ケモプロドラフト会議(前)
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。まもなく、ケモノプロ野球リーグ完成発表会、および第一回ケモノプロ野球ドラフト会議を行わせていただきます。司会は私、合同会社KeMPBのナカガミが行わせていただきます……」
会場のスピーカーからシオミのアナウンスが流れると、集まっていた人だかりはそれぞれみな席に座り、喋るのをやめた。後方ではカメラマンたちがそろって並んでおり、まだステージが始まってもいないのに撮影をしている。
「いいなー、シオミお姉さん。らいむが司会やりたかったよー!」
スポットライトを浴びるシオミをステージの袖から見ながら、ライムが言う。ミタカとシオミが全力で反対したので、今日のステージでの出番はなしだ。
「色々、やりすぎたんじゃないか?」
これまでの所業から何をするかわかったものじゃない、というのがその理由であり。
「かも? らいむったら罪作りね」
本人も自覚しているようなので、本気で悔しがっているわけではないだろう。
10月27日。『第三のドラフト』。ケモノプロ野球ドラフト会議。
それが今日、このホテルの宴会場で行われる。このドラフト会議によって現在の草野球リーグで活躍する選手たちは、正式サービス後の六球団にそれぞれ配属することになるのだ。
「それではまず、ケモノプロ野球リーグのご紹介をさせていただきます」
ステージが暗くなり、ケモプロのPVがプロジェクターで映される。その後、シオミの解説付きでケモプロの取り組みや今後の展開が取り上げられた。
選手をリアルな存在として扱う、いわば第二のプロ野球であること。球団と共に、地域振興も含めて活動していくこと……これまで俺たちが話し合って決めてきたことを。
「――以上が今後のケモノプロ野球リーグの目指すところとなります。それでは続きまして、第一回ケモノプロ野球ドラフト会議を行わせていただきます」
説明が終わったところで、間髪いれずに次へと進む。
ゲーム部分の質問に関しては、この後数社から取材を受けることになっていた。正直なところひとまとめにしてほしいのだが、そこはメディアによって引き出したい情報が違うしニュースバリューのこともあるので仕方ない。
「それでは各球団の代表者にご入場いただきます。まずは島根出雲ツナイデルスのオーナー、島根出雲野球振興会より、代表補佐役、イルマ様」
拍手と共にイケメンが舞台に上がってくる。
「代表補佐?」
「代表をやってるおじさんが、通風で来れなくなってしまったそうでな。気のいいおじさんなんだが……それで代わりに来てもらった」
ちなみに、こちらが招待する側なので渡航費用を出そうと思ったのだが、六球団の代表全員から断られた。当初予定していたオンライン会議よりも会場へ来た方が安く済むところも多く、逆に出張にしてくれたほうが助かるとも言われた。
「イルマさんって、ツグお姉さんのお兄さんなんだっけ」
「ああ、そうだ」
「舞台慣れしてて、とてもそうは見えないね」
以前、ライムは従姉を連れ出してセクはらに行こうとしたのだが、家を出て五分ぐらいで諦めて帰ってきたことがある。それを考えると、ステージに立つイルマはとても兄とは思えないだろう。
「続きまして、鳥取サンドスターズのオーナー、鳥取野球応援会より、代表、スナグチ様。東京セクシーパラディオンのオーナー、セクシーはらやまより、東京営業部部長、タカサカ様」
スポーツ青年といった感じの浅黒い男と、正反対にでっぷりとした腹回りの野球好きおじさんが続く。プロジェクターには、それぞれのチームロゴが映されていた。
「青森ダークナイトメアの代表者につきましては、現在到着が遅れておりますため、最後にご紹介させていただきます。では続いて、新発表となります二球団の球団名、オーナーをご紹介させていただきます」
会場に少し緊張が走る。二球団の情報はどこにも渡していない。シオミの言葉通り、今日が初発表なのだ。
「サプライズは多いほうがいいよね」
ムフ、とライムが雲のように笑う。
「まずは本日の会場を提供いただいております、ホットフットイングループより、代表取締役社長、トリサワミドリ様。伊豆本館『あしのゆ』女将、トリサワヒナタ様」
どよっ、と会場にわずかながら動揺が走る。名を呼ばれた二人が実際に姿を見せると、その名を知らない者は周囲に情報を求め始めた。
ホットフットイングループ。全国にビジネスホテルを展開するホテルチェーンブランドだ。どのホテルでも必ず足湯がついてくるのが売りだという。正直契約するまでよく知らなかったし利用したことはないのだが、これから機会は増えるだろう。
舞台に登場した二人は、対照的な姿をしていた。ビシリとビジネススーツを着こなし、険しい顔で立つ白髪の女性が、社長のミドリ。ヒナタはその孫になる。祖母と違い、こちらは着物を着こなしてほんわりした顔で立っている。
「ムフ。Twitterの速報、いい勢いで拡散されてるぅ。美人さんだからウケがいいね」
ライムが端末をいじりながら言う。
「特にこの組み合わせが、なかなかインパクトでかいよね!」
「そうなのか?」
「そうだよ。お兄さん、もうちょっと世事に詳しくなろ?」
テレビもニュースもなかなか見る暇がなくてな……というのは言い訳か。
「あのお婆さんは、旅館という伝統を切り捨てて、ビジネスホテルとしてチェーンブランド展開に成功した女傑」
ライムは、びっ、と影から指す。
「あのお姉さんは、最後に残った伝統スタイルの旅館を建て直し中の女将」
そこまでは知っている。契約にあたって、両方に会ったからな。
「わからないかな? つまりね、あの二人は――すっごく仲が悪いんだよ!」
それは知らなかった。だって、別々に会ったからな……。
◇ ◇ ◇
「ご紹介にあずかりました、ホットフットイングループ、伊豆本館『あしのゆ』女将のトリサワヒナタです」
舞台の上で、仏頂面をした祖母を背にニコニコと着物美人が挨拶する。
「KeMPBさんと当社で契約を結び、祖母がオーナー、私が球団代表としてチームを運営させていただく形になります。若輩者ですがどうぞよろしくお願いいたします」
頭を下げる姿にも品がある。会場は東京にあるビジネスホテルなんだが、旅館に来たんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。
「球団名は、『伊豆ホットフットイージス』です。ええと――以上?」
びしり、と背後の祖母の顔が硬直する音が、会場の隅々まで聞こえた気がした。
「うわ、今日も平常運転だね、ヒナタお姉さん」
「緊張していないのはいいことだな」
「あの天然美人もハーレムに加えるの?」
「何のことだ?」
「べつにー」
などとやり取りしている間に、シオミがフォローに回る。
「それでは質疑応答の時間を設けさせていただきます。ご質問のある方は挙手をお願いいたします」
ぱらぱらぱら、と手が挙がる。シオミに指名された記者が、スタッフからマイクを受け取って質問を発した。
「御社はホテルチェーンですが、なぜケモノプロ野球リーグに参加をしたのですか?」
「あら。いいじゃないですか。現実でだって飲み物屋さんや電車屋さんが参加してるんですもの。旅館が野球チームを持っていても、おかしくなんてありません」
言われてみれば野球と電車ってどういうつながりなんだろうか。
「きっかけとしては、私が野球ファンだからです。新しい野球が始まると聞いて、いても立ってもいられませんでした。それに、KeMPBさんの理念にも感心しました。ファンとオーナーと共にリーグを盛り立てる、その仕組みもしっかりゲームに入っていると思います」
それに、とヒナタはニコニコと笑う。
「共通点も多いじゃないですか? 私はトリサワ、KeMPBの代表さんはオオトリでトリつながり。女子高生女将と、高校生社長っていうのもそうですね。もうこれは運命なんじゃないかなって」
「運命だって、お兄さん」
運命なのはいいのだが、舞台袖――会場から見えない位置にいる俺に手を振るのはやめた方がいいんじゃないだろうか。
「ああ、別にそれだけじゃないですよ? KeMPBさんとはガッチリタッグを組ませてもらいます。ケモプロからグループのホテルが予約できる仕組みを作ってもらいました。ケモプロで予約すれば割引があるうえ、チームの資金力につながります。出張や旅行の多い方々には、ぜひ我がイージスを応援していただきたいですね」
ケモプロを通じて物品を販売することの延長上だ。システムは主にニャニアンとライムで作ってもらった。
ケモプロ経由で支払われた金額は、そのままゲーム上のチームの資金力となる。確かに出張組や旅行族に応援してもらえば、ユーザーもチームも嬉しいだろう。
「本館については、他の代理店をぶっちぎる割引率ですから、ぜひご利用ください。あそことかあそことかよりお安いですよ」
ニコニコととんでもないことを言う。
「野球ファンとのことですが、野球の経験が?」
別の記者から次の質問が飛ぶ。
「やったことはないですね。小さい頃から旅館のことばかりでしたから。でも、お客様がテレビで観戦しているのを見かけることが多くて、それで興味を持って。だから休みの日になんとか観戦してます。ケモプロは時間を選ばずに見れていいですね。しかも自分のチームが活躍するんですから」
「女将業との兼業は大変では?」
「といっても監督さんはゲーム内にいますしね、私は首を切るかどうか判断するぐらいですので、十分やっていけると思います。こう見えても熱心な野球ファンですからね? ――それにしても」
ヒナタは、ニコニコと笑う。
「祖母についての質問は、皆さん怖くてできないですか? いちばん、気になってると思うんですけど」
会場で笑っているのは一人だけだ。
「そんな怖がらなくても! だって、私が球団を買おうとしたら、横槍を入れて、本社が買うように手配してしまったんですよ? うちだけでも資金は十分に出せたのに」
会場は冷えていく。なぜそんな裏事情を暴露するんだ、と記者たちが冷や汗を流す。――そして。
「そんなことするぐらい――野球好きのおばあちゃんですから」
「ばっ」
背後に立っていた祖母――ミドリが目を丸くひん剥く。
「本館の資金だけじゃやってけないだろうとか、グループの子会社が買ったら本社の立つ瀬がないとか、いろいろ理由は言ってましたけど、結局ただの野球好きのおばあちゃんですよ。隠れてコソコソ、テレビで観戦してたの知ってますし。私が見てると、くだらないとか言いながらもチラチラ見てるし。あれですね、祖母はツンデレの気が――」
「ば――ばかもの!」
ミドリの悲鳴のような怒号が会場に響き、ヒナタは首根っこをつかまれる。
「あれ? おばあちゃん? ちょ、どこいくの? まだ途中――いたた、いたい、転んじゃう……」
そして、ヒナタとミドリは舞台から消えていった。
「……以上で、伊豆フットホットイージスへの質疑応答は終了とさせていただきます」
シオミよ、持ち直そうとがんばってるのは分かるが――チーム名間違えてるぞ。
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