配信。例えば、各社報道内容を比較し、誤りを指摘。これまで一方通行で情報を流してきたメディアの闇とも言える部分を検証・報道している。

 おかげさまで他のメディアからの印象はめっぽう悪い。ユキミから言わせれば自業自得だし、俺もそう思うのだが。


「とりあえずチーム名かな? チーム名は『電脳カウンターズ』です。現実の地域名は入りません。登記上の住所はあるけどね、別にそこで仕事してないし。なら全部架空でいいじゃんってことで、電脳。ま、ホームはインターネットってことで。なんたってゲームだから、実際に球場作らなくていいんだしね。地元球団のないネット民の受け皿になるんじゃないかって打算もあるけどね」


 そんなわけで電脳カウンターズの球場は、それとなくサイバーな感じに作ってある。ゲーム的にもなかなか見ていて楽しい。


「質疑応答は、僕に話しかけるとマズい人も多いだろうしね、さっきの女将さんへの質問を参考にして話させてもらいます。えーと、まずは組んだ理由か」


 ユキミはニヤッと笑う。


「気楽なスポーツニュースも取り扱いたくなってね」


 ――会場に反応はない。


「あれ? ここ笑うところなんだけどね。まあいっか。ケモプロさんは素材を提供してユーザーが自由に遊ぶ形を想定してるみたいだけど、僕はなかなかそうはいかないと思うんだよ。なんで、まずはケモプロ速報サイトをやろうと思って近づいたんだけどね。わりとリーズナブルに球団が買えるそうなので、ついでに買いました。買ったからには試合結果の速報だけじゃなくて、チームや選手の特集とかも組もうかな? とは考えてます。現実と違って八百長とか薬とかの裏取りなんて考えなくていいから、ほんと気楽だよ」


 ユキミからは契約時に散々、どこまでリアルにやるのか? 薬やドーピングをする選手は? 犯罪行為に加担する選手は? と聞かれた。

 そういう不正はない、と言ったら、すごく残念そうだったんだが。


「あとは野球の経験だっけ? ないない。僕は体育会系の人間って大嫌いなんだ。スポーツ自体は好きだよ? でもさ、僕が純粋に楽しめるやつってもう職業柄ないんだよね。だからケモプロは純粋な気持ちが取り戻せそうで大変うれしいです。ま、素人ですけど、AIのアドバイスに従ってがんばって運営しますよ」


 以上です、と言って、ユキミはさっさと舞台の奥のほうで他のオーナーたちと並んでしまった。


「あの人、大丈夫かな?」

「頼もしいだろう?」


 絶対敵に回したくない頼もしさでもあるが。


「ええ……はい、ありがとうございました。さて残る青森ダークナイトメアですが、ただいま担当者が到着いたしましたので、ご紹介いたします」


 どうやら間に合ったようだ。


「青森ダークナイトメア、社長、サトウ……」

「ちょっと待ったァ!」


 ダダンッ! と派手な足音を立てて、ソレが舞台の上に現れる。


「フッ。ワタシのことはダークナイトメア仮面と呼んでもらおう!」


 そこにはマントで全身を隠し、首の上に黒いリンゴを被った人物がいた。


「………」

「ちょ、ちょっと待て! 今小声で、ウワキッツ、とか言っただろう!?」

「言っておりません」

「いいや! 仮面をしていても聞こえた! いいかね、これは――」

「ではドラフト会議に移りますので、舞台の上のオーナー様方は、舞台前方の席へお移りください」

「無視しないでくれたまえ!?」


 全員がいたたまれない視線をダークナイトメア仮面に向けながら、舞台を降りる。一人残ったダークナイトメア仮面は、がくりと肩をおとし、とぼとぼとその後を追うのだった。


「……あれは、ライムの仕込みか?」

「ノリノリだったよ?」

「そうか……ノリノリなら仕方ないな」


 ◇ ◇ ◇


 舞台にはプロジェクターだけが残り、各球団のオーナーは記者のほうを向いて、ノートパソコンを前に着席する。


「それではドラフト会議を開始させていただきます。今回は第六位までを指名・抽選し、指名外の選手はランダムで六チームに振り分けとなります」

「はい、はい! 質問いいですか?」

「どうぞ、トリサワ様」


 マイクを手に、ヒナタが立ち上がる。


「チームに誰もいない状況からドラフトするじゃないですか。つまり、このドラフトで選ぶのは、選手だけではなく監督やコーチも含まれますよね?」

「はい。指名した選手を監督に襲名することは可能です」

「たしかプレイイングマネージャーもできるって話でしたけど……せめて十位ぐらいまで選べませんか? 会場ならいくらでも延長して提供しますよ?」


 ニコニコと要求する。


「時間がないから六位まで、という意図は分かるんです。でもゼロ人のところから六人しか選べないんじゃ、なかなか思い通りにチームを選べないじゃないですか? ねえ、みなさん?」

「おおそうだ、よく言ったぞ、お嬢ちゃん」


 真っ先に同調したのは、セクシーパラティオンのタカサカ。威圧的な腹囲を強調して発言する。


「この日のために、わしらは全試合全選手チェックしとったんだからな。六位までじゃものたりん。なあ?」

「えぇぇ……引きます」

「う!?」

「ウソです。私もかなりガッツリ見てました」

「僕は全部ランダムでも構わないけど、まあ、この辺の野球好きの人たちは納得しないんじゃない?」


 ユキミに指摘され、シオミが俺に視線を投げてくる。シオミの手元にも置いてある端末で、すでに結論は出ているのだが――改めて、俺は頷いた。


「かしこまりました。では、最低六位まで。最大は――上限を決めず、指定時間内までドラフトを行うことといたします。申し訳ありませんが、メディアの方々にご案内した時間というものもありますので、時間的には六位までドラフトするのと同じ時間で、ということになりますが」

「サクサク決めればいいわけだ。それでいいんじゃない? 皆さん、がんばろうじゃないか。僕は即決で出してあげるからさ」


 ユキミの言葉に全員が同意し、ドラフトの開始となった。

 最初にして最大の注目、ドラフト一位。

 チームの主力選手となる選手が選ばれる。

 各オーナーとも、一名を除いて真剣な表情で端末を操作した。


「出揃いましたので、開示いたします」

「読み上げはいらないよ。サクサクいこう」


 ユキミの言葉通り、読み上げはせずに一斉に結果をプロジェクターに表示する。




 第一回ケモノプロ野球ドラフト会議


 第一位指名選手 一巡目


 島ツ:山茂ダイトラ 45歳 捕手(肉食ウォリアーズ)

 鳥サ:李西伯 24歳 外野手(肉食ウォリアーズ)

 東セ:雨森ゴリラ 20歳 一塁手(工場横ドラミングス)

 青ダ:山茂ダイトラ 45歳 捕手(肉食ウォリアーズ)

 伊ホ:瓦ノ下ツツネ 28歳 遊撃手(肉食ウォリアーズ)

 電カ:山茂ダイトラ 45歳 捕手(肉食ウォリアーズ)




「ウソォ!?」


 俺が動揺に鼻水を噴き出している中、女子高生のようなトーンで悲鳴を上げたのは、セクシーパラディオンズのタカサカだった。


「いいのか!? いいのかアンタら!? ゴリラ指名しなくていいのか!? 大正義ゴリラを!?」


 ベータテスト期間中、四球団で行われた草野球リーグで、ぶっちぎりの一位になったチーム。工場横ドラミングスの四番、雨森ゴリラ。

 彼は、それはもう圧倒的なほど打った。20歳という若さで、クレバーな打撃でチームに貢献し、ホームランも打ち、打率、本塁打数ともにリーグ一位のゴリラだった。


「ていうか、ヘボキャッチャーが三球団指名ってどういうこっちゃよ!? ていうか残り全員、最下位のチームよ!?」


 ぶっちぎり最下位のチーム。肉食ウォリアーズに所属する三選手、ダイトラ、ツツネ、李西伯がドラフト一位に輝いていた。


「かろうじてリーくんは分かる。打ててるし。でも残り二人は絶対指名せんだろ!?」

「はっはっは。まぁまぁ。いや、やられたね。セクシーさんとは違う方向で、うちも島根も青森も選手を指名してたってことだよ」


 ニヤニヤとユキミが言う。


「だってそうだろう? 宣伝効果を考えたら最も効果的なのは――強力な選手じゃなくて、ずーみーさんの漫画で主役を張っているダイトラをチームに入れることだ。たとえヘボでもね。ねえ、島根さん、青森さん」

「フッ、ダークナイトメア仮面と呼んでくれ。だがよくわかっ――」

「いえ、私はヘボとは思っていないですよ?」


 ダークナイトメア仮面がどこか明後日の方向を向きながら喋り始めたのを無視して、島根出雲ツナイデルスの代表補佐、イルマが静かに言った。


「捕手は扇の要、ひいてはチームの要です。年齢がやや不安ですが、キャッチャーとしての能力は最低限あります。どころか、この少ない試合数ではありますが、後逸を一度もしていないのは彼だけです。打てない印象が強いですが、捕手の平均からすれば悪くはない。代表から絶対に取れ、と言われています」

「――う、うむ! そう、よい捕手なんだ!」

「ふーん……まあそういうことにしておこうか。結局どこが獲るかだからねえ。ああ、待たせたね。じゃ、抽選にいってもらおうか」

「……かしこまりました」


 溜め息を隠して、シオミが進行する。


「それでは第一位指名に重複がありましたので、電子抽選いたします。――結果はこのようになります」



 第一位指名

 山茂ダイトラ 45歳 捕手



 獲得球団:島根出雲ツナイデルス

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