東京ゲームショウ
9月。この月はゲームに関わる人間なら目が離せないイベントが催される。
東京ゲームショウ。日本最大のゲームの見本市だ。
この東京ゲームショウに、KeMPBの出展スペースは――ない。
インディーズゲームの出展枠に申し込みをしたところ、見事に落選したからだ。
が、粘ってはみるもので、ミタカの勤めていたゲーム会社のツテで、VRのゲームを探している所があることがわかった。VRゲームを集めたスペースを企画しているが、ゲームが足りなくて困っているという。それで急遽、観客席やバッターボックスをVRで見れるように対応し、共同出展させてもらうことにした。
出展企業は、企業用の参加チケットがもらえる。
ただしKeMPBが主体での参加ではないため、チケットは一枚だけ譲り受け、体験コーナーのサポートをするためミタカが乗り込んでいった。
だが。9月23日の一般公開日。
俺とニャニアン、そしてシオミは、東京ゲームショウの会場――幕張メッセへと向かっていた。
「駅から結構歩くんだな」
「そんなデモないデスヨ? マ、周りの建物が大きいから、一ブロックが長いデスケドネ」
「これが全員、東京ゲームショウに行く流れですか……こんなに人が多いとは」
まだ会場前、暑さの衰えない九月だというのに、人の熱気がすごい。海浜幕張駅から、途切れることなく人の流れができていた。地図がなくたって会場まで迷うことはないだろう。あちこちにゲームショウや新作ゲームの旗が立っている。
「ニャニアンはともかく……シオミは大丈夫なのか、スケジュール的に」
「問題ありません」
ケモノプロ野球リーグが表に出て、さらにライムの広報戦術により認知度が上がった今、シオミの仕事量は増えていた。新規契約の取りまとめはもちろんのこと、既存の契約――特にオーナーとの打ち合わせは増える一方だ。だが、それでも。
「私は、ユウ様の秘書ですから」
この日にあわせて、仕事を調節したという。
「それに今日のイベントを見逃したら、それこそ後悔で仕事が手につきませんからね」
「オー、秘書サン気合入ってるネ。一眼レフは今日のために買ったの?」
「いいえ、少し前から手を出していて。ですがレンズは新調しましたよ」
「オッ、これイイネ! ワタシも実は新しいのを買いマシテ~」
俺が一番大荷物になるかと思ったのだが、この二人のほうが圧倒的に荷物が多かった。カメラを持っていくというから、ポーチに収まるレベルだと思っていたのだが……なんなんだあのでかいバッグに、背負った三脚は。登山でもするのか?
「とにかく、今日は来たからには楽しみますよ」
シオミはニヤリと笑う。
「がんばってくださいね、ユウ様」
◇ ◇ ◇
「――さあ、投票の集計が完了したようです!」
司会が、時を告げる。ステージに並んで立つ男女にサッと緊張が走った。
誰もが番号を聞き逃すまいと口を閉ざす。それはステージを見る観客席のほうでも同じだった。あれほど騒がしかった場内で、この区画にだけ少しだけ静寂が訪れる。
「紳士淑女の皆様、お待たせしました! 最上川これくしょん、もがコレ、TGS2017コスプレステージの最優秀コスプレイヤーを発表します! エントリーナンバー……6番! ゲスカワいい下須川くんを演じた、大鳥さんです!」
パッ、とスポットライトが自分に当たる。
カメラのシャッターがごく一部の地域で切られまくっていた。
「大鳥さん、こちらへどうぞ! おめでとうございます!」
◇ ◇ ◇
東京ゲームショーまでニャニアンが死ねない理由。
それがこの、コスプレステージイベントだった。
以前、「ゲスカワくんのコスプレをしてくれ」という約束をした。その時は個人的に衣装を着るだけだと思っていたのだが――ニャニアンはそれ以上に本気だった。
衣装を用意され、化粧をされ、演技指導を受けさせられる。
すべてはこの『もがコレ・TGS2017コスプレステージ』のためにだ。
――まさか、人前に立たされるとは思ってもいなかった。
とはいえ、『もがコレ』は大人気のソーシャルゲームだ。地域振興を理念に掲げており、ケモプロに通じるところもある。実際、この偉大な前例のおかげで島根とは契約できたのだ。
ここは、学ばせてもらおう。そう心に決め、全力で事に当たらせてもらった。
いやしかし、まさか優勝するとは思わなかったが……。
◇ ◇ ◇
手招かれて、ステージの前方へ。
「大鳥さん、あらためておめでとうございます。最優秀賞ですが、いかがですか?」
俺は少し考えてから言った。
「かせかん(※河川管理者、もがこれにおいてはプレイヤーの立場)さんもホッとしてるんじゃないかな? もちろんボクはこうなるって知ってたけど」
「ゲスーい!」
「かわいーい!」
「フォオオオ!」
会場からそんな声があちこちで沸く。一部、聞き覚えのある声もしていた。
「聞きましたか、皆さん? まさにゲスかわですね! 衣装もメイクも、なりきり度も抜群の完成度! 会場内の圧倒的な支持を得ての最優秀賞でした!」
そうなのか。他にもそっくりさんやら綺麗さんがたくさんいたのだが――いや、リップサービスということもあるだろう。実際は票がバラけていたかもしれない。なるほど、こういう盛り上げ方も今後は必要になるかもしれないな。勉強になる。
とはいえニャニアンの作った衣装、施してくれたメイクが褒められるのは気分がいいことだ。
「――副賞は以上です。それでは、最後にもう一言いただきましょう!」
景品をいくつか手渡された後、マイクを向けられる。
――しまった。万が一の受賞コメントはニャニアンと打ち合わせ済みだったのだが、こういうフリをされるのは想定していなかった。もう発言のストックがない。
いったい何を喋ればゲスカワなのだろう? ニャニアンから渡された台詞一覧の暗記とか、いかに深くゲスく表面がカワいいかというニャニアン渾身のレクチャーを思い返しても、適切な台詞が思い当たらない。
「何か、会場の皆さんに伝えたいことは?」
俺が言葉に詰まっていると、司会が助け舟を出してきた。
伝えたいこと、か――
「――なんでもいいのか?」
「ええ」
「なら」
俺は会場のほうを向いて言った。
ゲスく、カワいく。
「ボクの作ってるゲームもあっちのブースで展示してるんだ。ケモプロっていうVRなんだけど。かせかんさんが忘れてるわけないと思うけど、一応言っとくよ。じゃあまた、ね。かせかんさん」
◇ ◇ ◇
その日、VRゲームを特集したインディーズのスペースでは、若干変わった客層のビジターが押し寄せることとなった。
特に人気は特定のゲームに集中した。しかし体験できる機材が限られているため長蛇の列となり、待ち時間を閑散とした他のゲームの体験に振り分けるなど、必死の対応がされた。
ミタカからは後で、野球にもVRにも疎い客を寄越したことでだいぶ文句を言われたが――
こちらもその横で会場が閉まるまでマネキンをやっていたのだから、おあいこにしてほしい。
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